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官能的 四つの狂気/鳥飼否宇

2008年発表 ミステリー・リーグ(原書房)
「夜歩くと……」 (漸変態に関する考察)

 今中ミキのコンビニ巡りについては、“巡回セールスマン問題”という数学上の問題から、“5・1・0”で“強盗”という脱力を禁じ得ないロジックが展開されているのが何ともいえません。しかもその結論だけは正解だというのが……。

 死体発見の現場となった公園のトイレは、ジョン・ディクスン・カー『夜歩く』と同様に監視による密室となっていますが、そちらを読んだ方はおわかりのように、(以下伏せ字)トリックの基本部分は共通(ここまで)しています。本書では、センサーによる自動照明が非常にうまく使われており、公園のトイレならではのトリックが秀逸です。

 被害者の携帯電話が“投げ込まれた”、男子トイレと女子トイレの間の隔壁上部の隙間については、増田視点での描写(42頁~43頁)のみならず、谷村警部補の視点でも再度言及されている(49頁)のですが、いかにも谷村警部補らしいどうでもいい感想だと流してしまったのが……。

 谷村警部補がその密室トリックを、手がかりもないままあっさりと“解明”しているところはいただけませんが、トリックに不可欠な被害者の入れ替わりがコンビニ強盗とうまく絡んでおり、二つの謎が一緒に解決されるところが実に見事です。

「孔雀の羽根に……」 (過変態に関する研究)

 増田が語った“インスペクション・パラドックス”がうまく生かされているところはよくできていると思いますが、“犯人がグルになっているから、ハングル。”、そして“干すという字”(167頁)から干されていたスリッパ、そして水虫へとつながる“変態の論理”には、開いた口がふさがりません。

 直後の“変態の論理”のインパクトに隠れてうっかり見落としていましたが、「官能的 - 琥珀の坂」“第二話からは明らかにチェスタトンへのオマージュが感じ取れて愉快だった(あるマークの登場と真相の関連性、また殺害トリックなどの点において)。”という記述でようやく気がついたのが、図2(162頁)に描かれた“〒”の意味。その記号を(以下伏せ字)見た谷村警部補の台詞(ここまで)にも表れているようにG.K.チェスタトンの某有名作品へのオマージュである上に、(以下伏せ字)共犯者である李銅烈が清掃員を装ったトリック(ここまで)を暗示するものになっています。

 “解明”された殺害トリックは、題名になっているカーター・ディクスン『孔雀の羽根』ではなく、ジョン・ディクスン・カー名義の(以下伏せ字)『仮面劇場の殺人』(ここまで)に似たものになっています。

「囁く影が……」 (完全変態に関する洞察)

 “ハイパーソニック・サウンド”が殺害トリックに関わっていることは見え見えなので、増田の超絶推理にも物足りないものがあります。が、島谷香織殺しには別のトリックが用意されているというひねり具合は絶妙ですし、藤波の自白の中の“待っていれば勝手に自殺してくれそうな人間を、どうしてわざわざ殺す必要があるんですか。”(253頁)という手がかりも秀逸です。

 その島谷香織殺しのトリックですが、『囁く影』ならぬ「ささやく影」*1(ラジオドラマ;「その他短編」参照)の仕掛け*2に通じるものになっているのが面白いところです。

「四つの狂気」 (無変態に関する補足)

 語り手となっている“クロちゃん”の正体については、随所にいかにも怪しい雰囲気が漂っていますし、“マクロリンコス”がラテン語(→学名)らしい語感なのもヒントとなっているので、人間ではないということは見当がついていたのですが、ハシブトガラス(Corvus macrorhynchos)とは予想できませんでした。ジョン・ディクスン・カーだからカラスという田中啓文ばりのダジャレ*3に思わず腰が砕けそうになりましたが、カバーイラスト(上の方)を見て脱帽。

 どうでもいいツッコミではありますが、いかに“クロちゃん”が自分を人間だと思い込んだ天才カラスだとしても、“なぜなら、相手の女性、年齢から考えてもうぼちぼち閉経期だという事実を、すっかり忘れているようです。”(175頁)というのは無理があるのでは?

 なお、このエピソードではこれまでの三つの事件の“解決”がひっくり返されている(→〈連鎖式〉を参照)ので、以下、最終的な解決についての感想を。

「夜歩くと……」

 トイレの見取り図(44頁)をよく見てみれば、男子トイレの窓から女子トイレへ携帯電話を投げ込んだというトリックが成立しないのは確かです。地味ながら決定的な手がかりで、“解決”をひっくり返すポイントとしてはよくできているといっていいのではないでしょうか。

「孔雀の羽根に……」

 被害者の死因となった“南米の原住民が狩りなどの際に使う強力な毒”(172頁~173頁)について、“アマゾンの魚なんかも輸入している鹿島なら、使用された特殊な毒も入手できそうだ”(174頁)とあるように、鹿島に疑惑を向ける効果があるのは確かですが、肝心の毒の入手経路が不明なのが、“解決”をひっくり返すためのうまい手がかりとなっています。

 そして、“南米のカエルの警告色について研究されていたそうです”(19頁)という手がかりの、地味な配置が何ともいえません。

 スポーツ吹き矢という(この期に及んで)ダミーの解決には苦笑を禁じ得ませんが、最終的に明かされた殺害トリックは、(以下伏せ字)『孔雀の羽根』に似ているような、似ていないような……(ここまで)

「囁く影が……」

 島谷康徳の自白の中にも“香織の尻の下から低い声が聞こえるってからくりさ”(256頁)という手がかりが配されています。そして、前述の藤波の自白の中の手がかりから、島谷香織が自殺を思いとどまったことを知っている人物が犯人だということが示唆されているのですから、必然的に容疑者は限定されます。

 そして、“カラスが戸惑ったように目を白黒させている。”(221頁)という伏線も見逃せませんし、島谷香織が墜落した時の“クロちゃん”の居場所に関する増田と千田まりのやり取り(243頁)もうまいところです。

 語り手が人間でなくカラスであり、千田まりによる“操り”の結果としての犯行であるため、語り手自身の自覚がないまま“語り手=犯人”というトリックが成立しているのがものすごいところで、“カー”→“カラス”というダジャレ、サプライズのための叙述トリック、そして犯人の意外性が一体となった、非常に巧妙な仕掛けといえるのではないでしょうか。

*1: どちらも原題は同じ"He Who Whispers"です。
*2: 同じ仕掛けが扱われた「奇蹟を解く男」『パリから来た紳士』収録)の方がよく読まれていると思いますが。
*3: J.D.カー生誕百周年記念アンソロジー『密室と奇蹟』に収録された「幽霊トンネルの怪」でも、作者は“カー”→“車”というダジャレからネタを作っている節があります。

2008.02.08読了