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疑惑の絵皿
和田好弘
第七章 麻薬組織壊滅大作戦
すっかり夜もふけて、あたりは月明かりに照らしだされていた。
「さて、どうしようか?」
カリンがカーターの屋敷を見ながらいった。
「とりあえず、動かぬ証拠がほしいですよね」
ロバートがルシィを見る。
「だったら屋敷の中を調べるのが一番よ」
と、ルシィ。
「それじゃどこから侵入するの?」
「ここはやっぱり、定番通り裏口からでしょう」
ルシィが提案し、一行は裏門へと回った。
「番犬と見張りがいますよ」
そ〜っと裏口を盗み見て、ロバートがいった。
「どうする?」
「ねむらせよう。『さぁさ坊や、もうお眠の時間よ〜』」
あまりにふざけた呪文に、カリンとロバートは顔を見合わせた。
呪文はたちどころに効き、見張りと犬は眠りこけた。
「いくよ!」
カリンは身をかがめて素速く裏口まで走り、二人も後に続く。
「げげっ、鍵がかかってる。ロバート、そいつ鍵持ってない?」
カリンにいわれロバートは手早く見張りを調べた。
「持ってませんよ」
「ちっ、鍵を掛けたうえに見張りまで付けんじゃないわよ!」
カリンは悪態をつきはじめた。
「『ひらけ〜ゴマ!』」
ルシィがまたも怪しげな呪文を唱えると、かちりと音がして鍵が開いた。
カリンはなんともたとえようもない顔をしてルシィを見つめた。
ルシィの師匠って、いったい……
「さっさとはいろうよ。鍵、開いたでしょ」
ルシィがにっこりといった。
「ロバート、見張りは扉の脇に座らせときなよ」
「はい、カリンさん」
三人は中へと入った。台所だ。
「あとは証拠さがしですね」
「どこで麻薬を作ってるんだろ……」
「やましいことは地下室って相場が決まってるわよ」
ルシィがいった。
「地下室か、地下蔵だったら台所の下なんだけどね……」
カリンがいう。
「それじゃ、ここから探しましょう」
ロバートがあたりを見回しながらいった。
三人は暗い中、手探りで近への入り口を探し始めた。
「くそぅ、こう暗くちゃ探しにくいわね……」
「カリン、ロバート、こっち。階段があったよ」
ルシィが二人を呼んだ。
「ちょっとルシィ、暗くてみえないよ」
震える声でカリンがいった。
実は彼女、暗所恐怖症なのである。二人の手前、今は痩せ我慢しているが……
「え? あ、そうか。人間は夜目が利かないんだったね。いま明かりをつけるよ」
「ルシィさん、明かりはまずいですよ。見つかっちゃいますよ」
ロバートが慌てた。
「大丈夫よ。すぐに地下に潜るんだし、下には誰もいないよ。カリン、ちょっと剣を借りるよ」
ルシィはカリンのバスタードソードを引き抜くと、その刃に光の呪文を掛けた。
たちまち刃は光を発し、あたりを照らしだした。
「さぁ、行こう。ロバート、ちゃんと階段の蓋を閉めてね」
ルシィはいうと、階段を降りていく。続いてカリン。そして最後にロバートが降り、階段の蓋を閉めた。
地下は思ったよりも広く、ワインや食料、その他にも色々と置いてある。
「あ、カリンさん。ここに絵皿がありますよ。粉々に割れてますけど」
ロバートが階段のすぐわきに絵皿の木箱を見つけた。
「これって、あたしたちが運んできたやつじゃ……」
「たぶんそうね」
三人は顔を見合わせた。
「この皿が麻薬ねぇ…… ロバート、ちょっと嘗めてみなよ」
「止めて下さいよカリンさん」
ロバートは思わず後ずさった。
「ちょっと静かに…… 誰か来る。隠れて!」
ルシィがいうと、三人はワイン棚の後ろに隠れ、カリンは剣を鞘に納める。するとたちまちあたりは闇が支配する。
カリンは思わずルシィにしがみついて目をギュッとつぶった。
ややあって光が地下室に差し込み、誰かが地下室に降りて来た。
「さて、いいか新入り、これから薬の生成の仕方を教えてやる」
小太りの男が傍らの若い男にいった。
「はい。兄貴」
「これだ、なんだかわかるか?」
「割れた皿じゃないですか」
若いのは不思議そうな顔つきで答えた。
「そう皿だ。ただし、薬でできた皿さ」
小太りな男は得意そうな顔をした。
「って、これが『天使の血』なんですか?」
若いのは驚き、皿の破片を手に取ってしげしげと眺め始めた。
「そうだよ。いいか、この皿を良く砕いて水につけるんだ。暫くすると表面に被膜ができるから、それをすくって捨てる。それを被膜ができなくなるまでする。次に水気をとって、乾燥させればいい。間違っても火はつかうな。薬でいっちまうからな!」
