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No.2 古の伝説、奇妙な出会い


 新しい剣を探して、ガライはアリテノンの街を一人歩いていた。
傭兵や冒険者のために武具を取り扱っている店を数件回ったが、自分にしっくりとくる剣はどこも扱っていなかった。
 (マネチスだったらどこの街でも一軒は扱ってる店があったんだけどな。やっぱり今まで需要がなかったせいか)
このままだと、近年戦乱続きで戦慣れしているゾロムには勝てない。いや、確実に負ける。
ガライの胸中に、黒い不安の塊がゆっくりと浮かび上がってきた。もし、アレリアが負けたら……。
 別にガライ個人としては、そこに暮らす人々の生活が少なくとも悪化しないのであれば、
盟主国などどこであっても構わないと思っている。しかし、彼にとって問題なのは、戦に敗れた国の王族の行く末だ。
 国王をはじめとする王族、名門貴族から上級騎士の一部まで、残らず処刑されさらし首にされるのが常識だ。
例え王位継承権を持っていなくとも、少しでも王家と血の繋がりがあれば、やはり同じように処刑されるだろう。
破れた国の復興を目論む者の動きを封じるには、大義名分となりうる存在を一つ残らず抹消するのが一番なのだ。
 (…もし、そんな状況で、傍系とはいえ王家の血を継承する者が現れたとかなっちまったら……)
だから、ガライはアレリアを守るために戦わなければならないのだ。
行方どころか生死すらわからない。しかしそれでも希望を抱き続けることが、ガライの存在意義となっていた。
 一日をかけて街中の武具屋を回ったが、結局ガライに合う剣は見つからなかった。
やはり時間とお金は掛かるが、個人で注文するしかないのだろうか。そう考えながら、ガライは宿舎へと戻ってきた。
「あ、ガライお帰り。どうだった?」
「ダメだ…どこもオレが扱うにはちぃっと軽いモンしか置いてねぇ。やっぱ注文しかねぇか…」
「ふぅん……じゃ、いいコト教えよっか?」
「え?」
ガライはセロカの瞳を見た。澄んだ空色が愉快そうにガライを見つめ返している。
「…今から300年くらい前に、マネチスに邪悪な竜が現れてさ、街を破壊したり人をさらって食べたりしまくったんだ。
 で、一人の勇者が、竜殺しの魔剣を長い冒険の末に見つけ出し、人々の期待を背負って竜退治へ赴いた。
 結局勇者は戻ってこなかったけど、それ以来竜もばたっと姿を見せなくなった」
セロカは古の伝説でも話すように語り始めた。
「おそらく、勇者は竜と相打ちになったんだ。当時の人々はそう噂しあった。
 でも、誰も真相を確かめようとはしなかった。何でかって、もし万が一竜がまだ生きていたら…
 姿を見せなくなったのは、単に勇者との闘いで傷ついただけだったなら…とか勝手に想像して不安がったからさ。
 それは今も変わってない。竜の棲んでいた洞窟は、自殺志願者も立ち入らないような未知の領域となっている…」
少し間を置き、セロカはガライに笑いかけた。
「ガライは欲しくない? 竜殺しの魔剣……」

「セロカ、オマエ……本気か? この話、マジで言ってんのか!?」
「マジだよ? だって僕、この目で竜が人を口にくわえて飛んでくの見たんだよ?
 勇者だって騒がれてた剣士さんも見たことある。確か隊長さんと同じくらいの年の、なかなかの美男子だったっけ」
「…そうか。オマエもバケモンだったな」
「あー、ひどいなぁその言い方。僕傷ついちゃうよ?」
 子どものように頬を膨らませるセロカに、ガライは思わず吹き出しそうになる。
「あぁ、そりゃ悪かった。そっか…生で見てきたっつわれちゃあ信用しねぇワケにゃいかねぇか……は??」
ガライは改めてセロカを見返した。たった今、重大なことに気付いたかのように。
「オマエ…まさか俺に、その魔剣を取りに行けっつってんのか!?」
「大丈夫。しばらく大きな仕事はないみたいだし、僕らもヒマじゃん?
 マネチスまで剣を注文しに行くとか言えばきっと許可出してくれるよ。逃亡防止の魔法掛けられるだろうけど」
「そういう問題じゃねぇ!! もしその竜が今も生きてて、俺らに襲いかかってきたらどうすんだ!!」
「倒せばいいじゃん」
セロカはさらりと言ってのけた。
「平気だって。僕ももちろん行くからさ。あ、あともう一人誘ってみようか? 最近知り合った面白い知人がいるんだ」
「…オマエ……」
セロカはやや意地悪そうにニヤリと笑った。
「決まりだね。それじゃ、僕はこのこと隊長に伝えてくるから、準備しといてね」
「お、おい!!」
しかし、セロカはガライの制止を無視すると、すたすたと部屋を出ていってしまった。

