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疑惑の絵皿

和田好弘



 第六章 麻薬捜査

 一行は『導きの泉』という酒場へと足を踏み入れた。時刻も夕刻近いこともあり、なかなかの賑わいを見せている。
「さて、と、まずは情報集めね」
 奥のテーブルに陣取り一通りの注文を済ますと、カリンは口を開いた。
 ロバートはいま二軒隣の宿屋に部屋を取りに行っている。
「どうやって情報を仕入れるの? こういうとき盗賊がいると便利なんだけれどね〜。盗賊ギルドの情報網を使えるから」
 ため息をつきながらルシィがいうと、カリンは彼女を睨みつけた。
「なに?」
「なんで盗賊の手なんか借りなきゃなんないのよ」
 ダン! と、カリンはテーブルを叩く。
「融通のきかない娘だわね。で、どうするの?」
「ここの親父に聞いて来る」
「へ?」
「それじゃ行って来るから」
 勢い良く立ち上がると、カリンはカウンターへと歩いて行った。
「大丈夫かしら……」
 ルシィは眉をひそめた。
「親父さん、聞きたいことがあるんだけど」
 カウンターにつき、酒を注文をしながらカリンが尋ねた。
「なんだい?」
「麻薬の事が聞きたいの」
「ほほう、麻薬の事ねぇ……」
 ふふんと鼻を鳴らすようにいうと、親父はカリンをじっとみた。
「なによ」
「わかるだろ、ただってわけにゃいかねぇな。あんちゃん」
「あ、あんちゃん………」
 カリンはうつむくとカタカタと震えはじめた。
「ん? ありゃぁ、まずいわねぇ…… まったく世話のやける娘だこと……」
 カリンをずっと見ていたルシィはため息をつくと、腰をあげた。
「……なるほど、情報料が欲しいわけね。それじゃぁ特別なのを支払ってあげる!」
 カリンはいうや、親父の喉元に剣をあっという間に突き付けた。
「うわぁぁ!」
 親父はすぐ後ろの棚にへばりついた。
「ちょ、ちょっと待てよ、なんだよいきなり剣なんか抜いて!」
「うるさい! さっさとしゃべ、あいた!」
 いきなりカリンは後ろから拳骨で殴られた。殴ったのはルシィである。
「なに馬鹿なことやってんの」
「ルシィ、なにすんのよ!」
「良く周りをみなさい」
 カリンはルシィにいわれて周りを見、愕然とした。
 いつの間にやら周囲には武器を構えた冒険者達が取り囲んでいるではないか。
 更に、いつのまにやらカリンの胸元に、ピタリと短剣をあてている者までいる。
 さすがのカリンも背筋がぞっとなった。
「どうもみなさん、お騒がせしました。彼女にはよく言って聞かせますから」
 ルシィがペコリと頭を下げると、全員自分の席に戻っていった。
「ルシィ!」
 カリンがルシィに詰め寄った。
「なによ?」
「この助平親父、あたしを『あんちゃん』っていったんだぞ! 黙ってられるか!」
 ルシィは額に手を当てると、呆れたように首を振った。
「まったく…… カリン、とにかくここに座りなさい」
 ルシィはカウンターの席を指差すと、しぶしぶカリンはルシィの隣に座った。
「さて親父さん。つづきをしましょうか?」
「あ、あぁ。お嬢さん、ひとつ聞くけどそっちの、あんちゃんじゃなく、嬢ちゃんなのか?」
「当たり前よ! どこの世界にこんな胸のふくらんだ男がいるってのよ!」
 カリンは胸を反らして怒鳴り散らす。鎧を着けていないので、胸の形が良くわかる。
 ふにゅ。
「うん、たしかに嬢ちゃんだ」
「ふ? いやぁぁぁぁぁぁっ!」
 ごばきゃ!
