映画のページ

ブギーナイツ /
Boogie Nights

Paul Thomas Anderson

1997 USA 156 Min. 劇映画

出演者

Mark Wahlberg
(Eddie Adams - 芸名 Dirk Diggler で活躍したハード・コアのポルノの大スター)

Joanna Gleason
(エディーの母親)

Lawrence Hudd
(エディーの父親)

Burt Reynolds
(Jack Horner - ハード・コア・ポルノ映画監督)

John C. Reilly
(Reed Rothchild - エディーと2人でポルノ版スタスキー&ハッチ風に共演する男優)

Julianne Moore
(Maggie - Amber Waves という芸名で活躍するポルノ女優、ジャックの妻)

John Doe
(マギーの前夫)

Jack Riley
(マギーの前夫の弁護士)

Heather Graham
(Brandy - Rollergirl という芸名で活躍するポルノ女優、高校中退)

Kai Lennox
(ブランディーの高校の同級生、後大学生)

Don Cheadle
(Buck Swope - ポルノ俳優)

Melora Walters
(Jessie St. Vincent - バックの妻)

Stanley DeSantis
(Jerry - バックのマネージャー)

Luis Guzmán
(Maurice I I. Rodriguez - ディスコのマネージャー)

Philip Seymour Hoffman
(Scotty J. - ジャックのスタッフ、ゲイの青年)

William H. Macy
(Bill - ジャックのスタッフ)

Thomas Jane
(Todd Parker - ポルノ俳優)

Ricky Jay
(Kurt Longjohn - カメラマン)

Robert Ridgely
(James - プロデューサー)

Jamielyn Kane
(ジェイムズの恋人)

Alfred Molina
(Rahad Jackson - ジャックの取り巻き、ドラッグのディーラー)

Philip Baker Hall
(Floyd Gondolli)

Robert Downey Sr.
(Burt - レコーディング・スタジオの経営者)

Lil' Cinderella
(ジェイムズの恋人)
Nina Hartley
(ビルの妻 - )
Lexi Leigh
(フロイドの女)
Michael Penn
(Nick - レコーディング・スタジオの録音技師)
Veronica Hart
(Kathleen O'Malley - マギーの親権の裁判官)
Skye Blue
(本人役)
Summer Cummings
(本人役)
Theo Mayes
(エディーのヘアー・スタイリスト(本職はメイク))

見た時期:公開当時、2006年10月

公開当時1度見たのですが、先日また見る機会がありました。長い物語ですが、2度目も飽きませんでした。

出演者は3通りで、

・ 普段スタッフの人がスタッフの役で出演している
・ 本職のハード・コア・ポルノ俳優が出演している
・ この映画を機に大ブレークした俳優がぞろぞろいる

というおもしろい組み合わせです。

スタッフの有名どころでは、先日下の弟を亡くしたばかりのマイケル・ペン。彼はショーン・ペンのお兄さんでもあります。本職は音楽。

本職のハード・コア・ポルノ俳優は誰が有名なのかは分かりませんが、監督がこの分野に詳しい人で、それなりに有名な人を呼んで来ているようです。

この映画を機に大ブレークというのはご覧の通りで、オスカーやゴールデン・グローブを取ってしまったり、ノミネートされた人も少なくありません。この作品に出た時にはまだ本人たちにもそんな未来が開けるとは分かっていなかったのではないかと思います。

この作品、70年代、80年代のポルノ産業の流れを描いているのですが、主演レオナルド・ディ・カプリオ、グウィニス・パートロフで予定されていたのだそうです。2人は断わり、代わりに選ばれたのはマーク・ウォールバーグとヘザー・グレアム。カプリオのタイタニックも1997年の作品で、ブギーナイツを断ったのがタイタニックの話が入った前だったのか後だったのかは不明。パートロフの方は1995年にセブンを撮り、ちょうどブラッド・ピットと一緒になった後で、オスカーはまだ。ブレークが始まった頃です。ブギーナイツに出ていたら、彼女の運命は全然別な方向に行ったことでしょう。とは言うものの下降線をたどったという意味ではありません。

