妖鳥/山田正紀
まず、頻出する“謎の言葉”について整理してみましょう。
- 「こんご、たいぞうにする」(「12」)
- 刈谷は“退蔵”(=死蔵)と解釈したが、実際には「金剛を、胎蔵にする」(金剛界曼陀羅を胎蔵界曼陀羅に変える)という意味だった。
- 「見えない部屋」(「14」)
- 篠塚は書庫室や時計台だと考えたが、看護婦の台詞は緊急病棟内で感染防止のために減圧して区画された部分を指していた。
- 「ケーキの作り方」(「32」)・「ケーキ」(「37」)
- 実際には爆弾作りのためのテロリストの教本だった。
- “女の名前”(「69」)
- 刈谷は藤井葉月の名前だと考えていたが、実際には「事故」という台詞だった。
一つ一つは面白いと思いますが、これだけ出てくるとやはり多すぎるように感じます。おそらく作者は意味のわかりにくい言葉を多用することで、幻想的な舞台装置を構築したかったのではないかと思われますが、どうしても詰め込みすぎという印象を受けてしまい、もったいなく感じてしまいます。
幻想的な舞台装置という意味では、逆に聖バード病院を包み込む曼陀羅の構図の方はうまく機能しているように思えます。雑木林に埋められるカラスの死骸など、呪術的とさえいえる物語の雰囲気を高めています。しかも、修善豊隆と狭梗との関係に象徴される、金剛界曼陀羅と胎蔵界曼陀羅の相克という構図もよくできていると思います。
しかしながら、この曼陀羅のために物語のテーマが当初のものからずれてしまっているのは否定できません。そして当初のテーマであった“女は天使なのか、それとも悪魔なのか?”という疑問には答が示されないまま、物語は幕を閉じてしまいます。
もちろん、女性に限らず人間は天使でも悪魔でもあり得るものだと思いますが、やはりこの疑問は、男性である作者にとって女性は永遠に不可解な存在であるということを追求するところから生まれてきたものなのでしょう。これは、例えば『愛しても、獣』において“男は獣である”と断じているのとは対照的です。
余談ですが、山田正紀の多数の長編・連作短編のうち、明らかに女性を主人公としているものは数えるほどしかありません(『デッド・エンド』、『謀殺の弾丸特急』、『赤い矢の女』、『美しい蠍たち』、『血と夜の饗宴』、『恍惚病棟』、『電脳少女』、『おとり捜査官』など)。このあたりにも、山田正紀の女性に対するある種の苦手意識が表れているのかもしれません。
2000.11.27再読了