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トラブルと遊べ! ヤンチャボーイ  〜ポタラで大騒動〜


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トラブル 2:カプセルコーポの悩める子羊たち

 「とにかく、おとうさんに来てもらいましょう。おとうさんなら、界王神さまからポタラの合体を解く方法について何か聞いているかもしれないし……」
 悟飯は同情のこもった目でトランコロを見ながら言った。トランコロはよりによって悟飯に知られてしまったことにショックを受け、うなだれたままだ。
 一同はビーデルが煎れた紅茶とケーキの皿を前にして、テーブルを囲んですわっている。最初はトランコロの姿を見るなり悲鳴をあげたビーデルは、今はどうにか落ち着いていた。
 だが、それでもまだトランコロの姿に慣れないのか、悟飯にぴったりと寄り添うようにして、時々こわごわとトランコロのほうをうかがっている。

 ベジータはいまいましげに言った。
「ふん、カカロットが来たところで頼りになるとは思えんが……まあいいだろう。いないよりましか。……それにしても、ブルマのやつはどこへ行きやがった。事情を知っているのもあいつなら、ドラゴンレーダーのありかを知っているのもあいつだ。くそ、こんな時に限って」
 ブルマを携帯で呼び出してみたのだが、よほどの僻地にいるのか、電源を切っているのか、応答しなかったのだ。

 早速、悟飯が家に電話をして事情を話すと、受話器を置くか置かないかのうちに、悟空がチチを伴って瞬間移動で現れた。
「よっ、ベジータ!」
「ごぶさたしてるだ」
 悟空とチチは口々に挨拶すると、何気なくトランコロのほうを見てのけぞった。
「ひょーっ! これがトランコロか」
「ピッコクスだべ? いや、ピランコスかも知んねえぞ」
『トランコロだ』と、トランコロは渋々認めた。
「見ろ〜、オラの言った通りだ、な?」
 悟空が得意げにチチに向かって言う。

「きさまら、のんきにそんな事を言っている場合か! カカロット、今すぐブルマの気を探って瞬間移動でここに連れて来い。オレが気を探りながら探し回るより、はるかに早いはずだ」
 腕組みをして横柄に言うベジータに悟空は、「おう、わかった」と快く応じると、人差し指と中指を額に当てた。

「ブルマさ、いねえだか。帰って来てトランコロを見たらショックだろな〜。もう愛せねえべ?」
「しっ、おかあさん、聞こえますよ。トランコロさんがグレてしまったらどうするんです」
「ええっ、あのバケモノがグレて街で暴れたら、あたしたち出動しなきゃならないわよ。あたし、あんなのと闘いたくない」
『き、きさまら、好き勝手なこと言いやがって……』
「ちょっと静かにしてくれねえか? これは集中しねえと出来ねえんだからよ」
 悟空が我慢しきれずに言うと、みんな、バツが悪そうにシーンと静まり返った。

 再び悟空は精神統一に入る。ブルマのように弱い気は探りにくい。眉間にしわを寄せ、固く目を閉じた悟空の額に一筋の汗がつたう。
 重苦しい緊迫の時が流れた。

 ぐぎゅるるるうるるるうぅるるるるるるるぅぅぅ〜

 間延びした情けない音があたりに響きわたった。
「な、何の音?」
 ビーデルが警戒した面もちをトランコロに向けると、彼は『オレは無実だ』と言わんばかりに首をプルプル振っている。
 悟空が頭をかきながら、あっけらかんと笑った。
「悪りぃ! オラの腹の虫だ。気ぃ使ったらハラ減っちまって……。おい、ベジータ、なんか食わしてくんねえか?」
「きっ、きっ、きっ、きっさまぁあぁぁ〜、緊張感のねえ音出しやがって!!」
 額に青筋を立てて怒っているベジータに、悟空が「すまねえ」としきりに謝っていると、トランコロがぽつりと言葉をもらした。
『オレも腹減ったな……』


「うめーっ、ブルマんちのメシはうんめえなーっ」
 悟空はテーブルを埋め尽くされたご馳走の山を片っ端から片づけながら、チチの方を向くと「でも、やっぱチチの作ったメシが一番だけどな」とつけ加えることを忘れなかった。
 チチは「当然だべ」と満足そうにうなずいている。
「こんな時に人んちでばかばかメシ食らっといて好きなこと言うな!」
「そう言うおめえも一緒になって食ってんじゃねえか、ベジータ」
 悟空がむぐむぐと口いっぱいに頬張りながら言った。
「うるさい! オレの勝手だ。きさまが目の前でうまそうに食ってるのに、犬みたいにおあずけくらってたまるか」
 ベジータも冬眠前のリスのように頬を食べ物でいっぱいにして言い返している。

