カクテルを読む

小説に描かれたカクテル

 カクテルが大好きな文豪といえば、これは誰もが躊躇なく、アーネスト・ヘミングウェイの名をあげるだろう。「河を渡って木立の中へ」では15対1の超ドライ・マティーニ"モンゴメリー将軍"を登場させているし、「武器よさらば」にもマーティーニが出てくる。「海流の中の島々」でもいくつかのカリブ海風カクテルが紹介されている。本人も第二次世界大戦中のパリに従軍して、ホテルリッツで、一人で五十杯のマティーニを飲んだという逸話もある。また、フローズン・ダイキリも常にヘミングウェイが好んだことが枕言葉で紹介されるカクテルだ。とにかく酒のエピソードには事欠かないのがヘミングウェイだ。

 アーサー・ヘイリーの「ホテル」は、若きホテルの副支配人が、経営危機におちいった名門ホテルを救うストーリーだが、この主人公がホテルマンとして生きるきっかけを作るカクテルとしてラスティ・ネイルが出てくる。また、主人公と令嬢とのデートの小道具としてアブサン・スィッセスというカクテルが登場する。アブサンと卵白などをシェークしたものだが、小説の中ではアメリカ南部の家庭で朝食の際飲むモーニング・カクテルとして紹介されている。

 アラン・シリトーの「土曜の夜と日曜の朝」では、主人公はビールばかり飲んでいるが、やはりビールのカクテル、シャンディ・ガフが登場している。そして、青春文学の傑作、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」にはフローズン・ダイキリスコッチ・アンド・ソーダが登場する。◆しかし、カクテルが登場するといえば、やはりミステリー小説が多い。レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」の名セリフ「ギムレットには早すぎる」はあまりにも有名だし、エド・マクベインの「87分署シリーズ 警官嫌い」でのトム・コリンズもなかなか印象的に使われている。

 ロバート・B・パーカーの「誘拐」では主人公がウォッカ・ギムレットをネタに女性を口説くし、ハリィ・オルズガーの「死の退場」にはギブソンが出てくる。ワイオミングからニューヨークに出てきた田舎娘が、初めて飲んだカクテルがギブソンで、この酒を作ったミスター・ギブソンに「人類は大いに感謝しなければならないわ」と言うほど感激するという、楽しい一節もある。ぜひとも読みながら味わいたい。