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No.5 古の魔竜、崩壊と犠牲


 ガライと竜殺しの勇者・カイルの闘いは数時間に及んだ。
カイルが魔剣を振るうたびにその切っ先はガライの急所目掛けて襲いかかり、致命傷とはいかないまでもガライに手傷を負わせていった。
ガライも負けじと時にはフェイントを駆使し、時には武器を落とそうと試み、
時には渾身の力を込めて斬りつけたが、勇者の鉄壁の守りを打ち砕くことは出来なかった。
 圧倒的にガライが圧される展開だった。数時間もガライと彼の剣が保ち続けたのが不思議なくらいだった。
そして…

 きぃんっ!!
何度目になるだろうか。鋭い音を放ち、刃と刃がぶつかり合った。
しかし、続いて何かが空中に跳ね飛ばされた。ガライの剣の刀身だった。
“…勝負は付いたな”
数秒の後、カイルがガライの喉元に剣を突きつけて宣言した。
「………」
 ガライは無言で、握られたままだった折れた剣から手を離した。
結局は剣の方が先に音を上げたが、正直なところ、自分もいつ参っていたかわからない状況だったのだ。
致命傷を受けなかっただけ幸運だったろう。いや、恐らく相手が手加減してくれたのだ。
…完敗だった。
“そなたの力、見せてもらった”
 カイルが穏やかな口調で語りかけてきた。
“そなたの心、我が剣を扱うに充分足る。剣の新たなる主と認めよう”
「…!」
ガライがはっとしたようにカイルを見上げた。
…勇者の表情も、声と同じく穏やかなものだった。
“確かに、そなたは技量ではまだ遠く我に及ばぬ。しかし、戦士にとって大切なのはそれだけではない”
「…」
“さぁ、剣を手に取るがいい”
言われるままに、ガライはカイルから差し出された剣を手にとった。魔剣はガライの手の中で鋭い光を放った。
「……魔剣ディファイアー…これが…」
“その剣で、己の信じるもの、大切なものを守るのだ
 ………我の分まで”
「…?」
英雄は悲しげに笑った。
“我が竜を敵としその命を奪ったのは…我が思い人を、この竜に食い殺されたからだった。
 我が復讐は果たされたが、代償として我も命を失い、愛する人の元へも行けず、
 剣に相応しい戦士が現れるまで、永遠に剣を護り続ける使命を負うこととなった……
 ………やっと、解放される。愛しき者の元へと………”
刹那、悲しげな笑みが安らぎへ変わった。しかしそれもつかの間、勇者はその姿を再び命果てた屍へと変えていた。
“さらばだ……ガライ”
 辺りを一陣の風が吹き抜けた。と同時に、勇者の亡骸は音もなく崩れ去り、風と共に舞っていった。

 洞窟の中には、ガライたち三人の他に、一振りの剣、そして竜の巨大な骸だけが残された。
「…何か、夢見てたみたいな気分だぜ」
ガライがポツリと言った。
「この俺が、今から300年も前の英雄とサシで勝負したなんてよ…」
「不安なの? 何だったらほっぺたつねってあげようか?」
「…いや、遠慮しとく」
ガライは苦笑を浮かべた。
「さ、もうこんなところに長居する必要はないよ。早くアレリアに帰ろう」
 セロカの言葉に全員が頷いたときだった。

 ざわっ………

 不意に、おぞましい冷気が三人の体を包み込んだ。
恐怖心を沸き立たせ、全身の熱を奪い取るかのような、不気味な気配。
 辺りに散らばる骸骨が、何かに脅えるかのように一斉にカタカタと音を立て始める。
「……」
 恐る恐る後ろを振り向いたガライたちの目に映ったものは、ゆっくりと体を起こしつつある、死んだはずの竜の姿だった。

