おまけその2 先生の唇についてたものって。 「メリークリスマスのメリーってどんな意味なんですか?」
「さあ?分かんないな」
「先生なのに分かんないんですか?」
「あ、それって差別で偏見だ」
悔しい、と言って先生がすねた。
そして、差し出された手に手を重ねながら謝ったら、いいよってすぐに笑った。
手を繋いで歩ければ、それだけでいいです。
クリスマスイブだからって特別なことは一つもなくて。
ていうか毎日が特別だから。今日くらい普通がいいです
そうなの?そういうものなの?と出かける最後まで、先生に念押しをされた。
「じゃあデパートで買い物でもする?」
「うん。それがいいです」
人がごった返す道で、わざと手を繋いで、わざと歩きにくくする。
目が合うたびに先生は、少し弱った笑顔をくれた。しょうがないなぁ、って感じの。
時々こういう顔を見るときがあるけれど、決まってどうしてなのか分からなくて。
今日の先生の服装のせいかもしれない。
あんまり見たことのない、寒い冬の色の服。
学校でスーツ姿はよく見るけれど、それとは少し違う気がした。
よく、分かんないのだけど。
お目当てのデパートに着いて、ガラス張りの入り口をくぐる。
お化粧をばっちりと決めた制服姿の女性たちの晴れやかな笑顔に迎えられる。
先生はきょろきょろと辺りを見回したと思ったら、一直線にエレベーターを目指した。
手を引っ張られてナオも慌てて早足になる。
閉じかけた扉を、半ば強引にこじ開けるみたいにして、中に滑り込んだ。
他のお客さんは乗っていなかった。
同じような早足取りで掛けて来るおばさんを無視して、先生はさっさと閉めるのボタンを押した。
「あ……」
おばさんの口が何か言いたげに開いてそれきりだった。扉が閉じてしまった。
がたん、と緩やかな衝撃と一緒にエレベーターが上昇を始める。
電車とかじゃ、妊婦さんと、ちょっと太り気味な女性との区別もつけれずに席を譲ってしまうのが先生なのに。
とってもらしくなかった。
「先生……?」
ごめん、って先生お得意の先手必勝文句も聞こえるか聞こえないかで。
唇に触れていた。唇が。
アルコールのにおいはもうしなかった。
「……っ」
一ミリの隙間も見つけられなくて、抗議とかしたくてもできない。
唯一袖を引っ張っていた抵抗も、少しして諦める。
しょうがなく、先生ごしに増えていく階数を見る。
秒数より少し遅めに進んでいってるような。
途中で止まって扉が開いたらどうしようかなと考えて。
13階まで直通だ、と遅れて気がつく。
何かを必死で考えていないと、全部持っていかれそうだった。本音はそれだった。
先生は、頼めばたいていどんなことでもしてくれるけど。
自分のしたいこともきちんとするのが先生で。
本音は、時々分かんなくて、少し怖くなったりもする。
どうにかなってしまいそうで。
13階に到着した合図をきっかけに、扉が開く。
乗り込んでくる人たちをかき分けて、ナオは一直線にフロアに出た。今度は先生が後を追いかけてくる番だった。
「町田、あのさ……」
「トイレ」
先生の言葉を遮って、三文字だけ言う。
「トイレ、行ってきます」
顔を上げられないのは、なんでか泣きそうだからとかそういうのもあるんだけど。
顔が赤いの、息継ぎができなかったせいだとか、上手く言い訳する自信がなかったからで。
しょうがないなぁって先生に、笑われたくなかったからかもしれない。
化粧室で鏡に映った自分とにらめっこをしながら、ナオは一つ、ため息をついた。
鞄にそのまま入っていた、口紅を取り出して、唇に当てる。
唇からはみ出すたびにやり直しをして、何回目になったか分かんない。
隣の化粧台を使う女性も入れ替わって、何人目になったか分かんない。
(だって、口紅なんて上手くぬれないです)
せいぜい似合うのはリップクリームぐらいだって。
そんなの、すごくよく分かってます。
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