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疑惑の絵皿

和田好弘



 第四章  宿屋にて

「ロバート、あんた酒飲みなさいよ! 酒を! まったく情けないわね!」
「い、いや僕は呑めないんですよ〜」
「…………」
 ここは街道沿いの宿屋の酒場である。
 蜂の襲撃以来、何事もなく一行は街道を進むことができた。明日の昼にはノーセイルに入れるだろう。夕べはモントエスク寄りにあった宿屋に泊まるはずが、火事にでもあったのか、宿屋の跡しかなかったのだ。そのため夕べは野宿となった。だが今日は屋根の下で眠れるという事もあってか、カリンがやたらとはしゃいでいるのである。
「うわぁぁぁぁ、止めて下さいよカリンさん! ルシィさんとめてー!」
「仲良きことは、微笑ましきかな……」
 ルシィ、ぼそりと一言いうと、くいっと果実酒を飲み干した。
「飲め、さぁ飲むんだロバート! 神様はみているぞー!」
 げらげら笑いながら、カリンはロバートの口に酒瓶を突っ込んだ。
 ……………………
 ……二時間後……
 ……………………
「ぐす。ぐす。あたしだってね、好きで意地悪してるんじゃないのよ………」
 ボロボロ泣きながらカリンは酒をあおっている。
 泣上戸。
「ふははははは! いいぞぉ〜! じゃんじゃん飲も〜! カリン! もっとぐ〜っといけぐ〜っとぉ。わははははははは」
 やたらとでかい声で騒いでいるのはロバートである。
 ほとんど酒乱。
「仲良きことは、微笑ましきかな……」
 うんうんとうなづき、ルシィは果実酒を飲み干した。
 だいぶ酔ってるな、彼女も。
 そんなこんなで夜は更けていく。