 半ば腐りかけた躯を骨が剥き出しとなった前足で支え、竜は邪悪な瞳でガライたちを睨み付けた。
辺りを包む冷気が、一層強くガライたちに絡みつく。
「どっ…どういうことだよこりゃあ……」
「竜も…カイルさんみたいに、怨念を留めていたんだ…!」
竜だけではなかった。竜に同調するかのように、周囲の屍からも霊が立ち上ってくる。
いずれもが無念の表情を湛え、吸い込まれるように竜の屍に重なり消えていく。
「他の霊を吸収してパワーアップしてるよ…やっかいだね、これは」
「やっかいだね、じゃねぇよ! 何とかしてここから脱出しないと…」
 セロカの半ば他人事のようなセリフに反論するガライ。しかし
「ムリだよ。出口を見てみ」
「…!!」
出口へと続く通路には、おびただしい数の亡霊が立ち塞がっていた。
「先手を打たれちゃった…あの中に突っ込もうものなら、僕たち全員生気を吸い取られてミイラ化だね」
「畜生…じゃあどうすりゃいいってんだよ!!」
「だから、倒すんだよ。僕らが、竜を!」
ハッキリと言われてしまった。
「…マジかよ……」
「マジかよ、じゃないよ。それ以外に、僕たちが無事に帰れる手段はないんだ!」
セロカの不敵な笑みは、いつの間にか真剣な眼差しに取って代わられていた。
「何のために英雄がガライに剣を託したと思ってるの!?
 ガライならこの竜を完全に退治することが出来るって、彼がガライのコト認めてくれたからじゃないのさ!
 闘わなきゃいけないんだ! でないと、何のためにカイルさんが300年もこの世に留まってたのかわかんないじゃん!!」
 そのとき、セロカの必死の叫びを打ち消すかのように、竜が大きく吼えた。
洞窟中がビリビリと振動し、天井からパラパラと小石が落ちてくる。
「…!」
「……闘いましょう、ガライさん」
アイークが覚悟を決めたように呟き、背に負われた小弓をゆっくりと取り出した。
「アイーク…?」
「…自分、あまり実戦経験がないんで、足手まといになってしまうだろうけど……
 やれることは、精一杯やります」
そして、アイークははにかんだ。一瞬、魔王との戦いのときのセツラが重なって見えた。
 (何で、こんなときにオマエは笑うことが出来るんだ…)
一瞬、そんな疑問が首をもたげた。
そして、ふと自分の手に握られた剣に目を移す。
…剣は、眩いばかりの光を発している。まるで、強い敵と闘えるのを喜ぶかのように。
「やる気満々なんだな…………………わかったぜ!」
 ガライは剣を構えると、切っ先を竜に向けて突き出した。
「オマエの願い、勇者の無念……この俺が果たしてやろうじゃねぇか!!」

「食らえ!」
 アイークが気合とともに矢を竜に向け放った。しかし竜の体に当たりはするものの、全く堪えていないようだ。
「普通の武器じゃダメなのか…!」
 しかし、竜の注意を向けるには充分だったようだ。竜はアイークに頭を向けると、ぶわっと冷気を吹き付けてきた。
「ぅわぁっ!!」
 勢いに耐えられず、背後の壁までアイークは吹き飛ばされた。手から弓が跳ね飛ばされる。
「アイーク!」
「だ、大丈夫です!」
しかし、アイークの肌からは血の気が失せ、まるで死人のような色をしている。
「…これくらいで、参ってたまるかってんだぁっ!」
アイークは素早く体制を立て直すと、今度は腰のダガーを抜き、竜に向かって走り始めた。
「彷徨える魂よ。天への扉、大地への道を思い出せ。己の居るべき場所へと帰れ!!」
 セロカの呪文が完成した。辺りを取り巻く亡霊たちが光にかき消されていく。
竜の怨念まで払うことは出来なかったが、かなり竜の力を削いだことは間違いない。
ただ、セロカもほとんどの力を使ってしまったようだ。息は荒く、肌からは汗が滝のように流れている。
「休んでなんか…られないんだよ…!」
 休む間もなく、セロカは防御呪文と魔力付与呪文を唱え、ガライたち二人に飛ばした。
「セロカ!」
「これで…僕の魔法は、打ち止めだ………後は、任せたよ…」
それだけ言い残すと、セロカは地面にしゃがみ込んだ。魔力と精神力を限界まで使い切ったらしい。
「…どいつもこいつも、ムリしやがって…」
 ガライは呟くと、剣を構え直した。反応するように魔剣が一瞬閃光を放つ。
「おりゃあぁーー!!!」
鴇の声をあげながら、ガライは竜へ突進した。竜の胴体に剣を深々と突き立てる。
 グギャァァァァ!!!
竜が苦しそうに吼える。のた打ち回りながらも邪悪な瞳がギラリとガライを凝視する。
しかし。
「これならどうだぁっ!!」
 次の瞬間、竜の片目が不快な音を立てて潰れた。アイークがダガーを竜の瞳目掛けて投擲したのだ。
「オマエ!」
「いくらゾンビでも、目玉を潰されれば堪えるハズ…後は!」
 間髪入れず、アイークは竜の目の前に飛び出した。残った片方の瞳がアイークを映し出す。
「テメェの相手はこのオレだ! 悔しかったらかかって来やがれ、このクサレヤローめ!!!」
竜が憤怒に顔を燃え上がらせた。鉤爪を振り上げ、アイーク目掛けて振り下ろしてくる。
「アイーク!?」
「ヤツがオレに気をとられてるうちに…早く!」
「お、おい!」
アイークは竜の周りを走り出した。素早い動きで竜の攻撃を巧みに避けながら、竜を挑発し続ける。
「長くは持たない! 早くするんだっ!!」
「…ったく! わかったぜ!!」
 ガライは竜の体から剣を抜き、何度も何度もその体を斬りつけた。
傷口から体液の代わりに冷気が噴き出して来る。しかし、ガライは攻撃の手を休めなかった。
 竜がガライに注意を向けようとする。しかしそのたびにアイークも竜に挑発を加え、彼から気をそらさせつづけた。
そして…

