ミステリ&SF感想vol.82

2004.04.20
『魔法人形』 『ノルンの永い夢』 『外道忍法帖』 『ななつのこ』 『ミュータント傑作選』



魔法人形 Death's Mannikins  マックス・アフォード
 1937年発表 (霜島義明訳 国書刊行会 世界探偵小説全集45)ネタバレ感想

[紹介]
 高名な悪魔学研究家・ロチェスター教授の屋敷に起こる怪事。教授の妹のもとに不気味な人形が送りつけられた直後、彼女は転落死してしまった。不安に駆られる教授の秘書・モーガンに頼まれて、その友人であり名探偵のブラックバーンが乗り込んできたが、時すでに遅し。届けられた第二の人形の予告の通りに、教授の長男であるロジャーが胸にナイフを突き立てられた死体となって、礼拝堂に横たわっていたのだ。家族がなぜか事件を公にすることを恐れる中、ひとり調査を進めるブラックバーン。だが、やがて新たな事件が……。

[感想]

 悪魔学研究家の屋敷が舞台となり、不気味な人形による予告という道具立てが登場するこの作品、初期のJ.D.カーのような怪奇色の強いオカルト・ミステリかと思いきや、まったくそうではありません。おどろおどろしい雰囲気は序盤にわずかにみられるのみ。また、作中で起きる不可能犯罪にしても、トリックそのものにはさほどの面白味はありません。結局のところ本書は、題名や道具立てから受ける印象とは裏腹に、トリックよりもプロットやロジックに重点が置かれた作品となっているのです。

 最後に一気に解明されるのではなく、真相を少しずつ明かしていきながらも別の謎で読者の興味を巧みに引っぱる、入念に計算されたプロットが非常によくできています。実は読んでいる途中、登場人物の一人の“ある行動”にかなり問題があるように感じたのですが、最後まで読んでみるとそれもまた計算ずみのように思えます(あるいは“天然”なのか?)。“罠”に引っかかってしまった私が浅はかだったというだけかもしれませんが……。また、探偵役のブラックバーンが数学者であることもあってか、真相解明につながるロジックが秀逸で、特に動機に関するロジックなどは非常に面白いものになっています。

 全体的にみると、決して派手ではありませんが、まずまずよくできた佳作といってもいいのではないでしょうか。題名や道具立てで損をしているようにも思えるほどで、変な先入観を抱かなければ十分に楽しめる作品だと思います。

2004.04.02読了  [マックス・アフォード]



ノルンの永い夢  平谷美樹
 2002年発表 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

[紹介]
 2001年。SF新人賞を受賞したばかりの作家・兜坂亮は、ハイネマン書房の編集者・時野から、第二次大戦中に『時空論』という著作を残して消息を絶った数学者・本間鐡太郎をモデルにした小説の執筆を依頼される。やがて、時野とともに本間鐡太郎に関する取材を進める兜坂の周囲で、なぜか公安調査庁が活動を開始した……。
 1936年。ドイツの学術都市・ノルンシュタットに招かれた若き本間鐡太郎は、数学のみならず幅広い分野でその才能を発揮していた。だが、やがて彼は内なる不可解な衝動に引きずられて、ナチスの空軍総司令官であるゲーリングに接近していく……。

[感想]

 現代の日本と戦前〜戦中のドイツを交互に描き、謀略小説の要素を取り入れた本格的な時間SFです。

 人間の時間認識能力には限界があることもあって、本格的な時間SFを書くには様々な困難がつきまとうように思います。そのため、時間そのものを直接扱うのではなく、タイムスリップ/タイムトラベルという現象や、あるいはそこから派生する過去の改変やタイムパラドックスが中心となった作品(もちろん、これはこれで面白いのですが)が多いのですが、本書は時間そのものに正面から挑んだ力作となっています。

 実際のところ、中心となるアイデアや設定などにはさほど新味が感じられない部分もあるのですが、これは時間SFとしては仕方ないところでしょう(例えばB.J.ベイリー『時間衝突』のような怪作は、例外中の例外といえます)。本書の魅力はむしろ、その見せ方、つまり豊かなイマジネーションとそれを支える描写力にあります。まずは序盤の、現代の日本と戦前のドイツのしっかりとした“現実”。そして中盤、その“現実”に少しずつ忍び込んでくる別の“現実”。さらに終盤は圧巻で、ついに姿を現す“高次元多胞体”の美しくも奇怪なイメージと、様々に歪んだ形で並べられ、錯綜しながらも、完全なる混沌の一歩手前でとどまっているかのような多数の“現実”に、作者の並々ならぬ力量が表れています。

