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疑惑の絵皿

和田好弘



 第二章  初仕事

「それじゃ、僕は神殿にあいさつに行って来ますから」
 モントエスクに着くや、ロバートはにこやかに言った。
「挨拶って、なにしに行くのよ」
「だから挨拶ですよ。僕はここで五年間修行してたんですよ。前に言ったじゃないですか」
 答えるロバートを怪訝そうにカリンは見た。
「なんですか? カリンさん」
「逃げたらどうなるか……わかってるんでしょうね……」
 地を這うカリンの声。
「逃げたりなんかしませんよ。『新なる出会い亭』っていう店がそこの通り沿いにありますから、そこにでも行ってて下さい。たしか2階は宿になってると思いましたから。
 それじゃまたあとで。カリンさん、もめ事なんか起こさないで下さいよ」
 右の通りを指差し、それだけいうとロバート逃げるように駆けだした。
 何事かカリンが怒鳴り散らしているが、かまってなどいられない。
「さてと、最近の街道の情勢でも聞いておかないとな……」
 カリンたちから大分はなれてから、ロバートはため息混じりに呟いた。
 世間知らずのお守というのもなかなか大変なのである。
 さて残された二人はというと――
「おのれロバート、あとで見といでよ!」
「まぁまぁカリン。それよりさっさと宿を取っちゃいましょうよ。部屋が無くなっちゃうよ。それにお腹も空いたし」
 ぐぅ〜。
 のんびりとした口調のルシィに、カリンの腹が返事をする。
 さすがに腹の虫には勝てず、二人はロバートの紹介してくれた店を探しに通りをてくてくと歩き始めた。
 先頭はルシィ。
 カリンはおのぼりさんよろしく、露天や店のウィンドウを覗きこんだりとで、中々歩みが進まない。
「二○シルバーだよ」
 露天の親父に言われ、カリンは渋い顔をした。
 鳥ももの揚げものの値段である。
 はっきりいって高い。
「おじさん、なんか高くない?」
「ここじゃそれが相場さ」
 訝しげな顔のカリンに親父はウインクする。
 カリンがしぶしぶ財布を開いたとき、
「二シルバー」
 突然ルシィが口をはさんだ。
 にこにこと微笑んでいるルシィに、しばし二人は呆っ気にとれれた。
「に、二シルバーって、冗談はいけねえや。そんなんじゃ商売にならねぇ!」
 親父が慌てて喚く。
「そうかしら? それじゃ四シルバー」
「一八!」
「五」
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 ………………………………
 ………………………………
「えぇい、しょうがねぇ! おおまけにまけて一○シルバーだ! 畜生!」
「ふむ、ま、そんなとこでしょ。よかったねぇカリン、半額になったよ」
 微笑むルシィに、カリンは妙な感動を覚えていた。
「それにしても、本当に変なところで素直なのね。ロバートも言ってたけれど……」
 ルシィの言葉に、カリンは唐揚げにかじり付きながら苦笑いをした。
 世間知らずであるという事は自覚しているので、腹はたたない。もっとも、言ったのがルシィではなくロバートであったなら、二、三発は殴っているだろうが……
「あれぇ、『新なる出会い亭』っていうのはどの辺なんだろ?」
 多くの人で賑わう通りを歩きながら、左右に立ち並ぶ看板を注意深くみていく。
「ロバートの奴、嘘教えたのかしら?」
「まさか、そんなことしても意味ないじゃないの」
「それじゃ潰れちゃったんじゃないの?」
「それだと困るな、ロバートと落ち合うのが面倒臭くなるし……」
 ルシィはもう一度看板の群れを見回した。
 カリンも同様に、鳥の骨をゴリゴリとかじりながら見回す。
「あ、ルシィ、あれじゃないの?」
 カリンが指差した先には、腕相撲を模したブロンズの看板がある。