「ちくしょうめ…勝手に決めやがって」
しかし、口では悪態をつきながらも、ガライは自分がこの話に乗り気になり始めていることに気付いていた。
 竜殺しの魔剣。
もしそれを手に入れることが出来たなら、飛竜を騎馬とする竜銃士団相手に大きな力となるのは間違いない。
 そして、ゾロム相手になすすべのないアレリアは、このままだと確実に負けてしまう。
それは、ガライにとって、自己の存在意義を失うことを意味していた。

 数日後、ガライとセロカの二人は、マネチスへと続く街道に向かって街を歩いていた。
誓いを遵守させられる呪いをかけられはしたものの、クライドは自分たちの申し出をあっさりと受け入れてくれた。
もしかしたら、本当の目的に感付いていたのかもしれない。
「…ところでさ、最近知り合った面白い知人ってのは誰なんだ? ホントに誘ったのか?」
「う〜ん…街道の入り口あたりで待ってるって言ったんだけどな……あ、いたいた!」
 捜し人の姿を遠くに認めたらしく、セロカは一目散に駆け出した。
ガライがセロカの後を追うと、木陰に一人の若者が俯き寄りかかっているのに気付いた。
「お〜い!」
セロカの声に、その人物はゆっくりと面を上げた……
「セ…セツラ!?」

 確かに、その人物はセツラにそっくりだった。共通点を見つけるより、相違点を見つける方が難しいくらい
ただ、セツラとは明らかに違う点が一つだけあった…その人物は、女性のような顔をしているが…男性だったのだ。
「…どう、ガライ? 面白いとは思わない?」
「お、面白いって…」
ガライは苦笑した。確かに面白いと言えば言えなくもない偶然だ。偶然だとしたら。
「…セツラさん…の、兄弟とかじゃないですから。先に言っとくけど…」
そんなガライの心を見透かしたかのように、青年が言葉を発した。
声までもセツラに似ていた。どちらかと言うと、セツラの兄弟というより、セツラが男だったなら、という印象だが。
「あぁ…すまなかった。てっきりシャロルちゃん以外の兄弟かと…」
「…いいです……セツラさん…とそっくりだってこと、自分でもよくわかってますから……」
青年は悲しそうに笑った。セツラと似ているということが嫌なのだろうか。
「で、名前は? 俺はガライ。まぁ、セロカから聞いてるとは思うが」
「! ………」
 ガライの何気ない質問に、青年は表情をわずかに歪めた。見たくないものを見てしまった、そんな感じだ。
「? どうしたんだ?」
青年は瞳を閉じ、しばらくしたあと、覚悟を決めたように口を静かに開いた。
「……アイーク」
「は?」
「…アイークです。名前…」
「アイーク? 変わってるな」
「あ………ご、ごめんなさい」
アイークと名乗った青年は、恥ずかしそうにガライに頭を下げた。
「?? いきなり何謝ってんだ?」
「いえ……なんとなく…………」
「…変わったヤツだなぁ。まぁ、セロカの知り合いだし、しょうがねぇか」
「ちょっとガライ、今のどういう意味?」
「さぁな」
むくれるセロカをしり目に、ガライは街道の入り口を通り抜けた。
「ほら、セロカ、アイーク、行くぜ! とっとと行ってとっとと終わらせちまおう!」
「あ、ま、待ってください!」

 セロカはガライとアイークから少し離れて、街道を歩き始めた。
「…まぁ、彼の方は今のところ、心配なさそうだね」
そばにいる誰かに語りかけるように、セロカは小さく呟いた。
その視線は、ガライにいろいろ話しかけられ、返答に戸惑っているらしいアイークをとらえている。
「…となると、問題は……」
 セロカは後ろを振り返り、ゆっくりと小さくなっていくアリテノンの街を見つめた。
「ごめんね。でも…今は、これしか方法がなかったんだ。ちょっとの間だ…ガマンしてよ」
 セロカは悲しげに微笑んだ。 しかし次の刹那には、彼は何もしなかったかのように前を向き、少し急ぎ足で街道を同じように歩いていた。

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