 謀略小説的な味つけも、ストーリーの魅力をまったく損なうことなく、うまく溶け込んでいると思いますし、時間テーマSFと相性のいい叙情的な雰囲気も十分。リーダビリティも非常に高く、SFファンならば必読の傑作といえるでしょう。

2004.04.06読了  [平谷美樹]



外道忍法帖  山田風太郎
 1962年発表 (角川文庫 緑356-36・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 江戸の切支丹屋敷には、今日も若い娘が運び込まれていた。彼女たちに拷問を加えるのは、沢野忠庵こと、背教の元宣教師クリストファ・フェレイラ。その真の目的は、切支丹の隠し財宝の手がかりとなる十五童女を探し出すことだった。かくして、財宝の在処を示す鈴を体内に隠し持ち大友忍法を操る十五人の切支丹娘と、老中松平伊豆守の命を受けて財宝を狙う十五人の伊賀忍者、そして財宝の横取りをもくろむ由比正雪配下の十五人の甲賀忍者による、凄絶な三つ巴の戦いが始まった……。

[感想]

 作品ごとに違った趣向が凝らされている(と思われる)風太郎忍法帖ですが、本書のテーマは“大量死”といってもいいのではないでしょうか。何せ伊賀忍者15名×甲賀忍者15名×切支丹童女15名と、総勢45名(+α)もの忍者が入り乱れ、名前を覚える暇もないほど(!)次から次へと命を落としていきます。

 数々の忍法の中には『甲賀忍法帖』などの使い回しに近いものもあり、しかも個々の戦いが非常にあっさりしたものになっているところをみると、忍法による戦いそのものにはさほど重点が置かれていないのではないかと思われます(それでも面白くはあるのですが)。それよりも目につくのはやはり、あっけないほどの忍者たちの死。純粋に財宝のみが目的である甲賀忍者たちはともかくとして、伊賀忍者たちには天草一族の再興という大義があり、また切支丹童女たちの死には殉教という側面もあるために、一概に“犬死に”とはいいきれない部分もあるにはあるのですが、それでも一人一人の命の軽さが強く印象に残ります。そしてそれはそのまま、戦いが決着した後の衝撃のラストへとつながっているように思います。つまり、作者が忍法による戦いの面白さを多少犠牲にしてまで多数の忍者を登場させた理由の一つは、あくまでも“大量死”を描きたかったからではないか、と思うのですが……。

 さて、登場人物が膨大な数に上る本書ですが、その大半は登場した途端に姿を消していき、主役の座は天草一族の末裔である伊賀忍者・天草扇千代と、彼とともに鈴を集めていくことになる長崎の遊女・伽羅の二人によって占められています。複数対複数(対複数)の戦いでありながらも主役がはっきりと固定され、また各陣営の目的も鈴の争奪戦という明確なものになっていることで、物語の焦点がぶれることなくすっきりしたものになっています。さらに、その鈴に秘められた財宝の手がかりや、十五童女を率いる“天姫”の正体という謎などミステリ的な興味までもが加わっており、リーダビリティはかなり高いといえるでしょう。

 『甲賀忍法帖』のような忍者同士の戦闘の面白さを求める方にとっては、やはり物足りなく感じられてしまうかもしれませんが、時代伝奇小説としては間違いなく一読の価値がある作品だと思います。

2004.04.09読了  [山田風太郎]



ななつのこ  加納朋子
 1992年発表 (創元推理文庫426-01)ネタバレ感想

[紹介]
 短大生の入江駒子が衝動買いした『ななつのこ』という短編集。田舎に住むはやて少年と不思議な女性“あやめさん”との、ささやかな謎を間に挟んだ交流を描いたその本に、すっかり惚れ込んでしまった駒子は、佐伯綾乃という作者に宛ててファンレターをしたためた。身の回りで起きた、ちょっとした出来事も盛り込んで……。

「スイカジュースの涙」
 早朝の道路に点々と連なる、赤黒い“血痕”。2キロ近くにわたって残されたそれは、街中にちょっとした騒ぎを引き起こした。やがて真相が明らかになり、騒ぎも一段落したかに思われたのだが……。

「モヤイの鼠」
 友人とともにギャラリーを訪れた駒子。高価な油絵に無意識で触れてしまい、絵の具の欠片がこぼれ落ちた。慌てて逃げ出したものの、良心がとがめてギャラリーに戻った駒子だったが……。

「一枚の写真」
 ふと思い立って幼い頃のアルバムを眺めていた駒子は、一枚の写真が抜け落ちているのに気づいた――その後写真は手元に戻ってきたのだが、駒子の心には“なぜ?”という疑問が残り……。

「バス・ストップで」
 とあるバス停の付近で、駒子が遭遇した奇妙な出来事。上品な老婦人が、つつじの植え込みと金網の間にもぐり込み、うずくまった状態で動き回っていたのだ。はたしてその目的は……?

