「Bloody Hope」

第四部

No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.7

竜に挑む三人…のつもりなんだけど、竜じゃないねこれ(笑) 下の文はIceman「FINAL PRAYER」より。
―僕を走らせる 価値観に 意味をください―

No.1 動き始めた運命

 

 薄暗い森の中を、一人の女性が駆けていた。
たっぷりとしたローブを纏い、オレンジと同じ色の髪を頭の頂上で一つに纏めている。
 彼女の足元には、少なくとも人間の通るような道はない。
一体どのような理由があって、そんなところを走らねばならないのか。
「早く」女性が呟いた。「早く、彼に会わなければ……!」

 アリテノン城内にある医療室には、まるでミイラさながら全身を包帯でぐるぐる巻きにされた人間が
まるで標本のようにずらりと何列にも分けられて横たえられていた。
港町ポポカへ向かう途中ゾロム帝国竜銃士団の襲撃を受け、負傷した者達だった。
 目も当てられない負け戦を物語る負傷者の数に当然医療室のベッドの数が間に合うわけがなく、
彼らのほとんどは布、良くて毛布を敷いただけの床に寝かしつけられている。
「たった5騎の兵に、こんなにやられてしまうなんて」
信じられない、と誰かが呟いた。しかしこれは紛れもない事実なのだ。
 治癒魔法の心得がある者は、全員が負傷兵の治療に駆り出され
額に汗を滲ませながら一心不乱に呪文を昼夜問わず唱え続けている。
 医療や手当ての知識がある者は、患者の間を息つく暇もなく動き回り
少しでも彼らの苦痛を和らげようと、彼らの回復の手助けをしようと苦心している。
 しかし、それでも負傷者の数が減少することはなかった。

「とんでもない有り様だったのよ、ホントに」
剣を研ぎながら、ランフォはやはり傍らで剣を研いでいるガライに話しかけた。
「ロニー様がいなかったらきっと全滅してたわ。とにかく、ゾロムの竜銃士団ってすごく強かったんだから……
 …ガライ、聞いてるの?」
ガライはランフォをちらりと横目で見ただけで、すぐに剣を研ぎ続ける自らの手に視線を戻した。
全く、と呟きながら、何気なくガライの研いでいる剣を見て、
ランフォははじめて、彼が研いでいる剣がセツラの物であることに気付いた。
「ちょっとガライ、それ、セツラの剣じゃないの! 何でアンタが持ってんの!?」
「貸してくれたんだ」ガライはぽつりと言った。「一人斬っちまったからな。錆でも付いたら何言われっかわかんねぇ」
「貸してくれた……って」
 あのセツラが、自分の剣を他人に貸した。
ランフォにとって…いや、セツラを少しでも知る者にとって、ある意味件の負け戦並に信じられない事実だろう。
「信じられねぇなら、本人に訊けよ」
ガライはぶっきらぼうに吐き捨て、剣を研ぐ手を早めた。
 (……本当は、俺も本人に訊いて確かめたいんだけどな)
 剣を渡されたガライ自身、あの時のセツラの行動を信じることが出来ないでいたのだ。
 (多分、ショックで一時的に脳みそがおかしくなってたんだろう。今寝っぱなしなのはそのせいなんだ)
自分を納得させるため、なけなしの理屈をこねあげて出した結論だった。

 突然、宿舎の扉がバンッと大きな音を立てて開いた。
ガライとランフォを含むその場にいた全員が、入り口で肩を大きく上下させている人物…
傭兵隊長クライド・ビリーに注目した。
「大変なことが起こった……みんな、絶対にパニックに陥ったりするんじゃないぞ」
 クライドは瞳を閉じた。息を落ち着かせているようだ。そして、しばらくしてから目を開き……
「ポポカが、ゾロム帝国軍に占領された」

 あっという間の出来事だった。空から海を越え襲ってきた飛竜の大群に、瞬く間にポポカは制圧されてしまった。
港町を守っていた警備隊は首都アリテノンに援軍を要請する時間も与えられずに壊滅したという。
 町民にどれほどの被害が出たのかはまだ何もわかっていない。
「このままでは、アレリアが滅ぶのは時間の問題だ!」
 会議室の机が勢いよく叩かれた。「ただでさえ、前回の無様な敗戦を引きずっているのだぞ!
 一刻も早くポポカから…いや、このリージェンディ大陸からゾロムを追い出さんことには、
 我がアレリアは外部だけでなく、内部からも滅亡の危機にさらされてしまう!!」
語気を荒げているのは近衛騎士隊長ラッツ・エイシャンだ。
「それともファレス様は、アレリアを…500年の歴史を持つ、この国を滅ぼすおつもりなのですか!?」
完全に興奮し我を忘れているようだ。
白の割合が半分以上を占める頭から今にも蒸気が吹き出してきそうなほど、ラッツの顔は怒りで赤く染まっている。
「今はまだ時期ではないと、何度言ったらわかるのですかラッツ」
 たしなめるように発言したのは、魔道隊長モルナ・スルトーだ。
「ロニー様が捕らえなさった敵兵に対する尋問と、騎竜の死体の解剖と研究はまだ終わっていません。
 今のまま出撃などしたら、先ほどの戦いの二の舞なのは誰の目にも明らかでしょう?」
「しかし、かと言って研究が終わるのなぞ待っておったら、アレリアは確実に滅ぼされてしまうではないか!」
「このままではどちらにしろ勝ち目はありません。なら、少しでもチャンスがある方に賭けるべきです。
 ……そうお考えなのでしょう、ファレス様?」
突然話を振られ、若き国王ファレス・スプレンド・アレリアは苦笑した。
「僕には、何も考えられないよ。今回ばかりは今までのように少数精鋭に頼れそうにないし……
 とりあえず、ポポカの現状がはっきりしないことには」
「斥侯を数名送り込んであります」
話を継いだのは聖騎士団長ロニー・メリディアン・アレリアだった。
「特に、リーダーのジェイムズ・マクニールという者は今まで幾度となく危険な任務をこなしてきたベテランです。
 必ずや我々に必要な情報をもたらしてくれるでしょう」
「…そう信じよう。僕には、今出来ることはそれしかないように思える。
 自分たちが今出来ること以上をムリしてやろうとするのは、却ってよくないんじゃないかな?」

