おまけその3a 町田さんが朝帰りした理由。 肩を大きく上下させながら、エレベーター使うの忘れた。って乱れた呼吸の合間に言う。
そんな人に言えることってあんまりなかった。
「あの……町田?」
と、後ろから控えめな呼びかけ。
「なんですか?」
と、振り向かずに答え。
「怒ってる?」
「別に怒ってないですよ」
「なんで怒ってないのっ!?」
って叱られても。どうしていいか分かんないし。
「なんで、先生が怒ってるんですか?」
もっともな意見だと思うのだけど、先生はひるまない。
「だって、オレが悪かったから。ちゃんと待ってなかったのもそうだし。携帯電話マナーモードで気付かなかったのもそうだし。それに、……そもそも我慢もできなかったし。
だから、町田には怒る権利があるし。義務もあると思う。そうじゃないと、オレも謝れないし、言い訳もできないだろ」
「別に怒ってなくても、言い訳ぐらい聞きます」
せっかく心の底に封じ込めたのに、少し強い調子で言い返してしまった。
クリマスイブだから。
地下街も人で溢れていた。
そんな中でも、大声でケンカをしながら歩いてたら、目立つみたいで。
くすくすと笑いながら横を通り過ぎていく女性の二人づれを、ナオはうつむいてやり過ごす。
早起きして、頑張って、おしゃれして。
こんなはずじゃなかったのにな、ケンカとか予定外で。
ふわり、と右手を包んだ感触があった。
気が付くと先生は隣に並んでいたりする。許可もなく。
当たり前みたいに手を繋いで歩く。
「ほんとはオレ、朝会ったときからずーっと我慢してたんだけど」
先生にしては珍しく、こっちを見ないようにして。前を向いたまま話を切り出した。
だから、何をとか聞いて邪魔しないようにする。
「エレベーターとかで。あんなに都合よく二人きりになれるなんて予定外で。全然準備できてなくて」
先生が自分で演出していた気もしないでもなかったけれど、これもやり過ごす。
「サンタさんありがとうって思っちゃったんだよね。ごめんね」
先生は、怒ったり謝ったりして、忙しい。
その横顔を見ながら、別に怒ってないんですけど。と心の中で、もう一度言う。
だって、サンタさんありがとうなの、お互いさまだった。
って。こんな風に思うのは、どっか変なのかな。
「とりあえず、最初の以外は謝んないでいいです」
「え、どれ?」
「トイレ、時間かかっちゃったから。あたし、口紅自分でだと上手くぬれなくて」
ああ、って先生は何か思い出したように視線を泳がせる。
「だから口紅つけるのなんてやめようって本気で思ったんですけど」
「え。それダメ。反対」
口を挟む先生をきっと睨みつけてやると、しゅんとなって後ろに下がっていった。
「……でも、そんなに怒ってほしいんだったら、あたし、このまま家に帰ることにします」
「え」
「家族でクリスマスやるからいいです。別に先生とじゃなくても」
ナオはくるりと向きを変えて、地下鉄の駅に一直線に向かおうとした。
こういうときの先生は、普段からは想像できないくらい俊敏で。
反対側の手に提げていた、大きな袋で行く手を遮った。
四角いこの形って、もしかして。
「グラマシー・ニューヨークのいちごのケーキ、ホールで買っちゃったんだけど」
いつのまにそんなの、買ったんですか。
大きな荷物を持っているのには気付いていたけど、先生のことだから本とかそういう類のものだって決め付けてた。
「さすがに一人じゃ食べきれないんで……」
すがるように先生の手がもう一度ナオの手を掴まえて、離さない感じで。
続けて言った。
「今日はこのままオレの家においでよ」
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