『新なる出会い亭』とその看板の下部には彫り込まれていた。
 店はさほど混んではいなかった。時刻は昼を回ったところだ。昼食時のピークは過ぎている。
 部屋をとり注文を一通りすると、二人はやっと落ち着いた。
「それでカリン、これからどうするの?」
「そうねぇ、お金も無限にあるわけじゃないし、稼がないとねぇ……」
「…………」
 カリンは腕を組み、首を傾ぐ。
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「なに?」
「カリンって、仕事したことあるの?」
 ルシィの質問。
 しばしの沈黙。
「父ちゃんの手伝いぐらいかなぁ」
 とカリン。
「おとうさんって、なにしてるの?」
「石工」
「………………」
 二人はしばし見つめあい、ふぅ〜っとため息をついた。
「はい、おまちどうさま〜! Bランチセットふたつお持ちしました〜! 五○シルバーになりま〜す」
 元気のよいウェイトレスの声。
「ごめんカリン、いま私文無しだから、立て替えといて」
「あ、そうだったね。いいよ」
 カリンは答えると、金貨を一枚ウェイトレスに手渡した。
「はい、一ゴールドのお預り! 五○シルバーのお返しでーす!」
 テキパキ答え、彼女は一○シルバー硬貨を一枚ずつカリンの手に置いて行く。
「そうだ、ねぇお姉さん。なにかいい仕事ないかな?」
「仕事ですか? いくつかありますよ。ほら、そこの掲示板に貼り紙してありますよ。気に入った仕事があったらはがして持ってっちゃって構いませんよ。それじゃ、追加注文お待ちしてま〜す」
 ルシィに手短に答えるや、ウェイトレスはぺこりと頭を下げるとぱたぱたと厨房へ駆け戻って行った。
「貼り紙か、どんな仕事があるんだろ?」
「それよりさっさと食べよう! さめちゃうよ」
 ぐぅ〜。
 またもなった腹の虫の鳴き声をスタートに、二人は黙々と食べ始めた。
「さて、いったいどんな仕事があるのかな?」
 御機嫌な顔でカリンは貼り紙を端から順番に読み始めた。反対側からはルシィ。
『求む! 清掃員! 日給三ゴールド モントエスク清掃局 下水道課』
『誰でもできる簡単な仕事、煙突掃除! 詳細はモントエスク清掃局 煙突課迄』
『君も僕と一緒にゴミを燃やさないか! 詳細はモントエスク清掃局 ゴミ処理課迄』
「……ふ…ふふふふふふふふふ……」
「どうしたのカリン? 肩震わせて」
「ど〜したもこ〜したもないわよ! 清掃局の仕事しかないじゃないのォォォ!」
 泣きそうな顔でカリンはぶんぶんとルシィを揺さぶった。
「そんなことないわよ。ほら、これなんか、
『求む冒険者。モルギエノ山中のドラゴンゾンビを退治されたし。賞金五○○○○ゴールド。 モントエスク冒険者ギルド』」
「い、いや、ドラゴンはちょっと………」
「それじゃぁ……」
 ルシィはいくつかリストアップしておいた仕事を並べ立てたが、カリンはすべてに首を横にふった。
「ルシィ〜、いくらなんでもドラゴンだの魔神だのは相手にしたくないよ〜」
「でもカリン、あなた辺境最強の戦士なんでしょ」
「そりゃ、まぁ……ね。だけど……」
 実はカリンは、少々現実という物を実感したのである。以前ならば、ドラゴン、魔神、なんでも来い!と、いえたのであろうが、先日、ルシィの魔法一発で気絶してからというもの、自らの実力に疑問を持っているのである。
「それじゃ、あとはこの怪しげなのしかないなぁ」
 ルシィがため息混じりに呟いた。
「怪しいのって、どれ?」
「これ」
 ルシィが指差す。
『求む、若干名! 楽して簡単にお金を稼がないか! レッツィア貿易商会』
「楽! なんだ、いいのがあるじゃない。これにしよこれに!」
「だけど怪しいよ。どんな仕事かも書いてないじゃない」
「変な仕事だったら断わればいいのよ!」
 不安顔のルシィの肩をバンバンたたきながら、カリンは貼り紙をはがした。

