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疑惑の絵皿

和田好弘



 第五章 ノーセイルのカーター

 カリンはしきりに肩をまわしたりしながら街道をあるいていた。
 どうもなにか落ち着かない。
「どうしました? まだ何かへんですか?」
 ロバートが心配そうに声をかける。
「う〜ん、なんかまだ体中痛い」
「あんな安酒がぶのみするからよ。質の悪い酒はあとあと尾を引くんだから」
 ルシィが諭すようにいった。
 カリンに見えないよう、ルシィが舌を出しているのはいうまでもない。
 カリンは夕べの出来事が夢であると信じて疑っていない。というより、カリンはほとんど覚えていない。
『こうも単純に引っ掛かると、諞す張り合いがないわ〜』
 とはルシィ談。
 カリンは夕べの騒ぎの間中、ひとりすやすやと眠っていたことになっているのである。
 余談ではあるが、これについてロバートがカリンに説教し、至福の時得ていた。
 ロバートの『仕返し帳』は、最近では後ろ側から『ルシィ感謝帳』になっている。
「はぁぁぁぁぁ。頭が痛いよ〜」
 カリンが呻いた。
 日が中天に差しかかるころ、三人はノーセイルに到着した。
 だが、街門の所には長蛇の列ができている。
「なにかしら? この列?」
「ちょっと見て来ます」
 カリンがいうよりはやく、ロバートが走っていった。
「街門のところで役人が検問をしてるみたいです。なにかあったみたいですね」
 戻って来たロバートが報告した。
 カリンの二日酔いが完全に醒めたころ、ようやく検問の順番がきた。
 検問をしているのは三人の衛士だった。
「見慣れない顔だな? 旅の者か? ノーセイルには何をしに来たんだ?」
「モントエスクから届け物を頼まれまして、カーターという商人のところに行くんです」
 ルシィが衛士に答えた。
「ふむ、ちょっと荷物を確認させてもらうよ」
「どうぞ。ロバート、カリン、荷物だして」
 ルシィは二人に促すと、自分の荷物の口を開いた。
「うん、怪しい所はないな。なるほど、この絵皿が届け物か。見事なものだな」
 衛士が皿を眺めて感心した。
「おに〜さん、この街でなにかあったんですか?」
 小首を傾げてルシィが尋ねると、三人の衛兵は真っ赤になった。
 なかなか純情な衛士達である。
「い、いや、最近この街では麻薬が出回っていてね。いまその流通ルートの割り出しにやっきになってるのさ………」
 衛士達は我先に説明し始めた。
 美人というのはこういう時に便利である。
「ねぇロバート」
「何ですか、カリンさん?」
「麻薬って、なに?」
「麻薬というのはですね………」
 ロバートはカリンに説明し始めた。
「………ですから、街では中毒者には気を付けて下さい」
「はい。そうそう、カーターさんはどこに住んでいるか、わかりますか?」
「ああ、それなら………」
 一行はカーターの屋敷の場所を聞き、やっとノーセイルへと入った。
「なんだか良くわかんないけど、よ〜するに麻薬っていうのは悪いのね」
「まぁ、そういうことです」
 なんとなく不安な顔でロバートがいった。
「ねぇねぇルシィ、さっき麻薬の事件を解決すれば、賞金がでるっていってなかった?」
「そんなこといってたわね。まさか、やるつもりなの?」
「当たり前よ! 悪党を野放しにはできないわ!」
 カリンはにぎり拳をつくって高笑いをはじめた。
 また無謀なことを………
「はいはい、それよりさっさと皿を届けて仕事を済ませちゃいましょ」
「よ〜し、いこう!」
 カリンは二人の腕を引っ掴むや、カーターの屋敷とは正反対の方向へ歩きだした。
「カ、カリン。方向が違う方向が! 向こうだよカーターの屋敷は!」
 ルシィが慌てて喚いた。