「は、はい」
「ま、今日ははじめてだから、俺も付き合ってやる。失敗されたら困るからな」
困ったな、証拠は掴んだけれど……出るに出られない……
カリンはルシィを見る。
カリンの思いが分かったのか、ルシィは両手で複雑な印を次々と組始める。そして最後に麻薬を生成している二人に向け手を突き出した。
一瞬、二人のあたりの空気が揺らいだように見えたかと思うと、二人はばたりと倒れた。これはさっき見張りにも使った『眠り』の呪文だ。
「ルシィ、あんた呪文も唱えないで術を掛けられるの!?」
カリンは驚いていった。
「印を組めばね。遥か東方の魔法技術よ。もっとも慣れてないか疲れるんだけれどね…… ロバート、あの二人を頼むね。その辺にロープがあるでしょ」
「はいはい」
ロバートは二つ返事で二人組を縛り上げ、猿轡をかませた。ついでに目隠しもする。
「あとはカーターをとっつかまえるだけね」
カリンが意気揚々といった。
「でも、どこにいるかわからないよ。不用意に屋敷を動き回るのはさすがに危ないし……」
「こいつらに聞いたらどうです?」
ロバートが寝こけている二人を指差した。
「………仕方ないか、どっちを起こす?」
「そりゃぁ、兄貴の方でしょ」
ルシィがカリンに答えた。
「それじゃ、やりますか」
カリンはかがみこむと、小太りの男の顔をぺちぺちと叩いた。
「む、うむ? うぅ〜う〜!」
「お目覚めのようね、殺されたくなかったら静かにしなさい」
カリンが男の喉元にナイフを当てると、途端に男は静かになった。
「さて、いくつか質問するけど、正直に答えるのよ。わかった」
男はうんうんとうなずいた。
それを見てカリンは男の猿轡を外す。
「カーターは屋敷にいるの?」
「わ、わからん」
「わからない?」
カリンは眉を潜めた。
「こ、ここはどこだ?」
「あ、そういうことか」
ぽんと手をたたく。
「あんたが地下室に降りてから数分しかたってないよ」
「なっ?」
「そ、ここはまだ屋敷の地下室。さ、答えて、カーターは何処にいるの?」
「に、二階の、自分の部屋にいる……」
脂汗を流しながら、男が答えた。
「本当?」
「ほ、本当だから、い、命だけは助けてくれ……」
「ま、いいでしょ。嘘だったらひどいよ……」
カリンは再び男に猿轡をかませた。
三人は再び台所へと戻った。
「二階の自室って、あそこかな?」
「たぶん、昼間通されたところだよ」
カリンとルシィがめくばせをする。
「大丈夫、廊下には誰もいませんよ」
ロバートの合図のもと、三人は二階へとあがった。
既に一度通っているということもあり、カーターの自室と思われる部屋には真っ直ぐにいく。
扉の前でカリンは二人に一度目をむけると、一気に扉を押し開いた。
部屋にはカーターと、男が二人いた。
「お、お前たちは……」
「カーター! よくもあたし達に麻薬なんて運ばせたわね! このおとしまえつけてもらうよ!」
カリンが威勢よくカーターを指差し怒鳴った。
「ふん、お前たちが勝手にレッツィアから引き受けたんだろうが…… ギル、ゼノンこいつらを殺してしまいなさい」
カーターが二人に命令したとき、扉にルシィがやっと姿を見せた。
「げげ、昨日の爆裂酒乱魔法使い……」
「ち、昨日のおとしまえをつけさせてもらうぜ!」
ギルはロングソード、ゼノンは短剣を引き抜いた。
「知り合いか?」
「えぇ、ゆうべちょっと……」
ギルがカーターに答えた。
「まぁったく。よくよくあんたたちとは縁があるのねぇ。私が顔を燃やした奴は元気にしてる?」
「おんなぁぁぁっ!」
ルシィが呑気な声で言うと、二人は剣を構えて襲いかかった。
「なんの!」
カリンが剣を引き抜く! とたん部屋は蝋燭の明かりなどとは比べものにならない明かりに照らされた。
突然のことにギル、ゼノン、カーター、ついでにカリンも思わず驚きたじろいだ。
「そういやカリンの剣に『LIGHT』を掛けといたんだっけ」
ルシィがのんびりと頭を掻きながらいった。
「おのれ、怪しげな剣を持ち出しやがって!」
「ただ光ってるだけじゃないの!」
カリンはギルと剣戟を繰り広げ始めた。
「おい魔法使い、お前の相手は俺がしてやるよ」
ゼノンがぬめるような輝きの短剣を見せ付けながらルシィの方へ歩み寄って来る。
「それはそれは光栄だわね。それじゃ、私もお答えしないとね……」
