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疑惑の絵皿
和田好弘
第三章 街道にて
「ねぇルシィ、ノーセイルって遠いの?」
「そうね、四○リーグ(二○○キロ)ってところかしら」
あさっりとルシィが答えた。
「ふぅん。四○リーグかぁ…… えっ?」
カリンは愕然とした。
「よ、四○リーグ!? 歩いたらどのくらいかかるの?」
「丸々二日も歩けば着く距離だよ」
ルシィの答えにカリンはうんざりした。
「考えてみれば馬でも借りればよかったね」
「あたし、馬乗れないよ……」
カリンがため息をついた。
彼方にまで広がる平原。所々に見える林や繁み。そのむこうの山々。雲が流れ行く青空では、二羽の鳥がたわむれている。
そんな街道を一行はてくてくと歩いていく。
他に街道を歩いているものは誰一人として見当たらない。
「暇だよ〜」
「……………」
「……………」
「退屈だよ〜」
「……………」
「……………」
「つまんないよ〜」
「……………」
「……………」
「ねぇ〜」
「あのねカリン、しょうがないじゃないの。これが仕事なんだもの」
ルシィが呆れて首をふった。
「なにか事件でも起きないかな」
「物騒なこと言わないで下さいよ。平和が一番じゃないですか」
明かるくロバートがいった。
「ロバート楽しそうね。ねぇ、なにがそんなに楽しいの? ねぇねぇねぇ!」
カリンはぶんぶんとロバートをゆさぶる。
「わわわ、止めて下さいよ! 僕が皿を持ってんですよ! 割れる〜!」
ピタ。
カリンは慌てて手を止めた。
「あ〜っ! つまんないよ〜っ!!」
ぶぅぅぅぅぅぅぅん。
「あら? なんの音だろ?」
ルシィが立ち止まった。
「なに? どうかしたのルシィ。なにかあった?」
こころなしか嬉しそうにカリンが尋ねた。顔は期待に満ちている。
「へんな音がしない?」
ぶぅぅぅぅぅぅぅん。
「………ほんとだ。なんだろ?」
「な、なんかいやな予感がするなぁ」
「ロバート、あんたその悲観主義やめなさいよ! だからいじめられるのよ!」
噛みつかんばかりの勢いでカリンが怒鳴る。
「いじめるのはカリンさんだけですよ………」
そっぽを向いてぼそりとロバート。
ぶぅぅぅぅぅぅぅん。
「カリンカリン、音の正体解かったわよ」
「えっ! なになになに?」
「あれ」
のんびりとルシィが左を指差す。
その先にはなんだか妙な泥の山が向こうある。
そして……
「ねぇ、なんか飛んで来るけど、あれなに?」
「蜂」
「は、蜂? でもなんかでっかくない?」
「うん、ふつうのにくらべると大きいねぇ。二mくらいかしら? あのサイズにな
ると、人間も幼虫のエサにされるのかな?」
ルシィが首を傾ぐ。
「逃げられそうにはないし、よ〜し、やるぞ! ちょうど退屈してたし!」
鼻歌混じりにカリンはバスタードソードを構える。
「とりあえずENERGY BOLTでも射ってみましょ」
「ロバート! 転んで皿を割るんじゃないわよ!」
「は〜い」
ロバートは気の抜けた返事をした。
「………敵を射ち貫け! ENERGY BOLT!」
印をとくと、ルシィがバッと指差した蜂にむけ光の矢が放たれる。
「ありゃ? しぶといわね。まだ元気だ。威力が弱かったのかしら?」
巨大蜂はENERGY BOLTをものともせずに向かって来る。
「ひぃふぅみぃの…… 五匹ね。カリン頑張ってね」
「おまかせよーっ!」
手をひらひらさせるルシィに答え、カリンは蜂に向かって突進する。
「うりゃあぁぁっ!」
ざむっ!
「おぉ〜。すごいすごい一刀両断しちゃったよ」
パチパチパチ!
