〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉

堀  晃




シリーズ紹介

 〈情報サイボーグ・シリーズ〉と並ぶ堀晃のSF短編シリーズで、辺境宙域を担当する遺跡調査員“私”と、超LSIに似た構造を持つ結晶生命体“トリニティ”を主人公として、滅びた異星文明の残骸であり、また遺産でもある“遺跡”との遭遇が描かれています。この“滅びた異星文明”というところがミソで、時代の流れに取り残されたような“私”の生き様と相まって、“諸行無常”ともいうべき独特の雰囲気をかもし出しています。

 結晶生命体である“トリニティ”は“表面を網目の金属で覆われた、ひと抱えほどの楕円形の結晶”(「太陽風交点」より)で、“端末機器を接続することで、超高密度結晶回路としての機能を果す”(「塩の指」より)という、いわば“生きたコンピュータ”の性質を持っています。「太陽風交点」でこの“トリニティ”と出会った“私”は、子供を育てるように少しずつ“トリニティ”を教育し、それを受けて“トリニティ”は独自のパーソナリティを形成していきます。このような、“私”と“トリニティ”とのコミュニケーション――パートナーシップとその変遷もまた、シリーズの魅力の一つとなっています。

 なお、アスペクトノベルス版『遺跡の声』の巻末に収録された「著者インタビュー」によれば、“トリニティ”という存在はI.アシモフ「もの言う石」『アシモフのミステリ世界』収録)に登場する珪素生物“シリコニー”のイメージを発展させて生まれたとのことです。





作品紹介

 現在のところ、全部で9篇の短編が発表されています。
 まず、「太陽風交点」・「遺跡の声」『太陽風交点』に、「塩の指」『梅田地下オデッセイ』に、「沈黙の波動」・「蜜の底」・「ペルセウスの指」『恐怖省』にそれぞれ収録されました。
 次いで、単行本未収録だった「救助隊II」・「流砂都市」を加えて全8篇が『遺跡の声』(アスペクトノベルス;1996年)にまとめられました。
 そして今回、新たに書かれた「渦の底で」を加えた全9篇が、『遺跡の声』(創元SF文庫;2007年)として刊行されています。


遺跡の声  堀  晃
 1996年/2007年発表 (創元SF文庫722-02)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 アスペクト・ノベルス版『遺跡の声』に、最新作「渦の底で」を追加収録したもので、シリーズ全9篇が作中の時系列に沿って並べられています。

「太陽風交点」
 遺跡調査員の“私”は、ヘルクレス110番星を訪問せよという緊急指令を受けた。そこには、死んだはずの恋人・オリビアが待っているという。オリビアのもとへと急ぐ“私”の目の前に、突如現れた無数の太陽風ヨット。それは、目的地であるヘルクレス110番星系から飛来したものだった……。
 しがない遺跡調査員としてくすぶっていた“私”にとって、重大な転機となったエピソードです。かつて死んだはずの恋人との“再会”、そしてトリニティとの出会いは、“私”に新たな人生をもたらしたといえるでしょう。また、宇宙空間を漂う無数の太陽風ヨットのイメージが鮮烈です。

「塩の指」
 オネイロス第4惑星の地下に発見された遺跡。その発掘作業を行うために設置された無人基地が、いつしか奇妙な乱れを含んだデータを送信するようになり、ついに機能を停止してしまった。そして惑星地下には、ニュートリノを吸収する何かが。トリニティと“私”が調査に訪れてみると……。
 ある分野で知られている“塩の指”という現象をうまく取り入れた作品です。堀晃はこのような異分野の知識を転用することでアイデアを膨らませ、またそれとのアナロジーを用いて説明するのに長けているように思えます。結末もまた巧みな説明で、イメージが伝わりやすくなっています。

