杭州春望 | |
白居易 |
望海樓明照曙霞,
護江堤白蹋晴沙。
濤聲夜入伍員廟,
柳色春藏蘇小家。
紅袖織綾誇柿蒂,
青旗沽酒趁梨花。
誰開湖寺西南路,
草綠裙腰一道斜。
***
杭州の春望
望海樓 明らかにして 曙霞を照らし,
護江 堤 白くして 晴沙を 蹋む。
濤聲 夜 入る 伍員の廟,
柳色 春 藏す 蘇小の家。
紅袖 綾を織りて 柿蒂を誇り,
青旗 酒を沽ひて 梨花を趁ふ。
誰か開く 湖寺 西南の路,
草は綠に 裙腰 一道 斜めなり。
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◎ 私感註釈
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)~846年(會昌六年)。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。平易通俗の詩風といわれるが、詩歌史上、積極的な活動を展開する。
※杭州春望:杭州の春の眺め。
※望海樓明照曙霞:望海樓が明るくなった(のは)朝焼けが照らし出した(からであり)。 *『和漢朗詠集』にも採られた白居易の『送王十八歸山』に「林間煖酒燒紅葉,石上題詩掃綠苔。」の聯も因果関係は逆転して表現している。「酒を暖めて(から)、紅葉を焼く」のではない。同様に寇準の『江南春』「杳杳煙波隔千里,白蘋香散東風起。日落汀洲一望時,柔情不斷如春水。」や、康有為の「半歳看花住三島」も「半年の間、花を見るために日本にとどまった」のであるが、「半歳 花を看て 三島に住(とどま)る」が普通の読み方」になる。梁啓超の『奉懷南海先生星加披兼敦請東渡』「萬事忘懷惟酒可,十年有約及櫻開。何時一舸能相即,已剔沈槍掃綠苔。」蛇足になるが、「已剔沈槍」してから後に「掃綠苔」をするのではない。表現上の效果と制限のためにこうなった。ただ、伝統的に文字順を尊重した読み下しが行われてきた経緯があるので、解釈時に時間順になおして考える必要がある。倒置法。 ・望海樓:杭州の南寄りにあるたかどの。西湖の南の山である鳳凰山から更に南(外側)の錢塘江を望む位置にある。 ・明:明るくなる。 ・曙霞:朝焼け。 ・霞:朝焼けや夕焼けのときの空が赤くなる「やけ」をいう。「かすみ」は国訓。
※護江堤白蹋晴沙:治水の堤防である(西湖の中の白堤が)明るく白く輝いて、晴れわたった砂の上を踏んでいる。 ・護江:護岸、治水。 ・堤:つつみ。ここでは、西湖の西北にある白堤のこと。杭州の刺史であった白居易が造った。そのために白堤と呼ばれる。 ・白:明るくなる。 ・蹋:〔たふ;ta4●〕踏む。 ・晴沙:晴れた日の砂。
※濤聲夜入伍員廟:銭塘江の流れの音は、夜になって(周りが静かになると、はっきりと川の流れの音が聞こえてきて)伍子胥(ごししょ)の廟(に響き渡っており)。 ・濤聲:銭塘江の流れの音。 ・夜入:夜になって。 ・伍員:〔ごうん;Wu3Yun2●○〕伍子胥(ごししょ)のこと。員〔うん;Yun2○〕は字(あざな)。(蛇足になるが、「員」は多音字で、比較的多いのは〔ゐん;yuan2〕等)。春秋・呉の臣。父の奢と兄の尚が楚の平王に殺されたため、呉に奔り、呉を助けて楚を破り、平王の墓をあばいて尸に鞭打って復讐をした。後、斉と聯合して越を撃つという策が容れられず、また、不興を買ったこともあり、夫差から剣を渡され自害するようにと命じられ、怨みを抱いて死んだ。屍体は銭塘江に流された。旧暦五月五日のことである。人々はこれを悼んで河にお供えをした。屈原の端午節の今一つの由来。『史記』の巻六十六に『伍子胥列伝』があり、詳しい。 ・廟:伍子胥の廟。伍子胥の死体を流した河の畔に建てられたという。銭塘江の畔にあるという。
