〈ヨギ ガンジー・シリーズ〉

泡坂妻夫
『ヨギ ガンジーの妖術』 『しあわせの書』 『生者と死者』 その他短編



シリーズ紹介
[『しあわせの書』カバー(辰巳四郎)より]

 “ヨギ ガンジー”は、泡坂妻夫が“亜愛一郎”、“曾我佳城”に次いで生み出した三人目のシリーズ探偵です。ドイツ人とミクロネシア人と大阪人の混血にして、ヨーガと奇術の達人である彼は、怪しげな心霊術の講演(「王たちの恵み」など)、易者(「隼の贄」など)、役者(「釈尊と悪魔」)、果てはイタコの口寄せ(『しあわせの書』)までこなす器用な才能の持ち主です。どこかうさんくさい雰囲気がつきまとうのも事実ですが、そのユーモラスでひょうひょうとしたキャラクターには不思議な魅力があります。

 デビュー作の「王たちの恵み」では単独で登場していますが、次の「隼の贄」で出会った新興宗教の教祖・参王不動丸が強引に弟子入りし、さらに「釈尊と悪魔」では、ガンジーたちに興味を持った好奇心旺盛な女性・本多美保子が合流して、ガンジーの放浪もよりにぎやかなものになっています。

 ガンジーたちが遭遇するのは、犯罪事件というよりもむしろいわゆる“超常現象”がほとんどで、ガンジーはその奥に隠されたトリックを次々と暴いていくことになります。つまり、犯人が誰かを明らかにするのがメインではなく、基本的には“どうやって超常現象に見せかけたのか?”が作品の中心となっているのです。この点はガンジーの特異なキャラクターにぴったりで、シリーズの大きな特徴となっています。プロットもさることながら、トリックや仕掛けに重点が置かれ、読者を騙してやろうという作者の稚気がストレートに表れたシリーズです。




作品紹介

 このシリーズとしては、短編集『ヨギ ガンジーの妖術』と2冊の長編『しあわせの書』『生者と死者』が刊行されています。このうち『ヨギ ガンジーの妖術』は、まず短編6篇を収録した単行本として刊行され、その後文庫化される際に「蘭と幽霊」が追加されました。
 また、単行本未収録だった3篇が2012年8月刊行の『泡坂妻夫引退公演』【第二幕 手妻】に収録されました。


ヨギ ガンジーの妖術  泡坂妻夫
 1984年発表 (新潮文庫 あ23-2・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 雑誌に掲載された短編をまとめた作品集で、文庫版では「蘭と幽霊」が追加されて全7篇が収録されています。それぞれの副題に示されているように、様々な“妖術”――超常現象が扱われ、バラエティに富んだものになっています。
 個人的ベストは「ヨギ ガンジーの予言」

「王たちの恵み」 〈心霊術〉
 地方の新興都市に設立された〈ソブリンズクラブ〉では、定期的に有名知識人を招いた講演会が催され、その会場に設置された募金箱には毎回高額の募金が集まっていた。しかし今回、講師のヨギ ガンジーが暗闇の中で心霊術の実演を行っている間に、募金箱の中身は消え失せていたのだ……。
 ガンジーが心霊術を実演している最中に起きた募金盗難事件。暗闇の中とはいえ、募金箱に手出しができないような手立ても講じられて不可能犯罪となっていますが、意表を突いたその真相は実に鮮やか。そして、そこに説得力をもたらすガンジーの説明もよくできています。

「隼の贄」 〈遠隔殺人術〉
 若者たちを集めて〈黄金の隼会〉という新興宗教を作り上げた謎の男・参王不動丸は、呪術による予告殺人を行うと警察に挑戦してきた。被害者の名前を密かに記した紙は銀行の金庫に厳重に保管され、予告当日になって開封されてみると……そこに書かれた人物は確かに不思議な死に方を……。
 カーター・ディクスン『読者よ欺かるるなかれ』を彷彿とさせる、念力による遠隔殺人とその予言を扱った作品。“どうやって予言を成立させたか”自体もさることながら、“ある部分”を隠蔽するミスディレクションが秀逸です。“敵役”の参王不動丸も印象深い人物ですが、ガンジーに弟子入りするあたりはやはり、ブラウン神父もののフランボウを意識したものでしょうか。

