山田正紀作品感想vol.4

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夢と闇の果て  山田正紀

1984年発表 (集英社文庫 や6-3)

[紹介]
 南海に浮かぶ小島・東嶽島{あがりたけとう}には、一つの伝説があった。それは、宇宙の意志を受け、物語として語り伝える若者・語得大君{かたりえおおきみ}聞得大君{きこえおおきみ}、そして謎の存在・“大頭{ウフチブル}の物語であった。しかし長い歴史の中、その伝説も消え失せてしまうかに思われたが、今ここにまた意志を受け継ぐ若者が姿を現した。伝説の原点はどこにあるのか……?

[感想]
 “物語る”ということに徹底的にこだわった、メタフィクション的な作品です。「第一夜 豚の王」「第二夜 海蛇の王」「第三夜 夢の王」と題された三篇の物語には、いずれも語得大君・聞得大君・“大頭”が何らかの形で登場し、“物語”がテーマとなっています。そしてこの各篇自体が、「千夜一夜物語」のように夜ごと語られているという入れ子構造になっています。

 ところがこの作品ではさらに、「第一夜」から「第三夜」までの各篇の物語が相互に影響し合う形になっています。これによって、物語内における“現実”と“夢”の境界があいまいなものとなり、結果として繰り返されるモチーフが象徴として浮かび上がってきます。象徴されているのは、“物語る”という行為、そしてその原点。ユニークな手法による実験的・先鋭的な作品ではありますが、決して難解ではなく、あくまでもエンターテインメントに徹する作者の手腕が発揮された作品です。

2000.10.14再読了

たまらなく孤独で、熱い街  山田正紀

1984年発表 (徳間文庫210-2)

[紹介]
 早朝の横浜・山下公園で、ナイフで刺された女子大生の死体が発見された。それが悪夢の始まりだった。
 第一発見者のサラリーマン・河合鋭夫は、現場保存の適切な処置をマスコミに賞賛されていた。一方、仕事に行き詰まりを感じていたラジオDJ・新里沙智は、犯人に気に入られてしまったことを浮上のきっかけにしようとする。そして、捜査にあたる刑事・浜田泰二は、河合に通じ合うものを感じ、また少しずつ沙智に魅かれていった。しかし……。

[感想]
 殺人事件こそ起こるものの、ミステリ的な謎はほとんどありません。むしろ、犯人も含めた登場人物たちの心理を重点的に描いた作品です。彼らは事件をきっかけとして出会い、いつしかお互いの絆を深めていきますが、共通するのは題名にもある“孤独”です。物理的には満たされていたはずの河合でさえも、事件をきっかけに日常から踏み出してしまったことで、それまで目を背けていた精神的な孤独に気づいてしまいます。

 お互い通じ合うものを感じながらも、このような形でしか他人と関わることのできない登場人物たちの不器用さ、そして逆にお互い通じ合うがゆえに破滅的な行動に走ってしまう姿が印象に残ります。

 ちなみに、後の『鏡の殺意』は、よりミステリ的な謎を追加しながら、このテーマに再挑戦したものになっています。

2000.10.16読了

殺人契約 殺し屋・貴志  山田正紀

ネタバレ感想 1984年発表 (光文社文庫 や6-1)

[紹介と感想]
 27歳の孤独な殺し屋・貴志を主役とした連作短編です。ハードボイルドな雰囲気の犯罪小説ですが、ハードな中にも時おり見られる貴志の人間的な(とまではいかないかもしれませんが)一面が印象に残ります。プロットの方もそれぞれ工夫が凝らされていて、なかなか飽きさせない作品集となっています。
 余談ですが、特定の武器に頼らず臨機応変に手口を変えていく貴志のキャラクターは、都筑道夫『暗殺心』の主役・鹿毛里に通じるところがあるように感じられます。

「殺し屋」
 雨の夜、標的をベランダから突き落としたその時、一瞬の稲妻に女の姿が浮かび上がった。仕事の現場を目撃されてしまったのか? 完璧に事故に見せかけたはずが、警察は殺人事件として捜査を始めた……。
 短い中、貴志のキャラクター、そしてストイックに仕事に臨む姿勢などがうまく描かれています。プロットも非常によくできていて、ラストの貴志の葛藤が印象的です。

