5 なんで、スパゲッティーなんて食べてるんだっけ。と呟いたら、葉月が笑った。
ファミリーレストランで、ろくにメニューも見ずに彼女と同じ物を注文したせいだった。
女の子が好きそうな、味がした。
「食べ物について最近敏感になったよ。妊娠してから」
たくさん食べなきゃ。とか、バランスよく食べなきゃ。とか。
そういえば、スパゲッティーだけじゃなく、特大のサラダも付いているのに気付く。
実においしそうに葉月は食べる。
「……俺が父親になってやろうか」
目が点。まさにそんな顔を葉月はした。それは年相応で、可愛かった。
「嘘。ダメだよ、そんなの……」
「なんで?それを望んでたんじゃないの?」
キスをしたのも、セックスをしようとしたのも、そういう理由からじゃないの?
違うよ、と葉月は泣きそうな顔をする。
「子供と大人の違いを知りたかったの。陽と貴也さんの違いを知りたかったの」
陽に子供のこと、言ってもいいかどうかを試したかったの。
「……結局彼には言ってあげないの?」
「言えないもん」
「一人で産むの?」
葉月はただ頷く。
「……墜ろすっていう選択肢は?」
このときの反応は劇的だった。
葉月はボロボロと大粒の涙をこぼした。
「どうしてそんな可哀想なことが言えるの?」
「可哀想かな。子供も今なら痛みもなにも感じないと思うけど」
「可哀想じゃん!」
周囲の客の視線が痛かった。
セーラー服の女子高校生と、いちおう大人である自分の二人組は、外から見るとどう見えるのだろう。
「このまま産まれてきてもその子は可哀想だと思うけど」
彼女が握ったままの水入りグラスが気がかりだった。いつこっちに向けて飛んでくるのかと思っていた。
でも俺は言いたいことを言おうと決めていた。
始まりは、通りすがりのキスだった。ありえないことだった。
CDの視聴コーナーで再会した。ホテルに行った。何もしなかった。あんまりないことだった。
彼女は妊娠していた。
でもここまでは単なる偶然だ。
野球観戦とファミレスでの食事が、俺の意志だった。
「……どうして?死んじゃうより、消えてなくなっちゃうより、可哀想なことなんてあるの?」
葉月は少女だったり、女だったり、母親だったり、色々な顔を見せた。
誰だって、こういう泣き方はつらいよな、と俺は思う。
溜め込んで溜め込んで、一気に吐き出すような。
「……自分のせいで母親が不幸になることが一番可哀想だ」
そんなの、と葉月は言おうとして、止めた。
真っ直ぐあの黒目がちの意志の強そうな瞳で俺を見た。
俺を通して、何かを見ていた。
それから、フォークをサラダに突き刺して、むしゃむしゃと食べだした。
「葉月、幸せになりな?」
どんな方法を選んだっていいから。
「幸せにならなきゃダメだ。その子のためにも」
俺は何をえらそうに語っていたんだ、と後に思う。
愛する人ができて、その人との間に子供が出来た時に。
ただその時、葉月は涙を飲み込んで、うん。と短く頷いた。
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