「心魂平の怪光」 〈念力術〉
 農民に副業としてを飼育させていた男が、約束の代金も払わずに突然姿を消してしまった。しかも殺人まで犯したという。そんな奇妙な話を聞いてから一ヶ月後、心魂平へとやってきたガンジーと不動丸は、ここでも同じようなことが起きているのを知った。さらに時を同じくして、UFO目撃騒動まで……。
 鼠を扱う奇妙な詐欺の話に始まり、不可解な殺人にUFO騒動、そして終盤には“念力対決”と、盛りだくさんな内容の1篇。一見バラバラなそれらをうまくまとめてあるのもさることながら、さりげない伏線と結びついた意外な真相がよくできています。

「ヨギ ガンジーの予言」 〈予言術〉
 講演でハワイを訪れたガンジーらは、参加者から不思議な予言をする男の話を聞かされる。その男は三色の色鉛筆を使って三つの予言を紙に書き、第一の予言では旅客機の爆発事故を、また第二の予言ではダムの決壊による洪水を、それぞれ見事に的中させたという。そして第三の予言とは……。
 「隼の贄」とはまた一味違った予言が扱われていますが、現象の鮮やかさ、シンプルにして効果的なトリック、そして真相につながる絶妙な手がかりと、非の打ち所のない傑作です。クライマックスの心憎い演出もお見事。

「帰りた銀杏」 〈枯木術〉
 心霊術を終えたガンジーは、来場者から奇妙な依頼を受けることに。地元の再開発に伴って移植された大銀杏の樹が、夜な夜な“元の場所に帰りたい”と人々を驚かせているという。大銀杏を“説得”するために怪しげな儀式を行うガンジーと不動丸だったが、大銀杏は一夜のうちに枯れ果てて……。
 怪談めいた話が思わぬ展開を見せる1篇。“枯木術”そのものはそこそこ知られているようにも思いますが、犯行の動機と“風景”が一変するかのような真相は強烈。加えて、それを引き出すガンジーの解決の手際も鮮やかです。

「釈尊と悪魔」 〈読心術〉
 小さな劇団にスカウトされ、灌仏会で行われる釈尊劇で仙人と悪魔の役を演じることになったガンジーと不動丸。劇団の花形・葵霧丸は妖しい美青年だったが、野良犬を殺すなど不審な言動も目立ち、さらに女性の失踪に絡んで警察の事情聴取を受ける始末。そして無事に劇が終了したその夜……。
 本格的な超常現象が登場しない異色作で、副題の〈読心術〉はガンジーが霧丸の心を読んだかのように謎を解く、ということでしょうか。というわけで、霧丸の不可解な行動の裏に隠された心理がメインですが、その結末は印象深いものになっています。また、ガンジーが心霊術で使う玩具のアヒルの意外な活躍(?)にも注目。

「蘭と幽霊」 〈分身術〉
 “念力栽培”のための怪しげな機械を買わされそうになっている園芸家。相手は超能力を証明するために、温室にエクトプラズムを出現させるという。実験の結果、撮影された写真にはぼんやりと白い人影が写っていたが、その姿は園芸家の友人である市長のようだった。現れたのは市長の分身……?
 エクトプラズムを出現させる怪しげな実験が、さらにおかしな方向へ発展していくのが見どころ。小粒なネタを巧みに組み合わせて、ユニークな佳作に仕立てた作者の手腕が光ります。

2001.04.11再読了
2012.08.28再読了 (2012.09.07改稿)  [泡坂妻夫]

しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術  泡坂妻夫
 1987年発表 (新潮文庫 あ23-3)ネタバレ感想

[紹介]
 ガンジーが入手した小冊子「しあわせの書」。それは、巨大な宗教団体〈惟霊講会〉が布教のために発行したものだった。本来の持ち主は旅先で火事に巻き込まれて亡くなったと思われていたが、惟霊講会では他にも有力な信者たちが失踪する事件が相次いでいた。それは、教祖の実の孫と、読心術を操る女性信者との間に繰り広げられている深刻な二代目教祖の継承問題と関わりがあるのか? ガンジーたちはいつしかこの継承問題に巻き込まれていくが……。

[感想]

 怪しげな宗教団体を舞台に繰り広げられる継承者争いを中心にした作品です。作品の冒頭では恐山でイタコの口寄せの真似をしていたはずのガンジーたちが、何かに引き寄せられるようにこの継承者争いに関わっていく過程が実にスムーズに描かれており、本来あるはずの不自然さがあまり感じられません。このあたりはうまいところです。

 メインの謎となるのはやはり二代目候補が行う読心術ですが、これについてはトリック自体もさることながらその使い方が非常に秀逸です。というよりも、それこそがこの作品の最も重要なポイントであるといえるでしょう。また読心術以外にも、継承者争いの行方、そしてその裏に隠された秘密など、興味をひかれる要素が盛り込まれており、終盤まで目が離せない展開となっています。