 カリンはいきなり胸を触った親父に、渾心の右ストレートをぶちかました。
「…………かわいそうに」
 ルシィは吹っ飛ぶ親父を見て、思わず合掌した。
「ぐぁぁぁぁ、あ、顎がぁぁぁぁ」
 親父が呻きながら立ち上がった。
「自業自得よ。死ななかっただけでも感謝したほうがいいわよ。ところで、麻薬についてですけれど、何か知らない?」
「だ、だから………」
 親父はカリンをみて怖けずいた。
「情報料についてはご安心を」
 ウィンクしてルシィがいうと、しぶしぶながら親父は口を開いた。
「私が知っているのは、この街の麻薬の流通を仕切っているのはひとつの組織だけってことぐらいだな」
 カリンは上目づかいに親父を睨んだ。
「うわわ、ほ、本当ですって、それしか知らないんだよ。あんたらも賞金目当てで麻薬の調査をやってるみたいだけど、止めたほうがいいよ。悪いことはいわないから……」
「どうして?」
「ここしばらく、麻薬調査をしていた冒険者はみんな死んでるんだ。ひどいのは麻薬漬けにされて狂い死にしたよ」
 声を潜めて親父がいった。
「そんなに危ないの?」
「あぁ、いまじゃ誰も麻薬調査なんてしてないよ。悪いことはいわないから止めときな」
「ふっふっふっふ、そんな脅しがこのカリン様に通用すると思って! 誰がなんといおうと、このあたしが捕まえてみせるわ!」
 拳を突き上げ、カリンは宣言した。
「はぁ、なんだかとめても無駄みたいだな……」
「それはあたってる」
 呆れた声で、ルシィが親父に答えた。
「はぁ………西の街壁のあたりにスラム街があるのは知ってるかい? そこに行って調べてみるといい」
「スラム街?」
「あぁ、あのあたりに麻薬の売人が集まるらしい。時期や時間、詳しい場所はわからないが、調べりゃなにかわかるだろ。ただ、中毒者も大勢いるし、いままで死んだ冒険者の大半はそこで見つかってるよ。いくなら気を付けることだね」
 親父の言葉を聞くと、カリンはルシィをみた。
「ま、いいでしょ。ありがと」
 ルシィは席を立ち上がった。
「ちょ、ちょっと、約束の………」
 親父が慌てて二人を引き止めた。
「なによ」
「情報料ならもう払ったでしょう」
「へ?」
 ルシィの言葉に、親父は間抜けな声を出した。
「触ったでしょ、カリンの胸。彼女の胸は高いのよ。おつりをもらいたいくらいだけど、ま、顎の治療費で帳消しにしてあげる。さぁ席に戻りましょ、カリン」
「まいったなこりゃ。よう、もしも事件を解決できたら、祝いも兼ねてたらふく飲み食いさせてやるからな、必ず生きて帰ってこいよ」
「もちろんよ」
「ちゃんとご馳走の用意をしときなさいよ」
 顎を腫らした親父を残し、二人は席に戻って行った。
「スラム街に行くんですか?」
 ロバートは露骨に顔をしかめた。
「しょうがないじゃない、それしか手掛かりになりそうなものないんだもん」
 カリンが口をとがらせる。
「もっとじっくりと情報を集めてからでも……」
「め・ん・ど・く・さ・い!」
 ロバートに詰め寄りカリンがいった。
「ルシィさんも止めて下さいよ」
「そういう無謀なこと押しつけないでよ……」
「ですけど、スラム街で捕まって、カリンさんとルシィさんがさんざん汚ない男達に凌辱されたあげく、その辺の柱に裸で逆さ吊りにされてさらしものになるのなんて耐えられません!」
 ロバートの台詞にカリンはぽかんとし、ルシィは青ざめるとおもむろにうずくまった。
「あんた、言うに事欠いてどうしてそこまで悲観的に考えるのよ!」
 カリンがロバートを殴り付けた。
「で、ですけど……」
「ですけどじゃな〜い! あたしが負けるとでも思ってんの!? ルシィ、あんたもなにか…… どうしたの? うずくまって」