「逃亡」
 殺し屋の仕事が警察に露見してしまった。マンションにやってきた刑事たちを振り切り、意表を突いた手段で必死の逃亡をはかった貴志だったが、その前に姿を現したのは……。
 貴志の逃亡手段がよくできています。しかも、単に面白いアイデアというだけでなく、細部まで非常によく考えられています。

「システム・キリング」
 今回の標的は、フライドチキンのチェーン店を経営する男。貴志は標的に接近し、システマチックな最新鋭の養鶏場で男と対決することになったが……。
 貴志と標的の対決は、残念ながらやや迫力が欠けるように感じられます。ラストが皮肉で、気が利いています。

「契約違反」
 いつものように準備を重ね、仕事を済ませようとした寸前、標的は何者かに殺されてしまった。貴志は隠された事情を探り、犯人に迫っていく……。
 そこまでする必要が……あるのでしょうね。

「二重奏」
 今回の仕事は困難だった。ピアノのリサイタルのステージ上で、ピアニストを殺すという依頼だったのだ。しかも、なぜか会場には刑事たちの姿が……。
 ほとんど不可能としか思えない非常に困難な状況下で、殺人を行うアイデアは巧妙です。

「共喰い」
 今回の標的は同業者、殺し屋だった。狙われているのは依頼人。殺される前に、先に相手を殺してくれ、というのだ。貴志は困難な仕事に挑むが……。
 この作品での貴志の行動には、納得いかないものがあります。

「待機」
 貴志は、長い待機にいらだちを感じ始めていた。標的を追って潜入した別荘地、準備は万全だった。だが、もう少し待つよう、依頼人から指示が伝えられたのだ。貴志は、規則正しい生活を送る標的に興味を覚えるが……。
 優柔不断な依頼人という、異色の状況です。最後の一行の重さが、強く印象に残ります。
2000.10.18読了

顔のない神々(上下)  山田正紀

ネタバレ感想 1985年発表 (角川文庫 緑446-11,12)

[紹介]
 1971年、中近東を旅行中の久藤森男は、“ひかりのみち教団”信者の女性から、彼女が捨てた息子・相沢淳一を探すよう頼まれる。ようやく探し当てた淳一はしかし、現地の人々から“魔王{イフリート}と忌み嫌われ、山奥にたった一人で置き去りにされていた……。
 そして1973年秋、公害にあえぐ日本では、“ひかりのみち教団”統理の千装槐二郎{ちぎらかいじろう}公害企業主呪殺祈祷を行い、逮捕されていた。獄中の槐二郎に面会にやってきた国会議員・海藤信久は、槐二郎に恐るべき野望を語る……。
 やがて日本を襲う石油ショックの混乱の最中、“ひかりのみち教団”に身を寄せていた久藤と淳一は運命に翻弄され、海藤は野望への第一歩を踏み出した……。

[感想]
 石油ショックの時代を分岐点として、緻密に作り上げられたもう一つの歴史・“幻代史”。この作品で描かれた、悪夢のような“あり得たかもしれない歴史の姿”はあまりにも重く、エンターテインメントと呼ぶのもはばかられるほどです。脇役も含め、登場人物たちはみな個性的な人物ばかりですが、彼らがそろって一つの大きな流れに巻き込まれ、翻弄されていく様子も、この重さをより一層際立たせています。
 ラストの“顔のない神々”の姿が何ともいえない無常感を感じさせます。

2000.09.18 / 2000.09.19読了

魔境密命隊(上下) 砂漠妖女篇/地底魔獣篇  山田正紀

ネタバレ感想 1985年発表 (双葉文庫 や04-1,2)

[紹介]
 正倉院秘蔵のペルシア絨毯に秘められた謎――それは、失われた魔境〈カーフ〉へとつながるものだった。かつて砂漠で出会った妖艶な美女を追い求める佐嶋、美少年・秀美、人類学者の小百合、銃器の扱いにも長けた謎の男・斑鳩、そして現地の案内役、元ベトナム難民のスンからなる一行は、カーフを求めてイラン砂漠へと到達した。“竜の涙”作戦を実行するイラン軍部の襲撃をかわし、カーフへたどり着いた一行の目前には、太古の竜の姿が……。

