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UK/D/F/Kanada/J/USA 2011 113Min. 劇映画
出演者
Liam Neeson
(Dr. Martin Harris - 植物学者としてベルリンの学会に出席予定のアメリカ人)
January Jones
(Elizabeth Harris - マーティんの妻として一緒にベルリンに来た女性)
Aidan Quinn
(学会でマーチンだと言い張る男)
Diane Kruger
(Gina - タクシーの運転手、バルカンからの違法移民)
Bruno Ganz
(Ernst Jürgen - 元東ドイツの秘密警察)
Frank Langella
(Rodney Cole - マーチンの15年来の知り合い)
Sebastian Koch
(Leo Bressler - 学会で発表予定の植物学者)
Helen Wiebensohn
(Laurel Bressler - レオの娘)
Merle Wiebensohn
(Lily Bressler - レオの娘)
Olivier Schneider (Smith)
Stipe Erceg
(Jones - 人相の悪い殺し屋)
Rainer Bock (Strauss)
Mido Hamada
(Shada - アラビアの王子、ブレスラーの支援者)
Clint Dyer
(Biko - タクシーの運転手、ジーナの知人)
Karl Markovics
(Dr. Farge - マーチンの入院先の医師)
Eva Lo"bau
(Gretchen Erfurt - マーチン担当の看護婦)
Fritz Roth
(タクシー会社の男)
見た時期:2011年12月
井上さんの状況が安定したと思い、ちょっと映画でもと思った矢先、血栓症だということになり、心配しながらの鑑賞となりました。
★ 監督、主演、プロット
監督はスペイン人で、蝋人形の館を作った人。アンノウン1つ前はエスターです。エスターの出来がスリラーとしては良かったのに対し、アンノウンは妙な免罪符になっており、アクション、カー・チェースが加わったため、推理小説ファンとしては良く考えるとおもしろいプロットに思える部分が埋もれたような印象です。
リアム・ニーソンは最愛の妻の死後なぜか映画産業では好調で、特に高齢になってから始めたアクション・スリラーが成功しています。アンノウンも表面的に見るとスリラーとアクションのカクテルが上手く行った例と言えます。
それでも推理小説ファンとしてはプロットの生かし方に不十分さが感じられ残念です。あの捻りはもう少し生かしてもらいたかったというのが贅沢な不満です。アイディアが良かっただけに残念です。
★ ベルリン、ドイツ
ベルリンに住む者としては地理的に不満たらたら、ドイツに住む者としてはなぜたくさんの国がドイツに免罪符を与えるような映画にせっせとお金を出し、英国人がアメリカ人になって一生懸命労力を払ったのかが分かりにくかったです。ドイツには冷戦中の東西問題の他に冷戦後の東西問題もあり、冷戦中に東で高い地位にいた人は冷戦後冷や飯を食う状態になっています。しかしそれはどの国でも戦争が終わればありうる事で、いきなり死刑とかではなく、新しい冷戦後の体制で重要な地位から外され、年金生活や失業保険、生活保護に回されたという比較的マイルドな方法で解決を図っています。なので、外の人間から見ると、「あいつがまだ娑婆でのうのうと生きている」という風に取る人もいれば、「こういう方法でそれ以上の憎悪を防いだ」という風に取る人もいます。そして外国人の私たちには見えない事情がたくさんあります。直接血を見る解決方法にしなかったという点は冷戦中に西側も巻き込まれていた複雑な状況と呼応したのかと想像するしかありません。
地理的にどうのという愚痴はのっけから出ます。テーゲル空港に到着するシーンから「あれれ・・・」で、直後に向かうホテル・アドロンへの道中も「タクシーの運転手にツーリストだと足元を見られ大幅な迂回をしたのか」と思ったほどです。しかしその後ずっと見ていると、台本がベルリンの地理を全く無視した作りになっていることが分かります。地下鉄も「この人がなぜ今ここにいるのか」と思える駅から乗り込み、降りる駅と線が繋がっていなかったりします。ラン・ローラ・ラン もそうでしたが、地理的には混乱の連続だと覚悟してください。
