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No.4 英雄の試練


 ランフォはうろつき回るのにも飽きたといった表情で、自分にあてがわれた寝室へと戻った。
自分一人の部屋ではなく、他の女性の傭兵や魔術師などとの相部屋だが…。
「…おかえり、ランフォ……」
 ベッドから少し首をもたげ声をかけてきたのはセツラだった。
見るからにその顔には血の気がなく、口唇は青ざめ、声もかなりかすれている。
「セツラ…? あなた、大丈夫なの? 薬師か治癒魔法の使い手に診てもらった方がいいんじゃない?」
「診てもらったわ…薬師さんにね。今治癒魔法が使える人は他の重患さんにつきっきりだから…」
「そう…一体何て病気だったの? 言いたくないのなら言わなくてもいいから」
「わからない…って」セツラは弱々しく首を横に振った。
「体の中の力…生気って言うのかしら…がすごく減ってるらしいの。
 でも、どうして生気がそんなに減っちゃったのか、原因がはっきりと特定出来ないんですって…」
「何かの病気じゃないワケ?」
「少なくとも、薬師さんの分野じゃないみたい……今度魔術師に診てもらえって言われたわ。
 何でも、もしかしたら呪いの一種かもしれないからとか……」
「呪い!?」
予想もしなかった言葉にランフォは思わず声を上げた。
「呪いってのは大げさかもしれないけど…何者かが、私から力を吸い取ってる可能性があるんですって。
 もし本当にそうだとしても、何が目的で私の力を吸収してるのかはさっぱりわからないけどね…」
「力を吸い取ってって…まるで、召喚魔術みたいね。召喚魔術も、確か術者が自分の魔力をエサにして魔物を喚び出すんでしょ?」
「でも、私は召喚魔術なんか使えないし、そもそも生気をエサにして召喚する術なんて聞いたことないわ」
「そうよねぇ…それ以前に原因が魔術と限ったわけでもないものね……難しいなぁ」
腕をしっかりと組み考え込んでしまうランフォ。
「…一つだけ確実なことがあるわ」
セツラが弱々しくも声に力を込め、ランフォに語りかけた。
「私がこうなっちゃったのは病気じゃない…明らかに、邪悪な何者かの仕業ってこと…。
 …何が目的かは知らないけど、絶対、この手で成敗してやるわ………」
「セツラ…」
ランフォはセツラの顔を覗き込んだ。しかしセツラは「大丈夫」と言いたげに微笑すると瞳を閉じた。
しばらくして、弱々しい寝息が部屋に響き始める。
 ランフォはセツラが寝入ったのを確認すると、そっとその額に手を触れてみた。
…死人のように冷たい。
そっと首筋の脈を測ってみた。
…今にも消えそうな、か細い鼓動がかすかに指先に伝わってくるだけ。
(まるで臨終に立ち会ってるみたいだわ)
縁起でもないことが脳裏をかすめ、慌ててランフォはそれを振り払うように頭を振った。
(誰か…セツラを救けられるような高位の魔術師はいないの?)
しばらく記憶を辿ってみたが、そのような人物に思い当たりはなかった。
…いや。一人、いた。
(エリルさん…エリルさんなら、きっと救けてくれる!)

 洞窟は予想以上に深く続いていた。ところどころに風化しボロボロに崩れかかった人や動物の骨が山となっており、
かつてここを棲みかとしていた竜がどれほど多くの人間を食い殺してきたか、
それとも、かつてどれほど多くの人間がここの主人に戦いを挑み、返り討ちになってきたかを思い起こさせた。
 辺りはシーンと静まり返っていて、自分たち三人の足音と呼吸、心臓の音以外は何一つ聞こえなかった。
コウモリの類くらい生息していてもおかしくない環境なのに、全く生物の痕跡は見られなかった。コケ一つすら生えていないのだ。
体にまとわりつく薄気味悪い冷気のせいだ、とガライは思った。
ただでさえ気味の悪い死の洞窟なのに、この冷気がその不気味さを増幅させているように感じられるのだ。
 奥に進み鼻をつく硫黄臭が強くなると同時に、冷気もさらにひんやりと肌を舐めていく。
そして…

「…」
 どれくらい洞窟を下っただろうか。突然ガライたちの前に、開けた部屋のような空間が現れた。
城の謁見の間と同じくらい…いや、おそらくそれ以上の広さを持つ部屋の中心には、
巨大な竜の亡骸が一体、まるで眠っているかのように横たわっている。
そしてその傍らには、生命を失って久しい人間の骸が、見事な装飾の施された長剣を握り締めたまま朽ち果てていた。
「あれが、伝説の竜と英雄…そして、竜殺しの魔剣…」
呟き、ガライは広間に一歩足を踏み入れた。
そのとき、

