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ブリック ファン タウン 2008
Brick Fan Town 2008
イベント開始 2008年9月13日
展示 〜2009年1月12日
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■1763年6月
2頭立ての4輪のワゴンが木立の中を走って行く。
こげ茶色とブルーグレーの2トーンに塗り分けられた車体、
上品に仕上げられた銀色の飾り線は木立の中で時折きらっと光るように見える。
馬車の中には小さな少年と少し年上の少女が寄り添い合うように眠っている。
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少年の足はまだ馬車の床に届かない。
その足元には馬車の内装と同じ赤いビロウドを張った足乗せ台が置かれていた。
彼らの正面には父親らしき人物が座っている。
彼も眠っているように見える。
少女がみじろぎをしたはずみに少年の目が覚めた。
見知らぬ場所で目が覚めたという感じではない。
明らかに旅慣れしたその表情は正面に座っている父親の姿を確認すると
横に眠っている少女を起こさないようにとまた目を閉じる。
木立を抜けてときおり顔にかかる光は目を閉じていても感じられる。
少年はその光を頭の中で音符に書き換え始めた。
光が音となって少年の脳裏で遊ぶ。
美しい自然の子守唄の中でいつしかまた眠りに落ちて行く。
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ワゴンに伝わってくる振動が変った。
車中の3人はいっせいに目を開ける。
どうやら街に入ったらしい。
土の音から石畳の音に変わったのだ。
少年は父親に目を向け、問うた。
「おとうさま、今日はどこで演奏するの?」
かわいらしいきれいなボーイソプラノだ。
父は優しいテナーで答えた。
「今日は伯爵さまのお嬢様の結婚祝いの演奏会だよ。 そして君たちは生まれて初めての体験をすることになるのだよ。」
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彼らはヨーロッパのあちらこちらを旅しながら貴族やお金持ちのお屋敷で、時には宮殿に招かれて演奏をしていた。
父はもともと宮廷音楽家でヴァイオリニストだった。
彼は幼い息子と娘に音楽を教え、そしてその才能を見抜いた。
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幼い少年と少女ののあどけないながらもきちんとした装い、礼儀をわきまえたたち振る舞い
(もっとも昨年、少年は宮殿で転んで立ち上がるのを助けてくれた姫に求婚をするという愛らしい失態もしていたのだが)。
そして年齢には見合わないほど質の高い演奏。
特に少年は自分で曲を作るという方向にも素晴らしい才能を見せた。
彼らはどこに行っても歓迎された。
父はそれが大変自慢で、子供たちと一緒にあちらこちらと一緒に旅をするのを好んだ。
母親はいつも彼らの体を心配していた。
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「初めての体験ってなぁに?」
少年の目は好奇に輝いた。傍らにいる少女も父の方を見上げる。二人ともまだしっかりとグレーのフランネルのブランケットにくるまったままだ。
「今日はね、昼間は外で演奏をするんだ。今までのように部屋の中じゃない。屋外での演奏会なのだよ。」
少年はちょっと考えてから言葉を口にした。
「お外にピアノがあるの?」
「もちろんさ。もうすでに調律師さんが先に行って、君たち用に合わせてくれているはずだよ。」
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今まで黙っていた少女が口を開いた。少し大人になりかけたばかり、母親譲りのやわらかなアルトだ。
「その街には空中庭園があるって聞いたわ。一昨日演奏した時に次の場所を知っていらっしゃるお客さまからお聞きしたの。おとうさま、空中庭園って何かしら?」
父親は少し困ったようにあごひげに手を当てた。彼も実際に見たことがなく、話に聞いただけだ。しかもその話を聞いてもその姿はまったく想像ができなかった。
「お父さんも見たことはないのだよ。だけどそこを訪れた人はみんな一様に素晴らしい眺めだったと言っていた。まるで天国のようだという表現をしている人もいたよ。」
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天国のような公園。空中庭園。
どんなものだろう。
少年は想像をめぐらした。
空に浮かぶ雲の上にきれいな花が咲き乱れ、それをとなりの雲から眺めている自分。
そこでピアノやヴァイオリンを弾く自分。
外で奏でるピアノの音はどんな感じなのだろう。
室内で弾く時はいつもどんなに広い部屋でも反響音があった。
少年はその音が嫌いではなかったが、特にヴァイオリンを弾く時には反響音を邪魔に思うこともあったのだ。
すべての音は空が聞いてくれて、風が運んで行ってくれる。
少年はそんなことを想像して期待に胸を膨らませていた。
少女は少し不安そうだった。
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「今日は風が強すぎやしないかしら。ドレスを押さえながらピアノに向かうのは無理だわ。」
少女のいかにも女の子らしい不安に父親は優しく答えた。
「大丈夫だよ。今日はそんなに風は強くない。そして君たちはどんな場所でも立派に演奏する技術を持っている。
お父さんはそれが誇りなのだよ。」
少女は少しうつむいて、ドレスの心配などくだらないことを言ってしまったことを後悔した。
でも父は怒った様子ではなかったし、大好きな父から誇りだと言ってもらえるのは少女にとっても大きな喜びだった。
突然、少年が声を上げた。