「これで、終わりだぁーーー!!!!!」

 ガライの渾身の一撃が、ついに竜の体を真っ二つに切り裂いた。
おぞましい悲鳴を上げながら、竜はその体を徐々に薄れさせていく。
「やった…!」
 アイークが勝利を確信し思わず足を止めた、そのときだった。
消えゆく竜の瞳が、はっきりとアイークを捕らえた。
「アイーク! 止まっちゃダメだ!!」
「!!!!」
 セロカの忠告は遅かった。竜が最後の力を振り絞り、冷気の息をアイークへ吹き付けたのだ。
「うわぁーーーーーっ!!!!!!!」
 またも、アイークは洞窟の壁に叩きつけられた。しかし、今度はそれだけではなかった。
竜の断末魔に耐えられず、洞窟全体がガラガラと崩れだしたのだ!

「アイーク! 大丈夫か、アイークっ!!」
 崩れ行く洞窟の中、ガライはアイークへ駆け寄ろうとする。
しかし彼の行く手を阻むかのように、岩盤が次々と落下する。
どうやらアイークは気を失ってしまったらしく、何も反応を返さなかった。自らの体が崩れゆく岩盤に呑み込まれつつあっても。
「アイークっっ!!!」
「ダメだガライ! 早くここから脱出しないと、僕たちの命も危ない!!」
「でも、セロカっ!!! このままじゃアイークが!!!」
「アイークなら大丈夫だよ! 死ぬわけじゃない!」
「ナニバカなこと言ってんだよ!!」
「いいから! 僕を信じて!!!」
「…………ちくしょぉーーーーっ!!!!!」
 何かに弾かれたように、洞窟を全速力で駆け抜けた。
一度も後ろを振り返らず、ただ、地上を目指して走り続けた。
残してきた仲間のことは、一回も考えなかった。
 …洞窟の出口に外の光を認めたとき、とてつもなく長い時が去っていたように感じた。

 ガライたちが脱出したすぐ後に、洞窟は完全に崩れ去った。
英雄の無念と、竜の怨念と、犠牲になった人々の骸…そして、共に闘った仲間を中に残したまま。
「………」
 ガライは、何も口に出すことが出来なかった。
ただ、仲間を見捨ててきたという絶望感だけが、今の彼を支配していた。
「…帰ろう、ガライ」
 セロカがそっとガライに声をかけた。
「…」
ガライは何も返さなかった。ただ、彼の手に握られたままの魔剣だけが、悲しげに光を放っていた…。

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