「トランコロさん、食べないんですか?」
 悟飯が気づいて言った。競争するようにがつがつと食事するふたりのサイヤ人の間にはさまれて、トランコロは黙って皿を見つめたままだ。
『オレ、こういうの食べない。水がいい』
「やっぱ、ベースになってんのはピッコロなんだなあ」
 悟空が感心したように言った。
「おい、悟天、トランコロに水持ってきてやってくれ」
「うん、わかった」
 悟天は腰軽く立っていくと、グラスに水をくんで戻ってきた。

「はい、トランコロさん」
「…………」
 トランコロは何か言いたげにしている。悟空が「ん?どうした」と顔を寄せて聞くと、彼は何事か悟空に囁いた。
「バケツで欲しいってよ」
「バケツですか?」
 悟飯が驚いて聞き返した。
 何だかよくわからないまま、悟飯がバケツにいっぱいの水をくんでトランコロの前にドンと置くと、彼はバケツをガバッとひっつかみ、猛烈な勢いで飲み干した。
『おかわり!』
 水を一気飲みしたトランコロは、からになったバケツを悟飯に差し出した。


 その後が大変だった。トランコロの食欲(?)はとどまるところを知らず、次々と水のおかわりを繰り返して、最後には防火用の蛇口につないだ消防用ホースをくわえて、がぶがぶ飲んだ。
 彼のおかげで西の都はとうとう断水になってしまった。

『ふぅ〜っ、飲んだ飲んだ』
 トランコロは満足そうに腹を丸くなでると、ポンポンと叩いた。一同はあっけにとられて彼の腹をながめた。
「サイヤ人の食欲がこんな形で出るとはなあ」
 悟空が感心して言った。
「これから水道代が大変だべ」
「大丈夫だよ。トランクスくんの家は大金持ちなんだから」
 チチと悟天の会話に、ベジータは逆上して叫んだ。
「じょっ、冗談じゃねえ!! オレは認めんからな。誰がこんなヤツを家に置くか!!」
『そんな、パパぁ……』
「ええーい、その野太い声でパパと呼ぶんじゃねえ!!」
「まあまあ、いいじゃねえか、ベジータ。こいつの半分はトランクスなんだからよ。息子と認めてやれよ」
 カリカリするベジータに悟空が気楽に笑いかけた。
「あとの半分はピッコロだぞ……」
 青い顔でそう言うと、ベジータはまた「うぷ」と口もとを手で押さえた。
「カカロット、きさま、よく平気だな。オレはあの手の生き物はなんだか……」
「そう言やあ、おめえ、ニョロニョロしたのもダメだって言ってたなあ。もっと精神を鍛え直した方がいいんじゃねえか?」
「黙れ! オレはエリート育ちで神経が繊細なんだ。きさまのような大ざっぱなヤツと一緒にされてたまるか」
 悟空は頭をかきかき、照れ笑いしてチチを振り向いた。
「ははは、ほめられちまった」
「ほめるかっっ」

 ベジータはかみつきそうな勢いで怒鳴った。
「つまらんボケかましてる間にとっとと行ってブルマを探してきやがれ!」
「それがよ〜、今度は腹がはちきれそうで、集中できねえんだ。やっぱ、腹八分目にしときゃよかったな〜」
「きさま……いったいここに何しにきたんだ……」
 拳を握りしめて、ふるふる震えているベジータの横から悟飯が思い出したように言った。
「おとうさん、やはりポタラでの合体を解くことは無理なんでしょうか?」
「無理だ。それは老界王神のじっちゃんも言ってた」
 悟空がきっぱり断言すると、望みを絶たれたトランコロは再びがっくりと肩を落とした。
「でもよ、心配すんな」
 悟空はトランコロに近づいて行って、その肩をポンとたたいた。思わずトランコロは期待を込めて悟空を見る。
「ポタラで合体すっと、フュージョンよりずっと強くなれるってよ。よかったな!」
「おとうさん、フォローになっていません……」
 悟飯が溜息混じりにつぶやいた。


 とにかくブルマの帰りを待つことにし、めいめいは広いリビングの中に散って、思い思いに時間をつぶすことになった。
 トランコロは壁際の観葉植物のそばに行き、腕を組んで壁にもたれた。
 悟飯と悟天はトランコロから少し離れた窓際に立ち、給水車が走り回る街を見下ろしながら、ビーデルととりとめのない話をしている。

 師匠の不運に心を痛めている悟飯に、ビーデルは何か言いたげにもじもじしている。そんなビーデルを見て、悟天が言った。
「ビーデルのおねえちゃん、トイレはあっちだよ」
「違うわよ! 失礼ねっ」
「どうかしたんですか? ビーデルさん」
 悟飯も彼女の落ち着かない様子に気づいたらしい。
「ご、悟飯くん、あの……」ためらいがちに口を開いたビーデルは、「う、ううん、いいわ。何でもないの」と、思い直したように顔をそらして溜息をつく。
「…………?」

