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No.6 深まる絶望の果て…

 アリテノン城内の医務室に、一人の老人が寝かしつけられていた。
全身に包帯が痛々しいほどに巻かれ、その顔には憔悴の色が未だ抜けきらずに残っている。
「…ジェイミーじいさん……」
 老人の傍らには、クライドが立っていた。
「すまぬクライド…わしの……わしのせいなのじゃ…」
ジェイミーと呼ばれた老人が、重々しく言葉を紡ぐ。
「わしはゾロムを甘く見ておった…そのせいで、若い命をいくつも散らしてしまった…
 こんな老いぼれ一人生き残ってしまって……わしは、おぬしに合わせる顔などない…」
「じいさんのせいじゃない!」
クライドが叫ぶ。
「俺たちは…少なくとも俺は、じいさんが無事だっただけでも、よかったと思ってるんだ。
 だから、そんなこと言わないでくれ! ジェイムズっ!!」
しかし、ジェイムズはそのまま瞳を閉じ、深い深い眠りへと落ちていった…

 先ほど帰還したばかりの斥候のもたらした情報で、城の会議室はいつにもないざわめきを見せていた。
「今回のゾロム帝国軍の侵攻は、皇帝ドムドーリア直々の指揮によるもの…だと!?」
近衛騎士隊長ラッツ・エイシャンが、信じられないように拳を震わせた。
「見間違いではないのか!? あるいは敵の情報操作に踊らされたのでは!?」
「私もその可能性を危惧し、遠見の水晶で観察を試みたのですが…
 …間違いありません。ドムドーリア皇帝自らが、前線に赴き指揮をとっています。
 それに伴い、竜銃士団の中でも上級の戦士が出陣し、兵の士気も非常に高まっております。
 ゾロムは魔術に頼る国ではないので、変身呪文を使った影武者という可能性は考えられません」
魔導隊長モルナ・スルトーが、冷静な口調でラッツをたしなめる。
…いや、冷静を装ってはいるが、その面持ちは驚きを隠しきれていなかった。
「皇帝直々にお出でになるとは…ゾロムはよほどアレリアを滅ぼしたいらしいな。
 これは、こちらの方も今まで以上に死ぬ気で勝機を見出す必要があるようだ」
聖騎士団長ロニー・メリディアン・アレリアが冷笑を浮かべながら吐き捨てた。
「今まで以上、だと!? 我等は今までも死ぬ気で戦ってきたのではないか!
 ロニー、貴様まさか今までゾロムとの戦いに尽力していなかったのではあるまいな!?」
ラッツは完全に頭に血を上らせてしまったようだ。王族であるロニーに対し敬意を払うことも忘れている。
「俺も貴公らと同じように、それこそ死ぬ気で尽力してきたさ。
 そしてこれからは、それ以上の力を要求されることになった。
 今までも限界だったのだ。限界以上の力というものは、たやすく出せるものではないだろう…」
それだけを言うと、ロニーは机から立ち上がり、扉へ向かって歩き出した。
「待てロニー! まだ会議は終わっとらんぞっ!!」
去り行くロニーの背に向けラッツが叫ぶ。しかしロニーは歩みを止めず、部屋を出て行ってしまった。
「…ロニーもよくわかっているんだ。わかっているからこそ、時間を無駄にしたくないんだろうね…」
国王ファレスが静かに、しかしはっきりと宣告する。
「このままでは、僕たちに勝ち目はないから」

