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 本筋その/おまけその1+3a3b

 

 
 
 おまけその1  町田さんが朝の6時から出かけた理由。

 この部屋に来るの、何回目だっけな。
 部屋にブザーを鳴り響かせる前の数秒間、考えて。
 鳴らすのをためらったわけじゃなくて、予感がしたから。
 そして、的中してしまったりするから。
 ブーブーって何度鳴らしてみても、いつまでたっても反応はなかった。

 携帯電話を鳴らしてみた。
 ドアに耳を近づけてみたけど、先生の好きな時代劇のオープニングテーマは聞こえてこない。
 授業中にだって鳴らすくせに、こういうときだけ。

 液晶画面の時計が、6時55分から56分へと表示を変えた。

 いつもは約束の一時間前とか、余裕なくせに。
 こういうときだけ。特別なときだけ。

 ナオはため息をついて、なんとなく目に付いたドアノブに手を伸ばしてみた。
 そしたら、来るはずの感触がなくて、最後まで無事に回ってしまったりするから。

「……先生ってば、ダメ」
 ナオは呆れたように呟いた。
 一人暮らしする社会人として、ダメだった。
 そっとドアを閉じて、部屋に入り込む。何回目だっけなと思いながら。
 カーテンが閉まっているせいで、そこはまだほんのりと暗い。
 暗いけど、相変わらずなのは分かった。
 床に落ちているプリントやら本やらを踏み分けて、奥へと進む。
 ただ肝心の、部屋の主の姿がない。

「先生?」

 やっぱり返事はない。
 もしかしなくても、ベッドの上で山のような形になっている布団がそうなのかな。
 と思って、慎重にそばまで近づくと、布団からはみ出した足が、枕に乗っかっているのを見つけた。
 足の位置を高くして寝ると次の日に疲れが残らないんだよ、とかなんとか、そういえば言ってた気もする。
 ってことは、頭はあっちで。
 規則的に揺れてる布団の頂上あたりが肩かな、と思った。
 揺すり起こそうとして、ふと床に放り投げられたジャケットと、丸くなった靴下二個が目に入った。
 ナオは少し迷ってから、それらを拾い上げて、洗面所のほうへ消えた。

 

 ガコガコと、一際大きな音を立てて洗濯機から水の流れ出す音がした。
 むくっと布団が動いた。続けて、ゆっくりと先生が体を起こした。
 台所の流し台の横で、ボールの角に卵をぶつけようとしていた手を止める。

「おはようございます?」
 こちらを向いた先生の顔は、まだ寝ぼけてるみたいだった。

 ナオは内心苦笑しつつ、卵を割った。
 ボールの中でかき混ぜて、塩と牛乳を加える。
 冷蔵庫にうちと同じ銘柄の牛乳があって、そんなことが嬉しかった。
 それでも、スクランブルエッグぐらいしか作れない自分の腕を呪わずにはいられないのだけれど。
 温めて置いたフライパンの上に、バターの固まりを転がす。
 突然、にゅっと後ろから二本の手が伸びてきて、羽交い絞めみたいにされた。

 ……誰の手かって考えるまでもないのだけれど。

「先生?」
 振り向こうとして、それもできないことにびっくりする。びくともしない。

「……なに作ってるの?」
 目覚めたばかりの、いつもより低い、囁くような声。
「スクランブルエッグ、です」
 答えたら、ふーん。って、先生の息が、肌のすごく近くを通り抜けるのを感じた。
 ほのかにアルコールのにおい。

「先生、お酒飲んでたんですか?」
「うん、昨日の夜、日高に掴まって……それであんまり寝れてなくて……」

 語尾に向かって、声はだんだんやる気をなくしていった。
 日高っていうのは代休でやってきた臨時の保健室の先生の名前だったような。
 ことん、と肩に先生の頭が乗っかるのを感じた。
 がっちり回されている腕のせいで、身動きがとれない。
 フライパンの上でバターがこげていくのも、ただ見てるしかできない。

「あの、バターが……」

 訴えると、片方の手が動いて、コンロの火を消した。
 ほ、とナオが息をつくのと同時に、くるっと身体を回されて、今度は正面から抱きしめられた。
 ワイシャツにはたくさんしわが付いていて。
 着替えるのが面倒になるくらい、遅くまで飲んでたのかな、と思う。
 油断してたせいなのか、先生の唇がおでこに触れて去っていくまで、反応するのも忘れてた。

「……なんか今日の先生は、大胆モードなんですか」
「うん、せっかくの夢だし。じゅうぶん楽しまないと」

 ナオはまじまじと先生の顔を見上げる。
 穏やかに笑うその顔のほっぺたをつまんで、しかめ顔に変えてやる。

「ナオ?」
「先生、牛乳飲んでください」

 ひるんだ隙間に抜け出して、ナオはなみなみとコップにおいしい牛乳を注いで、渡した。
 押され気味に受け取った牛乳。先生は一口飲んで、ナオを一度見やって、それから一気に飲み干した。
 飲み終わったあと、思い切り渋い顔をした。
 牛乳とアルコールの組み合わせはあんまりよくないのかもしれなかった。

「なんで、町田がここにいるんだ?」
 正気を取り戻した声が言う。びっくりしていて。
 先生のワイシャツに、赤っぽい小さな染みができているのを見つけた。
 ナオは自分の唇に手を当てて、気恥ずかしくなってうつむいた。
 その様子を、不思議そうに先生が見やる。
「待ち合わせの約束って10時じゃなかった?オレ、勘違いした?」
「ううん、鍵開いてたから……」

 じゃなくて。
 と、ナオは自分で自分を否定した。
 恥ずかしいけど、そうじゃなくて。それだけじゃなくて。
「せっかくのクリスマスイブ、だから」

 きょとん、と先生が固まった。
 しわくちゃになったワイシャツのままで。寝癖の残ってる頭で。
 まだ寝ぼけたままで。

「今日は先生とずっと一緒にいたくなって、だから」

 だから、早く起こしちゃってごめんなさい。

 

 

 

 

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