また普通ベルリンでは考えられないようなカー・チェイスがあります。これはアクション・スターとしてのニーソンを引き立てるための演出で、ボーン・アイデンティティーでジェイソンがやらかすカー・チェイスと同じ次元の話です。ただここに水も滴る今売り出し中の元気溌溂のスターを使わず、中年のややしおれかけたニーソンを起用したのは憎い演出。そこは評価しましょう。
★ スター
英国(北アイルランド)から来ておりながらアメリカ人を演じるのがリーアム・ニーソン。夫人の死の直前にアメリカ国籍になっています。アンノウンをきちんと最後まで見て深読みすると説明がつくようになっています。
アイルランド系のアメリカ人で、時たまいいスリラーに出るエイダン・クインがニーソンと全く同じアイデンティティーを持った男として登場。
女性で華を添えているのはアメリカのジャニュアリー・ジョーンズ。ドイツからはドイツより外国で知られている国際スターのダイアン・クルーガー。彼女はいかにもドイツ的な動作が無いので、ドイツ人にもアメリカかイギリス人に見えてしまう時があります。彼女は華を添えるのではなく、主人公と一緒に事件を追う役。
ドイツ語圏からの大物はスイス人ブルーノ・ガンツ。彼はドイツで問題作に出ることが多く、ドイツ人にもドイツ人かと思われたりします。スイス人スターと意識している人は少なく、オーストリー人かと思う人は時々います。アンノウンの中でも重要な鍵を見つける人物になっています。
その彼の対戦相手としてはぴったりのアメリカ人俳優フランク・ランジェラがガンツの対戦相手。知名度は低いですが渋い演技という意味では良く合います。彼のフロスト×ニクソンは見る価値があります。
もう1人ドイツ語圏から舞台俳優のセバスチャン・コッホが出演していますが、重要な役ではなく、そこで顔を見せていることが必要だという役です。
その他に小さい役ではドイツ人俳優、ドイツに住んでいる外国人俳優が出ています。撮影されたのがポツダムのスタジオで、ロケも殆どがベルリン。そのため俳優も現地採用。何しろ舞台が全部ベルリンなのです。
のっけはテーゲル空港に着陸するビジネス・クラスかファースト・クラス風の飛行機。もし主人公と妻が直接アメリカから来たのならここで既にずっこけます。どこか欧州の都市で乗り換えたのなら OK。ベルリンには元々西に2つ、東に1つ商業用に使われる空港があり、長い間3つが機能していました。近年町のど真ん中にあるテンペルホフ空港が閉鎖され、現在はテーゲルとシューネフェルドだけになっています。EU 外の外国から来る便は主としてシューネフェルド、EU など近隣の国から来る便は主としてテーゲルに降りることになっています。テーゲルの方が街中に近いので、好かれています。
空港でパスポートに入国のスタンプを押してもらい外に出ます。ところがそこで夫婦は鞄を1つ置き忘れてタクシーに乗ります。気づいたのはホテルにチェックインする時。学者として最高級のホテルにブッキングしてあるはずなのですが、パスポートが鞄に入っていたためフロントで身元確認ができず困ってしまいます。
こんな大事な用事で外国に来ているのに、パスポートの入った鞄を空港で1番下に置き、しかも忘れたままタクシーに乗るなどあり得ないというのが唯一のプロットの穴。特に2人の用件を考えるとちょっとあり得ません。
いずれにしろ、パスポートが無いと話にならないので夫がタクシーをつかまえて空港に戻ります。そこで妻に一言も言わないのもちょっとしたプロットの穴。
夫の乗ったタクシーは渋滞に巻き込まれ、その上事故にも巻き込まれそうになり、運転手は急カーブを切り、運河に落ちてしまいます。雪のちらつく冬なので、本当ならここで死んでもいいところですが、それでは冒頭で主人公が2人昇天してしまうので、ここは都合よく助かります。女性タクシー運転手ジーナがスポーツに強そうで、自分が助かるだけでなく、乗客のニーソン演じるマーティンも助けます。応急処置をし、マーティンは昏睡状態なので入院。ジーナは違法移民でもぐりで働いていたのですぐに姿を消します。
女性のタクシー運転手
最近の日本の事情は知らないのですが、ドイツには女性のタクシー運転手が30年ほど前から増えています。個人的な知り合いにもいます。女性がタクシーを運転しても襲われたりしないのは壁がある間西側の治安が比較的安定していたことによるのかも知れません。男女同権が叫ばれ始めた頃ですが、それでも女性に危険が及ぶ職業にまでどんどん進出したわけではなく、可能なところから増え始めました。当時の東側の様子はほとんど知らないのですが、東ベルリンの治安はかなり良く、もし女性の運転手がいたとしても驚きません。