「ルシィさん、拍手してる場合じゃないですよ! 二匹こっちに来ますよ!」
「あらま、それじゃあっと、燃えちゃえー!」
気合一発! バッと掌を向けると、炎の矢が蜂に向かって飛び出した。
一匹が羽根を焼かれて墜落する。もう一匹は炎に驚いたのか、慌てて軌道を変えてロバートの脇をかすめて行った。
「わわわわわわ!」
驚いたロバートが足を滑らせ転倒。
べて。がしゃ。
割れたな、お皿………
「あらぁ、今の音、割れたわね………」
ロバートのすぐ側にかがみこんでルシィがいった。
「ああああああ、いじめられる……いじめられる……」
ロバートは真っ青になった。
「カリンはまだ夢中みたいね。うるさいから黙ってましょ! ホラ、立って」
ルシィはロバートの腕をつかむと立ち上がらせた。
しかしまだロバートは放心状態だ。
「困ったわね………」
「ルシィーっ! 遊んでないでなんとかしなさーい」
ぶんぶん兇器を振り回しながらカリンがわめいた。さすがに的がでかいとはいえ、動きの早い相手に接近戦ではバスタードソードは不向きだ。
「なんとかって、なにすればいいの?」
「なんでもいいから!」
「しょうがないなぁ。そ〜だ! 調度いいから、開発中の術の実験しましょ」
ルシィの趣味は術の改造、応用である。呪文もできうるかぎり簡略化しようと努めている。先の『FLAME ARROW』などがいい例だ。もっともこれらは彼女の師匠による影響が強い。彼女の師匠は、その筋では『まともに呪文を唱えない導師』として有名であるのだ。それ故に異端とも呼ばれているが……
いま彼女がやろうとしているのは『ENERGY BOLT』の応用術。『ENERGY BOLT』を唱える程度の労力で、多数の『ENERGY BOLT』を射ち放つ術。
名付けて『ENERGY BOLT RAIN』。
欠点:コントロールがいいかげんで命中率が低い。
「………我が元に集いて光の矢を成せ!」
ルシィは軽く開いていた両の腕をぐんと上に振り上げた。
途端、彼女の足元から十数本の光の矢が出現する。
「いけぇ! 『ENERGY BOLT RAIN』!!」
ルシィの周りの光の矢が、彼女の指示のもと天高く飛び上がり、カリンと蜂めがけて降り注いだ!
「うぎゃぁぁぁぁあぁぁぁあ!」
もうもうたる土煙りの中からカリンの叫び声が響き渡る。
「あれ? カリンにも当たっちゃったかしら? でも、大丈夫だよね。カリンって頑丈だし!」
ひとり無理矢理納得してうなずくのはルシィさんである。
「ルシィー!」
土煙りをまといながらカリンはルシィの所へ突っ走って来た。
「あたしまで殺す気なの!? どーいうつもりよ!!」
ルシィの首根っ子をつかむや、カリンが怒鳴り散らした。
数本の魔法の矢の直撃を受けたというのに、カリンはやたらに元気だ。
「なんとかしろって言ったじゃない」
「他にやりようはなかったの!?」
「うん!」
無邪気にルシィが答えた。
困ったことに、カリンはルシィの微笑みに振り上げた拳を降ろすに降ろせない。
「そ、それじゃ、なんで手伝ってくれなかったのよ!」
「手伝うって、私は魔法使いだもの。やっぱりさっきのあれと同じになるわよ」
「うぅぅぅぅぅ……ええぃ、畜生!」
ごすっ!
カリンはルシィをはなすや、すぐ側のロバートを殴り付けた。
「あいた、わ、な、なにするんですかカリンさん! あれ? 蜂はどうなったんです?」
やっと正気に戻り、ロバートはあたりを見回した。
「蜂はどうしたじゃ……」
「あああ、カリンさん、腕が真っ赤に腫れてるじゃないですか! 早く手当てしないと!」
「え? あ……なんで? 刺されてなんかないのに!?」
カリンは自分の左腕を見て呆然とした。腕が二倍ぐらいに腫れ上がっている。
「刺されなくても、掠めかなんかしたんじゃない?」
のんびりとルシィ。
「はやくカリンさん服を脱いで下さい! 治療できないじゃないですか! 治癒術は患部に触れた方のが効率がいいんですから」
ロバートがせかす!
「脱げって、腕はもうむきだしになってるじゃない」
「そこもさされてるでしょう!」
ロバートがカリンを指差した。
カリンはロバートの指差した場所に目をおとすや、問答無用でロバートに回し蹴りをぶちかました。
「うわぁぁ、な、なにするんですかぁぁ!!」
「ロバァァァトォォォ! これは元からよ! あんたこの間あたしの胸に触っといてよくもそんなことをぉぉぉぉ!」
ぐりぐりぐり!
カリンはロバートを踏み付ける。
「ふぅ、やれやれ……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、ルシィはため息をついた。
つづく
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