ミステリ&SF感想vol.88

2004.08.03
『女魔術師』 『千里眼を持つ男』 『星の牢獄』 『忍法創世記』 『大聖堂は大騒ぎ』



女魔術師 Les Magiciennes  ボワロ&ナルスジャック
 1957年発表 (江口 清訳 創元推理文庫251・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 “あの女は、二人でした”――奇術師だった父親の死をきっかけに、ピエール・ドゥートル少年は12年間過ごした修道院を離れ、母親のオデットらとともに“アルベルト一座”の一員となった。辛い修行を経て一通りの奇術を身に着けたピエールは、やがて双子の美女・ヒルダとグレタとともに舞台に立つようになり、オデットの斬新な演出を受けて大人気を博すことになった。だがその裏には、ピエールはヒルダとグレタに対する恋心を抱えて苦悩し、また若い双子に嫉妬するオデットに対して反感を抱くなど、様々な確執が渦巻いていた。そして旅の最中、ついに一つの“死”が一座を襲う……。

[感想]

 小さな奇術師の一座を題材とし、主人公・ピエールの心理描写を中心とした、ボワロ&ナルスジャックらしいサスペンスです。何も知らない少年だったピエールが、奇術師の一座に入って青年へと成長を遂げ、風変わりな恋ゆえの苦悩に追いつめられていく様子が克明に描かれています。そしてその背景となるのが、華やかで幻想的なステージと、様々な思惑が漂う舞台裏との二重生活。これによって、物語そのものが一大イリュージョンを構成しているともいえます。

 ようやく事件が起きるのは物語の半ばあたりで、人によっては(短い割に)冗長に感じられるところもあるかもしれません。しかも、事件は決して派手ではなく、やや面白味に欠けるようにも感じられます。しかし本書の最大の見どころは、終盤、内に抱える絶望を一つの演目へと見事に昇華させるピエールの姿です。圧倒的な迫力の演技は、まさに圧巻。そして、観客には決して見えないその裏側が、読者に強烈な印象をもたらします。

 最後に明かされる事件の真相には、さほどの驚きはありませんが、独特の味わいのある結末はよくできています。幻想的な心理サスペンスとしては、傑作といっていいのではないでしょうか。

2004.07.21読了  [ボアロー/ナルスジャック]



千里眼を持つ男 The Great Game  マイケル・クーランド
 2001年発表 (吉川正子訳 講談社文庫 く55-1)

[紹介]
 ヨーロッパに政情不安の暗雲が漂い始め、各地でテロ活動を企む過激派集団が暗躍する19世紀末。英国貴族の息子でありながら、ウィーンの秘密結社に潜入して内情を探っていた若者が、貴族暗殺の容疑で逮捕されてしまった。一方、モリアーティ教授の友人であるバーネット夫妻が拉致され、ウィーン郊外の古城に監禁されてしまう。彼らを救出するために、宿敵であるモリアーティ教授シャーロック・ホームズの二人が、力を合わせて事件の解決に乗り出した……。

[感想]

 R.ギャレットのSFミステリ〈ダーシー卿シリーズ〉を引き継いで『Ten Little Wizards』『A Study in Sorcery』という長編2作を発表するなど、幅広く活躍している(らしい)M.クーランドですが、現在力を注いでいるのが、シャーロック・ホームズのライバルである“悪の帝王”モリアーティ教授を主役とするシリーズです。本書はその第3作にあたります(第1作及び第2作は未訳)。

 モリアーティ教授が主役であるため、当然といえば当然ですが、ワトスン博士の視点で書かれているわけではありません。そして、モリアーティ教授が悪の帝王などではなく、ホームズは強迫観念から教授のことを悪党だと思い込んでいるという設定で、正統派のパスティーシュというよりはキャラクターを借りた別の物語という印象です。ガチガチの(?)シャーロッキアンにとっては違和感の感じられる作品かもしれません。