「ロ、ロバートのいったこと想像したら気持ち悪くなっちゃって……」
 ルシィが青い顔でいった。
「でもカリンはよく平気でいられるわね…… それとも私が創造力過多なのかしら……?」
 ふらふらと立ち上がりながらルシィが呟く。
 ちなみにカリンは『凌辱』という言葉の意味を知らなかっただけである。知っていたらロバートは拳骨一発で済んではいない。
「とにかく、さっさとスラム街へいくわよ」
 カリンは先頭を切って歩き始めた。
 スラム街、このあたりは犯罪者の溜まり場となっており、街の者も足を踏みいれないような場所だ。役人や衛士たちでさえスラム街へは入らない。まさしく犯罪のための場所ともいえる。過去、政府が幾度かスラム街の犯罪者を一掃しようとしたことがあるが、計画を立てると必ず責任者は暗殺され、実行されることはなかった。
今では、スラム街は政府不可侵の場所となっているのである。
「それで、どうやって麻薬の売人を探すんです?」
「考えてない」
 さらりとカリンが答えた。
「考えてないって、ルシィさんはなにか考えているんでしょ?」
 ロバートがルシィに水を向ける。
「い〜え。私も考えてないわよ。歩いていればなんとかなるんじゃない」
 身も蓋もないルシィの答え。
 ロバートはため息をついてうなだれた。
「ルシィ、気がついてる?」
 二○分も歩いたころ、カリンが傍らのルシィに尋ねた。
「えぇ、つけられてるわね」
「ど、どうするんです?」
「うろたえるんじゃないわよ! 男でしょ、ロバート!」
「そこ路地を曲がって待ち伏せしましょ」
「いいわよ、ロバート、しっかりしなさいよ!」
 カリンは仏頂面でロバートに小声でいった。
 三人は路地を曲がると戦闘体制を整えた。
 ややあって、虚ろな目をした男達が五人現われた。
「さて、あんたたち、なんであたし達をつけて来るのよ?」
「…………薬…………」
 男の一人がくぐもった声でぼそりと答えた。
「こいつら中毒者みたいだねぇ」
 ルシィが呟く。
「く、薬を…… 金……」
「禁断症状寸前ってところかな? 薬か金が欲しいみたいよ」
 逐一カリンにルシィが通訳する。
「あんた達にやるものは何もないよ! さっさと消えな!」
「金、金だ。金を置いて行け…… 殺すぞ……」
「交渉決裂。やるしかないみたいね」
 面倒臭そうにルシィがカリンにいった。
「よ〜し! お前ら、自分達の無謀を覚悟おし! 怪我で済まなくても知らないよ!」
 バスタードソードを抜くやカリンは突っ込んで行った。
「ああああ、カリンさんまた無謀な……」
「困ったわね。これじゃ魔法で援護できないわ」
 のんびりとルシィが呟いた。
「わ、わ、ルシィさん、こっちに四人も来ますよ!」
「下っぱでしょ。なんとかなるわよ。燃えちゃえー!」
 ぶんと腕を一振りし、ルシィは『FLAME ARROW』を射ち放つ。
 炎の矢は狙い違わず、先頭の男の顔面に突き刺さった。
「まずは一人。ほらほらロバート、あんたもなにかしなさい」
「わぁぁ、ルシィさん残りがきますよ!」
「え?」
 ロバートの悲鳴を合図にしたかのように、短剣を手にした男達が襲いかかって来た。
 こ、この野郎、思ったより強いわね……
 カリンは歯噛みした。おそらくこの連中のリーダー各であろうこのスキンヘッド
の男は、カリンの攻撃をことごとくかわしているのだ。
 二人は間合いを取り、じっと隙を伺う。

「たぁりゃ!」
 ロバートは目の前の男の短剣を交わして胸倉を掴むや、足払いをかけ男のバランスを崩した。
「うらぁ!」
 気合一発、そのまま男を頭から地面に叩きつけるように投げ降ろす。男は白目を剥いて動かなくなった。
 これであと一人。ルシィを追いかけ回している奴だけだ。