主演のウォールバーグは賞こそ取っていませんが、出演依頼の方は、この後現在でも名前を覚えられている作品がぞろぞろ。

バート・レイノルズはかつての大スターですが、その後は見事に忘れられていました。それでもアメリカではよくテレビに出ていたようです。それがブギーナイツではオスカー、ゴールデン・グローブを始め有名無名の数々の賞にノミネートされ、取った賞もネームバリューのあるものです。近年彼は自分の全盛時代は去ったと思っているらしく、一種のゲスト出演的なものが多いです。しかしユーモアを交え、「俺はまだここにいるぞ」と知らしめるアクセントのある役もあります。おもしろいことに、白髪のカッコイイアウトフィットで出ているのに彼自身はブギーナイツに出たことをあまり喜んでいなかったのだそうです。しかしこの作品を機に彼の株が再び上がったのは事実。

ジョン・C・ライリーはコンスタントに脇役を務めていますが、ご存知シカゴではミュージカルで立派な歌を聞かせてくれます。その準備だったのでしょうか、ブギ-・ナイツでも歌声が聞けます。ゆかいなのは歌が本職だったマーク・ウォールバーグがどうしようもない歌を聞かせるところで、ライリーがハモを入れるというシーン。ウォールバーグの歌唱力が実際どうだったのかは知らないのですが、元々歌手だったの確か。このシーンは笑えます。ライリーはポール・トーマス・アンダーソンの作品では常連。

私は実はジュリアンヌ・ムーアを暗殺者で見ていました。暗殺者ブギ-・ナイツビッグ・リボウスキの頃の彼女は女らしく、まだプラスティック人形のようではなく、感じが良かったです。

ブギ-・ナイツの良い点の1つは演じている人があまり人工的に見えない点。ジュリアンヌ・ムーアとヘザー・グレアムはまだ痩せこけていたり、肌が妙につるつるだったりせず、自然な感じです。今年初めてスペインがクレームをつけましたが、このところ女優やファッション・モデルの痩せこけている姿は目を覆いたくなるぐらいです。ブギ-・ナイツの俳優は皆まだそこまで行っておらず、人間的な感じが漂います。

ムーアのアウトフィットはその後どんどん人工的になっていきますが、それに反比例するように出演依頼の方は好調で有名俳優との共演が続きます。中の1つはジョディー・フォスターの降板で得たクラリスの役。「やはりジョディー・フォスターの方が良かった」という声が何度か聞こえましたが、ムーアのキャリアの上ではいいきっかけになったようです。フォスターは絶対に引き受けないつもりだったようですから、誰かが役を引き受けて、フォスターと比較される運命。テレビで捜査官の役をやるような人を起用した方がクラリスの役には合っていたのかも知れませんが、ムーアはこれでまた階段を1つ上がったのですから、彼女にとってはプラス。

ヘザー・グレアムはティーンの頃から芸能界に入っていたようですが、最初のブレークは多分ツイン・ピークスでしょう。その後私が見たことも無い鳴かず飛ばずの作品が続いた後、ブギ-・ナイツ。その後はスクリーム2ロスト・イン・スペースオースティン・パワーズ、と昇り続け、彼女を主演にした作品が出るようになって行きます。ブギ-・ナイツの彼女はジュリアンヌ・ムーアと同じく自然な美しさで、特にあの目を効果的に使っています。

ドン・チードルもこの後オスカーやゴールデン・グローブの候補者に名前が出るような出世をし、グローブは1個持っています。ブギ-・ナイツは一連のテレビ出演の後、映画に切り換え始めた初期の作品。その後は映画が俄然増え、超有名スターとの共演が増えて行きます。

ルイス・グスマンは私のお気に入りの俳優ですが、彼は自分1人が主演という映画に出るタイプではなく、万年脇役というタイプの人です。その辺は本人も先刻ご承知。何で努力したかと言うと、人に覚えられる脇役。ブギ-・ナイツの時はそれほど印象的ではありませんでしたが、アウト・オブ・サイトの押し入りシーン、パンチ・ドランク・ラブのアダム・サンドラーの職場の同僚などは印象に残っています。

