ミステリ&SF感想vol.39

2002.05.06
『木製の王子』 『迷路』 『プロテウスの啓示』 『国会議事堂の死体』 『太陽の簒奪者』


木製の王子  麻耶雄嵩
 2000年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 世界的な芸術家・白樫宗尚とその一族は、比叡山の山奥に建てられた奇怪な屋敷に住んでいた。奇妙な家系図を持つ彼らは、ほとんど人前に姿を現さず、ひっそりと暮らしていたのだ。そして、雑誌編集者の如月烏有と安城則定が取材で白樫家を訪れた夜、惨劇は起こった。音楽室にあるピアノの鍵盤の上に、宗尚の義理の娘・晃佳の切断された首が置かれていたのだ。屋敷は降り積もった雪で封印され、外部犯の可能性は考えられなかったが、屋敷にいた人間全員に完璧とも思える分刻みのアリバイが成立してしまう……。

[感想]

 本書は麻耶雄嵩の第6長編で、作中の時系列で『夏と冬の奏鳴曲』『痾』『翼ある闇』と続く*1、主要登場人物が共通する一連の物語の(2009年10月時点での)最新作です。“メルカトル鮎最後の事件”である『翼ある闇』以降の物語なので“銘探偵”メルカトル鮎の出番こそありませんが、如月烏有や木更津悠也など麻耶雄嵩作品ではおなじみの人物が登場しています。

 事件の中心に位置するのは、高名な芸術家・白樫宗尚をその一員とする謎に包まれた一族。その白樫一族に対して、新しく如月烏有の同僚となった若者・安城則定が生き別れになった両親へとつながる手がかりを求めて“内”に飛び込もうとする一方、かつて未解決に終わってしまった事件との関わりを見出した名探偵・木更津悠也は“外”から監視し続けるという具合に、それぞれの思惑を抱えた二人の視点――二つの方向から謎めいた一族に迫っていく構成がよくできています。

 そんな中で起きる事件は、切断した首を麗々しくピアノの上に飾るという猟奇的な演出もさることながら、やはり目を引くのは関係者の間で成立する例を見ないアリバイ。(乗物とはまったく関係のない)屋敷内で起きた事件であるにもかかわらず、複雑怪奇な間取りと人々の動きによって分刻みのアリバイが成立し、鉄道の時刻表を思わせる細かいタイムテーブルまで登場するという、アリバイものとして非常にユニークな状況になっています。

 また、クローズドサークル内で全員のアリバイが成立してしまうことで、誰にも犯行の機会がないという不可能犯罪の様相を呈するのもアリバイものとしては異例で、結果として一般的なアリバイ崩し――動機などで絞り込まれた特定の容疑者のアリバイを崩す――とは一線を画した、“アリバイが崩れるのは誰なのか?”という形の謎解きとなるのが興味深いところです。しかしそれが、アリバイ崩しが大好物という読者でさえ投げ出してしまいそうな、あまりにも煩雑すぎるパズルに仕立てられている*2のが何ともいえません。

 しかして、“アリバイパズル”の解答そのものは思いのほか早い段階で(一応*3)示されるものの、依然として不可解な謎が残るどころかさらに混迷が深まっていくのが本書のものすごいところで、怒涛のような終盤の展開の果てに待ち受ける常軌を逸した途方もない真相と凄絶なカタストロフは、まさに麻耶雄嵩の真骨頂といえるでしょう。

 作中ですべてを説明することなく読者に解明を委ねる“麻耶雄嵩メソッド”もいつものことながら、本書の場合には(探偵役がメルカトル鮎でないことにも起因する)結末にうまくはまっているように思われますし、読者への手がかりがあからさまな形で示されていることでかなりわかりやすくなっている感があります。その分、『夏と冬の奏鳴曲』などに比べるとややインパクトが弱いのは否めませんが、やはり麻耶雄嵩にしか書き得ない作品なのは間違いないところです。

*1: 厳密には、『痾』『翼ある闇』は時期的に重なっているというべきかもしれませんが。
*2: 分刻みの細かいアリバイであることに加えて、検討すべき対象となる人数が多いことで、複雑さが飛躍的に高まっています。
 ちなみに、作者としては“あれはもう、読者に解かせる気を無くさせるというか、考えなくても問題ないよというのを報せるのが目的なので。”「麻耶雄嵩先生インタヴュー」より;なお、リンク先の文章には本書について若干ネタバレ気味の箇所もあるので、未読の方はご注意下さい)とのこと。
*3: 作中で木更津は“虚数解”と表現しています。

2002.04.25読了
2009.08.05再読了 (2009.10.03改稿)  [麻耶雄嵩]
【関連】 『翼ある闇』 『夏と冬の奏鳴曲』 『痾』



迷路 The Maze  フィリップ・マクドナルド
 1932年発表 (田村義進訳 ハヤカワ・ミステリ1687)ネタバレ感想

[紹介]
 著名な実業家・ブラントン氏が、深夜、自宅の書斎で殺害された。警察の捜査の結果、外部からの侵入は不可能と判断され、容疑者は当夜屋敷に滞在していた、被害者の家族、友人、そして使用人など、10人の男女に絞られた。だが、検死審問では彼らの意外な動機が次々と明るみに出て、捜査は暗礁に乗り上げてしまう。困窮したロンドン警視庁の副総監は、休暇中のゲスリン大佐に証言記録を送りつけ、真相の究明を依頼したのだが……。

