秋風蕭索響空幃, 酒醒更殘涙滿衣。 辛苦共嘗偏早去, 亂離知否得同歸。 君親有媿吾還在, 生死無端事總非。 最是傷心看穉女, 一窗燈火照鳴機。 |
追悼
秋風 蕭索 として 空幃 に響き,
酒醒 め更 殘 れて 涙 衣に滿つ。
辛苦 共に嘗 むるも偏 へに早く去り,
亂離 知るや否 や 同じく歸るを得 るを。
君親媿 有りて 吾還 ほ在り,
生死端 無くして 事總 て非 なり。
最も是 れ 傷心して穉女 を看る,
一窗の燈火鳴機 を照らす。
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◎ 私感訳註:
※呉偉業:(明末)清初の人。明・萬暦三十七年(1609年)〜清・康煕十年(1671年)。号して梅村。新王朝である清に出仕するも、すぐに退隠する。詩は二朝に仕えた複雑な感情を詠ったものが多い。
※追悼:妻の死を悼んだ悼亡詩。
※秋風蕭索響空幃:秋風がもの寂しく独り寝の(寝床の)帷(とばり)に響いて。 ・蕭索:〔せうさく;xiao1suo3○●〕もの寂しいさま。=蕭条。この詩で「蕭索」を使い、「蕭条」を使わなかったわけは、平仄上、「蕭索」は「○●」で、「●●」(○●)とすべきところで用い、「蕭条」は「○○」とすべきところで用いる。この句・「秋風蕭索響空幃」は、「○○○●●○○」とすべき句で、「○○○●●○○」となっている。赤字部分に該当するのは「蕭索」であって、「蕭条」は適切ではないため。北宋・柳永の『少年遊』に「長安古道馬遲遲,高柳亂蝉棲。夕陽島外,秋風原上,目斷四天垂。 歸雲一去無蹤迹,何處是前期?狎興生疏,酒徒蕭索,不似去年時。」とある。 ・空幃:ひとけのない寝床、寂しい寝床、独り寝の寝床の意。 ・幃:〔ゐ;wei2○〕とばり。(一重の)たれぎぬ。カーテン。
※酒醒更残涙満衣:酒は(時間が経って)醒(さ)め、水時計は(時間が経って)残り少なくなり、涙は衣服に満ちている。 *この句・「酒醒+更残+涙満(衣)」は「SV+SV+SV(C)」という構成。 ・酒醒:酒が醒(さ)める意。 ・更残:水時計の水が減っていく意。時間が経つ意。 ・更:〔かう;geng1○〕時計(=更漏、更鼓)の意。また、時間の単位。ここは、前者の意。 ・残:すたれる。(使われて減った結果、缺乏して)のこりすくない。缺けてのこっている意。蛇足になるが、「残更」の意は:夜更け、深更、五更(午前四時頃)のこと。晩唐〜・韋荘の『浣溪沙』に「夜夜相思更漏殘。傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。」とある。 ・涙満衣:涙が(流れて)衣服に満ちている意。
※辛苦共嘗偏早去:苦労を(あなた(=妻)と)共になめてきたが、不公平なことに、(あなたは)早世した。 ・辛苦:苦労。 ・共:一緒に。ともに。 ・嘗:なめる。「嘗辛酸」で「辛酸を嘗める」。この詩で「辛苦」を使い、「辛酸」を使わなかったわけは、平仄上、「辛苦」は「○●」で、「●●」(○●)とすべきところで用い、「辛酸」は「○○」とすべきところで用いる。この句・「辛苦共嘗偏早去」は、「●●○○○●●」とすべき句で、「○●●○○●●」となっている。赤字部分に適切なのは「辛苦」であって、「辛酸」は適切ではないため。 ・偏:〔へん;pian1○〕不公平である。かたよっている。一方に偏している。 ・早去:早世する。若くして死ぬこと。はや死に。
※乱離知否得同帰:乱世なで、人々が離れ離れになり、同じところに行きつくことが出来るかどうか分からなかったが。 ・乱離:世の中が乱れて人々が離れ離れになる。また、国が乱れて心配事が多くなること。その場合は、「離」はうれいの意。ここは、前者の意。 ・知否:分かるかどうか。 ・-否:〔ひ;fou3●〕…かどうか。(…や)いな(や)。疑問の助詞。動詞の後や文末に附く。 ・同帰:一緒に帰る。同じところに行きつく。共に滅びる。