「救助隊II」
 銀河の辺境、プレクトロン星系。太陽面活動の異常から生態系を“救助”するためにやってきた“私”だったが、主星はすでに大規模な太陽面爆発を終えており、生態系は絶滅したものと思われた。だがその時、レーダー・スクリーンにおびただしい数の輝点が映し出されたのだ……。
 プレクトロン星系を脱出しようとする謎の飛行物体の大群、そのイメージは「太陽風交点」の太陽風ヨットにも通じる魅力的なものです。そして、“救助”に訪れた“私”とトリニティを待ち受ける皮肉な結末が何ともいえません。

「沈黙の波動」
 “私”とトリニティは惑星キューマに降り立った。軌道上からは平坦にしか見えなかった地表は、形状はまちまちだが高さも大きさもほぼ一様な、無数の岩の突起で覆われていた。CETIコード――異星の知的生命との接触を伝える信号を最後に通信の途絶えた調査基地は、完全に崩壊していた……。
 石原藤夫〈惑星シリーズ〉の一部を思わせるような作品ですが、アニミズムに通じる部分があるのが面白いと思います。「塩の指」のオネイロス第4惑星に言及されているところにもニヤリとさせられますが、尻切れとんぼになっている感のあるラストには少々不満も。

「蜜の底」
 地球と類似した、呼吸可能な大気を持つ惑星で、資源調査基地の隊員たちが突然行方不明となってしまう。調査のために基地を訪れた“私”とトリニティは、その地下に巨大な遺跡を発見する。時おり吹いてくる生温かい風に誘われるように、地下深くへ進んでいった“私”たちが目にしたものは……。
 何ともおぞましいイメージが強烈な作品で、作中で描かれている“もの”もさることながら、“蜜の底”という表現が何より不気味に感じられます。

「流砂都市」
 一面に砂漠が広がるクルゼ第2惑星で、若手の調査員が消息を絶った。その救助に向かった“私”とトリニティは、赤道に沿って移動を続ける幅500キロの帯状の流砂を発見する。だが、流れているのは単なる砂粒ではなく、奇妙な性質を持った物体だった。流れに乗って移動していった先には……?
 アイデアの展開がすさまじいというか、この発端からこういう方向へ進んでいくとは思いもしませんでした。矮小さと壮大さが同居しているかのような、不思議な印象の作品です。

「ペルセウスの指」
 “ペルセウスの腕”と呼ばれる渦状に伸びた星の帯の最先端、銀河系の最辺境に位置するミュロン星系の第4惑星。遺跡を訪れた“私”とトリニティは、その内部に無数のメモリー・ユニットらしきものを発見する。そして、一切活動していなかったはずの遺跡から、突如信号が送られてきたのだ……。
 作中で語られる、高度情報化社会の盛衰が非常に興味深いところです。そして、結末における“私”の想像が何ともいえない余韻を残します。

「渦の底で」
 サヴァン第2惑星の地表で消息を絶った無人探査機の調査を行うことになった“私”とトリニティ。平坦な鉛色の表面で覆われたその惑星は、探査球を降ろしてみると驚くべき姿を見せた。堅そうな地表に探針がまったく何の抵抗もなく突き刺さり、途端に探査球が吸い込まれてしまったのだ……。
 想像を絶する現象を緻密に描写することに重点が置かれた作品。物語として物足りなく感じられるのは否めませんが、これだけのものを想像/創造できるというところに素直に脱帽です。

「遺跡の声」
 次々と消息を絶つ無人探査艇の行方を追って、“私”とトリニティはアドルム第4惑星に着陸した。やがて、トリニティが聞き取った何者かの“声”を頼りに調査を進めていった“私”たちは、巨大なピラミッド型の遺跡へとたどり着く。そして、トリニティが“声”から読み取った“問い”とは……?
 シリーズの最後となるエピソードです。発表(初出は1976年)から年月を経て、作中の重要な要素の一つが“現実”に追い越されてしまったのは残念な(?)ところですが、それも瑕疵とはいえないでしょう。美しくも無常感の漂う結末が見事です。

2000.07.02 アスペクトノベルス版読了
2007.09.23 創元SF文庫版読了  [堀  晃]


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