病院では4日間昏睡状態の後マーチンが目を覚まします。パスポートが無いため外国人であり、本人はアメリカ人と思っているところまでしか分かりません。頭を打ったため記憶に穴が空いています。テレビを見たりしているうちに、自分がアメリカ人の学者でテレビに映っている国際会議に出席するところだったところまで思い出します。1人で4日間置き去りにされた妻を案じ、医者が止めるのを聞かずにホテルに向かいます。
しかしホテルには妻の他に既にマーチンがいて、チェック・インしており、学会にも出席しています。なのでこちらのマーチンは余ってしまいます。自分のアイデンティティーを示す書類が無く、妻と思った女性は「この人誰?」という態度。そこへマーティン B が出て来る上に、自分が所属している研究所のインターネットのサイトにもマーティン B の写真が載っています。
このあたりまではボーン・アイデンティティーをベースにしような話になっています。
手がかりを探るべくタクシー会社に赴いたマーチンですが、ジーナは違法に働いていたため姿を消しており、彼女の友人から何とか居場所を聞き出し訪ねて行きます。本人は違法な仕事がばれるのを恐れいかにも迷惑そう。しかしとにかく彼女と話ができ、家に泊めてもらえます。
ここでマーチンが泊まろうとした安ホテルから身分証明書が無いので断わられるというエピソードがありますが、現在のドイツではそれは無いかも知れません。元々泊まろうとしていた大手のホテルや普通のビジネス・ホテルでは「身分証明書を」と言われるでしょうが、安ホテルや、歓楽街の怪しげなホテルでもそこまで厳しいかは不明。しかしジーナとの結びつきを強引に作らないと話が進まないので、こういう運びになっています。
安アパートにマーチンがジーナの居所を聞き出した運転手が訪ねて来ます。彼女に新しいタクシーの仕事口をもって来ますが、そこへ怪しげな男が現われ、タクシーの運転手は殺され、2人も襲われます。
ここはフランティックのパクリ。学者夫妻が外国に到着し、鞄がきっかけで事件に巻き込まれ・・・というところからフランティックと似ていますが、屋根のシーンはまさにパクリ。ところが物語の後半フランティックから大きく離れます。
騒ぎが一向に解決せず、国際会議場には別なマーチンが納まっているので、自分はやはり事故で頭に問題が出たのだろうと思い病院に引き返したマーチンは、看護婦から「もしマーチンの話が本当ならここに連絡してみろ」と住所を教えられます。「この男は人探しの名人だ」と言われます。MRT で頭の検査をした直後、看護士風の男が来ますが、マーチンはそれが前に自分を襲った男だと気づきます。住所を教えてくれた看護婦は殺され、命からがら逃げ出したマーチンは言われた住所を訪ねます。
ここでブルーノ・ガンツ登場。かつて東ドイツの秘密警察にいた男ユルゲンの役。彼のアパートの描き方がリアルで、本当のアパートでロケをしたのではないかと思います。冷戦後引退しており、病気も抱えて余命の短い男。しかしマーチンが嘘を言っていないという感触を持ち協力してくれます。彼には秘密警察時代のコネもあり、大きなアクション無しでマーチンの問題に近づき、マーチンが確かにリズと一緒にテーゲルから入国したことを突き止めます。
ユルゲンは事件に巻き込まれて動転しているマーチンと違い、冷静に考えをめぐらします。マーチンの話が真実だとすると、誰がそれで利を得るか。わざわざインターネットのサイトの写真まで入れ替えるとなるとかなり手間とお金のかかった事件という事になるため、そんなに手間隙かける価値があると考えるのは誰かという論法。マーチンは町の中で体を張ってアクションをしており、ユルゲンは頭の中でアクション。その対比がもう少しはっきり出せればおもしろいスリラーになったと思います。
しつこく追って来るヒットマンをかわしながらマーチンとジーナは少しずつ秘密に近づいて行きます。例えば妻であるはずの女性とある展覧会に行くことになっていたのでそこに出向いて行きます。すると会場にはヒットマンもいます。そんなこんなで逃避行とマーチン側の調査が続きます。
★ ショーダウン − 大々的なネタバレ
逃避行と調査をいちいち書いていると長くなるので割愛しますが、結論は以下の通り。
