題宣州開元寺水閣 | |
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唐・杜牧 |
六朝文物草連空,
天澹雲閑今古同。
鳥去鳥來山色裏,
人歌人哭水聲中。
深秋簾幕千家雨,
落日樓臺一笛風。
惆悵無因見范蠡,
參差煙樹五湖東。
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宣州 開元寺 の水閣 に題す
六朝 の文物草 空 に連 り,
天澹 かに 雲閑 かなるは今古 同じ。
鳥 去り 鳥來 る山色 の裏 ,
人 歌ひ 人哭 す水聲 の中 。
深秋簾幕 千家 の雨,
落日 樓臺一笛 の風。
惆悵 す范蠡 を見るに因 無きを,
參差 たる煙樹 五湖 の東。
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◎ 私感註釈
※杜牧:晩唐の詩人。八○三年(貞元十九年)〜八五二年(大中六年)。字は牧之。京兆萬年(現・陝西省西安)の人。進士になった後、中書舍人となる。杜甫を「老杜」と呼び、杜牧を「小杜」ともいう。李商隠と共に味わい深い詩風で、歴史や風雅を詠ったことで有名である。
※題宣州開元寺水閣: ・題-:(ある事物)につき詩文を作る。 ・宣州:現・安徽省東南の宣州市。この詩は杜牧が宣州で任に就いていた時に作られた。 ・開元寺:現・安徽省宣州宣城にある寺院で、正式の名称は永楽寺。東晋時代に建てられた。 ・水閣:水辺に建てたたかどの。
※六朝文物草連空:(人の営みは変転窮まりなく、)六朝(りくちょう)の文化的遺産は(滅び去って全て無くなり、遺構に生えた)草が(勢いよく繁って、)天に連なっている。 ・六朝:六つの王朝のことで、後漢の滅亡後、建業(現・南京)に都した六つの王朝:三国の呉(=東呉)・東晋・南朝の宋・斉・梁・陳の総称であり、その時代。 ・文物:文化の産物。礼法・音楽・学問・芸術など、文化的な制度。
※天澹雲閑今古同:(大自然は変わることが無く、)天は安らかで、雲は静かなのは、今も昔も同じである。 ・澹:〔たん;dan4●〕やすらか。穏やか。しずか。さっぱりしている。あっさりしている。安らかで静かである。あわい。たゆとう。 ・閑:しずか。 ・今古:〔きんこ;jin1gu3○●〕今と昔。≒古今(ここん(こきん))。「今古」と「古今」について: 「今古」は○●で、詩中、●●(○●)とすべきところで使い、 「古今」は●○で、詩中、○○(●○)とすべきところで使う。この句「天澹雲閑今古同」は「●●○○●●○」とすべきところなので、「今古」○●(≒●●)が適切。
※鳥去鳥来山色裏:山の景色では、鳥が行ったり来たりして。 ・鳥去鳥来:鳥が行ったり来たりする意。 ・山色:山の景色。山光。
※人歌人哭水声中:川の水音(のように絶えることなく)、人が歌って喜んだり(声をあげて)泣いて悲しんだりする=人々の営みの歴史の中で、人々が生まれては死に、生まれては死にと繰り返している。 ・人歌人哭:人が歌っ(て喜ん)だり(声をあげて)泣い(て悲しん)だりする意。人々の営みの歴史の中で、人々が生まれては死に、生まれては死にを繰り返しているさまを謂う。 ・水声:川の水音。晩唐・杜牧の『張好好詩』に「…主公再三嘆,謂言天下殊。贈之天馬錦,副以水犀梳。龍沙看秋浪,明月遊東湖。自此毎相見,三日已爲疏。玉質隨月滿,艷態逐春舒。絳唇漸輕巧,雲歩轉虚徐。旌旆忽東下,笙歌隨舳艫。霜凋謝樓樹,沙暖句溪蒲。身外任塵土,樽前極歡娯。飄然集仙客,諷賦欺相如。聘之碧瑤佩,載以紫雲車。洞閉水聲遠,月高蟾影孤。爾來未幾歳,散盡高陽徒。洛城重相見,婥婥爲當壚。怪我苦何事,少年垂白鬚。朋遊今在否,落拓更能無。門館慟哭後,水雲秋景初。斜日挂衰柳,涼風生座隅。灑盡滿襟涙,短歌聊一書。」とある。
※深秋簾幕千家雨:晩秋に多くの家々のスダレと幕に降る雨に。 ・深秋:晩秋。 ・簾幕:スダレと幕。帷幕。北宋・欧陽脩の『蝶戀花』「庭院深深深幾許?楊柳堆煙,簾幕無重數。玉勒雕鞍遊冶處,樓高不見章臺路。 雨風狂三月暮,門掩黄昏,無計留春住。涙眼問花花不語。亂紅飛過秋千去。」とある。 ・千家:多くの家々。
※落日楼台一笛風:夕陽の高殿(たかどの)に(聞こえて来る)風に乗って、一人で吹く笛の音。 ・落日:沈む夕陽。 ・楼台:高殿の総称。 ・一笛風:風に乗って、一人で吹く笛の音が聞こえて来ることか。
