+通り雨+

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 4

 カキーンッという甲高い金属音と共に、白い点が、青い空へと吸い込まれていく。
 歓声と悲鳴。落ち着いた声のアナウンス。
 土に汚れた白いユニフォームが眩しい。

 カキーン。

「あ、貴也さんだ」

 濃紺ソックスからスラリと伸びた足が言った。
 その時、ライト側の土手で寝転んでいた俺は、野球観戦を名目に、正確にはバックミュージックにして、下校中の女子高校生の足を観察していたりした。
 その隣に、一人の女子高校生が座った。
「当たりだよ、貴也さん。よく分かったね」
 そんな風に、彼女は言った。

 一際大きな歓声と悲鳴が入り混じった。冷静なうぐいす嬢は告げる。七回表の攻撃は……
 攻撃の次にはさあ守備だ。
 ベンチから元気よく走ってくる一人の少年に向けて、陽、と彼女は小さく手を振った。
 それに気付いた少年は、帽子を軽く宙に上げて応える。
 彼女の横の見慣れない男の姿に、少し不可解そうな顔を見せる。
 土で汚れてしまったユニフォーム。真っ白じゃないのが眩しい。
 俺はそんな風に思った。

 

 

「陽は、イチローに憧れてるんだよ。背はちっちゃいけど、足なら負けないんだって」
「メジャー目指してんの?」
「さあ、どうだろ。英語を勉強してる気配はないよ」

 彼女はベッドに腰掛けて、俺はベッドを背もたれ代わりにして床に腰掛けて。

「ね、お兄さんの名前は?」
「中里」
「下の名前は?」
「……必要?」
「うん」
「貴也」
 タカヤと彼女は繰り返した。自然な流れで俺は彼女に問う。 君の名前は?
「私、ハヅキ。葉っぱにお月様で」
 葉月と俺は字にはめて呼んでみた。彼女によく似合っていると思った。なんとなく。

 葉月は色々なことを話した。
 俺は時々相槌を打ちながら、それを聞いていた。
 ふと、疑問に思う。
 なんで俺たち、話してるんだっけ。

「メジャーは分かんないけど、高校球児としては甲子園が夢じゃない?」
 俺は無言で肯定する。
「だからこの子のことは言わないんだ。……言えないよ」
 膨らみのない、生命の豊かさの欠けるお腹をさすりながら、葉月は穏やかに微笑んだ。
「それに陽は、私のことが特別好きなわけじゃないの。私が無理やり頼み込んだことだったの」
「……でも普通、こういう事態にならないように気をつけたりしないか?」
 少なくとも自分の高校時代、妊娠なんて現実味のない言葉だった。
 葉月は、部屋の暗い明かりをぼんやりと見つめながら少し考える風にした。

「もしかしたら、私、ほしかったのかもしれない。陽の子供が」

 

 

 カキーンッと甲高い金属音と共に、それは見る見る空へと近づいて、その思いを遂げられずに、グラブの中へと収まった。
 歓声と悲鳴が入り混じる。
 守備の次にはさあ攻撃だ。
 ライトからベンチまで、元気よく走っていく少年の後ろ姿をじっと見る。
 何年か前の自分の高校時代の姿と重ねる。
 言えないよ、と微笑んだ彼女の姿を重ねる。 

 ホテルから出るときに、一つだけ約束を交わした。
 陽には絶対に言わないで。と彼女は言った。
 もちろん俺は承諾したし、会うことのない人間に言えるはずがないとも思った。
 だから、今こうして、女子高校生の足の観察の名目で、野球観戦をしていることを俺は素直に謝った。
 別にいいよ。と葉月は言った。

 試合も終盤、同点の場面で葉月は立ち上がった。
「この間のお礼におごるよ。今度は私が」
 そういえばホテル代は俺が立て替えたんだっけ。と思いながら、歩き出した彼女の後に続いた。 

 

 

 

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