フィリップ・セイモア・ホフマンに至ってはオスカーもゴールデン・グローブも取ってしまいました。今絶好調。

ウィリアム・H・マーシーは出世を望んでいないのかと思えるほど脇役が好きな人。しかし主役を食ってしまう人で、本人が押さえを利かせているからバランスが取れているというような人です。今でこそ自虐コントなどという言葉ができていますが、彼はその先駆者みたいな人で、自分が惨めに見える役を率先してやっていました。その甲斐あって、ブギ-・ナイツの直前にはオスカーにもノミネート。彼の場合はブギ-・ナイツがきっかけで出世したということはなく、その前のファーゴで一気に名が知られるようになりました。テレビの ER もこの頃で、万年脇役を狙ったが故に、知られている状態が続いているようです。ブギ-・ナイツでは不幸な結婚をし、自殺してしまいますが、私生活では幸せな結婚をしているようで、奥さんが出世するのを後押ししています。

トーマス・ジェーンは上に挙げた人に比べると静かですが、パニッシャーで主演を射止め、シリーズ化に成功したようです。

と言うわけで現在は大物と言える人がこの作品を機に大作に出演するようになって行きます。ポール・トーマス・アンダーソンの作品に複数出ている人も多く、アンダーソン一家と言えるかも知れません。しかし彼の監督作品でなくてもここに挙げた俳優が再会しているケースが多く、この人たちは群れになって出世しているのかと思えて来ます。

前置きが長くなりましたがストーリーに行きましょう。

1977年ディスコで皿洗いをしていた少年が、ハード・コア・ポルノの監督に見出され、ポルノ界のオスカーを何度も受賞するような大スターになった、その後どうなったというストーリーです。トリックの上田教授かというような稀代なセールスポイントを持ったエディー少年は監督のジャックにスカウトされ、彼のスタッフ、キャストに囲まれ、あたたかい雰囲気の中でポルノ・スター街道を驀進。ヒッピー、性の解放の後を受け、あのアメリカでもまだ好景気の時代。ポルノ産業も大儲け。エディーが主役、他が脇役でも、皆がそこそこ儲かっていたので楽しい人生を歩んでいました。ポルノ界にも表彰があり、エディーはオスカーに当たる賞を連続で受賞。普通の家庭の少年だったのが、いつの間にか高級車を乗りまわし、豪邸に住む身分に。

70年代から80年代へ、民主党から共和党へ、カーターからリーガンに変わった頃から、ポルノ業界に陰が差して来ます。産業的には金のかかる映画撮影に代わり、ビデオにしようという話がプロデューサーの方から聞こえ始めます。私生活の方では、ドラッグが出回り、ストレスや悩みをドラッグで紛らわせる習慣が当たり前になって行きます。悩みがあるからドラッグを取る人、周囲の人がやっているから取る人、様々ですが、要はディーラーが儲かればいいというわけです。頭のいいディーラーなら自分はやらず人にだけ勧めて回るのでしょうが、ブギ-・ナイツに出て来るディーラーはアホ。自分もやって、その辺を裸でうろつきまわっています。ここに後に大出世したアルフレッド・モリナが登場。

ブギ-・ナイツではビデオ採用とドラッグのはびこりが転落のきっかけというお約束で話が進みます。ジャックは根っからの映画人で、ビデオ導入には反対。しかし世の波には逆らえず、最後はやむなくビデオを使い始めます。ローラーガールとして一世を風靡し、健康な印象を与えていたブランディーは、ビデオが出てからは配達売春婦に近い状態になります。客からお金こそ取りませんが、リムジンに乗って町を徘徊し、話に乗って来る一般人をつかまえ、車に乗せ、車内でセックスをし、それをジャックたちがビデオカメラで撮影という、映画作りからは外れた方法が取られます。映画に出ていた頃に比べローラーガールの化粧はきつくなり、肌は蒼白。たとえポルノであっても自分は映画人という誇りがジャックの中でもずるずると沈んで行きます。