元のマーチンも偽のマーチンも架空のマーチン。悪党がスパイ大作戦をやったような話で、どんな仕事でも引き受けるティームがありました。セクション 15 と呼ばれ、実在するのかすら不明とされていました。マーチンはそこの有能な工作員で、空港で無くした鞄にはジェイソン・ボーンのように何種類ものパスポート、大金などが入っていました。ところが鞄を探しに行く途中で事故に巻き込まれ、記憶がおかしくなってしまいます。その結果覚えているのは本当の自分ではなく、自分がたまたまベルリンで演じていた役の方。
セクション 15 はアメリカで巾を利かせる世界的な食料コンツェルンに雇われ、ある植物学者とスポンサーのアラビア人王子を暗殺することになっていました。「アラブの王子がテロにやられた」という形にし、「学者は巻き込まれただけ」という風におさめる予定。暗殺直前にその学者のハードディスクから植物の DNA のデーターを取ってしまうことになっていました。2人は「ライセンス料を請求せずに繁殖力の強化された食料を貧しい国々に提供しようかなあ」などと考えていたのです。食料コンツェルンに取っては都合の悪い話。
コンツェルン側はこの学会に正式に出席できる人物を作り出す必要があり、マーチンと妻が創造され、送り込まれていました。マーチンが事故で行方不明になってしまったため、妻は急遽代理マーチンを仕立て、同じ計画を実行することになっていました。爆弾は3ヶ月ほど前にマーチンたちがセットしており、起爆装置のスイッチを入れるだけになっていました。
そこまで思い出したマーチンはホテルのセキュリティーに通報。泊り客は無事避難し、ホテルはその後に爆発。爆発を止めようとした妻は爆死。電気の消えたホテルでは2人の偽マーチンが格闘。そこへジーナも姿を現わし、マーチン1号が勝利。2人はお金と新しいアイデンティティーを手になぜか東へ向かって旅立ちます。
ベルリン中央駅からドイツの新幹線に乗って旅立つのですが、なぜか東向きの列車。どこを目指しているのかは不明。
★ もう少し生かしてもらいたかったプロット
ジェイソン・ボーンやフランティックのリチャード・ウォーカーですと、気の毒な主人公が主張している事が正しく、偽のアイデンティティーを掻き分けて真実にたどり着くとか、消えた妻を捜す夫などで話が進みます。ところがアンノウンではマーチンが信じている真実も実は虚偽。この捻りがおもしろく、前半わざわざフランティックをパクったのもここのうっちゃり効果を高くするために良く役立っています。
所々にドイツ全体、東ドイツの立場を意識したようなメッセージが織り込まれているのは唐突な感じで、スリラーの流れに水を差します。ドイツが行った政治的判断に満足する人もいれば不満な人もいるでしょうが、それをこういう活劇に織り込んでみても、観客に全然伝わらず無視されるか、気づいた人にブーイングを受けるかで、あまり手際のいい織り込み方ではありません。政治的な立場をもっとはっきり前に出した別な作品を作るか、あるいはもっとストーリーに上手く溶け込ませ、メッセージとしてではなく、主人公や脇役の行動としてさりげなく表現した方が良かったのではないかと思います。ドイツ人はその点が不器用で、ドグマっぽ過ぎる作品を作る傾向が強いです。そこへ外国資本が入り、外国からスターを連れて来て作ったアンノウンはドイツ的な物と非ドイツ的な物が上手に混ざっておらず、問題を消化し切れていない印象を受けます。
ではどうすればよかったのかですが、私としてはフランティックやボーン・アイデンティティーで観客を引っ掛けるところはそのまま残し、後半の「実は全部偽のアイデンティティーだった」という結論に持って行くのには賛成。ただ、最後に自分のアイデンティティーを良く知らないマーティンと、不法移民の立場からマーティンの妻というアイデンティティーに変わった2人があまりにもルンルンでそこに至るまでにかなりの死者が出ていることをあまり気にかけていないのはちょっと軽過ぎる気がします。そして東向きに旅立って行くので、その後どうなるんだろうという余韻は残りますが、2人が東に向かったことが分かるのはベルリンに住んでいる人だけ。
とまあ、所々詰めの甘さが見えますが、2人のマーチンが両方とも偽だったという結論は、新しい趣向として高く買っています。
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