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牢に入れられた獣のように、ランフォは宿舎をうろうろ歩き回っていた。いかにも苛立たしいといった表情だ。
「…なぁ、ランフォ。そうせかせか動き回ってても状況が変わるわけじゃないよ?」
「でもねぇティーテ! このまま何にもすることなしにずっと待てると思ってるのこの私が!」
ランフォは半ば金切り声混じりにどなった。
「ガライとセロカは武器を買いに行くとか言ってマネチスまで行っちゃったし、
ゾロムはゾロムであれから全く動きなしだしさ! 上からの命令が下るまで、一体何をしてろって言うのよ!?」
「そう苛立ちたくなる気持ちはよくわかるよ。実際僕も同じ気分だ…きっと、隊長やロニー様も同じなんじゃないか?」
ため息をつくティーテの言葉を、妹のアーニが受けた。
「今は忍耐時よランフォ。望む望まないにかかわらず、やがてゾロムはまた侵攻をはじめる。
その時までパワーの無駄遣いは控えた方が…」
しかし、ランフォは相変わらずじっとしようとはしない。
そんなランフォにアーニは眉をひそめると、後ろを振り返った。
「ねぇ、セツラからも何か言ってあげて…………セツラ?」
セツラの顔に血の気がない。その瞳は普段の光をなくし、どんよりと虚空を見つめたまま動かない。
「セツラ? どうしたの、具合でも悪いの? ねぇ、聞いてるのセツラ??」
「………え…あ、アーニ…」
セツラは夢から覚めたような調子で応えた。
「大丈夫? 具合が悪いならムリしない方が…」
「えぇ…どうも、数日前から調子が悪いのよ…何か体がだるくって。病気かしら?」
「休んでた方がいいわ。いつ何かしらの進展があるかわからないもの」
「そうするわ……」
セツラは壁につかまりよろよろと立ち上がり、ふらつきながら寝室へと歩いていった。
「…ランフォには悪いが、今何も任務がなくてよかったな。セツラがあんな状態じゃ、とても戦えたものじゃない」
セツラの後ろ姿を見ながら、ティーテが小さく呟いた。
一方その頃、ガライたちはマネチスとの国境を無事越えたところだった。
これといった手強い魔物にも出くわさず、あまりに何事もなさすぎて怖くさえ思われた。
敢えて言えば、ミッドヘヴンの森を通過するとき宿泊する宿のことで少々もめたくらいだった。
「…どうして、あのB&Bに泊まるのをあんなに嫌がったんですか? ちょうどいい位置にあったのに…」
森を完全に抜けた頃、アイークが思い出したようにガライに訊ねてきた。
「ど、どうでもいいだろ、別に」
ガライはつっけんどんに言い放つ。しかし横からセロカも
「僕も知りたいな。だってあそこの他に宿探すの大変だったじゃん。挙句の果てに次の日ガライ寝坊するしさ」
「…ちぇっ、わかったよ………あそこな、俺の家なんだ」
アイークが目を大きく見開く。セロカは相変わらず澄ました微笑を浮かべたままだ。
「ちょっとしたコトがあってさ…家にはまだ帰りたくないんだ。あ、別にケンカして飛び出してきたわけじゃねぇからな」
「…家、ですか…」そう呟くアイークの顔は少し寂しげだ。
「そういやアイーク、オマエ、家はどこにあるんだ? 家族とかはちゃんといんのか?」
「………家は、ないです。家族も…………」
「…そうか、すまなかった」
ガライは、外見はセツラに瓜二つのこの青年が、内面ではセツラと大きく異なっていることを認識し始めていた。
セツラには愛らしい妹がいる。自ら捨てたらしいが家もある。しかし、アイークにそのようなものはない…らしい。
この青年には、普通の人間には在って然るべき何かが欠けている。ガライはそんな気がしてならなかった。
「……どんな感じなんですか? 家とか、家族とか…」
しばらくの沈黙のあと、アイークがやや控えめに訊ねてきた。
「そうだな…あったかいとか冷たいとかウザいとかいろいろあるし、それらは人それぞれだろうけど…」
喋りながら、ガライは自分の記憶にある人々を思い返していた。
家族から逃れようとした者。家族を養おうとしていた者。家族を捜し求めた者。家族を…殺そうとした者。
さまざまな形がある。しかし、それらに一つだけ言えることは……
「…どんな形であれ、切っても切れない。そんな感じかな」
マネチス帝国領内に入ってからも、旅の調子はほとんど変わらなかった。
先ほどの戦乱の傷跡が生々しく残ってはいるが、人々は何事もない退屈とも言える日々…平和を享受している。
隣国アレリアがゾロム帝国に襲撃されたことなど全然お構いなしといったようにも見えた。
「アレリアがゾロムに占領されたら、次のターゲットはどこかくらい想像出来るもんだと思うけどな」
街道沿いの宿で、ガライたちはこの国の少し異常な状態について議論していた。