 悟空とチチは並んでソファにすわっている。ひとり離れてすわったベジータは、遅々として進まない時計の針を絶えず気にしながら、TVをつけたり雑誌をめくったりしては舌打ちを繰り返している。
「ちったあ落ち着けよ、ベジータ。おめえがイライラしたってしょうがねえじゃねえか」
 返事の代わりにギロッと悟空をにらむと、ベジータは持っていた雑誌をマガジンラックにつっこみ、別の雑誌を手に取った。
 チチは悟空の服をひっぱり、小声で夫に釘を刺した。
「悟空さ、ベジータを刺激すんじゃねえぞ。もっと話がややこしくなるだからな!」
「おう、わかった」
 悟空は神妙にうなずいて、トランコロをながめながらつぶやいた。
「でもよ、トランコロはいい修行の相手になると思うぞ。一緒に暮らしたら毎日組み手が出来るじゃねえか。オラだったら、わくわくすっけどな」

 当のトランコロは腕を組み、目を閉じて相変わらず同じ場所で壁にもたれている。彼の中のピッコロとトランクスは、スィッチが切り替わるようにして、かわるがわる現れるようだ。
 また、水をガブ飲みした時のように、ふたりがひとりに融合したような人格も時たま現れる。不完全な合体のしかただが、このポタラの効果はそういうものらしい。

 彼の中のトランクスがピッコロに呼びかけた。
『ねえ、ピッコロさん、オレたちってそんなにひどい姿なのかなあ。オレ、自分でけっこういいセンいってると思ってたんだけど……自信なくしちゃうよ』
『オレも納得できん。オレは地球人じゃないが、おまえたちとはちょっと違うかな〜、という程度だと思ってきた。あいつらのあの態度はとうてい許せん』
『そうだよね。……ね、もう一度、鏡で確認してみようか。さっきはびっくりしてあんまりよく見なかったからさ』
『む……しかし……』
『ちゃんと確認してみようよ。意外とオレたち、常識を超越した美、ってやつかも知れないじゃん。凡人には理解できないいいオトコなんだよ、オレたちって』
『……そ、そう……思うか?』
 ピッコロもちょっぴり乗り気になった。
『きっとそうだって! 早く見てみよう。ピッコロさん、洗面所はこっちだよ!』
 トランコロははやる心を抑えながらリビングを出て、洗面所にかけこんだ。

 しばらくたって、リビングにいたみんなは、彼が先程とは打って変わって、どんよりと重い足取りで戻ってくるのを見た。
『見なきゃよかったね、ピッコロさん』
 元いた場所に戻ると、観葉植物の横に力無くすわりこみながら、再びトランコロの中のトランクスは口を開いた。

 かぶりつくようにして洗面所の鏡をのぞきこんだトランコロは、そこに世にも恐ろしい自分の姿を見てしまったのだ。
 確かに常識を超えていた。
 初めて見た時には気づく余裕もなかったが、彼の顔は「ピッコロの悪い目つき×トランクスの悪い目つき」の相乗効果で、ものすごい悪人ヅラになっていた。

 この目で見つめられたら、気の弱い者なら即、ショック死してしまうんじゃないかというくらいのすごさだ。自分の顔だとわかっていても、二度と再びお目にかかりたくないシロモノだった。
『ベジータでさえ、ビビってたくらいだからな……』
 遠い目をしてトランコロの中のピッコロはつぶやいた。

 しゃくり上げる声が聞こえる。そうか、オレが泣いてるのか……トランコロは思った。
『ごめんよ、オレのせいでピッコロさんまでひどい目に遭わせて……。まさかこんな大変なことになるなんて思わなかったんだ』
 さすがに涙声になって殊勝に謝るトランクスに、ピッコロは口元にニヒルな笑いを浮かべて答えた。
『ふん、気にするな。この姿も慣れれば結構楽しく暮らせそうだ』
『ホントにそう思う?』
『…………』

「さっきから何見てるだ? 悟空さ」
 雑誌をめくって「4人分50ゼニーのおかず特集」を熱心に読んでいたチチが尋ねた。
「トランコロだ。あいつ見てっと退屈しねえな〜。あ、今度は百面相しながらひとりで何かブツブツ言ってっぞ。ひゃ〜っ、顔の上半分は泣いてるのに、下半分は笑ってんぞ。器用だな〜。どうやったらあんなこと出来るんだ?」
チチはうさんくさそうに言った。
「危ねえやつだべ。おらは最初見た時からちゃーんとわかってただ」 


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