篠崎小竹餐菊詩日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩ribengushi

　
　           　　　
       餐菊詩
　　　　　　　　　　　　　         　篠崎小竹

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風味遙從楚客傳，
摘來滿把愛芳鮮。
脆如碎雪無勞嚼，
香似團茶不用煎。
只覺枯膓充錦繍，
豈知風骨化神仙。
戒君潔物休貪賞，
世俗珍羞不耐羶。

　　餐菊詩寫似吉田雅契博粲　小竹散人弼　㊞㊞

伊勢丘人先生　撮影・提供

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餐菊詩

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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風味は　　遙か　楚客從（よ）り　傳はり，
摘み來り　把に滿ちて　　芳鮮を　愛（を）しむ。
脆（もろ）きことは　碎雪の如く　　嚼（か）むに　勞　無く，
香は　團茶に似て　　煎ずるを　用ひず。
只だ覺ゆ　枯膓に　　錦繍　充つも，
豈（あ）に　知らんや　風骨　　神仙と化すを。
君に戒む　　物に潔くして　貪賞を　休（や）めよ，
世俗の珍羞は　　羶（なまぐさ）きに　耐へず。

餐菊詩吉田雅契に寫似したてまつり博粲をこふ　　小竹散人弼たすく㊞㊞

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◎　私感註釈

※篠崎小竹：天明元年（１７８１年）～嘉永四年（１８５１年）。江戸時代後期の儒者。名は弼（たすく）。字は承弼。通称は長左衛門。小竹は号になる。別号は畏堂。大坂の人。

※餐菊：（身を世俗の穢れから清めるために、）菊の花を食べる。後出『楚辭・離騷』での屈原に始まり、以降、長く伝えられ、陶潛の『飮酒二十首』其七「秋菊有佳色，露其英。汎此忘憂物，遠我遺世情。一觴雖獨進，杯盡壺自傾。日入羣動息，歸鳥趨林鳴。嘯傲東軒下，聊復得此生。」　や『飮酒』二十首其五「結廬在人境，而無車馬喧。問君何能爾，心遠地自偏。采菊東籬下，悠然見南山。山氣日夕佳，飛鳥相與還。此中有眞意，欲辨已忘言。」　や『九日閒居』「余閒居愛重九之名，秋菊盈園，而持醪靡由，空服九華，寄懷於言。　　　世短意常多，斯人樂久生。日月依辰至，舉俗愛其名。露淒暄風息，氣澈天象明。往燕無遺影，來雁有餘聲。酒能百慮，菊爲制頽齡。如何蓬廬士，空視時運傾。塵爵恥虚罍，寒華徒自榮。歛襟獨閒謠，緬焉起深情。棲遲固多娯，淹留豈無成。」と、超俗的な作用をするものであり、重陽節の菊花にまでなった。
　なお、この詩の書かれた軸や資料と、釈文・語釈を始めとした専門的な部分は、全て伊勢丘人先生よりの御教示です。感謝致します。上の写真の軸も伊勢丘人先生の所蔵品です。

※風味遙從楚客傳：（菊花の）おもむきのある味わい（と風習）は、遙か楚の時代の『楚辭』中の人（屈原）から伝えられた。　・風味：おもむきのある味わい。　・遙：はるかに。　・從：…から。…より。　・楚客：楚の国からやってきた人。転じて屈原。『楚辭』。　*『楚辞』の『離騒』（屈原作）に「衆皆競進以貪婪兮，憑不厭乎求索。羌内恕己以量人兮，各興心而嫉妬。忽馳以追逐兮，非余心之所急。老冉冉其將至兮，恐脩名之不立。朝飮木蘭之墜露兮，夕餐秋菊之落英。苟余情其信以練要兮，長頷亦何傷。」　また、『九章・惜誦』に「檮木蘭以矯蕙兮，申椒以爲糧。播江離與滋菊兮，願春日以爲芳。恐情質之不信兮，故重著以自明。矯茲媚以私處兮，願曾思而遠身。」というふうに、屈原の時代から、身を清めるために菊の花を餐していたことが分かる。　・傳：伝わる。伝えられる。