★ ☆ ★

 そして、深夜のこと。
「うぅ〜 気持ち悪いぃ〜………」
 あまりの気持ち悪さにロバートは目が覚めた。
 寝ぼけてベッドから落ちたのか? それとも最初から床で寝ていたのか?
 床の冷たさが身にしみて体が痛い。
「うぅ〜……… う? なんだ……?」
 隙間のある床板から下の物音が聞こえて来る。
「………上の奴の荷物……… 上の奴って、ぼくらの事だよなぁ……。え?」
 がばりとロバートは起き上がった。
「うっぷ……」
 突然の吐き気。だけど構ってはいられない。
 慌てて、だができるだけ物音を立てずにカリンの部屋へと向かった。
 不用心なことに、カリンの部屋のには鍵が掛かっていなかった。
「カリンさん、カリンさん。起きて下さいよ。大変なんですよ!」
「うぅ〜……なによロバート……。もう朝なの……?」
「違いますよ。大変なんです、起きて下さいよ」
「朝じゃないの? それじゃ夜這いにでもきたの? 随分いい度胸してるじゃないの」
「だから違いますって。なにを血迷ってそんな恐ろしいことしますか! それより大変なんですよ! ここ盗人宿なんです!」
「………なにそれ?」
 未だぼけ〜っとした顔でカリンは首を傾いだ。
「泊めた旅人の荷物を奪って、旅人は殺したり売ったりする悪党宿のことです」
「なに、悪党? 悪党はどこだ!?」
 いきなり毛布を翻し、カリンは剣を片手に立ち上がった。
「うぎゃぁぁぁあ!」
 だしぬけに悲鳴が宿屋に響き渡った。ルシィの部屋の方だ!
「な、なんだ?」
「ロバートの馬鹿たれ! あんたがさっさと起こさないからよ!」
 ロバートの頭を殴り付けると、カリンはルシィの部屋へ突っ走る。
「ルシィ!」
 カリンがルシィの部屋に入ると、ルシィは短剣を喉元に突き付けられていた。
 部屋の中には四人。一人がルシィを押さえ付け、二人が短刀を構えている。そしてもうひとりは数本の空の酒瓶の間で、煙を立ち上らせて気絶していた。
「は〜いカリン。大変なことになっちゃったぁ」
 のんびり答えながらルシィは果実酒をグラスに注ぎ、一気に飲み干す。短剣をつきつけられているのに、やたらと呑気だ。
「おい女、荷物と有り金全部だしな。さもないとこいつの命はないぜ」
「きゃ〜、怖い怖い。カリン助けて〜」
 男の脅しにルシィがはしゃぐ。
 緊迫感のかけらもないな。
「てめぇは黙ってろ! 女、さっさと荷物と有り金もってこい」
「やだ」
「この女の命がどうなってもいいのか?」
「別に、そんなやつの命なんて………」
「カリンさん、いくらなんでもひどいですよ。助けましょうよ。仲間じゃないですか」
 おろおろとロバートがカリンの背後でいった。
「ふむ、ど〜しよ〜かな〜」
 にた〜りとカリンが微笑む。
「おまえ、本当にこの女が……」
「くどいっ! どうせそいつの命はあたしが助けたんだもの。どうしようとあたしの勝手よ!」
 腕組みしてカリンは高笑いをはじめた。
 男たちは予想外のカリンの反応に、戸惑ったように視線を交わす。
「へぇぇ。そう。そういうこというんだ」
 いきなりルシィがぼそりと呟き、一気に果実酒を一瓶飲み干す。
「てめぇは黙ってろ!」
「うるさい燃えちゃえ!」
 ルシィは男の顔に掌をあてるや、容赦なく『FLAME ARROW』をぶっ放す。
 きゅぼっ!
 直後、異様な音が響いて、男の頭が炎に包まれた!
「うわぁぁあぁぁぁあああぁ」
 顔面を焼かれた男は無様にひっくり返ると、床の上でのたうち回る。
「貴様ぁっ! よく……も……」
 この仕打ちに、ルシィに飛びかかろうとした残り二人だったが、ルシィの凶悪な一睨みに、思わずすくみあがる。
「だいたい私はカリンに恩なんか受けてないのよね。もらった食べ物だってもとはといえばロバートのだし……。はっきりいって私はカリンの道具としての扱いを受ける義理はないのよね〜」
 くすくすとルシィは笑いだした。
「ねぇカリン、決着をつけない? いいかげんやなのよもう」
 いいながらルシィは、いきなりそこら中に『ENERGY BOLT』を射ちまくり出した。
「うわぁぁぁぁあ」
 逃げ惑うカリン、ロバート、盗賊二人。
「カ〜リ〜ン〜……逃がさないわよ〜。んふふふふふふふ〜」
 これだから酔っ払いってやつは……
「ひぃぃぃぃぃ」
 いっぽうロバートは自室に逃げ込んで、枕を頭に乗せてうずくまっていた。
「おい小僧、荷物と金をよこせ、そうすりゃ命は助けてやる」
 歩伏前進しながらやってきた盗賊が、ロバートを脅す。
 こんな滅茶苦茶な状況の中で脅しを掛けようとは、中々いい度胸をした盗賊である。
 もはやなにがなんだかわからないロバートは部屋の隅の荷物を指差した。
 そこにはロバートの荷物と絵皿がある。
 きゅどぉぉぉぉん!
 ふぎゃぁぁぁぁぁ!
 きゃはははははは!
 階下から聞こえて来る轟音と悲鳴。そして嬌笑。
 いくらなんでも呪文もなしにいきなり魔法を放たれてはかわしようがない。
「金輪際お酒は飲むもんか〜 神様どうかお救いを〜」
 おもわず祈るロバートである。
「こ、小僧、この絵皿はいったいどうしたんだ!?」
 震えた声で、はいつくばった盗賊がロバートに聞いた。
「そ、それはカーターってノーセイルに住んでる人への届け物です〜」
「か、カーターだと? なんてこった。お前ら、今回は見逃してやる」
「はい、ありがとうございます〜」
 ごばぁぁぁん。
 またも轟音がしたかと思うと、今度は急に静かになった。
 盗賊は慌てて立ち上がると逃げ出そうとした。が――
「んふふふふ〜。ねぇお兄〜さん、このルシィさんにあれだけの事をしてただですむとおもってるの〜?」
 右手でカリンをかつぎ、酒瓶を持ったルシィが部屋の入り口で仁王立ちになっている。
「お、おい、話せばわかる。な、話せば……」
「『LIGHTNING BOLT』」
 ぼそ。
 呟くように呪文を唱えると、ルシィの指先からまばゆい光が迸った! 男は光に貫かれるや、窓の向こうへ転落した。
「はい、これでおしまい」
 ルシィは白目を剥いているカリンを、ベットに放り投げた。
 こころなしかカリンから香ばしい匂いが漂って来る。
「ロバート、終わったよ〜 もう大丈夫だよ〜」
「は、はい?」
 おそるおそるロバートは顔をあげた。
「今晩の事は、カリンはずっと寝てた事にしようね。いいかな」
 にっこりとルシィが微笑むと、ロバートはぶんぶんと顔を縦にふった。
「それじゃ、私ももう寝るかねら。お休みなさ〜い」
 パタパタと手を振ると、ルシィは自室へと戻っていった。
 ロバートはぼんやりルシィの出ていった扉を見ていたが、急におかしくなって来た。
 必死に笑いの発作を押さえようとしたが止められず、暫く枕に顔を埋めて肩を震わせていた。
 夜が明けるまで、まだまだ長い時間がある………

つづく


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