 物語は、ホームズもの(特に長編)の冒険小説的な色合いをより強めた感じで、スパイ・スリラー風の要素も加わっているあたりは〈ダーシー卿シリーズ〉の続編を書いたクーランドらしいというべきでしょうか。主役のモリアーティ教授が八面六臂の活躍を見せるのはもちろんですが、ホームズもそれに押されているばかりではなく、鋭い捜査/分析能力を披露します。この特異な二人の人物が協力するという展開は、なかなか面白いと思います(とはいえ、最後においしいところを持っていくのは、ワトスン博士だったりするのですが……)

2004.07.23読了  [マイケル・クーランド]



星の牢獄  谺 健二
 2004年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 500万光年彼方の惑星バ・スウから地球の調査にやってきた宇宙人イレム・ロウは、人間の姿に変形して調査を開始しようとした矢先、不可解な殺人事件に遭遇してしまう。危うく容疑者として逮捕されそうになりながらも、何とか現場から逃走したイレムだったが、途中で知り合った被害者の友人である少女・佳織に正体を明かし、その協力を得て事件の謎を探り始めた。やがてもう一つの殺人事件に出くわしたイレムは、二つの事件が私設天文台〈星林館〉につながっていることを見出し、そこで行われる流星群の観察会に佳織とともに参加する。しかし、その〈星林館〉は脱出不能な牢獄と化し、閉じ込められた参加者たちは奇怪な形で次々と命を落としていく……。

[感想]

 地球を訪れた宇宙人が探偵役をつとめるという、H.クレメント『20億の針』などを彷彿とさせる異色のSFミステリですが、SF設定に重点が置かれているのはほぼ序盤のみで、中盤以降はかなりストレートな本格ミステリへと変じていきます。結果として、SFを読まないミステリファンでも安心して読むことができる反面、SFファンとしてはやや物足りないところの感じられる作品となっています。

 様々な超能力を使う宇宙人という造形はありがちといえばありがちですが、その生活形態のゆえに個体間の関係性が希薄であるという設定はよくできていると思います。そして、そのような主人公と地球人の少女・佳織が議論する場面で、異質な存在を理解することの難しさが描き出されているあたりは、ファースト・コンタクトSFの面白さを意識したものになっているといえます。

 物語の後半は、SF的な興味は脇へと追いやられ、クローズド・サークル内の連続殺人というコテコテの(?)ミステリとなります。隕石に直撃されたかのように見える焼死体、顔を赤く染められた首吊り死体、そして大時計の針に串刺しにされた死体と、いずれもかなり異様な状況ですが、特に後者二つが、全員が閉じ込められているはずの天文台ので起きたところが一風変わっています。

 この不可能犯罪に対して、主人公のイレムがその超能力も駆使しつつ、少しずつ謎を解いていくわけですが……不可能犯罪のトリック自体はさほどのものではなく、むしろ陳腐といえるものさえ含まれています。が、本書の眼目はそこではなく、謎が解体された後に待ち受ける強烈なカタストロフにあります。一瞬にして起こる世界の崩壊は実に鮮やかで、しかもその衝撃の大きさは特筆ものといっていいでしょう。

 ただし、このカタストロフ自体がまた曲者で、どこまで意図されたものかはわかりませんが、崩壊した世界は不安定なまま、物語は終わりを迎えることになります。大筋ではつじつまが合っているものの、細部には割り切れないものが残り、何とも考えさせられる結末です。非常に意欲的な作品であり、またある意味で問題作ともいえるかもしれません。

2004.07.25読了  [谺 健二]



忍法創世記  山田風太郎
 2001年刊 (出版芸術社)

[紹介]
 足利義満が将軍の座にある南北朝時代。柳生一族の三兄弟と服部一族の三姉妹による風変わりな婚礼の儀式により、両家の長い確執にも終止符が打たれようとしていた。だがその時、同じ南朝方でありながら対立する二つの勢力――すさまじい剣法の使い手“大塔衆”と、奇怪な忍法を操る“菊水党”――が、両家の助力を求めてきたことで、儀式は中断を余儀なくされる。舟馬・又十郎の兄弟、そして又十郎の嫁となったお鏡は柳生方として大塔衆に剣法を学び、また双羽・環の姉妹、そして環の婿となった七兵衛は服部方として菊水党に忍法を伝授される。かくして、南朝が保持する三種の神器をめぐり、凄絶な戦いが始まった……。