 あはははは、どうしよ。呪文練る暇がないよ〜。
 緊張感のかけらもなく逃げ回るのはルシィである。
「あ、ロバート、暇になった? ちょっと時間稼いで!」
 にこやかに言うや、ルシィはロバートの隣を駆け抜ける。
 男は短剣をロバートに向けた。
「うがぁぁぁぁ!」
「…………」
 ひょい。
 ロバートは脇に男をかわして、すかさず足を引っかける。
 男はもんどりうってひっくり返った。
 いっぽうルシィは手早く印を組み、呪文を略式で唱える。
「………吹き飛ばせ』 ロバート退がって!」
 ルシィの声を聞くや、素速くロバートは男から飛びすさった。
「『BLAST of EARTH』!」
 ルシィが印を解くと、立ち上がろうとしていた男の足元が突如ふくれあがり、爆発した。
 男は血まみれになって宙をとんだ。
「情け容赦ないですね、ルシィさん……」
「一度この術を実戦で使ってみたかったのよ。だけどロバート、あんた凄い強いんじゃないの。見直しちゃったぁ」
 いきなりルシィはロバートにしがみついていった。
「まぁ、僧兵格闘術を修行時代、みっちりと教え込まれましたから」
 顔を赤くしてロバートは答えた。
「ふぅん。さて、あとはカリンだけだね」
 ルシィはカリンをみた。
 いまだにカリンはスキンヘッド野郎と向き合っている。スキンヘッド野郎の持つグレートソードが惑わすようにゆらゆらと揺れている。
「ルシィさん、何とかしましょう」
「そうねぇ…… そうだ!」
 ルシィは悪戯っ子みたいな笑顔をすると、呪文を唱え始めた。
 えぇい、こうしてにらめっこしててもしょうがない、行くか!
 カリンが意を決したそのとき!
 突如、スキンヘッド野郎の頭がまばゆく輝きだした。
「え?」
「!?」
 カリンと男はなにが起きたのかわからず、一瞬唖然とした。
「きゃはははははは。ひかってるひかってる!」
「ルシィさ〜ん…… あんな所に光の呪文かけてどうするんですか〜」
 傍らで体をくの字にして笑っているルシィを見ながら、ロバートは情けなさそうにいった。
「!」
「む!」
 再びカリンと男は目をあわせるや、決着をつけるべく剣を構え、一気に間合いを詰めた。
 男がグレートソードを恐ろしい勢いで振り降ろす。
 だがカリンはその刃をくぐり抜けるや、男の鳩尾に柄を叩き込む。
 男は呻き声を上げて崩れ落ちた。
「ふぅ〜」
 カリンは深く息をついた。
「すごいすごい」
 ルシィがパチパチと拍手をした。既にカリンの扱い方を心得て来ている。
「てこずっちゃった」
「カリンさん、こいつから売人のこと聞けませんかね?」
 ロバートが光輝く頭の男を指差す。
「おぉ、たまにはいいこと言うじゃないの。それじゃ、こいつを起こしましょ」
 カリンは男仰向けにして上に座り込むと、目にも止まらぬ早さで男に往復ビンタを食らわせた。
「ぐ、うぅぅ」
「はい、目が覚めたかしら? 死にたくなかったら質問に答えてね」
 カリンは手早く短剣を喉元に突き付ける。
「くっ……… わかった………」
「あんたたち、麻薬を買う金がないからあたしたちを襲った。違いない?」
「そうだ……」
「実はねぇ、あたしたちも麻薬が欲しいのよ。売人のこと教えてくれないかなぁ」
 微笑みながらカリンは、短剣の突き付ける手に力を込める。
「び、ビック。この辺じゃビックって呼ばれてる男だ……」
「ビック…… どこに行けばあえる?」
「すぐそこの酒場に、た、大抵いる……」
「ふぅん。そうだ! あんた、この街の麻薬を仕切っている組織のことを知らない?」
「し、知らない! それは……」
 男は顔を引きつらせて叫んだ。
「おや、急に元気になったわね。さては知ってるな。喋んなさい」
「あ、あ、あ、あ」
