『NHK紅白歌合戦』の第1回は、昭和26年1月3日に放送を開始、トップバッター菅原都々子さんが歌う「憧れの住む町」が流れるや、スタジオ内の熱気が日本中に響き渡り、NHKの電話回線が不通になったというエピソードまで残っている。
日本がサンフランシスコ条約に調印し、マッカーサーが解任され年のことであった。翌27年の第2回は90分に拡大して放送された第3回が28年1月2日、第4回はこの年の12月31日に放送されている。つまり、昭和28年には2回放送されているが、これは第1回から第3回までは年に一度の歌謡エベントとしてはまだ定着していなかったからだ。
大晦日恒例の公開番組として定着していくのは、テレビが本放送を開始する第4回からであった。『紅白合戦』が大晦日になったのは、正月は興行の世界がかき入れ時で、会場の確保が困難だったため、興行の少ない大晦日のほうが大会場を抑えやすかったためと言われている。
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