記事No | : 1953 |
タイトル | : ファンタジー・・・。 |
投稿日 | : 2013/03/22(Fri) 10:51:37 |
投稿者 | : 桃青 |
空、無自性は清々しい。
空、無自性の清々しさを知ってしまうと、宗教的ファンタジーとは違うところで、苦悩に対する中観的導きを聞いてみたいものだと願ってやまない。
「お母さんはあなたの苦悩を引き受けて認知症になってくださったのだ。
お母さんは、あなたが認知症になるところをあなたの代りに認知症になることによって救ってくださった菩薩なのです。」
って、なにが言いたいのだろう?
イスラレルの民なり全人類なりの罪の身代わりに十字架に架かったイエスか??
子供がいないかたで認知症になったかたは、誰の身代わりに認知症になったというのだろう?
客観的に見れば、私がこの先認知症にならないという保証はない。
認知症の原因が悩にある種の蛋白が異常に蓄積されるということなら、遺伝的要因も大きい(太りやすい体質は遺伝する。というように)のだろうから、母と何十年も同じ食生活を送って来た私は、どちらかといえば認知症になる確立は高いといえるだろう。
母は健康を大切にし早寝早起き、規則正しい生活とバランスの取れた食事をとることを心がけて来た。
今、世間で言われているように「認知症も生活習慣病。こういうひとが認知症になる。」といって数え上げられるような生活をまったく送っては来なかった。
それでも認知症になったのだから、「こういう生活をしていると認知症に成るよ。気をつけなさい。」と、私に身をもって示すために認知症になったとも考えられない。
日々大量に垂れ流される大小便を処理する苦悩を救うものは、垂れ流す姿に菩薩を見て手を合わせる心よりは、性能の良いリハビリパンツや補助しやすい広いトイレ、介護者専用の心おきなく汚物のついた衣服が洗える乾燥機付き洗濯機のほうが有効だ。
そして認知症から来る予期せぬ異常行動の見守りを時々バトンタッチしてくれる「人」だろう。