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「見て!あんなところに道があるよ。そしてあっちにはあんなに高い所にお花が咲いている!」
彼らが見る初めての空中庭園だった。
それらは想像を超えた大きさで馬車道の上にそびえたっているように見えた。
御者すらも馬車の速度を少し落として目を上げてしまったほどだ。やがて3人は大きなお屋敷の玄関ポーチに着く。
ここで一度伯爵さまにご挨拶をして、すぐにまた会場に向かわなければならない。
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空中庭園に夢中になっていて見落としてしまったが、
彼らが演奏する場所は空中庭園の回廊からちょっと離れたところに見える野外音楽堂であった。
白いジャケットに金のボタンというお仕着せを着た召使いに案内されて、伯爵さまにご挨拶をし、北側の小さな部屋
(と言っても大きなベッドが2つ、その上には羽布団がふかふかと整えられていた)に旅の荷物を置いて、演奏用の服に着替えた。
普段はここから演奏する音楽室までの道程を着て歩くだけの服だが、今日はこのまま外を歩くことになる。
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薄いブルーのジャケット、同じ生地の半ズボン、ブルーグレーのベストから金色の鎖をのぞかせ、
白いタイツと大きなバックルのついた黒のエナメルの靴を履いて、いつもちょっと邪魔だと思う白の鬘をかぶる。
少年の支度はすぐに終わった。
父も鬘をかぶり、オレンジに近い赤に金のモールのついた宮廷音楽隊の制服に身を包んだ。
いつものことながら少女の支度が一番遅い。
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淡いさくら色のドレスについたまっ白なカラーの一番上のボタンまでいくつもの貝ボタンを留める。
ドレッサーの前に座り髪を編む姉の姿を少年はおっとりと眺めていた。
少年はこの時間がとても好きだった。
髪をすべるブラシの音が音符に変わる。
ピンを留めていく音は打楽器のように響く。
大きなリボンをつけてまとめあげると、少女は立ち上がった。
父親は少女をエスコートするように右腕を差し出す。
少年はその後から続いて部屋を出た。
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馬車で送って行ってくれるという申し出に、少年は父親を見上げた。
少女ももちろん同じ表情で父を見上げる。
開演まではまだ充分に時間がある。
父親は左右に並ぶ子供たちを見、そして執事に空中庭園を歩いていってもいいかと尋ねた。
いつもならドレスやリボンを気にする少女もこの時ばかりはそんなことを忘れていた。
歩くと大人の足でも30分くらいというその距離を、少年は小さなヴァイオリンを抱え、
父は自分のヴァイオリンを持ち、少女は楽譜の入った革のケースを大切に持ちながら歩いた。
回廊の上は風が抜けて気持ちがいい。
遠くに海が見える。
下の中庭を散策しているきれいなドレスを着たご婦人が見える。
本当に夢のような景色だった。少年の頭の中にはたくさんの音符が浮かんでいた。
空中庭園から劇場が見えた。
少し先まで通り過ぎてから下りて、あまり人目につかないよう、横から劇場に向かう。
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劇場は少年が想像していたものをはるかに超えていた。
どっしりとした石積みの建物。
正面には階段状に並んだ客席がありその上には大きなアーチが見える。
太い石の柱に支えられたステージにはピアノがすでにしつらえてあるのが見えた。
劇場の横の入口のアーチをくぐって入ると、中には控え室があった。
大きな重たい木ドアを父親が開けてくれる。
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少年は控え室に入るとバイオリンをケースから出し、空いている椅子の上に丁寧に置く。
少女は楽譜を取り出し、今日の演奏曲と順番を確認するように読み上げる。
3人は客席の下の控室を出て短いトンネルを縦に並んで歩いた。
光に溢れたトンネルの出口からはキラキラと輝く湖を背景にステージが見えた。
そうして少年はステージに上がった。気の早いお客さまが幾人かもう座っていた。
彼らの評判はこの街にもすでに届いているらしい。
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ステージ上で3人は軽くお辞儀をする。
調音の為にボウを弾いた。
少し調整をしただけですっきりとしたAの音が心地よく響いた。
ピアノも姉弟の好みにぴったりの柔らかいタッチで調律されている。
そこに父親の少し太めのヴァイオリンの音が重なる。
少年の胸は高鳴った。
水の音、風の音、天上から聞こえてくる花のすれあうわずかな音。
それらがすべて音符となって彼の体中に響き渡った。
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少年は即興で短い音楽を奏でた。
少女はすぐに気がつき、それに合わせてピアノを弾く。
父親のヴァイオリンもそっと支えるように続く。
やがてそれは3人のかけあいになり、また合わさり・・・。
噴水のナーイアスたちが奏でる水の音、公園の木擦れ、軽やかに孔雀門から抜けてくる風の音。
公園の小さな時計が時の鐘を鳴らす。
美しく調和した調べは街全体に広がっていった。
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少年の名はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
7歳の春の日の一幕。
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