[感想]
 『崑崙遊撃隊』『ツングース特命隊』に続く“探検隊もの”ですが、先の二作に比べると若干落ちるでしょうか。
 〈カーフ〉という隔離された特殊な世界を貫く根本的な原理は非常によくできていると思いますが、それを受け止めるはずの世界の描写が力不足で物足りないため、せっかくのアイデアが浮き上がってしまっているように感じられます。また特に後半、主人公である佐嶋がひんぱんに意識や記憶を途切れさせているのが、物語の展開を大きく妨げています(もっとも、これには理由が考えられなくもないですが)。
 エンターテインメントとして十分水準に達しているとは思いますが、中心となるアイデアが面白いだけに、もったいなく感じられる作品です。

2000.10.19 / 2000.10.20再読了

機械獣ヴァイブ1~4  山田正紀

ネタバレ感想 1985~1988年発表 (ソノラマ文庫61-A~D)

[紹介]
 高校生・北条充は悪夢に悩まされていた。自分の中に巣くう邪悪で獰猛な獣が解き放たれ、破壊と殺戮に酔いしれる夢だった。ようやく悪夢から目覚め、古代吉備王朝の謎を解明しようとする父親とともに漁船に乗り込んだ充だったが、海底から引き上げられた巨大な銅鐸が奇怪な振動を発した途端、漁船は炎上してしまう。さらに頻発する怪現象。充の前に姿を現した謎の少年……。
 やがて、犯罪者として追われることになった充が、逃避行の果てに鬼牛島の古墳を訪れたとき、ついに地底から怪獣“ヴァイブ”がその巨大な姿を現した……。

 『獣黙示篇』・『獣地底篇』・『獣誕生篇』・『獣転生篇』の四冊が刊行されています(未完)

[感想]
 第2巻まで、特に序盤はどうしても夢枕獏〈キマイラ・シリーズ〉にも似た印象を受けてしまいますが、“獣”が主人公の内部にいるのではないという点が次第に明らかになり、違いがはっきりとしたものになっていきます。そして第3巻に至って、物語は本格的な怪獣小説へと姿を変えます。

 N.Sanadaさん(→残念ながらリンク切れです)も言及していらっしゃいますが、“巨大怪獣が大都市を襲撃する”という物語は、「ゴジラ」など特撮映画には多くみられるものの、小説となるとあまり記憶にありません。その点で、本書は非常にユニークな作品であると思います。しかも、第2巻までがプロローグに費やされているように、細かい設定などもしっかりとなされているようで、さほど荒唐無稽には感じられません。

 さらに第4巻に至っては、“ヴァイブ”が一時活動を中止している間に、時間テーマのSFという要素も登場してきます。〈神獣聖戦シリーズ〉とのつながりを予感させるような部分もあり、いよいよこれから、というところで中断されているのが非常に残念です。

 なお、第2巻及び第3巻はK.TOMIさんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.11.28 / 11.29 / 11.30 / 12.01読了
【関連】 『未来獣ヴァイブ』

幻象機械  山田正紀

ネタバレ感想 1986年発表 (中公文庫 や24-1)

[紹介]
 日本人に特異的な非言語脳(右脳)と言語脳(左脳)の機能差を研究する装置・“幻象機械{イリュージョン・プロジェクター}を開発した大学助手・谷口。 父の遺品の中に石川啄木の未発表小説を発見した彼は、日本人の脳に刻印された恐るべき秘密に迫っていく。日本人の“正体”に気づいてしまった谷口の運命は……。

[感想]
 石川啄木の未発表小説――という設定の贋作――までもが含まれた、意欲的な作品。何といっても、日本人の秘密に迫る終盤の展開が秀逸ですが、このアイデアを石川啄木に結びつけた離れ業には圧倒されます。

2000.09.22再読了

暗黒の序章 マシンガイ竜  山田正紀/永井 豪

ネタバレ感想 1986年発表 (角川文庫 緑446-51)