「ここがレッツィアさんの家みたいですよ」
 ロバートが貴族風の邸宅を指差していった。
「へぇ〜、随分とでっかい家ね〜」
 カリンが呟く。
 あれから二人はロバートの来るのを待って、レッツィア貿易商会行ったのである。
 仕事の件を話すと事務所ではなく、会長の所へ行くように言われたのである。
 ダンダンダン!
「こんにちはー!」
 思いっきりノッカーをたたきながら、カリンが叫んだ。
「…………」
「なにもそこまで大声ださなくても……」
 語らずはルシィ。余計な一言はロバートである。
 ややあって、初老の男が扉を開け現われた。
「どちら様ですかな?」
「酒場のはり紙を見て来たんですが」
 カリンがその貼り紙をみせる。
「そうですか、それではどうぞこちらへ」
 三人はこじんまりとした部屋に通された。高価そうな調度品がいくつも置かれている。
「しばらくこちらでお待ちください」
 初老の男は御辞儀すると、部屋からでていった。
「な、なんだか落ち着きませんね」
「そ〜お? ねぇねぇ、この壷、いくらぐらいするんだろ?」
 けばけばしい壷を指差し、妙にはしゃぐのはカリンさん。
「触るのは止めたほうがいいわよ。もし割ったりしたら、弁償できないわよ」
 ルシィが注意する。
 これを聞いてロバートが青ざめた。
「あたしが壊すと思ってるの!」
「もしもの話よ。それとも、薬漬けにされてどこぞのすけべおやじの所へ売り飛ばされたい?」
 すごい事をいう。
「……………」
 しばし沈黙の後、カリンはルシィの隣にちょこんと腰掛けた。
 このカリンの素直さに、ロバートは内心驚いていた。
「仕事って、何なんだろ?」
「貿易商だから、隊商の護衛じゃないですか?」
 ロバートがカリンに答える。
「それなら傭兵ギルドに依頼するわよ。だから怪しいいんじゃないの、この仕事」
 うなづきかけたカリンは、ルシィの言葉で首を傾いだ。
「なんだかルシィさん、妙に世慣れてますね」
「師匠がどういう訳か、やたらと俗っぽいひとだったから。なんせ商店街の真ん中に家を持ってたからなぁ、魔導師のくせして。私はやたらと所帯じみたことやらされてたから……」
 困ったような顔をしてルシィがこたえた。
「やぁ、どうもお待たせしました。私がレッツィアです」
 だしぬけに扉がひらき、髭を蓄え、縞模様の派手な服のでっぷりとした男が入って来た。
 不細工。
 すごい、こんな人がいるなんて……
 …………
 三人三様の第一印象。
「どうしました?」
「いえ」
「べつに」
「…………で、仕事というのは?」
 ルシィが切り出した。
「そうですな、早速仕事について話すとしましょう」
 そういうとレッツィアはパンパンと手を叩いた。
「はい、何でしょう旦那様」
 間髪いれず、先ほどの初老の男が部屋に入って来た。
 どこで待っていたんだろう。
「アルパゼイノナグイリノフ、例の物を持って来てくれ」 
「かしこまりました」
 レッツィアがいうとアルパゼイノナグイリノフ一礼して退室する。
 舌噛みそうだな。
 なんて長い名前なんだろう。
 …………
 三人三様の印象。
「さて、仕事というのは、あるものをノーセイルまで運んで頂きたいのです」
「さ、カリン、ロバート、帰りましょう」
 いきなりルシィは立ち上がった。
「ちょ、ちょっとルシィ、どうしたの?」
「そうですよ、どうしたんです?」
「よくみなさいこの男を。真ん丸の顔、可愛らしい目、愛敬のある口髭に全身からにじみ出る人のよさそうな雰囲気。だけどだまされちゃいけないわ! こういう男に限って、そこらの洞穴で拾ってきた腐った木の楯に、金メッキして高値で売り飛ばすような男なのよ!」
 凄いこというなルシィさん。
「失礼な! なんて事をいうんだ!」
「だってあたしの師匠が話してくれたもん! どっかで聞いたと思ってたのよ、レッツィアって名前。ちなみに、あたしの師匠の名前はエレノア・フォース。知っているでしょう」
「え、エリーの弟子かあんた!?」
「ほらやっぱり。そうよ! 昔あなたとパーティを組んでたエレノア師の弟子よ」
 ふふふんとルシィは胸を張った。
 カリンとロバートは蚊帳の外。
「なんだかおかしな具合になってきたね」
