「Bloody Hope」

第一部

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ノートに描いたガライとエルちゃん。下の文はIceman「DARK HALF」より
―今夜叶う未来(ゆめ)があるなら 全部ボクに預けて―

No.1 土砂降りの森の中で

 

 うっそうとした森の中に、木々の葉が雫をせわしなくこぼしている。
その日、アレリア王国エリン地方ミッドヘヴンの森は、朝から土砂降りの雨に見舞われていた。
珍しい事ではない。今はアレリア王国全土でも一番降雨量の多い季節だ。
しかし、これはさすがに珍しい事だったに違いない。
その雨の中、一人の少女がずぶぬれになりながら、よろよろと森の中の街道を歩いていることは…。

 たたたたたたたたたたたた……
絶え間なく屋根を叩く雨の音を、ガライはぼおっと聴いていた。
この季節は、彼にとって2番目に嫌いな季節だった。飽きもせず毎日降り続く雨は
10歳の少年にとって、外出を禁じられる理由以外の何者でもなかったからだ。
 家にいると、必ず手伝いを命じられる。
「……なんで雨ってヤツは、こうもザーザー降るのか…」
はぁっとため息をつき、ガライは窓から外を眺めるのをやめようとした。
 そんなとき。
  どしゃっ
「!?」
何かが倒れたような音が雨音に混じって聞こえたのだ。
「なんだろ!」
ガライは好奇心の命じるままに家を飛び出し、音のした方に走り出した。
「ちょっとガライ! この雨の中どこいくのよ!!」
姉ミナの声を無視し、少年はただ走った。
「!!!」
ガライは自分の目を疑った。
目の前にあったのは、満身創痍としか言いようのない体を雨にさらしながら
水溜りの中に倒れている一人の少女だった。
年は、自分と同じ位だろう。
「どうしたんだ!? しっかりしろ!!!」
ガライは少女を抱き起こし軽く揺さぶったが、反応はない。
「ガライ!! いったいどうしたのよ…って、何そのコ!!!」
彼に追いついたミナが短く叫んだ。
「わからねぇ。倒れてたんだ」
「ちょっと、見せて!!」
ミナは少女の顔にそっと手を当てた。
「かなり衰弱してる。早く家に運ばないと!!」
ガライとミナは、急いで少女を自宅へ運び入れた。
『ミッドヘヴンズシャワー』
深く静かな森の中にぽつんと建ったB&B(ベッドアンドブレックファスト)であった。

 小さな部屋のベッドに、その少女は寝かされていた。
顔色は青白く、呼吸も弱々しい。それなのに、その額は大粒の汗を噴き出して止まらない。
「よほど長い間雨に打たれて歩いてきたのね…。でも、どうしてかしら?」
「このコ、もしかして逃亡奴隷じゃないかな?」
ガライが少女の苦しそうな顔を見つめながら言った。
「じゃなきゃこんなこと考えられないよ。そうだろ、姉ちゃん?」
「…確かに、それが一番納得いく答えだけど」
ミナも弟と同じく、少女の顔を覗きこんでいた。
(…このコ、どこかで見た事があるような………)
「なんかしたの?」
「…ねぇ、ガライ」
「?」
(……気のせいね)
「何でもないわ」
姉の反応に、10歳の少年は不思議そうに首を傾げるだけだった。

 雨は毎日毎日ザーザーと降り注ぐ。
昨日も、今日も、そして明日もそうだろう。
しかし、天気は変わらなくても時間は確実に過ぎてゆく。
「大分良くなったみたいだね」
B&B『ミッドヘヴンズシャワー』の女将メリダが、先日運び込まれてきた少女の様子を見ていた。
「でも、ずっとうなされてて起きないんだ。なぁ母ちゃん、このコずっとこのままなのかな?」
長男ガライが不安そうに母に尋ねる。
「なに、大丈夫だよ。アンタだってまだヨチヨチ歩きしてた頃、
 風邪引いて1週間うなされっぱなしだったことがあったんだから。ただ……」
「ただ?」
メリダは、息子の顔に視線を移して意地悪そうにこう言った。
「アンタが連れてきたんだから、アンタが面倒見てあげるんだよ。しっかり護ってやらないと」
「はぁ!?」
「何いってんのさ!!」
ポカッとメリダが息子の頭を叩く。
「ってえ、なんだよ!!」
「男だろ、女のコの一人くらい護りな!!」
「……ったく…わかったよ!!!」
ぶぅと頬を膨らませはしたものの、ガライはそれほど悪くは思っていなかった。
「…護ってやれ…か」
ガライは少女を再び見た。
相変わらず顔色は悪いが、見つけた時よりははるかに良くなっている。
「…い………………」
「?」
少女が何かを口にしたのだ。
「………や…やめて………こな…で…………」
悪夢でも見ているのであろうか。それとも、自らの忌まわしい記憶を繰り返しているのか。
その呼吸は荒々しく、体中から汗を噴いている。
「…………」
「………たす…け…………」
少女の手が、ガライに向けて伸ばされた。もちろん、そこにガライがいると知っての行動ではない。
「……大丈夫…俺が護ってやる」
少し日に焼けた手が、少女の傷だらけの手に重ね合わさった。
「…………」
気のせいか、少女が少し手を握ってきたような感じがした。