※君親有愧吾還在:私はまだ生きているので、君王と親とに恥じいるばかりである。 *明の亡ぶことを覚って自決した崇禎帝、それにひきかえ、生きながらえている自分…、ということか。 ・君親:君王と親と。ここでの「君」は、明朝第十七代皇帝(=明のラストエンペラー)である崇禎帝(すうていてい)のことになろう。作者・呉偉業の妻は、崇禎帝の自決(=明の滅亡)の年の三年後頃に亡くなっているので。 ・愧:(誤っていることを)恥じる。恥ずかしく思う。=愧。 ・還在:まだ生きている、の意。 ・還:なお(も)。まだ。
※生死無端事総非:生死の問題は、わけもなく万事が尽くまずい状態だ。 ・無端:何の原因もなく。ゆえなく。わけもなく。端(はし)無く。これというきざしもなく。思いがけなく。はからずも。中唐・賈島に『渡桑乾』「客舍并州已十霜,歸心日夜憶咸陽。無端更渡桑乾河水,卻望并州是故ク。」とあり、中唐・ 王表の『成コ樂』の「趙女乘春上畫樓,一聲歌發滿城秋。無端更唱關山曲,不是征人亦涙流。」とあり、晩唐・李商隱の『錦瑟』に「錦瑟無端五十弦,一弦一柱思華年。莊生曉夢迷蝴蝶,望帝春心托杜鵑。滄海月明珠有涙,藍田日暖玉生煙。此情可待成追憶,只是當時已惘然。」とある。 ・総:すべて。 ・非:まずくなっている。よくないこと。また、亡くなっている。ここは、前者の意。中唐・白居易の『商山路有感』に「萬里路長在,六年身始歸。所經多舊館,大半主人非。」とあり、前出・文天の『金陵驛』に「草合離宮轉夕暉,孤雲飄泊復何依。山河風景元無異,城郭人民半已非。滿地蘆花和我老,舊家燕子傍誰飛。從今別卻江南路,化作啼鵑帶血歸。」とあり、前出・薩都剌の『滿江紅』金陵懷古に「六代豪華,春去也、更無消息。空悵望,山川形勝,已非疇昔。王謝堂前雙燕子,烏衣巷口曾相識。聽夜深、寂寞打孤城,春潮急。 思往事,愁如織。懷故國,空陳跡。但荒煙衰草,亂鴉斜日。玉樹歌殘秋露冷,臙脂井壞寒螿泣。到如今、只有蒋山青,秦淮碧。」とあり、『搜神後記』卷一のトップにある漢代の道士・丁令威の故事に「丁令威,本遼東人,學道於靈虚山。後化鶴歸遼,集城門華表柱。時有少年,舉弓欲射之。鶴乃飛,徘徊空中而言曰:『有鳥有鳥丁令威,去家千年今始歸。城郭如故人民非,何不學仙塚壘壘。』遂高上衝天。今遼東諸丁雲其先世有升仙者,但不知名字耳。」とあり、清末〜・黄遵憲は『日本雜事詩 舊藩邸宅』で「新麹ン樹殘紅稀,荒園菜花春既歸。堂前燕子亦飛去,金屋主人多半非。」とする。
※最是傷心看稚女:最も心を傷(いた)めて、幼ない女の子を見れば。 ・最是:最もなのは、の意。いちばんなのは、の意。 ・傷心:〔しゃうしん;shang1xin1○○〕心を傷(いた)めること。悲しく思うこと。初唐・劉希夷(劉廷芝)の『公子行』に「天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外,人影搖動鵠g裏。鵠g蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。花際裴回雙蛺蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王。古來容光人所羨,況復今日遙相見。願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親,與君雙棲共一身。願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。百年同謝西山日,千秋萬古北邙塵。」とあり、盛唐・李白の『菩薩蠻』「平林漠漠煙如織,寒山一帶傷心碧。暝色入高樓,有人樓上愁。玉階空佇立,宿鳥歸飛急,何處是歸程,長亭更短亭。」とあり、北宋・王安石の『重將』に「重將白髮傍牆陰,陳迹茫然不可尋。花鳥總知春爛熳,人間獨自有傷心。」とある。 ・稚女:いとけない女の子。幼ない女のこ。稚=穉。
※一窓灯火照鳴機:窓辺の灯火(ともしび)が、機(はた)織りの音を立てていた機(はた)を照らしている。 ・鳴機:機(はた)織りの音を立てる機(はた)。 ・機:(機織りの道具の)機(はた)。
◎ 構成について
2015.3.1 3.2 |
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