かつては大スターだったエディーはドラッグをやり過ぎたのか、稀代なセールス・ポイントが役に立たなくなります。それでもスタッフは彼をファミリーとしてやさしく扱っていたのですが、短気を出して監督と喧嘩になり、飛び出してしまいます。そうなるとかつてのスターもお金を稼がなければならず、売春夫にまで落ちます。

このあたりの表現は演出がきっぱりしていないためやや不発。ジャックの居間が中心になるため全体が小さく見え、かつては《一世を風靡した》というところが観客に伝わり難く、没落とのコントラストも小さくなってしまいます。ポルノとは言え、全米を代表するスターですから、大金が動き、こじんまりと監督の家の中だけで回っていた世界ではないと思われます。そこがちょっと物足りないですが、人間関係、依存関係がどういう風になっていたかはそこそこ上手く表現されています。

特に監督が描きたかったのは、《一般社会からは大歓迎される職業でないため、キャスト、スタッフが家族のような付き合いをしてお互いを支え合っている》という内輪の様子 でしょう。それは成功しています。ポルノ界に通じていたらしく、実際にポルノ女優が体験した話をエピソードとして採用し、関係した人に出演も頼んでいます。

ドイツではよく揶揄されるプール・サイドのパーティーも、彼らにとっては《撮影以外の時間も一緒に過ごせる楽しい一時》。監督のジャックは自宅を皆に提供しています。(そのため、もっと大きな産業界の出来事が、彼の家だけの出来事のように思えてしまいますが。)演出には当時のファッションを取り入れたりと色々努力の跡が見えますが、おもしろいのは映画監督にしては比較的地味な家になっているところ。自分のジリ貧を棚に上げてこんな事を言うのは変ですが、プールを除けばドイツではこの程度の家を持っている人はその辺の語学教師や技術者にもいるぐらいです。私は一緒に仕事をする人が四六時中つるんでいるというのには批判的ですが、この映画を見ている時だけ妙に納得してしまいました。

普通は性関係と言うのは人間の1番プイライベートな部分ですが、職業がハード・コアのポルノ映画となると、そこが1番オープンになってしまい、プライベートな領域に残るのは人間としての繋がりという逆転現象が起きてしまいます。そこは十分考えさせられる出来で、カメラの前で自分の妻が最近新しく入った若者と本番撮影をしてもそれほど大きな感情問題は起きないのに、自分が長年使って信頼を置いているポルノ女優がその子の元同級生から侮辱を受けると、自分が寝ている相手でもないのに、元同級生の男が血を流すほど殴ってしまうシーンが出て来ます。こういう極端なエピソードも交え、監督はポルノ産業に関わる人たちの人間的な面を表現したかったのでしょう。

ここで思い出されるのが世界的に有名な2人のスター。ロン・ジェレミー(間もなく出演1000本、監督150本)とロッコ(出演300本、監督100本を越える)です。ロン・ジェレミーは処刑人などにも出て来て、普通の演技もする人ですが、本職はポルノ・スター。ロッコも欧州の大スターで、イケメン。2人ともプロ意識の強い人たちで、共演する同僚に対する敬意も忘れません。この2人と同じぐらい有名だった人がジョン・ホームズ。ブギ-・ナイツのエディーのモデルになった人です。1988年にエイズ関連の病気で亡くなっています。残した作品は200本を越えます。監督作品は2本。彼の人生の後半はブギ-・ナイツでは描かれていません。なぜかと言うと・・・。

映画で描写されるエディーや取り巻きが比較的善良な人々なのに対し、実際のホームズの周囲はかなり荒っぽく、全盛期を過ぎたホームズが巻き込まれた事件は現在まで未解決の殺人事件。証言拒否をしたため、刑務所にも入っています。また、エイズの診断が下りた後も仕事を続けています。(同僚はえらい迷惑したことでしょう。)麻薬中毒からも簡単には抜けられなかったとのことで、かなり稼いだにも関わらず、そのお金は麻薬に消えています。後半の人生はハードボイルド、フィルム・ノワールで仕切り直しをし、別な作品にした方がいいようです。

この後どこへいきますか?     次の記事へ     前の記事へ     目次     映画のリスト     映画以外の話題     暴走機関車映画の表紙     暴走機関車のホームページ