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No.7 抗う若者、老将の苦悩

 城の地下にある魔術研究所で、モルナは新魔術の研究に勤しんでいた。
ゾロム竜銃士の捕虜から聞きだした、竜銃士及びその乗騎たる飛竜の特徴を元に
その弱点を突くことが出来る攻撃呪文の開発。それが彼女の任務だった。
 彼女に用意された時間は決して長くない。
ゾロム帝国の更なる侵攻が先か、味方の兵たちが痺れを切らすのが先か。
そのどちらにも先んじて、モルナは己の任務を達成しなければならないのだ。

(乗り物と装備が違うだけで、竜銃士も人間に過ぎない。
 ならば……基本は騎馬兵と同じ対策でいいはず)

 落馬でさえ、騎手はかなりのダメージを負ってしまうのだ。
遥か上空を舞う竜から落ちたとなれば……命はおろか、人の形さえ留めることが出来るかどうかすら怪しい。

(ならば、人や竜を傷つける必要はない。
 人と竜を繋ぐものさえ破壊してしまえばいいのだから)

 モルナは羊皮紙に呪文を綴り始めた。
人や生き物には決して直接危害を加えない、けれど結果的に残酷な被害をもたらすであろう呪文を。


「こんな仕組みになっていたのか……」

 ロニーは衛生兵が解剖した竜の体内の臓器の配置図を見て、感嘆の声を漏らした。
アレリアの歴史上、竜が出現したりそれが退治されたりしたことは何度かある。
しかし、新鮮な竜の死体を医学的に解剖した、というのはこれが初めてではないだろうか。

「しかし、本当に硬い鱗と外皮を持っていました。
 普通のメスではまるで歯が立たなくて、魔力の付与されたナイフを用意してもらいましたよ」

 解剖を行った衛生兵の疲れきった報告に、ロニーは労いの言葉を返した。
そして、再度臓器の配置図に視線を移す。

(前脚のワキ下に生命活動に不可欠と思われる器官への神経が集中しているな。
 そこを突くことが出来れば、即死とまではいかないまでも、戦闘不能に追い込むことは出来るかも知れない)

 ……しかし、どうやって?
相手は剣や槍の届かない遥か上空を飛んでいる。
近接武器が届くのは、彼らが突撃攻撃を仕掛けてくるときのみだ。
それを捉え、反撃を行うことが出来る人間は決して多くない。
矢を射掛けるにしても、竜の鱗や外皮を貫通するような威力を持つ弓は大きく重い。
上手く急所を狙って当てるのはさらに困難だろう。

(上手く作戦を考えねばならないな……既存の武具を用いて、如何に竜を無力化出来るか)

 対竜銃士用の武具を新たに開発するには時間がなさすぎる。
ロニーに課せられた使命は「無理難題」という言葉にあまりにも相応し過ぎるものだ。
しかし、それでもロニーは悪足掻きをしなければならなかった。


 自室で椅子に座りトントンと指で机を叩きながら
近衛騎士隊長ラッツ・エイシャンは何も出来ない自分に苛立っていた。

 圧倒的な強さを誇る、ゾロム帝国竜銃士団。
このような相手を敵に回すのは、彼が近衛騎士隊長になってから……いや、恐らく
アレリア建国史上初めてのことだろう。

(昔はこんなではなかった)

 ラッツは、己が近衛騎士隊長になった当時のことを思い出していた。
今から30年近く前。あの頃は交戦している敵国もなく、彼がその指揮を執る相手はゴブリンなどの妖魔が大半だった。
 ……ここ数年のことだ。全ては前国王が崩御し、新国王ファレスが即位してから。
国王は己の即位と同時に多くの重鎮を入れ替えた。モルナやロニーもその時に就任した者たちだ。
そして、即位から数年の間に人の入れ替えはさらに進み
前王時代から変わらぬポジションを保っているのは、今やラッツ独りとなっていた。

 最近、ラッツは会議で己の意見が採用される機会が減っていることに気がついた。
同時に、自分の「常識」が周囲に通用しなくなっていることにも。
その回数たるや、他の面々が裏で共謀して己を貶めようとしているのではないかと勘繰ってしまいたくなるほどのもの。
しかし、会議での意見こそ拒まれるものの、それ以外の場面では皆己に対し敬意を払ってくれてもいるのだ。

(恐らく、私の身分が他の者よりも高いからだ。
 しかし、会議の場では……私も他の者たちと対等な立場だからだろう)

 ……昔では考えられないことだった。
昔は、身分が全てを物語った。会議でもそれ以外の場でも、身分の高い者の意見が全てにおいて優先された。
そしてラッツは、低順位ながらも王位継承権を持つ、アレリア王家に遠く連なる上級貴族だったのだ。

 自分が己の能力だけで現在の地位を得たとは、ラッツは微塵も考えていなかった。
何かと好戦的に見える数々の意見は、己の才を周囲に認めてもらうための、いわば一種の焦りなのだ。

(私は、真の意味で彼らと対等ではないのだ)

 今いる他の重鎮たち……聖騎士団長ロニー、魔道隊長モルナ、傭兵隊長クライド。
モルナは決して裕福とは言えない貧乏貴族の娘だった。
しかし、その魔法の才を当時皇太子だったファレスに見出され、現在の地位を宛がわれた。
クライドに至っては、兵士とほとんど変わりない下級騎士の家の出だ。
ロニーは唯一アレリア王家の血を引いているが、まだ20にも満たないその年齢を考えると
彼の才が常人外れていることはすぐにわかる。

 そういえば、ゾロム王国――「帝国」ではなく「王国」だ――の王子ロアドリスは
何と齢9歳にして竜銃士団長の地位に就いたという。
決して誇張や傀儡などではない。自ら前線に立ち指揮を執り、飛竜を駆る神童王子の逸話は
遠くアレリアにまで伝わっていたのだから。

 自分は、ロニーに劣等感を感じている。
そして、そのロニーでさえ、ゾロム王国王子ロアドリスの前ではかすんでしまう。
当のロアドリス王子が国を出奔しているのはアレリアにとってこれ以上ない朗報だろう。
もし彼が竜銃士団の先頭に立ちその指揮を執っていたら、今頃アレリアという国は存在しなかったに違いない。

(……どちらにしろ、ありえん話か)

 ロアドリス王子の出奔の原因は、父王の侵略政策への反発。
ゾロム帝国内ではそう噂され、そう信じられている……ロニーの捕らえた竜銃士はそう語った。

(時代が変わりつつある)

 ラッツは、自室の窓から外を眺めた。
一見、昔から変わらない景色……しかし、よく見ると少し街並みが変わったように思える。
ラッツ自身も年を取った。頭髪は白いものが幅を利かせ、肉体も以前より疲れやすくなった。
味覚まで、脂っこい料理よりあっさりしたものを好むようになっていた。
……変わらないのは、己のいるこの部屋のみ。

(……この部屋も、程なく変化するのだろう)

 近衛騎士隊長に宛がわれるこの部屋を、ラッツはぼんやりと見回した。

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