第一章 ―出会い―

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 私は幸運だったらしい。訓練場でのテストの結果、私は見事戦士の適性を認められた。
数時間に及ぶ戦士としての基礎鍛錬の後、支給された革鎧と片手剣を早速身に纏い、シャロルを待つ。

「あ、お姉〜!」

 杖を持ち、僧衣に身を包んだシャロルが訓練場から姿を現した。

「どう、シャロル? 似合ってる?」

 革鎧と腰の剣を見せながら妹に訊ねる。

「ん〜…お姉が剣なんて、あまりイメージじゃないなぁ」

 シャロルは顔をしかめた。

「むっ、どういうことよそれ?」

「それよりお姉お姉! もうお腹ぺこぺこ! ご飯食べよ〜!!」


 ムンカラマ唯一の食堂兼酒場「ローズの酒場」は、冒険者でにぎわっていた。
明らかに駆け出しとわかる者、かなり冒険慣れしていると思わせる者、エルフやドワーフ、ホビット、ノームなどの妖精族の姿も見受けられる。

「これじゃあ席空いてないかも…困ったわね」

「あ、あそこ席空いてるよ! 一人いるけど、一緒に座らせてもらおう!」

 混雑した店内に走り出すシャロル。それを見て私はため息つき、やや遅れて後を追った。

「すいません、あの、ここ空いてますか?
 よかったら二人座らせてもらいたいんですけど」

 それは6人がけのテーブルだった。しかし座っているのは一人で、残りは丸々空席になっていた。
この店の混みようからして、違和感を感じるくらいだった。
 しかし、私はすぐにその理由に気がついた。

「……」

 席に座っていたローブ姿の少年…恐らく魔法使い…は、重たそうに面を上げ、シャロルを見た。
…暗く澱んだ眼差し。一点の光もない、絶望に塗り固められた瞳。
一体何を見れば、あんな眼をすることが出来るのか。まだ年若い、あどけない面持ちにはそぐわない気がした。

「誰かを待っているの? なら、ムリにとは言わないけど…」

 あのシャロルでさえ、少年に怯えのようなものを感じているらしい。いつも明るい彼女が、笑顔をやや強張らせている。

「……」

 少年は何も語らない。ただ、無言でシャロルを見つめ続ける。
その表情は全く変化を見せない。イエスもノーも表してはいない。
 私のほうが我慢できなくなり、シャロルを少年から引き離そうと一歩踏み出した、そのときだった。

「ごめんごめん、お待たせ〜」

 雑踏の中から、一人のエルフが姿を現した。
シャロルと同じ杖を背に負い、しかしシャロルとは違う神官衣を身に纏っている。
ビショップという、僧侶と魔法使いの複合上位職の者が身に着けるものだと思い当たった。

「あれ、どうしたの? この子たちは? …ひょっとして、ナンパってヤツ?」

「ち、違います、そんなんじゃ…! ただ、席が空いてるようならご一緒させていただきたいな、って…」

 顔をやや赤らめて反論するシャロルを見て、いくらしっかりしててもやっぱりまだ子供だな、と思う。

「あぁ、それなら構わないよ。元々僕たち二人じゃこのテーブルを占領するには大きすぎるし、気も引けるしね」

 そう言ってエルフは、笑顔で私たちを席に迎え入れてくれた。
まだ若いように思う。長命なことで有名なエルフだが、この人は人間に換算するとシャロルと同じくらいの年なのではないだろうか。

「あの…」

「あぁ、アイークのこと? 気にしないでいいよ、こいつはいつもこんなだから」

 エルフの少年は、最初からテーブルに座っていたローブ姿の少年の肩を軽く叩く。

「……」

 少年はやっぱり無表情に、エルフを見返しただけだった。

「お二人も、冒険者なんですよね? 前からのお知り合いですか?」

「うん、兄弟子と弟弟子。僕が兄で、アイークが弟。もっとも、人間に換算すると僕の方が年下だけど。
 …で、君たち二人は? 御触れを聞いてやってきた駆け出し冒険者ってので合ってる?」

「はい。私が妹、こちらが姉です。もっとも、私たちの方は実の姉妹ですが」

 さすが社交的なシャロル。すっかりエルフと打ち解けてしまっている。
しかし、アイークと呼ばれている少年はともかく、少なくともこのエルフは悪人ではないように思える。

「姉妹で冒険かぁ。女だけだとここまでいろいろ大変じゃなかった?」

「それに関しては全く心配ありません。姉は見たとおり男顔負けの猛者ですので」

「ちょっとシャロル!」

テーブルに明るい笑い声が広がった。ただ一人…アイークを除いて。

「あ、そういや自己紹介がまだだったね。僕はセロカ。善の神のビショップだよ。
 こっちはアイーク。見てのとおり魔法使い。まぁ、悪人じゃないことだけは僕が保障するよ」

 善の神と聞いて、シャロルが笑顔を膨らませた。
言うまでもなく、シャロルも善の神に仕える僧侶だからだ。
 この世界には二人の神がいる。善の神と悪の神だ。
僧侶やビショップといった、神に祈りを捧げ奇跡を起こす者たちは、例外なくどちらかの神を信仰していなければならない。
もっとも、神を信仰するだけなら何も僧侶やビショップ以外の者でも普通に出来る。現に私も善の神の信者だ。
 その教えはあまり複雑なものではない。一言で言うと善の神は他人を、悪の神は自分を大切にせよ、といったものだ。
しかしその教えを破ると、神に見捨てられることがある。そして、神に見捨てられた者は、今までとは対極の神の加護を受けるようになる。
 ありえない話だが、もしシャロルや私が、他人を見捨て自分の身を第一に考え、実行したとするのなら、神に見捨てられるかもしれない。
そして神に見捨てられた時点で、私やシャロルは善の神ではなく、悪人…悪の神の信徒となってしまうのだ。
想像するだけで吐き気のする、おぞましい事だった。
 ちなみに、どちらの神の信者でもない者ももちろん存在する。彼らは常に自由気まま。他人を優先するか自分を優先するかは気分次第。
…行動の予測がつかないといった意味では、悪人よりもある意味怖い存在かもしれない。

「私はシャロル。善の神に仕える僧侶です。
 こちらは姉のセティ。戦士ですが私と同じく善の神の信徒です」

「シャロルにセティね。こうして同じテーブルになったのも何かの縁だ。
 もし機会があったら、一緒にパーティを組んで冒険でもしよう」

「はい、喜んで!」

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