※柳色春藏蘇小家:柳の緑の色は、春になったので(よく繁って)蘇小小(そしょうしょう)の旧居をかくしている。 ・柳色:柳の緑の色。王維の『送元二使安西』に「渭城朝雨浥輕塵、客舎靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒、西出陽關無故人。」とある。 ・藏:かくす。しまいこむ。包み込む。 ・蘇小:〔そせう;Su1Xiao3○●〕蘇小小のこと。蘇小小〔そせうせう;Su1Xiao3xiao3○●●〕は、南斉・錢唐(錢塘(杭州))の才媛の妓女の名。彼女が作った詩は『玉臺新詠』に残されている。『歌一首』(『蘇小小歌』『西陵歌』)「妾乘油壁車,郞乘靑馬。何處結同心?西陵松柏下。」 というのがそれになる。後世、蘇小小については、中唐・李賀の『蘇小小墓』に「幽蘭露,如啼眼。無物結同心,煙花不堪剪。草如茵,松如蓋。風爲裳,水爲珮。油壁車,久相待。冷翠燭,勞光彩。西陵下,風雨晦。」とあり、中唐・權德輿の『蘇小小墓』に「萬古荒墳在,悠然我獨尋。寂寥紅粉盡,冥寞黄泉深。蔓草映寒水,空郊曖夕陰。風流有佳句,吟眺一傷心。」とあり、中唐・白居易の『楊柳枝』其五「蘇州楊柳任君誇,更有錢塘勝館娃。若解多情尋小小,綠楊深處是蘇家。」、とあり、『楊柳枝』其六に「蘇家小女舊知名,楊柳風前別有情。剥條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。」、とあり、同・白居易の『餘杭形勝』「餘杭形勝四方無,州傍靑山縣枕湖。遶郭荷花三十里,拂城松樹一千株。夢兒亭古傳名謝,敎妓樓新道姓蘇。獨有使君年太老,風光不稱白髭鬚。」とあり、晩唐・杜牧は『自宣城赴官上京』「瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。謝公城畔溪驚夢,蘇小門前柳拂頭。千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。塵冠挂卻知閒事,終擬蹉訪舊遊。」 とあり、晩唐・温庭には『楊柳枝』「蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。」 、五代・梁・羅隱の『江南行』「江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。鴛鴦喚不起,平鋪綠水眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」 と、多くの作品が作られている。現在、杭州西湖畔(西北)に墳墓 がある。
※紅袖織綾誇柿蒂:赤い袖の衣服を身に着けた若い女性は、織綾(あや)織りの「柿蒂花」という織物を自慢して。 ・紅袖:赤い袖の衣服を身に着けた若い女性。 ・織綾:あやを織る。 ・誇:自慢する。 ・柿蒂:〔したい;shi4di4●●〕杭州名物の「柿蒂花」という織物の名。また、杭州の銘果。
※青旗沽酒趁梨花:青い旗標の酒屋では、酒を売っているのは(買った酒は)梨の花が咲く時期に熟成するという「梨花春」という酒の名である。 ・青旗:酒屋の(看板代わりの)旗。酒簾、酒旗、靑旆。辛棄疾の『鷓鴣天』に「靑旗沽酒有人家」と使い、杜牧の『江南春絶句』「水村山郭酒旗風」とある。 ・沽酒:買った酒。店売りの酒。 ・沽:〔こ;gu1○〕買う。酒を買う。売る。動詞。〔こ;gu3●〕酒を売る商人。名詞。 ・趁:追う。 ・梨花:杭州名物の「梨花春」という酒の名。梨の花が咲く時期に熟成するという。
※誰開湖寺西南路:誰が(踏み分けて)道筋をつけたのだろうか、湖にあるお寺(孤山寺)の西南側にある道は。 ・誰開:いったいだれが(踏み分けて)道筋をつけたのだろうか。 ・湖寺:西湖の中の島にあるお寺。孤山寺。 ・西南路:寺の西南側にある道。
※草綠裙腰一道斜:(湖寺への道は、まるで)草緑色の(若い女性の)スカートをまとった腰のあたり(のラインのようで)一筋の道すじが斜めになって(外の道筋と比べると放射状になって)通っている(ではないか)。 ・草綠:草色の。 ・裙腰:スカートをまとった腰のあたり。 ・一道:一本の道。 ・斜:斜めになっている。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「霞沙家花斜」で平水韻下平六麻。この作品の平仄は、次の通り。
◎●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○●●●○●,
●●○○○●○。(韻)
○●●○○●●,
○○◎●●○○。(韻)
○○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
2007.12.21 12.22 12.23 12.24 12.27 12.28完 2008. 2.19補 |
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