※惆悵無因見范蠡:(五湖に隠棲した)范蠡(はんれい)に会うわけが無いので、うれえ悲しみ。 ・惆悵:〔ちうちゃう;chou2chang4○●〕うらみなげくさま。失意のさま。うれえ悲しむさま。曹丕の『寡婦』に「霜露紛兮交下,木葉落兮淒淒。候鴈叫兮雲中,歸燕翩兮徘徊。妾心感兮惆悵,白日忽兮西頽。」とある。 ・無因:よし無し。理由が無い。わけが無い。≒無因由。 ・見:会う。見る。 ・范蠡:〔はんれい;fan4li3〕越王勾践に仕え、呉王・夫差を討って会稽の恥を雪(すす)がせ、自分の果たすべき事をした後、隠棲をするとして湖に舟を浮かべて過ごした。(実際は、その後、貨殖の中心地・山東の陶へ行き、陶朱公と自称して巨万の富を築いた。)『史記・貨殖列傳』范蠡の條には「范蠡既雪會稽之恥,乃喟然而歎曰:『計然之策七,越用其五而得意。既已施於國,吾欲用之家。』乃乘扁舟浮於江湖,(變名易姓,適齊爲鴟夷子皮,之陶爲朱公。朱公以爲陶天下之中,諸侯四通,貨物所交易也。)」とされ、江湖に舟を浮かべたのは勾践の目を欺くためのもので『史記・越王句踐世家』「范蠡遂去,自齊遺大夫種書曰:「蜚鳥盡,良弓藏;狡兔死,走狗烹。越王爲人長頸鳥喙,可與共患難,不可與共樂。子何不去?」種見書,稱病不朝。」を実践したもの。狡兔である呉が滅んだ後、走狗として烹(に)られるのは范蠡自身であり、かつての伍子胥の二の舞になることを避けた。『史記・貨殖列傳』の古註には「句踐滅呉,反至五湖,范蠡辭於王曰:『君王勉之,臣不復入國矣。』遂乘輕舟,以浮於五湖,莫知其所終極。」という部分に合致している。なお、このことに基づいて作った詩に日本・三條西實驍フ『致仕偶成』「三十年來朝市塵,片舟歸去五湖春。平生慚愧無功業,合對白鴎終此身。」がある。 ・五湖:太湖のこと。また、太湖附近の五つの湖。洞庭湖。作者の居た宣州の東100km程の所に太湖があり、宣州の東数十kmの所は幾つかの湖がある。薛瑩の『秋日湖上』に「落日五湖遊,烟波處處愁。浮沈千古事,誰與問東流。」とある。
※参差煙樹五湖東:長短不揃いの靄(もや)の中に霞(かす)んで見える木々が五湖(太湖及びその周辺の湖、洞庭湖)の東(に見える)。 ・参差:〔しんし;cen1ci1○○〕長短不揃いのさま。転じて、大体似たような感じ。さらに発展して、そっくり。『詩經』周南『關雎』に「關關雎鳩,在河之洲。窈窕淑女,君子好逑。 參差荇菜,左右流之。窈窕淑女,寤寐求之。求之不得,寤寐思服。悠哉悠哉,輾轉反側。 參差荇菜,左右采之。窈窕淑女,琴瑟友之。參差荇菜,左右芼之。窈窕淑女,鐘鼓樂之。」とあり、中唐・白居易の『長恨歌』中に、「樓閣玲瓏五雲起,其中綽約多仙子;中有一人字太真,雪膚花貌參差是。」とあり、晩唐・司馬扎(司馬礼)の『宮怨』に「「柳色參差掩畫樓,曉鶯啼送滿宮愁。年年花落無人見,空逐春泉出御溝。」とあり、北宋・柳永の『望海潮』に「東南形勝,三呉都會,錢塘自古繁華。煙柳畫橋,風簾翠幕,參差十萬人家。雲樹繞堤沙。怒濤卷霜雪,天塹無涯。」とあり、北宋・秦觀の『春日』に「 一夕輕雷落萬絲,霽光浮瓦碧參差。有情芍藥含春涙,無力薔薇臥曉枝。」とあり、北宋・蘇軾の『書李世南所畫秋景』に「野水參差落漲痕,疎林欹倒出霜根。扁舟一棹歸何處,家在江南黄葉村。」とある。 ・煙樹:靄(もや)の中に霞(かす)んで見える木。 ・五湖:太湖を及びその周辺の湖。太湖。洞庭湖。また、五つの湖の意で、太湖、鄱陽湖、洞庭湖、巣湖、洪沢湖の五湖。盛唐・劉長卿の『餞別王十一南遊』に「望君煙水闊,揮手涙霑巾。飛鳥沒何處,青山空向人。長江一帆遠,落日五湖春。誰見汀洲上,相思愁白蘋。」とあり、中唐・薛瑩の『秋日湖上』に「落日五湖遊,烟波處處愁。浮沈千古事,誰與問東流。」とあり、唐・無名氏の『漁父 和張志和詞』に「雪色髭鬚一老翁,時開短棹拔長空。微有雨,正無風。宜在五湖煙水中。」 とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「空同中風東」で、平水韻上平一東。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●●○○,(韻)
○●○○○●○。(韻)
●●●○○●●,
○○○●●○○。(韻)
○○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●○○●●●,
○○○●●○○。(韻)
2016.3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 |
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