「一万二千年後のヴェガ」
 デパートの屋上にある、子供向けの遊具。その中の一つ、ビニール製のブロントサウルスが、何と一夜にして、30キロも離れた保育園の裏庭に出現したのだ。一体誰が、どうやって……?

「白いタンポポ」
 駒子が出会った幼い少女“まゆちゃん”。彼女は、学校のプリントに印刷された花のすべてを、真っ白に塗りつぶしてしまったのだという。水仙も、チューリップも、そしてタンポポの花も……。

「ななつのこ」
 デパートの屋上にあるプラネタリウムにて。母親と一緒に星を眺めていたはずの“まゆちゃん”が、姿を消してしまったのだ。母親は、“六時までに見つからなかったら――”と焦りを見せ……。

[感想]

 第3回鮎川哲也賞を受賞した加納朋子のデビュー作で、その手法/趣向が特徴的な作品です。いわゆる“日常の謎”を扱った連作短編であると同時に、それが一つにつながって長編化する〈連鎖式〉であり、さらに特殊なメタ構造にもなっているという、(この時期の)東京創元社国内ミステリの極地ともいえる作品なのです。

 まず寓話的でノスタルジックな作中作(?)『ななつのこ』の存在があり、その一つ一つのエピソードに微妙に関連するような作中の現実があり、そして主人公の駒子と佐伯綾乃との手紙のやり取りがあるというメタ構造の物語なのですが、そこにある人間関係は、一つの相似形をなしています。それは、“日常の謎”の解明を間に挟んだ“安楽椅子探偵”と“依頼人”という関係であり、ひいては“教師”と“生徒”に通じる関係でもあります。つまり、謎はただ解かれて終わるのではなく、はやて少年や駒子の“成長”につながる何かが残るのです。ただしそれは、あくまでもさりげなく、柔らかく、そして優しく描かれています。そこが作者の持ち味であり、魅力である反面、どこか物足りなさが感じられてしまう部分でもあるのですが……。

 本書の各エピソードは、はやて少年と駒子がそれぞれ謎に遭遇するという二重構造になっており、結果として本書全体では非常に多くの謎が解明されています。一つ一つの謎自体はかなり他愛もないものがほとんどですし、分量との関係もあって伏線や解明もやや力不足であるなど、ミステリとしての弱点を抱えているのは否めませんが、これだけ多くの謎が盛り込まれているのはやはり面白いところです。

 最後に明らかになっている全篇をつなぐ謎も、決して意外なものではなく、よくも悪くも予定調和。よくできた作品ではありますが、“温室の中にきれいに作り上げられた花園”といった印象が残るところは、人により好みがわかれるかもしれません。

2004.04.12再読了  [加納朋子]



ミュータント傑作選 Mutants  ロバート・シルヴァーバーグ編
 1974年発表 (浅倉久志 他訳 講談社文庫BX237・入手困難

[紹介と感想]
 アンソロジストとしても手腕を発揮するSF作家R.シルヴァーバーグが編纂した、ミュータントSFのアンソロジーです。
 なお、後に長編化されたブライアン・W・オールディスの「終りなき午後」は割愛させていただきました(『地球の長い午後』をご覧下さい)。

「明日の子供たち」 Tomorrow's Children (ポール・アンダースン&F.N.ウォルドロップ)
 核兵器によって全世界で文明が崩壊してから2年。ここアメリカでは、暫定的に大統領の地位についたロビンスン将軍の下で、ようやく少しずつ再建が始まっていた。だが、人類には新たな危機が密かに忍び寄っていたのだ……。
 SFにおける、大規模な突然変異を起こさせる変異源としてはやはり、放射能がポピュラーです。この作品は、その放射能による突然変異をストレートに扱った、非常にオーソドックスなものになっていますが、それだけに、全体的に古びた印象を受けてしまうのも致し方ないところでしょうか。

「きょうも上天気」 It's a Good Life (ジェローム・ビクスビィ)
 ピークスヴィルの村は、フレモント家の恐るべき少年・アントニーを中心に動いていた。彼に好かれたとしても、大変なことになりかねない。もちろん、嫌われた場合にはいうまでもない。そして今夜、フレモント家に集まった村人たちは……。
 幼い子供が時に見せる気まぐれな残酷さと、ミュータントの圧倒的な能力が結びついた時、そこに無慈悲な神が出現します。逆にいえば、神をミュータントに置き換えただけとも解釈できるのですが、その異質さは十分に伝わってきます。

