死不畏死, 生不偸生。 男兒大節, 光與日爭。 道之苟直, 不憚鼎烹。 眇然一身, 萬里長城。 「写遊記」より賜りました |
死して 死を 畏(おそ)れず,
生きて 生を 偸(ぬす)まず。
男兒の 大節は,
光(かがやき) 日と 爭ふ。
道 之(これ) 苟(いやし)くも 直(なほ)くんば,
鼎烹(ていはう)を 憚(はばか)らず。
眇然(べうぜん)たる 一身なれど,
萬里の 長城たらん。
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◎ 私感註釈
※雲井龍雄:弘化元年(1844年)〜明治三年(1870年)。米沢藩士。本名は小島守善。通称は龍三郎。雲井龍雄は変名。薩摩藩の専横を不満として、新政府の転覆を計劃するが、逮捕されて処刑された。
※辭世:死に際して残す詩歌。
※死不畏死:死に際しても、死をおののきおそれない。 ・死:前者の「死」は動詞で、後者は名詞になる。 ・畏:おそれる。おののく。
※生不偸生:生きるといっても、無駄に生き延びようとは思わない。 ・生:前者の「生」は動詞で、後者は名詞になる。 ・偸生:〔とうせい;tou1sheng1○○〕死ぬべき時に死なないで無駄に生き延びる。命を惜しんでいたずらに生きながらえる。生命をぬすむ。盛唐・杜甫の『石壕吏』に「暮投石壕邨,有吏夜捉人。老翁逾墻走,老婦出門看。吏呼一何怒,婦啼一何苦。聽婦前致詞,三男鄴城戍。一男附書至,二男新戰死。存者且偸生,死者長已矣。室中更無人,惟有乳下孫。有孫母未去,出入無完裙。老嫗力雖衰,請從吏夜歸。急應河陽役,猶得備晨炊。夜久語聲絶,如聞泣幽咽。天明登前途,獨與老翁別。」とある。『昭明文選』にある李少卿(李陵)の『答蘇武書』に「苟怨陵以不死。然陵不死,罪也;子卿視陵,豈偸生之士,而惜死之人哉?寧有背君親,捐妻子,而反爲利者乎?然陵不死,有所爲也」とある。なお、この最後の方に「昔人有言:『雖忠不烈,視死如歸。』…男兒生以不成名,死則葬蠻夷中,誰復能屈身稽〔桑頁〕,還向北闕,使刀筆之吏,弄其文墨邪?願足下勿復望陵。嗟乎,子卿!夫復何言!相去萬里,人絶路殊,生爲別世之人,死爲異域之鬼,長與足下,生死辭矣!」と、生死、離別について述べている。胸に迫る名文である。
※男兒大節:男の重い節義とは。 *頼山陽の『南遊往反數望金剛山想楠河州公之事慨然有作』「丈夫有大節,天地頼扶植。悠悠六百載,姦雄迭起。一時塗人眼,難洗史書墨。仰見山色蒼,萬古淨如拭。」 と詠われている。 ・男兒:男。男らしい男。 ・大節:重い節義。大義。大事。大任。
※光與日爭:太陽とその輝きを競いあう(ほどの大きなものである)。 ・光:かがやき。ひかり。 ・與…:…と。 ・日:太陽。 ・爭:争う。
※道之苟直:筋道が、かりそめにも正しければ(千万人と雖も 吾 往かん)。 ・道:人の守るべき筋道。動詞とみれば、導く。「道之」で「これをみちびく」。 ・之:これ。 ・苟:いやしくも。かりそめにも。 ・直:正しい。すなお。「直」字は「縮」字に通じ、ともに「なほし(正しい)」と読む。『孟子』「公孫丑上」の「昔者曾子謂子襄曰:『子好勇乎?吾嘗聞大勇於夫子矣。「自反而不縮,雖褐ェ博,吾不惴焉。自反而縮,雖千萬人吾往矣。」』孟施舍之守氣,又不如曾子之守約也。」〔自ら反(かへ)りみて 縮(なほ)くんば,千萬人と雖も 吾 往かん(と)〕に基づくか。
※不憚鼎烹:(正義の道のためならば)釜ゆでの刑もはばからない。 ・不憚:はばからない。さしひかえない。遠慮しない。 ・鼎烹:〔ていはう;ding3peng1〕釜ゆでの刑。文天の『正氣歌』に「嗟予遘陽九,隸也實不力。楚囚纓其冠,傳車送窮北。鼎甘如飴,求之不可得。」に基づく。
※眇然一身:(わたしの)肉体は、小さくてとるにたらないものの。 ・眇然:〔べうぜん;miao3ran2●○〕小さいさま。はるかなさま。 ・一身:一人の体。ここでは、自分の体。自分自身。
※萬里長城:(魂魄は)万里に亘る長城となって(薩長の専横から国を護ろう)。 ・萬里長城:外夷から国を護る長大な防壁。頼山陽の『詠史詩』其九に「千里霸圖同大帝,二兒將略並長城。」や『南遊往反數望金剛山想楠河州公之事慨然有作』「山勢自東來,如鳥開雙翼。遙夾大江流,相望列黛色。南者金剛山,搜天最岐嶷。尾抵海垠,蜿蜒劃南域。隱與城郭似,擁護天王國。想見豫章公,孤壘扞群賊。合圍百萬兵,陣雲繞麓K。臣豈不自惜,受託由面敕。灑泣誓吾旅,爲君鏖鬼。果然七尺躯,自有回天力。宕叡連武庫,隔江對正北。公死實在彼,在公盡臣職。所惜壞長城,寧支大厦仄。吾行歴泉紀,往反縁大麓。顧瞻山海間,慷慨三大息。丈夫有大節,天地頼扶植。悠悠六百載,姦雄迭起。一時塗人眼,難洗史書墨。仰見山色蒼,萬古淨如拭。」とある。ただ、それらの場合は、国家の重鎮の意になる。『南史・檀道濟列傳』「道濟見收,憤怒氣盛,目光如炬,俄爾間引飮一斛。乃脱投地,曰:『乃壞汝萬里長城。』」による。
◎ 構成について
韻式は「AAAA」。韻脚は「生爭烹城」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。
●●●●,
○●○○。(韻)
○○●●,
○●●○。(韻)
●○●●,
●●●○。(韻)
●○●○,
●●○○。(韻)
平成16.6.13 6.14完 6.19補 平成23.6.14 |
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