 “魔剣を欲する者よ…”

「!?」
突如辺りに響き渡った荘厳な声に、ガライは思わず立ち止まった。
「だ、誰だ!?」
“我が名はカイル。今から300年前、竜を殺し、自らも竜に殺されし者…”
言葉が終わると同時に、剣を握っていた死体が光を発した。
ガライたちの見ている前で骸は立ち上がり、みるみるうちに生前の姿を取り戻していったのだ。
…果たしてその姿は、以前セロカが語ったものと寸分違わないものであった。
「アンタが、竜殺しの勇…」
“我のことを勇者と呼ばないでもらいたい。民衆の瞳には、確かに我は勇者と映ったのかもしれん。
 しかし、我は使命の達成すら彼らに報告することもなく朽ち果てた愚か者だ。勇者と呼ばれる資格はない”
竜殺しの英雄は自嘲気味に吐き捨てた。
“…まぁ、我の呼び名などどうでもよい。ともかく、理由を聞かせてもらおう。
 そなたたちが危険を冒してまで魔剣を欲する理由は如何に?”
「…ゾロム帝国…いや、ゾロム王国を知ってるか? ファーガルバード大陸の強国だ」
“噂程度には存じている。飛竜を駆り鉛の玉を武器とする国だったな”
「その国が、俺たちの国…アレリアに攻め込んで来たんだ。
 アレリアは今まで平和だったせいで兵が弱体化してる上、敵の竜銃士は強すぎる。このままじゃとても勝ち目はない」
刹那、カイルの眼差しが鋭い光を放った。
「竜殺しの魔剣があれば、何とか竜銃士を追い返せるかもしれないんだ。
 頼む、俺たちに剣を貸してくれ! 必ず返すと約束する。だから…!」
“…どうやら、勘違いしているようだな”
「?」
カイルは薄く笑った。
“我が振るったこの剣は、竜殺しの剣ではないのだよ。
 我が剣ディファイアーは、相手の力量によって切れ味を変える剣。相手が強ければ強いほど切れ味を増す剣なのだ。
 竜に対し特別な力を発揮するなどという魔力は秘めていない”
「な…んだって…!?」

 ガライは言葉を失った。ようやく見つけたと思った竜殺しの魔剣が、竜に対し絶大な威力を発揮するわけではなかったなんて。
「…おい、セロカ」
ようやく怒りと絶望のはけ口を見出したらしく、ガライは後ろに立つ少年を睨み付けた。
「あは、ごめんごめん。でも僕のせいにしないでよ。僕だって噂程度にしか知らなかったんだしさ…」
さすがのセロカもこのような展開は予想していなかったらしい。とっさに笑ってごまかすが、声の震えは隠せなかった。
“仕方のないことだがな。我が死からもう300年も経ってしまったのだ。話が歪んで伝えられたとしても無理はない”
「…あの、それでもいいから、剣…貸してもらえません…か?」
 ガライに代わって突然言葉を発したのはアイークだった。英雄の亡霊を含む三人がはっとアイークに注目する。
“…良いのか? 確かにかの竜銃士相手ならこの剣も相当な切れ味を宿すはずだが、確実とは言えぬぞ”
「だって…その剣で、カイルさんが竜を倒したのは、ホントのこと…なんでしょう?
 だったら、いくら魔力が違うとか言っても…その剣が竜殺しの魔剣だってコトに…変わりはない…と、思うから…」
「……アイーク」
アイークの述べた事実に、ガライは幾分落ち着きを取り戻したようだ。セロカを責めるのをやめ、再びカイルに向き直る。
“…なるほど、確かにその通りだ。いいだろう。この魔剣、そなたらに託そう。
 返す必要はない。我にはもはや不要のものだからな”
「じゃあ…!」
“ただし、そなたらがこの剣の持ち主に相応しいかどうか、試させてもらう!”
言葉と共にカイルの表情が険しくなり、鋭い瞳がガライたちを見据えた。
英雄の全身か発せられる覇気が、ガライたちを挑発する。
“そなたたち三人のうち一人と手合わせしよう。腕に自身のある者を選ぶがいい”
「…俺が行く」
誰に言われることもなく、ガライが背の大剣を抜き放ちながら英雄と対峙した。
“少年よ、名は何という?”
「俺はガライ。アレリア国傭兵ガライ・カイッシュだ!」
“そうか。では行くぞ、ガライ!”
…かくして、ガライと300年前の英雄との戦いの幕は切って落とされた……。

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