[感想]

 雑誌に連載されたものの、長らく単行本化されなかった幻の忍法帖。そしてまた、最後に書かれた忍法帖でありながら、伊賀忍法(と柳生剣法)の草創期を描いた興味深い作品でもあります(近い時期を扱った『柳生十兵衛死す』と読み比べてみるのも一興でしょう)。作者自身が出来がよくないと判断したことで刊行されなかったようなのですが、一体何を考えていたのか? と思わずツッコミを入れてしまうほど、十分に面白い物語です。

 まあ、決して非の打ち所がないというわけではなく、『甲賀忍法帖』などの傑作群にはやはり及ばないところがあります。最大の問題(そしておそらく作者自身の低評価の理由)は、忍法や剣法のアイデアを出しきれなかったためか、大塔衆や菊水党の一部が技を披露する間もなく倒されてしまう点で、もう少し人数を削るなどしてもよかったのではないかと思います。また、これら二つの勢力が最初から最後まで不倶戴天の敵という感じで描かれており、同じ南朝方でありながら対立するという設定が十分に生かされていないという印象です。

 ところが、大塔衆と菊水党ではなく、柳生三兄弟と服部三姉妹を中心に据えて見ると、物語は滅法面白いものになります。“豆を煮るに豆がらを焚く”という詩に象徴されるように、兄弟、姉妹、あるいは夫婦が敵味方にわかれて争う骨肉の展開は、何ともいえない無常感をかもし出しています。逆にいえば、それほどまでに三種の神器というものが重い意味を持っているということかもしれません。しかしその中で、三組の夫婦が次第に心を通わせていくところが、物語を一際味わい深いものにしています。

 三種の神器の争奪戦が決着した後に待ち受ける、最後の美しく凄絶な戦いもまた見事。風太郎忍法帖のファンならば必読の一冊です。

2004.07.27読了  [山田風太郎]



大聖堂は大騒ぎ Holy Disorders  エドマンド・クリスピン
 1945年発表 (滝口達也訳 世界探偵小説全集39)ネタバレ感想

[紹介]
 作曲家ジェフリイ・ヴェントナーは、トールンブリッジに滞在中の友人ジャーヴァス・フェン教授から、奇妙な電報を受け取った。地元のオルガン奏者が何者かに襲撃されて重体となり、代わりに大聖堂のパイプオルガンを演奏する奏者として、ジェフリイが呼び出されることになったのだ。ところが間もなく、それを察知した何者かの魔の手がジェフリイに迫る。かくして、数々の脅迫や襲撃から何とか逃れつつ、ようやくトールンブリッジに到着したジェフリイだったが、早々に大聖堂で奇怪な事件が起こり……。

[感想]

 クリスピンの第2長編で、真田啓介氏の解説でも指摘されているように、不可能犯罪・文学談義・怪奇趣味・ドタバタ喜劇の4本柱が揃った、クリスピンらしい作品といえます。本書では特に、冒頭からいきなり展開されるドタバタ劇が印象的で、フェン教授の電報がきっかけで事件に巻き込まれることになったジェフリイが、捕虫網を手に騒ぎを繰り広げる様子には、思わず笑いを禁じ得ません。その後も随所にユーモラスなエピソードが挿入され、何とも楽しい作品となっています。

 ただし、ミステリとしては評価が難しいところがあります。オルガン奏者が襲われる理由など、真相の一部が早い段階で明かされてしまうのがもったいないと思いますし、多少注意深く読めば致命的な部分の見当がついてしまうという難点もあります。また、全体的に少々無理が感じられてしまうのも残念。とはいえ、フェン教授が解決に至るロジックには意表を突かれましたし、不可解な謎に対応する豪快なトリックのインパクトは強烈です。一長一短といったところでしょうか。

 決して傑作とはいえませんが、面白い作品であることは間違いありません。一読の価値はあると思います。

2004.07.30読了  [エドマンド・クリスピン]


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