 そんなある日、降り頻る雨の中エリンの街までのお使いを命じられたミナは、
帰り道、街道に立てられた一つの立て札を見つけた。
雨が視界を遮って、書かれている内容までははっきりと分からなかったが、ミナは
しばらくその立て札をじっと凝視しつづけた。なにか、嫌な予感がしたのである。
 どうやらお尋ね者の手配書らしかった。
(…関係ないわね。こんな季節にこの森を訪れる犯罪者などいないもの)
ミナはムリヤリ自分を納得させた。が
(そういえば、あのコはどうしてこんな季節にこの森に来たのかしら…)
体中傷だらけにし、ずぶぬれになりながらミッドヘヴンの森へ来た少女。
ガライは彼女を逃亡奴隷だと思っているが、ミナは彼女をそうとは思いきれないでいた。
どこかで見たような覚えがある。それも、かなりの大都市で。
(……あのコ、何者なのかしら…)
 ミナはその場に立ち止まり、しばらく物思いに耽っていたが、雨がひどくなっていったので
やがて足早に家へと戻っていった。

 少女がB&B『ミッドヘヴンズシャワー』に運び込まれてから、すでに一週間が過ぎようとしていた。
毎日うなされるだけの少女を、毎日ガライは心配そうに見つめていた。
 しかし、この日は違った。
雨のせいで今日も外へ出してもらえず、やる事が無いからといった感じで
ガライは少女が寝かされている部屋へいつものように足を踏み入れた。
その目が大きく開かれる。
「!!!」
少女がベッドから上半身を起こし、怯えた様子で自分を見つめていたのだ。
「…あ、あ…の……」
少女が消え入りそうな声で何かを訊ねようとしている。
「…起きた! 起きたよ、姉ちゃん、母ちゃん!!」
しかし、少女の質問はガライの喜びの声にかき消された。
「……あ……あの…………」
「ん、大丈夫。怪しいもんじゃないよ」
さすがに二回目はガライに届いたようだ。
「…あなたが、私を助けてくれたんですか……?」
「見つけたのは俺だけど、看病したのは母ちゃんと姉ちゃんだ」
「……ここは、どこなんですか…………?」
「ミッドヘヴンの森…分かるかな? マネチス帝国との国境の近くだよ」
「じゃあ、ここはまだ…アレリアなの?」
ミッドヘヴンの森と聞いたとたん、少女の表情が暗く沈む。
「そんな……やっとここまで来たのに…まだ……」
少女の声が悲愴に響いたそのとき、部屋にミナとメリダが入ってきた。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい。そんな悲しそうな顔しちゃって」
「大丈夫よ。ここにあなたを苦しめるものは何もないから」
しかし、少女はその瞳から涙を湧き出させながら
「アレリアには、私が居ていい場所なんか無い…私と関わった人は、みんな殺されちゃう…
 どうして…どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの? 私、何かいけない事したの???」
と意味がよくわからない事を口走り、顔を覆って泣き始めてしまった。
「…どこかから逃げてきたんだろう? 大丈夫。この季節にこの森に来るやつなんかいないさ。
 雨季が終わる頃には、あんたを追っているヤツらもあんたのことなんか忘れちまうだろ」
メリダが言葉の内容とは少し合わない優しげな口調で少女を慰めた。
「…私なんか助けないで…みんな、殺されちゃうわ……」
「いまさら何言ってんだよ、この泣き虫!!」
突然ガライが少女の頭を掴み、ぐいっと自分の顔に向けさせた。
「そんな事言われても、もう俺達はオマエを助けちまったんだ!!
 いまさら関わらないでなんて言われても遅ぇんだっての!!」
ガライの言葉にその場にいる者全員が、理由は一人一人違うものの固まってしまった。
「とにかく、オマエが一体何者なのか俺は知らねぇけど、関わっただけでコロスなんてヤツらを
 放っておけるもんか!! そんなヤツらに追われ、体中傷だらけにしてこの季節のこの森に
 逃げてきてぶっ倒れた泣き虫もな!!!」
どうやら、ガライはガライなりに少女を慰めているらしかった。
「…うっ…うわあぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
緊張の糸が切れたらしく、少女が大声を上げて泣き始めた。
しかし、それが嬉し泣きだったのか悲し泣きだったのかは、誰にも分からなかった。

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