[紹介]
 突如、すさまじい閃光と炎に包まれた地熱発電所。業火の中から姿を現した少年は、裸のまま、火傷ひとつ負っていなかった。だが少年の背後には、とてつもないパワーを秘めた巨大な影が迫っていた。影は強烈な咆哮を放ち、少年に向けてレーザーを発射した――。
 すべての記憶を失った少年は“未成年矯正センター”に放りこまれ、〈竜〉と名づけられた。裏側に邪悪な意志と秘密が隠された矯正センターで、〈竜〉は自分の持つ底知れない能力に少しずつ目覚めていく……。

[感想]
 永井豪とのコラボレーションによる、小説と劇画の融合したSFアクション。イラストは単なる挿絵にとどまらず、コマ割りがされていたり、擬音や台詞が書きこまれていたりと、なかなか面白い試みであると思います。
 ストーリーの方も合作のようで、例えば“矯正センター”という閉ざされた空間、そして力による抑圧といったあたりは永井豪の持ち味であるように思えますし、逆に主人公の能力などは山田正紀らしい(永井豪らしくない)アイデアに感じられます。
 題名の通り、まったくのプロローグで終わってしまっているのが残念です。

2000.10.20読了

魔空の迷宮  山田正紀

ネタバレ感想 1986年発表 (中公文庫 や24-3)

[紹介]
 失踪した銀行員・竹宮の妻である章子から調査を依頼された水野は、いつしか大銀行の合併と青山の土地買い占めという、政界・財界を巻き込む謎のプロジェクトの存在に気づいた。次々と建設されるポストモダン建築群、そこに飾られた章子の手による不気味な魔女人形、めくるめく官能の匂いをまとった赤い帽子の女たち……いま、青山に何が出現しようとしているのか?

[感想]
 青山を舞台とした、ややエロティックなホラー風の作品です。ホラー的な恐怖はあまり感じられませんが、怖い作品であることは間違いないでしょう。随所に山田正紀らしい雰囲気もちりばめられた、ある意味衝撃的な作品です。
 テーマは後の『美しい蠍たち』『妖鳥』などと共通する部分がありますが(若干ネタバレ気味?)、特に終盤の展開において、この作品が最も成功しているように感じられます。

2000.09.13再読了

謀殺の弾丸特急  山田正紀

ネタバレ感想 1986年発表 (徳間文庫 や3-18)

[紹介]
 “黒い貴婦人”の愛称を持つ名蒸気機関車C57に乗って、東南アジアの小国アンダカムを旅する人気のツアー。添乗員の晶子、元国鉄職員の横山、新婚の寺本夫婦、旅行好きの老婆・佳美、学生の佐野、元アンダカム駐在の技術者・及川、そしてジャーナリストの大塚という総勢八名の日本人観光団が参加したが、一行を迎えたのはアンダカム国軍の激しい銃撃だった。理由もわからないまま、SLに乗って必死の逃走を試みる観光客たち。軍隊の襲撃を逃れて国境を突破し、無事に隣国タイへたどり着くことはできるのか……!?

[感想]
 名作『火神を盗め』にも通じる、傑作冒険小説です。ごく普通の人々が最新装備の軍隊に立ち向かうという構図、そしてその過程でチームとしての一体感が形成され、各自が自分を取り戻していくという基本骨格が共通しています。

 最大の相違点は、『火神を盗め』の目的が“攻撃”であるのに対し、この作品では“防御”である点でしょうか。しかし、疾走するSLでの逃避行であるために、“防御”でありながらも十分にダイナミックな物語となっています。このあたりも含め、設定が非常によくできているといえるでしょう。

 例えば、小国の小さなツアーであるために、観光だけでなく工場団地への資材の運搬にも兼用されていることで、一行は反撃のための材料を入手することが可能になっています。また、一般人には列車の運転などできるはずがなく、通常ならば運転手を巻き込んだりすることにもなりかねませんが、人気の高いSL(しかも現役のC57)のツアーであるため、列車の運転ができる横山が参加していることにも十分な説得力があります。

 決して知名度の高い作品ではありませんが、痛快な冒険が楽しめる一級のエンターテインメントです。

2000.10.21再読了