「えぇ」
 レッツィアは頭を抱えてうずくまった。
「あああ、今日はなんて日だ。天中殺だ」
「ま、いいや。このことは師匠に連絡しとこう」
「だぁぁぁ、それだけは止めてくれ!」
 とりみだしたレッツィアに、ルシィはにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、仕事の詳細と裏、隅から隅まで話して下さいな」
「わ、わかった、全部はなすから」
 トントントン
「旦那様、お持ちしました」
アルパゼイノナグイリノフが木箱をひとつ抱えて入って来た。
 木箱の中身は二六枚の絵皿である。それぞれ十三方位神描いた逸品だ。
 八方位を司る神々、中央に神王、そして神王を護る四天神の計十三神。これらの旧世界の神々それぞれを描いた皿が二組で計二六枚。
「仕事の内容は、この皿をノーセイルのカーターという男の所へ運んでもらいたい」
「なんで他人に頼むの? 人手が足りないわけじゃないでしょう?」
 冷ややかにルシィ。
「実は、ノーセイルへと運ぶ品はこれだけなんだ。いままでは私の所の下働きを使いにやっていたんだが、二週間前に突然もう嫌だと言って止めてしまって…… 他の連中をやると給料の問題で金がかかり過ぎる。カーターさんはうちのお得意様なんだが、だからといってこれだけの為に隊商は組めん」
「融通がきかないのね。なんで数人で出せないのよ」
「そうすると他の方面の隊商の人数が不足する」
「ギリギリでやって、人件費を浮かしてるのね。けちだこと」
 ルシィは肩をすくめる。
「だからこうして求人をだしているんだ。あこぎな商売はもう止めた。いまはまっとうな商人だ」
「そういうふうに自分でいう奴ほど信用ならないんだけれどね。で、報酬はおいくら?」
「引き受けてくれるのか?」
「金額次第」
 ピンと人差し指を立ててルシィ。
「勉強になりますね、カリンさん。交渉のしかたなんて知りませんでしたからね」
 ぼそぼそとロバート。
「そ、そうね」
 ぼそぼそとカリン。
「前金で三○ゴールド支払います。残りはカーターが絵皿一枚につき二○ゴールド支払います」
「合計五五○ゴールドか。で、この絵皿、なんなの?」
「なんなのといわれましても、イムルナルクからカーターに運ぶよう依頼されただけですから………」
「やけに報酬がよくない?」
「そういわれましても、絵皿の代金はカーターが払うといったものですし、三○ゴールドは………」
 レッツィアは懇願するようにルシィを見つめた。
「いいでしょ。引き受けましょう。それで、もし皿が割れたりしたらどうなるの?」
「それはカーターと交渉して下さい。なにぶん、運びだけを依頼されたので………」
「なるほど…… よかったわね、三○ゴールドぽっちで引き受けてもらえて。あなたのもらった金額はもっと多いんでしょう?」
 うわぁ…… したたかなんだぁ。
 鬼だ、ルシィさん。
 カリンとロバート。
「………わかりました。五○ゴールドにします」
 レッツィアはため息をついた。

「明日はノーセイルに向けて出発だね!」
 機嫌良くカリンは宿に向かって歩いていた。
 皿の入った木箱はロバートがかついでいる。
「だけどどうしてレッツィアは、ああも簡単に五○ゴールドに報酬をあげたんでしょう?」
「あたしの口止め料よ」
 ロバートの疑問にルシィが答えた。
「師匠にみつかるのが怖いのよ。なんてたって、むかし師匠が寝てる間に奴隷として売り飛ばして逃げたって話だから」
「ひ、ひどい……」
 ロバートは真っ青になった。
「なによ! それじゃあいつ悪党じゃないの! ぶんなぐって役人に突き出してやればよかった!」
「そんなことより、もっと怖いことがあるの」
 んふふ、とルシィは微笑む。
「怖いことってなんですか?」
「師匠に知らせるのよ」
「だけど、口止め料………」
「レッツィアは一言も口止め料なんていってないわよ」
「……………」
「……………」
 ルシィはたのしそうに微笑んでいる。
「ルシィって、結構怖いかもしれない………」
 思わずカリンが呟いた。

つづく


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