「ほらほら早く」
「いやだ…… 殺されたく……」
「カリン、危ない!」
 いきなりルシィがカリンの襟首を引っ張り、男の上から引きずり降ろした。
 それと同時に男の左目、喉、胸にナイフが突き刺さった。
 男は一度だけビクンと震えると、動かなくなった。
「あ、ありがと、ルシィ」
 カリンは冷や汗を流した。
「毒がぬってあるわね。用心深いこと……」
 ルシィがナイフをみていった。刃が薄緑色に濡れている。
「とりあえず酒場に行きましょう。ビックとかいうのにあわないと……」
 ルシィは二人を促した。
 ロバートは短く男達に祈りを捧げると、カリン達のあとを追った。
「ここみたいね」
 店の名前もわからないくらいに汚れた看板の酒場の前で、カリンが呟く。
「気を引き締めて行きましょう」
 一行は酒場にへと足を踏み入れた。ちょうど入れ違いに男が一人酒場から出て行く。
 あれ? あの男、どこかでみたような……
 ほんの少しルシィは気にかかったが、構わずカリンについて酒場入った。
 酒場はあまり混んではいなかった。しかしいる連中は一癖も二癖もありそうな連中ばかりである。
 三人はカウンターに陣取り、それぞれ酒を注文した。
「親父さん、ビックって奴を捜してるんだけど……」
 いいながらルシィは、金貨を指で弾いて親父に渡した。
「ほぅ、ビックかい。さっきまでここで飲んだくれてたよ」
「いま何処にいるの?」
 ルシィはもう一枚弾く。
「さぁ、もう帰ったからなぁ」
 親父の答えに、さっき入れ違った男のことがルシィの頭にちらつく。
「それはいつ?」
 更にもう一枚。
「ちょうどあんた達と入れ違いに出て行ったよ」
「ありがと、行くよ」
 最後にもう一枚金貨を渡すと、ルシィは席を立った。
 慌てて外に出ると、ビックはまだ目に見える所をふらふらと歩いていた。
「後をつけるわよ」
 カリンはいってビックの後をてくてくと歩いて行った。
「なんだか人気のないところに来てるんじゃないんですか?」
「ばれてるみたいね。尾行してること」
 ルシィが呟いた。
 ややあってビックは足を止め、振り向いた。
「おい、そこの、さっきからなんで俺の後をつけて来るんだ?」
「あんた、ビックでしょう? ちょっと話がしたいのよ」
 カリンがいうとビックはゆっくりとこっちへ歩いて来る。
「いったい俺に何の用…… あー! 夕べの酒乱魔法使い」
「あぁ、昨日あたしの『LIGHTNING BOLT』でふっとんだ兄ーちゃんじゃないの。奇遇ねぇ」
 ぽんと手を打ち、楽しそうにルシィがいった。
「だれ、こいつ?」
「ゆうべ宿屋で私たちを襲った連中のひとりよ」
「い、いったい何のようだ?」
 ビックはうろたえたようにいった。
「あんた、麻薬の売人でしょう」
「は、なにを根拠に……」
「うるせいうるせいうるせ〜や! 証拠はあがってるんでぃ。神妙に白状しろぃ!」
 芝居がかった口調でカリンが喚く。
「なにあれ? どこであんなの覚えたの、あの娘……」
「村祭りの芝居でですよ……」
 呆れたようにロバートがいった。
「おらおらおら、さっさと麻薬組織の黒幕は誰なのか白状しろぃ!」
「ずいぶん時代がかった嬢ちゃんだな……… そんなに簡単に喋るように見えるか?」
「うん」
「………あのなぁ………」
 ビックは思わずため息をついた。
「あの〜、ビックさん。さっさと喋っちゃったほうがいいと思いますよ」
「へっ、なにいって……」
 そこまで言ってビックは青ざめた。
 ルシィの周囲に、いつのまにか多数の光の矢が浮かんでいる。
「お、おい。やめろよ……」
「喋る気はなさそうね…… 行け」
 ピンとルシィはビックを指差した。
「わぁあああああ、ちょっと待てぇ!」
 きゅごご〜ん!