「情報統制でも敷いてんじゃないの? それか、僕らが追い返してくれるって信じてるとかさ」
「…ゾロムの侵攻について、この国から…えっと、何か親書が届いたとか…そういうことはあるんですか?」
「とりあえず遺憾の意を表明し、兵を出す準備はしてあるらしいけど? 正直、僕はあまり賛成出来ないな。
だってつい数ヶ月前までアレリアと戦ってたのはこの国だよ? いくら和解したとはいえ…ねぇ?」
「まぁ、この国の兵士も、自ら進んでやったことじゃないとはいっても、ひとつの街をほぼ壊滅させてるんだからな…」
「……そういうものなんですか…」
アイークが少し表情を曇らせた。
「…そうだ。セロカ、件の竜殺しの伝説の舞台ってのは正確にいうと一体どの辺りなんだ?」
ガライが気まずい空気を吹き飛ばすように話題を変えた。
「今で言うならジオラスの街の近くになるかな。ルタクス山脈の山奥深く」
「…ジオラスか」
昔剣奴として生死の狭間に立たされ続けていた日々がガライの脳裏によぎった。
しかし、今改めて思い返してみると、さほど悪い記憶ではないような気がしてきた。
今も生死の境目で闘い続けていることに変わりはない。しかも、今の自分は自由意志でそれを選んだのだ。
そして、数こそ違えど、当時も今も自分と志を同じくするかけがえのない仲間がいる。
…無意識のうちに、ガライは懐古的な微笑を浮かべていた。
「あ、ごめんガライ。思い出させちゃったみたいだね」
「…いや、いいんだセロカ。今となってはいい思い出だよ」
いい思い出、という言葉にアイークが息を呑んだ。
「どうした?」
「……いえ…いつか自分も、そう言って笑えるようになるのかな……って…」
「…」
思わず言葉に詰まるガライ。しかしセロカがガライを庇うように、明るい調子でアイークの肩を叩いた。
「心配しなくて平気だよ。この魔剣探しの旅を一番最初の『いい思い出』にすればいいんだ。
これからもこんな調子でもっともっと増えてくからさ! ね、ガライ?」
「あ、あぁ…」
ガライは苦笑いを浮かべた。どうやら、俺の『いい思い出』もどんどん増えてきそうだな…
道中ジオラスの街で旅の疲れを癒したガライたちは、伝説の舞台である、ルタクス山脈に足を踏み入れた。
ほとんど人の通った形跡のない荒れた山道を辿ること数時間、ついに険しい山肌にぽっかりと口をあけた洞窟を発見した。
入り口には長い年月風雨に晒されすっかりぼろぼろになったロープが、『立入禁止』というこれまた風化しかけた立て札とともに張られていた。
そして、それを裏付けるかのように奥からかすかに臭ってくる硫黄のような刺激臭。この山は火山なのだろうか?
しかし、危険を冒すことを恐れていては何事も達成出来ない。それはガライたち自身よく心得ていた。
薄暗い洞窟に一歩足を踏み入れる。空気がひんやりと肌を舐めた。自然な冷たさではない…どこか恐怖をわき起こさせるような冷たさ。
呼吸するたびに鼻につく硫黄臭とは、少し合わないような気がガライにはしていた。
「…なぁ、この山脈って、火山でもあるのか?」
疑問を抑えきれなくなり、ガライはセロカに訊ねた。
「さぁ…そこまでは。でも、僕の知ってる限り、この辺の山が噴火したとかそういう話はないよ。最近700年の間は確実に」
ガライは苦笑を浮かべた。どのような仕組みがあって火山が噴火を起こすのかは知らない。しかし、どうやらこの山は火山ではなさそうだ。
では、この硫黄の匂いは?
「……多分、この硫黄の臭い…竜の吐く息なんじゃないですか?」
控えめに、しかし大胆な意見を発したのはアイークだった。
「竜の息の臭いだってぇ!? オマエ、いきなり何言い出す…」
「昔、本で読んだことがあるんです。竜の吐く炎は火山のような臭いがするって……ホントかどうかはわからないけど…」
「あぁ、僕も同じような話聞いたことがあるや、それ。もっとも、本じゃなくて竜に襲われ運良く生き残った人からだけど」
「……」
ガライは無言でセロカとアイークを睨みつけた。
「そんな顔しないでよ。300年前の臭いがまだ抜けきってないだけかもしれないじゃん。あるいは、この山はホントは火山だったとかさ」
「…気休めはいい」
ガライは低く呟き、背に負った新品の大剣を確かめた。ジオラスで購入したもので、以前彼が使っていたものと同じタイプだ。
もし魔剣が手に入らなかったときのための保険のようなつもりだったが、どうやら少なくとも今は命を預けなければならないようだ。
「なんとか竜のスキをついて、魔剣を手に入れるんだ…そうすりゃ勝機はある」
ガライの言葉に二人は強く頷いた。
「…行こう。竜退治に」
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