辛棄疾詞鷓鴣天　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩

陌上の　柔かき桑　　嫩芽を破り，
東鄰の　蠶種　　已に生まれること　些かばかり。
平岡の　細草に　　黄犢　鳴き，
斜日の　寒林に　　暮鴉　點ず。

山は　遠く近く，
路は　橫に斜めに，
靑旗　酒を沽る　　人家　有り。
城中の　桃李　　風雨を　愁ひ，
春は　溪頭の　　薺菜花に　在り。

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◎私感註釈

※鷓鴣天：詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。
※陌上：田畑の中に東西に走る路で。上：…で。…にて。第１句、第２句に使われている言葉は殆んどが詩語ではなく、生活用語で俗っぽい感じがする。李白に「陌上桑」があるが、やはり「陌上」と「桑」は縁がある。辛棄疾はこの中の「…使君且不顧，況復論秋胡。 …託心自有處，但怪傍人愚。徒令白日暮，高駕空踟

。」を言いたかったのではなかろうか。
※柔桑：柔らかい桑。桑は養蚕のために、植えられていた。
※破嫩芽：柔らかい芽が開く。嫩芽：（白話）新芽。若い芽。嫩（どん；nen4）わかい。柔らかい。
※東鄰：東の隣家。
※蠶種：（白話）カイコの卵。
※已：すでに。とっくに。
※些：いささか。わずかなこと。
※平岡：平らかなおか。山の稜線で平らになったところ。この句以降また、詩語やその類を使うようになった。
※細草：細かく繁っている草。
※黄犢：黄色の子牛。
※斜日：夕日。
※寒林：秋から冬にかけての物寂しい林。劉長卿の「長沙過賈誼宅」に「三年謫宦此棲遲，萬古惟留楚客悲。秋草獨尋人去後，寒林空見日斜時。漢文有道恩猶薄，湘水無情弔豈知。寂寂江山搖落處，憐君何事到天涯。」とあるが、このような心情を言いたかったのだろう。
※點：（木の葉が散った林の枝に鴉が）ぱらぱらといる。
※暮鴉：夕暮れに巣にもどるカラス。
※山遠近：山が遠くや近くにある。山影がおちこちにある。王昌齢「九日登高」に「青山遠近帶皇州，霽景重陽上北樓。」とある。
※路橫斜：路は斜め横に走って、（彼方まで続いて）いる。
※靑旗：酒旗。酒屋の旗。青い布で作った。靑旆。飲み屋の看板。杜牧の「江南春絶句」にある「水村山郭酒旗風」

や、王安石の「桂枝香」「背西風、酒旗斜矗」

に同じ。
※沽酒：酒を売る。沽：売る。毛澤東「人民解放軍

領南京」に「不可沽名學覇王」

がある。
※有人家：人家がある。杜牧の「山行」に「白雲生處有人家」

がある。
※城中桃李：街の中のモモやスモモの花。
※愁風雨：嵐に困っている。
※城中桃李愁風雨：街の中の桃や李の花が嵐に困っている。ここは、「宮中の善良な人々は媾和派の跋扈に困っていよう」ともとれる。
※春在：（本当にすばらしい）春は…にある。
※溪頭：谷川のほとり。
※薺菜花：なずな。春の花。薺菜花は、城中（＝華麗な街なか）にある桃李とは、比較にならない溪頭（＝いなか）に生えている路傍の雑草でもある。「菊花開欲盡，薺菜泊來生。」と、秋の象徴・菊花と対にして使われている。
※春在溪頭薺菜花：春は鄙びた渓の畔のナズナの花にこそ来ているのだ。街中の桃李の花は、風雨に困惑しているようだが…。

◎　構成について：

　　　双調。五十五字。　平韻　韻脚は、「芽些鴉　斜家花」で、第十部平声。

●○○

●○，（平韻）

○

●●○○。（平韻）

○

●

○●，

●○○

●○。（平韻）

○●●，
●○○。（平韻）

○

●●○○。（平韻）

○

●○○●，

●○○

●○。（平韻）