※摘來滿把愛芳鮮：手一杯に摘んできたが、かぐわしい摘みたての花を惜しむ気持ちもある。　・摘來：つんでくる。つまみとってくる。　・滿把：手一杯に持つ。　・愛：惜しむ。いつくしむ。　・芳鮮：かぐわしい摘みたての花。また、新しい取れたての魚。ここでは､前者の意で使われている｡

※脆如碎雪無勞嚼：（その菊の花の）もろさは砕いた雪のようで、労することなく容易に噛み砕けた。　・脆：もろい。歯切れの良い。　・如：…のようだ。　・碎雪：砕いた雪。　・無勞：労することなく。容易に。　・嚼：かむ。噛み砕く。よく噛む。

※香似團茶不用煎：香りは団茶のようであるものの、煎じる必要がない。　・香：かおり。　・似：…の如し。…に似て。前出の「如」と同義で同様の用法。「似」は●での、「如」は○での用字でもある。　・團茶：団茶。茶の葉を蒸して、煉瓦状に固めたお茶。手に持った雰囲気は、インスタントラーメンの麺に似た茶葉の塊。　・不用：必要がない。…するに及ばない。　・煎：せんじる。

※只覺枯膓充錦繍：ただ、文藻の乏しいつまらない（わたしの）体内に、美しいものが充ちてきたことだけは感じていた（ものの）。　・只覺…：ただ、…とだけは感じていたが。　・枯膓：かれたはらわた。（文才などががない）さま。文藻の乏しいこと。　・充：みちる。みちてくる。　・錦繍：美しいものの喩え。にしきと縫い取り。

※豈知風骨化神仙：（菊花のお蔭で）どうして、普通の肉体が仙人のように変わってしまったと（まで）、分かっていたろうか。（そこまでは、分からなかった）。　・豈知：どうして、分かろうか。　・豈：どうして…か。あに…や。反語。　・風骨：体の様子。体格。ここでは､「肉体、凡骨」の意で使われている｡　・化：形を変える。…となる。…変化する。　・神仙：仙人。人間界を抜け出て、不老長生の世界に遊ぶ者。

※戒君潔物休貪賞：あなた（がた）に、おいさめ（の言葉を呈）するが、物事に潔くして、貪ぼりめづることは、やめられよ。　*たしか、『中庸』に、やや似た「君子不凝滯於物」がある（現在、未確認）。『楚辭』「漁父」に「聖人不凝滯於物，而能與世推移。」とある、その本来の意のようなものか。　・戒君：あなた（がた）をおいさめする（が）。　・潔物：物事にいさぎよくする。　・休：…をやめよ。　・貪賞：むさぼりめづる。

※世俗珍羞不耐羶：俗世間の珍味佳肴は、（その）なまぐささに我慢できない。　・世俗：世の中。俗世間。　・珍羞：珍しくて美味しい食べ物。　・不耐：我慢できない。…に耐えられない。　・羶：なまぐさい。なまぐささ。

※餐菊詩寫似吉田雅契博粲：餐菊詩は、吉田さまとのお付き合いを（記念して）たてまつり、ご笑覧（を乞う）。餐菊詩は、吉田友人にたてまつり、ご笑覧（を乞う）。　*軸の書については、「為書き」という言葉があるという。ここがそれに該る。「誰々さんの為に」と書いてある軸は、汎用性がなく、その人だけに価値があるとされているというが、やはり、珍奇なものである。　・餐菊詩：この作品の詩題。　・寫似：たてまつる。…の字体に似せて書く。ここでは、前者の意。　・吉田：作者の篠崎小竹が詩を差し上げた相手の姓。不詳。　・雅：美称の意味を表す。　・契：交際。まじわり。　・博粲：笑いものにする。

※小竹散人弼：作者の篠崎小竹のこと。「小竹」は作者の号。「散人」は、号の後に添える語。「弼」は作者の名。

◎　構成について

韻式は「AAAAA」。韻脚は「傳鮮煎仙羶」で、平水韻下平一先。次の平仄はこの作品のもの。

○●○○●●○，（韻）
●○●●●○○。（韻）
●○●●○○●，
○●○○●●○。（韻）
●●○○○●●，
●○○●●○○。（韻）
●○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）