 そのころ、傭兵宿舎の一室に、人だかりができていた。
アレリア全土を旅し、無償で病人や怪我人の治療を施してきた白魔術師エリルが
ランフォの依頼を受け、アリテノン城へとやってきたのだ。
依頼の内容は、原因不明の奇病に罹ったセツラの治療だった。
しかし、この心優しい魔術師が、依頼を果たしただけでこの城を離れることはありえない。
恐らく彼女は今後も城に留まり、戦傷者の治療を請け負うことになるだろう。
 周囲の喧騒をよそに、エリルは真剣な様子でセツラの診察を続けている。
「…原因が、わかりました」
どれくらいの時が流れただろう。エリルはランフォに向き直り、こう発した。
「彼女は、ドッペルゲンガーという魔物にとり憑かれています」
「ドッペルゲンガー?」
ランフォが不思議そうな表情で尋ね返す。
「自分と全く同じ姿をした者と出会った人間は近いうちに死んでしまう…
 …という話は耳にしたことがありますか?
 その、もう一人の自分のことをドッペルゲンガーと呼んでいます。
 正体は不明なのですが、人間から生気を吸収し、それによって自らを具現化させていることがわかっています。
 恐らくセツラさんは、その魔物のターゲットにされてしまったのでしょう」
エリルが目を細めながら説明する。
「じゃあ、そのドッペルゲンガーって魔物を倒せば、セツラは治るの?」
「いえ、それが……」
言葉を濁らせながら、エリルはセツラを振り返り見た。
「どうやら彼女にとり憑いたドッペルゲンガーは、もう彼女から生気を吸い取っていないようなのです。
 現に、少しずつではありますが、セツラさんの容態は回復に向かっています。
 ドッペルゲンガーは活動している限り生気を吸収し続けますので、
 彼女にとり憑いたドッペルゲンガーが、恐らく何者かによって退治されたと考えていいでしょう。
 ドッペルゲンガーは邪悪な魔物で、本人に成りすまし悪事を行うことが多いようですから、
 魔物と知らず退治されても、おかしくはありません」
その場合、今後のセツラさんの人間関係などが問題になるでしょうが、とエリルは付け加えた。
「つまり、もうセツラは大丈夫ってこと?」
「もちろん、完全に回復するには安静でいるのが一番ですが」
そしてエリルは小さな声で何かを唱え、セツラに向け魔力を放った。セツラの顔にうっすらと赤みが差す。
「精力回復を促進する呪文をかけました…私が彼女に出来る治療は、これだけです。
 後はセツラさん自身の回復力に頼るしかありません。
 せっかく呼んでいただいたのに、あまりお役に立てずに申し訳ありません」
頭を下げるエリル。しかし、
「そんな謙遜することないわよ。セツラの病気の原因を見抜くなんて、
 私はそれだけでもあなたを呼んでよかったと思ってる。…本当に、ありがとう」
ランフォの言葉に、エリルは穏やかに微笑み返した。

「どうしても…行くと言うのか?」
深い森の奥、一人の女性が誰かに尋ねている。
「あぁ。このままでは、ゾロムによってアレリアは滅ぼされてしまう…
 科学力も、兵力も、圧倒的にゾロムの方が上。
 いくらアレリアが魔術でその差を補おうとしても、人間である以上限界というものはある…」
女性に背を向けている青年が、振り返らずに答えた。
その手には巨大な銃剣…ゾロム竜銃士が使用している武器が。
「だから、僕が止めなければならないんだ。父上が、母国が過ちを犯してしまう前に。
 止められるのは僕しかいない…竜銃士の特長も弱点も、僕が一番よく知っているから。
 たとえこの命に代えることになっても…」
「バカヤロウ!!」
女性が怒鳴った。
「止められるのは僕しかいない!? 命に代えても!? ふざけるな!!
 人間である以上限界があるっつったのはお前じゃないか!!
 お前独りであの軍勢に勝てると思ってるのか!? いや、思ってない!!
 お前は戦いに行くんじゃない、無駄死にしに行くだけだ!!
 そうやって、全てから逃げるつもりなだけなんだっ!!!」
「…変わったね、君は。本当に強くなった…見違えたよ、本当に。
 でも、僕は、何も変わっていない。昔と同じ…逃げることしか出来ないままなんだ。
 ……そして、もう、逃げるのにも疲れた」
最後に小さく呟くと、青年はゆっくりと歩き始めた。
「大丈夫。ゾロムに一矢報いることくらいは出来る。
 騎竜がいないとはいえ、僕はかつて竜銃士団長だった男。
 …僕の死が、無駄にならないことを祈ってるよ……」
「ロアッドっ!!!!!」
女性が青年の名を呼ぶ。しかし青年はそれに応えず、女性の前から走り去った。
「このっ…このバカヤロ――――――――――――――――!!!!!!!!!!!」
女性の叫び声がこだまする。しかしそれはすぐに森の静寂に呑まれ、消えていった…。

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