[感想]

 作者による序文で“推理の練習問題”という副題がつけられているように、読者に対して完全にフェアなパズラーとして書かれた作品です。謎解き役のゲスリン大佐も読者と同じく証言記録のみをもとに推理するという、一種の安楽椅子探偵ものでもあります。

 証言記録に含まれたささやかな矛盾を的確に突き、そこから逆説的な推理を繰り広げるゲスリン大佐の解決は、ややこじつけめいた部分もあるものの、なかなかよくできていると思います。ただ、犯人の扱いが何とも後味のよくないものになっているところが残念です。

2002.04.28読了  [フィリップ・マクドナルド]



プロテウスの啓示 Sight of Proteus  チャールズ・シェフィールド
 1978年発表 (酒井昭伸訳 ハヤカワ文庫SF554・入手困難

[紹介]
 人間の姿形を変化させる整態技術が実用化された22世紀。整態とは、単に外見を変えるだけでなく身体構造そのものを変化させる技術であり、寿命などにも影響を及ぼすため、選択できる形態は厳しく管理されていた。そんな中、整態管理局の捜査官ラーセンとウルフは、些細なことから違法な整態実験の存在をかぎつける。だが、地道な捜査の結果は予想外の大物につながり、やがて二人は人類社会全体に関わる大事件に巻き込まれていく……。

[感想]

 整態技術の進歩により大きく変貌した未来社会を描くとともに、事件の捜査というミステリ的な要素も導入された作品です。ラーセンとウルフによる捜査を通じて、未来社会の姿が少しずつ描き出されていくことで、読者にも比較的理解しやすいものになっているのではないでしょうか。

 中盤に起こるある出来事(L.ニーヴン『プロテクター』を思い起こさせます)以降、急激に物語のスケールが大きくなっていきますが、これから、というところで終わってしまっています。本国では続編が発表されているようなのですが、残念ながら未訳です。

2002.04.30読了  [チャールズ・シェフィールド]



国会議事堂の死体 Who Goes Hang?  スタンリー・ハイランド
 1958年発表 (小林 晋訳 国書刊行会 世界探偵小説全集35)ネタバレ感想

[紹介]
 英国国会議事堂の時計塔〈ビッグ・ベン〉の改修工事中、壁の中からミイラ化した死体が発見された。後頭部を打ち砕かれていたこの死体は、着衣などからおよそ100年前のものと推定されたが、事件に興味を感じた若手議員・ブライは、謎を解明するために調査委員会を設立した。やがて有能な委員たちの調査により、100年前に国会議事堂が建設された当時の経緯が少しずつ明らかになり、被害者の身元、そして忌むべき殺人犯の正体も判明したと思われたのだが……。

[感想]

 〈ビッグ・ベン〉の壁の中から100年前のミイラ化した死体が登場するという冒頭は、非常にインパクトがあります。そして、そこから始まるJ.テイ『時の娘』風の歴史推理も見応えがあります。特に、ブライの調査委員会に属するメンバーが個性的に描かれていて、それぞれが独自に調査に臨む場面もなかなか楽しめます。

 しかし、ようやく納得できる結論が出され、調査も終了かと思われたところで、事態は思わぬ展開を見せ始めます。物語はがらりと姿を変え、委員会の面々、特に委員長たるブライは、予期しなかった苦悩の淵に立たされることになります。プロットの巧妙さが際立つ傑作です。

2002.05.02読了  [スタンリー・ハイランド]



太陽の簒奪者  野尻抱介
 2002年発表 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

[紹介]
 2006年、突如として水星の表面から大量の鉱物資源が噴出し始めた。やがてそれは、太陽の周囲に直径8000万キロのリングを形成していったのだ。日射量の激減によって、人類は次第に破滅の危機に瀕していく。このリングは、一体誰が、何のために作り上げたのか? 当初から事態を見守ってきた科学者・白石亜紀は、内心に葛藤を抱えながら、宇宙艦ファランクスによる破壊ミッションへと旅立つが……。

[感想]

 SFマガジンに掲載された短編「太陽の簒奪者」・「蒼白の黒体輻射」・「喪われた思索」を長編化したもので、壮絶なファーストコンタクトを描いたハードSFです。発端からして壮大なスケールで、全編にハードなアイデアが散りばめられています(R.L.フォワード『ロシュワールド』を呼んでいればニヤリとさせられる箇所もあります)が、どこか淡々と進んでいく物語の中で、主人公である白石亜紀の心理に焦点が当てられているところが秀逸です。天文部に所属していた高校生時代から事態を見つめ続けてきた彼女にとって、リング、そしてそれを築いた異星文明は、憧れの対象であるにもかかわらず、人類を救うためにはそれを破壊しなければなりません。その葛藤を通じて、“ハードSFにおける人間”が鮮やかに描かれています。

 やや残念なのが、あまりにも短く感じられてしまうところです。もっと分量が多い方が、物語のスケールや、全体の情報量に見合うものになったと思うのですが。

2002.05.03読了  [野尻抱介]


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