☆ ★ ☆

「随分と大きな屋敷ですね」
 ロバートがカーターの家を見るなり呟いた。
「ロバート! ぼんやりしてないで、さっさと行くよ!」
 カリンはすたすたと歩いて行く。
 ドンドンドン。
「こんにちはー!」
 カリンは思い切りドアを殴るようにノックし、いつものように大声をだす。
「どちら様でしょう?」
 すぐに扉は開き、礼儀正しい若い男が現われた。
「モントエスクのレッツィアより、届け物を預かって参りました」
 ルシィがカリンが口を開くよりはやく、用件を述べる。
「そうですか。それはご苦労様です。どうぞこちらへ」
 青年は屋敷の奥、立派な扉構えの部屋へと三人を案内した。その部屋は書斎らしく、大きな机の所に中年の男がひとり座っていた。
「旦那様、モントエスクのレッツィア様よりのお使いの方が見えました」
「あぁ、ご苦労。お前は下がってよい」
「は、失礼します」
 青年は部屋を後にする。
「カーターさんですね。預かっていた絵皿を持って参りました」
 ルシィはいいながらロバートに促した。
「どれ、早速見せてもらうとしようか」
 カーターは木箱をロバートから受け取ると、蓋を開いた。
「…………割れている…………」
 ぼそりとカーターがいった」
「ロバートォォォ! あんたぁぁ!」
「うわぁぁぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃぃぃぃ!」
 カリンはロバートの胸倉を引っ掴むや、拳骨を連打する。
 そんな騒ぎを尻目に、ルシィが口を開いた。
「も、申し訳ありません。途中、いろいろと………」
 ガシャン!
「!?」
「へ?」
「痛いよ〜……」
 ガシャン、ガチャガシャン!
 突然カーターは絵皿をばきばきと砕き始めた。
「あ、あの、カーターさん?」
 ガシャッ!
 皿を割る音でカーターはルシィに答える。
「ちょっとロバートどうすんのよ! カーターさん怒っちゃってるじゃないの!」
 ぼそぼそぼそとカリン。
「だってぇぇぇ」
 泣くなよロバート。
 ガシャンガシャガチャン!
「む?」
 カーターがそのヒステリックな動きを突如止めた。
「あ、あの、カーターさん?」
 ルシィが不安な面持ちで尋ねるが、カーターは無視して無傷の絵皿を木箱から取り出した。
「……………」
「……………」
 無言でカリンとロバートが見つめる中、カーターは絵皿を床に叩きつけた!
 バンッ!
「……………」
「……………」
「………割れませんね」
 再びカーターは絵皿を床に叩きつけると、更に踏み付けた。
「……………」
「……………」
「………やっぱり割れませんね」
 ロバートが呟き、気まずい沈黙が流れる。
「ふ、ふふふふふ。はははははは。はははははははははははははははははは!」
 ゆっくりと皿を拾いあげると、突然、カーターは狂ったように笑い始めた。
「あ、あの…………」
「ちょ、ちょっとどうすんのよ、ロバート! カーターさん壊れちゃったじゃないの!」
「カ、カリンさん、苦しい〜」
 首をしめられロバートはもがいていた。
「くっくっくっく、やったぞ。この絵皿は本物だ! 遂に手に入れたぞ! これさえあれば…… ふっふっふっふ……はははははははははは!」
「あ、あの、カーターさん? よろしいですか?」
 おそるおそるルシィが声をかけた。
「はっはっ…は? あ、いや申し訳ない、ついとりみだしてしまいまして……。なにぶん、まがい物ばかりをつかまされていましたのでね……」
 にた〜っとカーターは微笑んだ。
「は、はぁ。そうですか………」
「だが、この絵皿は本物だ。ふっふっふ、あと残りの一○枚さえ集めれば………」
「あ、あの、カーターさん、できれば報酬の方を頂きたいのですが………」
 またも高笑いをしそうな雰囲気のカーターに、ルシィがタイミングよく報酬の話を切り出した。
「あぁそうでしたな」
 カーターは机の引き出しから麻袋を三つとりだした。
「六○○ゴールドあります。どうぞ御納めください」
「六○○って、確かレッツィアむぐ?」
 余計なことをいいそうになったロバートの口を、カリンが押さえ付けた。
「はい、ありがたく頂きます。それでは、私たちはこれで………」
 三人は、いまだに絵皿に魅入っているカーターを尻目に、繁華街へと足を向けた。
「なんだったんでしょうね、あれ?」
 ロバートはしきりに首を傾げていた。
「へんな人なんでしょ。それより、麻薬よ麻薬。犯人捕まえて賞金を手にするのよ〜!」
「犯人っていうけど、この手のものは大抵組織的な活動でうごいてるから、はっきりいって一人二人捕まえたところで解決できないわよ」
 ルシィが血気はやるカリンをたしなめる。
「それなら片っ端から捕まえればいいのよ! それじゃ情報集めに行こ〜!」
 とくに目的地も決めず自身満々に歩いて行くカリンに、二人はため息をついた。
 はたして、こんなにお気楽脳天気で麻薬捜査ができるんだろ〜か?
 ルシィとロバートは、ゆっくりとカリンの後をついて行くのだった。

つづく


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