 さらに最後に明らかになる、作者の最大のたくらみ。これについてはあまり触れませんが、とにかく驚かされるのが好きな方にはお薦めの一冊です。

2001.04.12再読了  [泡坂妻夫]

生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術  泡坂妻夫
 1994年発表 (新潮文庫 あ23-6・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 中村千秋は不思議な能力を持っていた。里美たちの目の前で、透視能力を見せつけたのだ。そしてトランス状態になった千秋は、さらに不思議なメッセージを残した。それは世間を騒がせている殺人事件の犯人の名を告げるものだった……。

[感想]

 16頁ごとに袋とじにされ、そのまま読むと「消える短編小説」が、そして袋とじを切ると長編『生者と死者』が現れるという凝った仕掛けが施された作品です。とはいえ、現在は新刊で入手することができないので、必然的に袋とじが切られた古本ということになります。そこでひとつご注意を。この作品で最も面白いのは短編から長編に変わる瞬間なので、必ず「消える短編小説」から先に読んで下さい。「消える短編小説」の位置は、16-17、32-33、48-49、64-65、80-81、96-97、112-113、128-129、144-145、160-161、176-177、192-193、208の各頁です。短編から先に読むことで、短編がバラバラにされて長編の中でどのように生かされているかを楽しむことができるでしょう。

 作品自体はさほどのものではありません。特に短編の方は、かろうじて物語になっているという程度です。もちろん透視術などの超常現象が登場するミステリアスな物語ではあるものの、場面転換が不自然で、結末もはっきりしません。一方、長編の方はさすがに自由度が高い分、それなりの出来にはなっています。特に中村千秋の残した奇妙なメッセージについては、「消える短編小説」に登場するものに一ひねり加えられています。しかし、透視術の真相についてはあまり面白みが感じられません。

2001.04.13再読了  [泡坂妻夫]

ヨギ ガンジー・その他短編  泡坂妻夫
 2012年刊 『泡坂妻夫引退公演』【第二幕 手妻】(東京創元社)収録ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『ヨギ ガンジーの妖術』(文庫版)が刊行された後で雑誌に掲載された「カルダモンの匂い」「未確認歩行原人」の2篇と、2009年2月3日に亡くなった作者がその前日まで執筆していたという未完の作品「ヨギ ガンジー、最後の妖術」が、『泡坂妻夫引退公演』【第二幕 手妻】にまとめられています。

「カルダモンの匂い」
 フランス料理店を訪れたガンジーらは、有名な料理評論家に間違えられて、三日は舌にしびれが残るという世界一強烈なカルダモンを危うく食べさせられる羽目に。話を聞いてみると、ガイドブックでなぜか不当にこき下ろされたのだという。一計を案じたガンジーは、不動丸とともにボーイに扮して……。
 謎解きよりもトラブル解決の色合いが強いのが少々物足りないところですが、それでもなかなか先を読ませない展開は楽しめます。最後に明かされる“せこな手”には思わず苦笑。

「未確認歩行原人」
 ガンジーらとサーカスの団長が歓談しているところへ、近くの湖から這い上がってきたような巨人の足跡が見つかったというニュースが飛び込んできた。足跡の大きさと歩幅からみて、身長四メートルほどにもなるだろうという。サーカスの目玉に困っている団長は、早速巨人を捕らえようとするのだが……。
 メインの謎である“巨人の足跡”の真相は、それなりの工夫は施されているものの、“重箱の隅”では片付けにくい勘違いも含めて、いささか苦しいところ。動機にはニヤリとさせられるところもあるのですが、やや落ちる作品といわざるを得ないでしょう。

「ヨギ ガンジー、最後の妖術」
 ヨーガの屍のポーズをしていたところを、本物の死体と間違えられてしまったガンジー。近くにある寺の祭で商売をしにきたというのだが……(未完)
 題名は「オール讀物」の編集部でつけられたもので、いわゆる“最後の事件”という趣旨ではありません。
 単行本でわずか4頁*とごく短い分量で、導入部しかなく何が起こるはずだったのかもわかりませんが、登場人物の特性(?)からみて亜愛一郎もの(の一部)のような方向に行く予定だったようにも思われます。とにかく残念。

*: 同じ単行本で「カルダモンの匂い」「未確認歩行原人」がともに28頁です。

2012.08.28読了  [泡坂妻夫]

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