「だんまり」 The Mute Question (フォレスト・J・アッカーマン)
 二つ頭のミュータントは、なかなか答えの出ない昔からの問題について、今夜の客に意見を求めたのだが……。
 ミュータントをネタにした小咄。あまり笑えませんが……。

「蟻か人か」 Let the Ants Try (フレデリック・ポール)
 核戦争で壊滅的な打撃を受けた世界。人間の愚行に愛想をつかし、蟻の方がまだうまくやるのではないかと考えたゴーディ博士は、自ら開発したタイムマシンを使って、突然変異した蟻にチャンスを与えることにしたのだが……。
 巨大化した昆虫という普遍的な悪夢を、力技で具現化した作品です。ふとした思いつきが招いた恐るべき結末が印象的。しかし、どうもパラドックスがあるような気がするのですが……。

「征服者」 The Conqueror (マーク・クリフトン)
 グアテマラの大統領になることを夢想していた少年・ペペは、ある日、奇妙なダリアの株を見つけた。本来食べられないはずのその塊茎をかじってみると、なぜかこの上なく満ち足りた気分になったのだ……。
 異色のミュータントが登場する、(まさに)“奇妙な味”の作品です。最後まで読んでみると、題名が何とも意味深長。

「液体生物」 Liquid Life (ラルフ・M・ファーリー)
 とある塩水湖では、奇妙な現象が起きていた。生き物の姿はすっかり絶え、不用意に湖に近づいた牛は体の一部を食いちぎられた死体となったのだ。調査の依頼を受けた科学コンサルタントたちは……。
 ミュータント・テーマというよりは、ストレートな怪物テーマといった方が適切に思えます。当時としては最新のアイデアを、王道ともいえるプロット(『フランケンシュタイン』『宇宙戦争』といった雰囲気)に乗せた、どこか懐かしい感じのする作品です。

「オジマンディアス」 Ozymandias (テリー・カー)
 野蛮な盗賊たちは、ドームに隠されたを狙っていた。ドームを守る様々な仕掛けを突破するために、奇妙な踊りを続けながら。“思考者”に案内させて、ドームに潜入した盗賊たちは……。
 ミュータントたちが登場してはいるものの、あくまでも文明の崩壊した世界そのものが中心となった作品です。正直なところ、やや面白味に欠けるように思えます。傍点の多用がやや鬱陶しく感じられるのも難点。

「記憶の呪縛」 The Man Who Never Forgot (ロバート・シルヴァーバーグ)
 特殊な能力を持つ青年、トム・ナイルズ。彼は、どんなに些細なことも決して忘れずに記憶し続けるのだ。だがその能力は、彼に際限のない放浪を運命づけるものだった。疲れ果ててしまった彼は……。
 何一つ忘れることのない主人公の苦悩は切実に伝わってきますが、やはり全体的に古さが感じられる作品です。

「日の当るジニー」 Ginny Wrapped in the Sun (R.A.ラファティ)
 進化に関する画期的な、そして奇怪な新理論をうち立てたミンデン博士から、その説明を受けるディスマス。二人の周囲でけたたましくはね回っていた、ディスマスの幼い娘・ジニーは、やがて奇妙な言動を……。
 B.J.ベイリーの“バカSF”に近い味わいの、奇怪な理論に基づいたユーモラスでシュールな作品です。二人の会話とジニーの言動との対比が絶妙で、何とも印象深い作品に仕上がっています。傑作。

「分水界」 Watersed (ジェイムズ・ブリッシュ)
 補給艦〈不敗〉号は、目的地である地球へと近づいていた。だが、艦内には密かな不満の声が広がりつつあった。同乗している改造人間たちが、乗員たちにとっては傍若無人とも思える振る舞いを見せていたのだ……。
 連作短編『宇宙播種計画』の最後のエピソードということで、背景がややわかりにくくなっているきらいはありますが、冒頭の「明日の子供たち」と同様に“人間とは何か?”という命題について考えさせられる作品です。もっとも、こちらは正確にはミュータントではなく、より積極的な人体改変がテーマとなっており、後の作品に与えた影響は大きいのかもしれません。

 なお、本書は茗荷丸さん「瑞澤私設図書館」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2004.04.14読了  [ロバート・シルヴァーバーグ 編]


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