漢詩　　　訴衷情
　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　南宋　陸游

青衫初入九重城， 結友盡豪英。 蝋封夜半傳檄， 馳騎諭幽并。 時易失， 志難成。 鬢絲生。 平章風月， 彈壓江山， 別是功名。

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　　　　　　訴衷情
　　　　　　　　　　　

青衫　初めて入る　　九重城，
結友　　盡く　豪英。
蝋封　夜半に　檄を　傳へ，
騎を　馳せて　　幽并を　諭（さと）す。


時　　失ひ　易（やす）く，
志　　成り　難（がた）し。
鬢絲　生ず。
風月を　平章し，
江山を　彈壓す，
別（もし）や　是れ　　功名ならんか。

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私感訳注：

※訴衷情：詞牌の一。詞の形式名。平声韻一韻到底。詳しくは「構成について」を参照。この作品は、上片は若かった頃の活気に満ちた臨戦態勢の情景で、下片は、退嬰的な老年期の現状を嘆いている。

※陸游：南宋の愛国詩人。

※青衫初入九重城：官吏として、初めて帝京に来て。　・青衫：地位の低い官吏の着る服。作者自身。用例では「座中泣下誰最多，江州司馬青衫濕。」が有名。。　・初入：初めて来た。　・九重城：皇帝の居る都。帝京。ここでは、臨安になる。

※結友盡豪英：友として交わりを結んだ（人物は、）ことごとく英雄豪傑であった。　・結友：つき合う。交わりを結ぶ。　・盡：ことごとく。　・豪英：英雄豪傑。英豪。

※蝋封夜半傳檄：機密文書を夜中のうちに伝える。　・蝋封：機密文書。蝋で封をしたことに因る。　・夜半：夜中のうちに。　・傳：（檄を）飛ばす。伝える。　・檄：檄文。ふれぶみ。役所から人民に対して出された通告文の木札。

※馳騎諭幽并：馳騎：馬を馳せて、幽州や并州等の旧領の人民にに対して諭告する。　・馳騎：馬を走らせて。　・諭：上級が下級に対して諭告する。説諭する。暁諭。　・幽并：幽州と并州。現・河北、山西の北部。金の領土となっていた。ここでは、広く華北の旧国土を指す。

※時易失：時間は、容易に移りすぎて行き。　・時：時間。　・易失：容易に失われる。

※志難成：雄々しい志は、なかなか実現しない（ままに）。　・志：雄々しい志。　・難成：なかなか実現しない。

※鬢絲生：白髪が生える。歳を取ってしまったということ。　・鬢絲：白髪。　・生：生える。

※平章風月：風流な談義をして。　・平章：品評、評論。　・風月：風雅なもの。

※彈壓江山：山河を支配している（だけが）。　・彈壓：屈服させる。支配する。　・江山：山河。
※別是功名：まさか手柄ではなかろう。　＊これと似た憤りを表したものに、張元幹の『賀新郎』「曳杖危樓去。斗垂天、滄波萬頃，月流煙渚。掃盡浮雲風不定，未放扁舟夜渡。宿雁落、寒蘆深處。悵望關河空弔影，正人間、鼻息鳴鼓。誰伴我，醉中舞。十年一夢揚州路。倚高寒、愁生故國，氣呑驕虜。要斬樓蘭三尺劍，遺恨琵琶舊語。謾暗澀、銅華塵土。喚取謫仙

看，過溪、尚許垂綸否。風浩蕩，欲飛舉。」がある。　・別是：まさか……ではなかろう。ことによったら。もしかしたら。願望に反することを半信半疑で推測する。　・功名：てがら。

※平章風月，彈壓江山，別是功名：風流な談義をして、領地を支配しているだけが、まさか手柄ではなかろう。もっと大きく祖国の情況を見てほしい。北方では、金が我が国を窺っているではないか。





◎　構成について

　双調四十四字。　平声一韻到底。韻式は「ＡＡＡ　ＡＡＡＡ」。韻脚は 「城英并　成生名」で、詞韻第。なお、この作品でも、下片第五句は押韻していない。
　　　　
　　　　○●●○○，（韻）
　　　　●●○○，（韻）
　　　　○●●○●，
　　　　●●○○。（韻）


　　　　○●●，　
　　　　●○○，（韻）
　　　　●○○。（韻）　
　　　　●○○●，
　　　　●○○，（韻）
　　　　●●○○。（韻）

となる。

２００３．１１．　４完 ２００６．　１．２４補

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