ルシィは手早く印を組み、簡単に呪文を唱える。
「『LIGHTNING WHIP』」
うっすらと微笑みを浮かべるルシィの右手の内に、黄金色の鞭が現われた。
「さぁ始めましょうか」
「面白い、魔法使いが呪文を使わずに戦うか…… なめるなぁーっ!?」
ゼノンがおたけびを上げてルシィに襲いかかった。
いっぽうロバートである。
「カーターさん。おとなしく降伏して下さい」
「ふん、なにを馬鹿なことを。貴様らを殺せば済むことだ!」
カーターは短剣を引き抜くや、ロバートに襲いかかった。
「やめましょうよ! 罪を償って下さい! カーターさん!?」
カーターの短剣をかわしながら、ロバートがいう。
「ほざけ! 自分の状況を考えてから言うんだな!」
ロバートは憐れむような目をした。
「貴様、そんな目で私を見るなぁーっ!」
カーターはひときわ深く短剣を突いて来た。
しかしロバートは巧みにかわし、カーターの腕を掴んで関節を極めるや、そのまま床にに投げ付けた。
ごきり、と嫌な音がして、カーターの腕はあらぬ方向へとねじ曲がっていた。
カーターはしばし呆然と自分の右腕を眺めていたが、突如絶叫をあげた。
「ゼノン、カーターはもう駄目だぞ!」
「ち、しかたない、女、覚えていろよ、必ずおとしまえはつけてやるからな!」
捨て台詞を残し、ゼノンとギルは窓を突き破って逃亡した。
「お土産を忘れてるわよ!」
ルシィは手の鞭を窓から射ち放った。もともと『LIGHTNING BOLT』の応用術であるから、原形の形に戻して射つのは簡単だ。
ややあって悲鳴が聞こえて来た。
「さて、あとはこいつを役人に突きだすだけね」
カリンは呻くカーターを見ながらいった。
「そうですね」
「お、お前ら、金は欲しくないか? 私をを逃がしてくれるなら、屋敷にある金を全部やるぞ……」
カーターが苦痛に顔をゆがめていう。
「麻薬で稼いだ……」
「いくらある?」
ロバートを押し退けカリンが聞く。
「か、カリンさん、まさか?」
「あんたは黙ってなさい。いくらあるの?」
カリンはカーターに詰め寄った。
「本部に送ったばかりだが、少なく見積もっても一○○○ゴールドはあるはずだ」
「カリン、べつに逃がしても構わないけど、今逃がすとあとあと命を狙われるわよ。わたしたち」
ルシィがのんびりという。
「それもそうね。お金は突きだす前に勝手に持ってけばいいんだし。で、カーター、あんた今、本部とか言ってたわね。それっていったいなに?」
「そ、そんなこと言ってませ、うぎゃあ!」
カリンが折れたカーターの右腕をひねりあげた。
「正直に言いなさい」
カリンがカーターを睨みつけた。
「かわいそうに……」
ルシィが呟く。
「…………………」
ロバートがぶつぶつと祈りをささげる。
カーターは泣き出しそうな顔になった。
「ほ、本部というのは、私に麻薬の密輸方法とルート、精製方法を教えてくれるかわりに、利益の半分を納めるように契約した組織のことだ。他にも十三方位神の絵皿を…ぐっ!」
突然カーターの眉間にナイフが突き刺さった。
「カリンさん! 窓!」
ロバートが叫んだ。
窓辺には、いつのまにか全身黒尽めの男(?)がたっていた。黒いマントと黒いトラベラーズハットが異様に目立っている。
「あんた、何者?」
「デスシャドウを裏切りし者には死を与うのが掟。例え絵皿を手に入れたとしても例外はない……」
抑揚のない声でそいつはいった。
「カリン、カーターが死んだってことは………」
「あああ! 賞金がもらえないじゃないの! あんた、まったくなんてことしてくれたのよ!」
カリンが詰め寄ろうとしたとき、彼女の周囲を何かがかすめ、背後でカカカッっとかたい音がした。
背後の壁には、六本の短剣が突き刺さっている。
そんな、あいつが投げたの…… 見えなかった……
「警告だ。小僧、今回は見逃してやるが、我らの目的の邪魔をするならば、命をもらうぞ」
それだけを言い残すと、そいつは窓から闇に溶けるように消えた。
「このあたしが、身動きひとつできないなんて……… 畜生……」
「しかたないわよ、あいつ、唯者どころじゃないわ……」
「デスシャドウってのはなんなんでしょうね」
三人は顔を見合わせ、ため息をついた。
もはや、カーターはなにも語らない………
つづく
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