 叫ぶ間もあらばこそ、ビックは光の矢を全身に受けて吹っ飛んだ。
「ちょ、ちょっとルシィ、やりすぎじゃないの?」
 目をぱちくりさせてカリンがいった。
「そうかしら?」
 涼しい顔でルシィ。
「とりあえずさっさと情報を仕入れましょう」
「それもそうね」
 カリンは呻いているビックの傍らにうずくまった。
「ねぇねぇビック。麻薬組織の黒幕、教えてよ」
「なんてこった、このおれがこんなやつらに……」
「ねぇねぇねぇねぇってばねぇ!」
 ごんごんごんごん。
カリンはビックをぶんぶん揺さぶった。その度に地面に頭をぶつける。
「だぁぁぁ、痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇってばよ」
「さっさと喋れ」
 目を半開きにしてカリン。
「………お前ら、本当に知らないのか?」
 呆れたようにビックがいう。
「知らないから聞いてんじゃないのよっ!」
 ごんごんごんごん!
「だぁ、やめねぇか! 痛ぇってばよ!」
「さっさと喋れ」
「組織の親分は、お前らも知ってるやつだよ」
 ゆっくりと起き上がりながら、ビックはいった。
「あたしらの知ってる奴…… そうか、あんたねビック」
「阿呆かお前は! なんだって組織の親分が売人なんかやんだよ」
「いや、意表をついてるかなってね。違うか…… それじゃあ……」
 すっかり脱力したビックを尻目にカリンは考え出した。
「まさか、酒場の親父じゃ!?」
「おまえ、からかってないか?」
「あんたがはっきりしないからよ!」
「本当に鈍い奴だな、カーターだよ、カーター」
 もはやビックは投げやりだ。
「カーターって、あの皿を割るのが好きな人ですよね」
「そんな人には見えなかったけどなぁ」
 カリンが首を傾いだ。
「ついでだから、もうひとつ教えてやるよ。あんたらが運んでたあの絵皿。あれは麻薬だ」
 真面目な顔をしてビックがいった。
「はぁ?」
「麻薬に圧力をかけて皿状にしたのさ。それに良くは知らんが特殊な上薬をぬって強度をたかめて素焼きの皿ぐらいの堅さにしたもんだよ。絵につかってる絵の具も麻薬だって話だよ」
 ビックの話を聞くや、三人は顔を見合わせた。
「それじゃ、僕たちは麻薬を運んでたってことですか? あの、それってまずいんじゃ……」
「そ〜お、知らなかったんだもの。構わないわよ」
 ルシィがつまらなそうにロバートに答えた。
「い〜や、お前らは立派な密輸犯罪者だ」
「そうかしら? 私たちが運んだのはあくまでも絵皿。あなたを始末して、知らぬぞんぜんを決め付ければばれやしないわ」
 抑揚のない声でルシィ。
「お、おい、よせよ」
 ビックは青くなった。
「ま、いいでしょ。あたし達を諞したカーターを唯で済ますわけにはいかないわ! 殴り込みに行くわよ!」
 カリンが大声を上げて立ち上がった。
「で、カリン。こいつどうするの?」
「小物に用はないわ! ほっときましょ。ただ〜し、今度あたしらの前に現われたら……」
「私がとびっきりの呪いをかけてあげる。楽しみにしてなさい」
 カリンの言葉の後を、ルシィがぼそりと続けた。
 こういうとき美人は便利である。あらゆる点で最大限の効果をあげる。
 ビックはあまりの恐ろしさに腰を抜かした。
「それじゃいくぞ、カーターの屋敷へ! 今日中に片付けて、明日は朝から宴会よ〜!」
 カリンはぶんと拳を振り上げると歩き始めた。
 最後にロバートがビック向かって短く祈りを上げて立ち去った。
 だんだんと小さくなって行く三人を見送りながら、二度とあいつらにはかかわるまいと、ビックは誓ったのである。

つづく


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