生涯如逝川, 不慮忽昇仙。 哀挽辭京路, 客車向墓田。 聲傳女侍簡, 別怨艷陽年。 唯有弧墳外, 悲風吹松煙。 |
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侍中翁主 挽歌の詞
生涯 逝川の如く,
不慮 忽(たちま)ち 昇仙す。
哀挽 京路を 辭し,
客車 墓田に 向かふ。
聲は 傳ふ 女侍の簡,
別れを 怨む 艷陽の年。
唯(た)だ有るは 弧墳の外に,
悲風 松煙に 吹くのみ。
◎ 私感註釈 *****************
※嵯峨天皇:第五十二代天皇。延暦五年(786)〜承和九年(842)。在位期間は809〜823年。桓武天皇第二皇子。平安時代初期の唐風文化の中心となり、その名は禹域にも聞こえた。
※侍中翁主挽歌詞:この作品は『文華秀麗集』よりのもの。 ・侍中:後宮の事を司る役職名。藤冬嗣にも『奉和傷野女侍中』というのがある。別人になるが。 ・翁主:諸王や諸侯の娘が国人に嫁したもの。降嫁した皇女を公主と謂う例に同じ。 ・挽歌:人を葬る時、棺を引くものがうたう歌。弔いの歌。東晉の陶潛に『挽歌詩 其一』「有生必有死,早終非命促。昨暮同爲人,今旦在鬼録。魂氣散何之,枯形寄空木。嬌兒索父啼,良友撫我哭。得失不復知,是非安能覺。千秋萬歳後,誰知榮與辱。但恨在世時,飮酒不得足。」や、同じく『挽歌詩 其三』「荒草何茫茫,白楊亦蕭蕭。嚴霜九月中,送我出遠郊。四面無人居,高墳正嶢。馬爲仰天鳴,風爲自蕭條。幽室一已閉,千年不復朝。千年不復朝,賢達無奈何。向來相送人,各自還其家。親戚或餘悲,他人亦已歌。死去何所道,託體同山阿。」がある。漢魏六朝には、このような暗い詩題のものも多い。 詞:ここでは、歌詞、詩の意。
※生涯如逝川:一生は、流れ去る川の水のようである。 ・生涯:一生の間。この世にいる間。 ・如:…のようである。ごとし。 ・逝川:流れ去る川の水。孔子の言葉。『論語・子罕』に「子在川上曰:逝者如斯夫!不舎昼夜。」(子 川上に在りて曰く:逝く者は斯くの如きか! 昼夜を舎かず)。逝川は、流れ去る川の水で、歳月等の時間で一度去って再び帰らないものの譬えとしても使われる。『文華秀麗集』にもある前出、藤冬嗣の『奉和傷野女侍中』にも「艷年從官陪層秘,華髮辭榮返故ク。川月不留殘魄影,風燈何有寸烟光。」とある。
※不慮忽昇仙:思いがけなくも、たちまちのうちに天に昇っていったとは。 ・不慮:思いがけない。不意。意外。 ・忽:たちまちに。 ・昇仙:天に昇って仙人になる。登仙。ここでは、死んでいくことを指す。
※哀挽辭京路:かなしげな葬送の列は、都大路を辞去していき。 ・哀挽:かなしげな葬送の列。岑參『故僕射裴公挽歌』に「哀挽辭秦塞,悲笳出帝畿。」や元の『恭王故太妃挽歌詞』「平生奉恩地,哀挽欲何之。」など「哀挽」の後には場所を表す言葉が続くことが多い。 ・辭:辞去する。 ・京路:都大路。
※客車向墓田:霊柩車は、墓場に向かい。 ・客車:棺を収めた車。霊柩車。韋應物の『同李二過亡鄭友故第』に「客車名未滅,沒世恨應長。」とある。 ・向:…に向かう。 ・墓田:墓場。墓のある場所。詩詞ではよく使われる語。
※聲傳女侍簡:(響く)声は、女侍の簡(の優れていたことを)伝えている。 ・聲傳:声は(遺徳を)伝えている。 ・傳:遺勲を伝える。桑腹赤の『奉和傷野女侍中』「柳絮文詞身後在,蘭芬婦コ世間傳。」や、前出、藤冬嗣『奉和傷野女侍中』「列女傳文載倹良」などのようになる。 ・女侍:死を悼まれている女性自身。 ・簡:書翰。
※別怨艷陽年:うら若いみそらで(亡くなり、その)別れを怨めしく思う。 ・別怨死別を悼む。:別れを怨む。 ・艷陽:はなやかな春の末。ここでは、うら若いみそら、の意で使われている。前出、藤冬嗣の『奉和傷野女侍中』の「艷年從官陪層秘,華髮辭榮返故ク。川月不留殘魄影,風燈何有寸烟光。」の影響を受けていないか。 ・年:年代。年齢。
※唯有弧墳外:ただ、ぽつんと一つだけある墳墓のほかは、悲しげな風が松の木のモヤに吹き付けているだけである。 ・唯有:ただ、…だけがあるのみである。「唯有」は「弧墳外,悲風吹松煙」にかかっていく。 ・弧墳:ぽつんと一つだけある墳墓。 ・外:…のほかには。
※悲風吹松煙:かなしげな風が松の木にかかるモヤに吹きつけている。 ・悲風:かなしげな風。 ・吹:吹き付けている。 ・松煙:松の木にかかるモヤ。
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◎ 構成について
韻式は「AAAA」。韻脚は「川仙田年煙」で、平水韻下平一先。次の平仄はこの作品のもの。
○○○●○,(韻)
●●●○○。(韻)
○●○○●,
●○●●○。(韻)
○○●●●,
●●●○○。(韻)
○●○●●,
○○○○○。(韻)
平成16.2.29 3. 1 3. 2 3. 3完 |
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