 (この国は……、この上層部は……)
 会議に参加しながら、クライドは心の中で悪態をついていた。
何が出てこようが出す結論は似通ったものばかり。しかし、かと言って他にいい策があるかというとないのも事実。
一番の問題は、こうも次から次へと立て続けに災厄に襲われるアレリアにあるのではないか、とも思えてくる。
しかし、本当にそうだとしたら、一体アレリアのどこに問題があるというのだろう?
クライドは少し思索してみたが、アレリアの全てが問題のように思えてきたため、考えるのをすぐに中断した。
 (まるで、神にでも呪われたみたいだ)
自然に言葉が思い浮かんだのは、『悪魔』ではなく『神』だった。

 ガライはようやく剣を研ぐのを終え、自分には少し小さい片手持ちの剣を鞘にそっと収めた。
 (新しい剣買わねぇとな……)
ガライは立ち上がると、先に剣をセツラに返すか、先に自分の剣を買いにいくか少し迷った。
 (…いいや、先に返そう)
 数分後、ガライはセツラの寝かしつけられている部屋の扉の前にいた。
なるべく音を立てないように、そっと扉を押し開ける。
「誰!?」
「あ……」
一瞬言葉を詰まらせた。
「…ガライ!」
なんと、ここ数日一度も目を覚まさなかったはずのセツラが、ベッドから上半身を起こしガライに気付いたのだ。
「気がついたのか、オマエ…」
「ねぇ、一体どういうことなのこれは!? ポリドリ様は? 私は? あれから一体どうなったの!? 教えて!!」
切羽詰まった様子のセツラを、ガライはまず落ち着けとなだめる。
「魔王だったら倒したよ。もう二度と復活はしないだろうぜ」
「魔王!? 本当にポリドリ様が魔王だったの!?」
「へっ……?」
ガライは言葉を失った。オマエ、あの時話聞いてたんじゃないのか…?
「って言うか、その剣私のじゃない! どうしてあなたが持ってるの!?」
「ど、どうしてって…貸してくれたのはオマエじゃねぇか!」
「知らないわ!!」
セツラは拒絶するように叫んだ。
「ポリドリ様が私にコムスメって言ってきた後の記憶がないのよ! だから、どうなったのって訊いてるんじゃない!」
 (…やっぱり)ガライは思った。(そうだよな、普通ならコイツが自分の剣を他人に貸したりすんわけねぇもんな)
…なら、あの時のセツラは一体誰だったのだろう? どこから来て、セツラが目覚めた今、どこへ行ってしまった?
「…ちょっとガライ! 私の質問に答えなさいって言ってるのよ!」
「わかったわかった。わかったから落ち着けって」
…とりあえず全ての事実を話そう。もしかしたらそれがきっかけとなって記憶を取り戻すかもしれない。

「…というワケだ。わかったか?」
ガライはほとんど全ての出来事をセツラに話し聞かせた。もっとも、セロカの正体に関しては何も触れていない。
偏見の塊のようなこの少女のことだ。何を仕出かすかわかったものではない。
「…ホントに私、そんなことを言ったの?」
セツラは信じられないといった様子でガライに訊ね返した。
「憶えてねぇのか?」
「えぇ、全く」
セツラはかぶりを振った。
「大体、どうして私があなたなんかに剣を貸さなきゃならないのよ。私は絶対にそんなことしないわ。
 剣は英雄の命。なのにそれを自分の剣を折ってしまうような愚か者に貸し与えるなんて……」
自分の行動を認識してねぇな。ガライは心の中で苦笑した。いや、少し表に出てしまったらしい。口元がひくついた。
「…とにかく、あなたの話だけじゃ信用出来ない。他の人を連れてきて。あなたの話と照らし合わせるから」
 セツラに言われた通り、ガライは数名、現場にいたものを探して連れていった。
しかし彼らの話もガライのそれと全く同じだったため、さすがのセツラも納得せざるをえなかったようだ。
「でも、これだけは言っておくわ。私は絶対にそんなことはしない。するハズがない……」
わなわなと体を小刻みに震わせながら、消え入りそうな声でセツラは言った。
自分の知らないところで自分にあるまじき行為を取った自分を、あくまで拒み続けている証拠だった。

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