ミステリ&SF感想vol.75

2003.11.08
『悪魔とベン・フランクリン』 『顔のない男』 『残像』 『おさかな棺』 『嘲笑う闇夜』



悪魔とベン・フランクリン The Devil and Ben Franklin  シオドア・マシスン
 1961年発表 (永井 淳訳 ハヤカワ・ミステリ720)ネタバレ感想

[紹介]
 1734年、フィラデルフィアで新聞を発行しているベン・フランクリンは、街の有力者マグナスを批判する記事を書いてその怒りを買った。悪魔の力によって、自分に刃向かう人間に次々と災いを下してきたと噂されるマグナスは、ベンに呪いをかけると脅してきたのだ。はたして、ベンの印刷所に勤める少年が惨殺され、現場には不気味な蹄の跡が残されるという事件が起きてしまう。さらに、少年の叔父である印刷工が失踪し、不安を感じる街の人々の怒りの矛先はベン自身へと向けられるのだが……。

[感想]

 かのベンジャミン・フランクリンを主役とした異色の歴史ミステリですが、まずはやはりその設定がなかなか秀逸です。本書は題名や序盤の様相とは裏腹に、例えばJ.D.カーなどのような怪奇色を強調したミステリというわけではなく、オカルト/迷信は打倒すべき存在として扱われています。そして、後に雷が電気であることを証明するなど、合理的思考の持ち主である(と思われる)フランクリンが、そのオカルト/迷信との戦いの旗頭に据えられているのです。

 かくして本書は、フランクリンをヒーローとした冒険色の強い作品となっています。特に中盤以降はタイムリミットあり、銃撃戦ありと、ミステリ部分からはやや離れたところでどんどん盛り上がっていきます。そして圧巻は、街中の人間が一堂に会した解決場面。その迫力には圧倒されますが、群衆を前にしたフランクリンの堂々たる姿には、後に政治家として成功する資質の片鱗がうかがえるようにも思えます。しかも、その群衆の存在が真相解明に必須であるところも秀逸です。

 残念ながら、ミステリとしては物足りないところがあります。伏線は張られているものの、多少の飛躍が必要な部分がありますし、示された真相そのものはやや面白味に欠けるといわざるを得ません(指摘された犯人の末路にはニヤリとさせられますが)。とはいえ、冒険色の強い歴史ミステリとしてはなかなかの力作といえるのではないでしょうか。

2003.10.20読了  [シオドア・マシスン]



顔のない男  北森 鴻
 2000年発表 (文藝春秋)ネタバレ感想

[紹介]
 体中の骨を砕かれた死体となって発見された、空木精作という男。犯人の強い憎悪がうかがえるその殺害の手口から、被害者の周辺に容疑者が浮かび上がってくるのは時間の問題と思われた。だが、捜査はすぐに暗礁に乗り上げてしまった。被害者の空木精作は、世間と交渉を持たない世捨て人のような生活を送っており、交友関係など存在しなかったのだ。しかし、ふとしたことから手がかりをつかんだ捜査一課の原口と又吉は、その人物像すらまったく不明な“顔のない男”の正体に少しずつ迫っていく……。

[感想]

 本書は全体が第一話から第七話に分かれた連作短編のような体裁を取っていますが、その実体は明らかに長編というべきでしょう。メインの事件とサブの事件との組合せからなる構成は〈連鎖式〉の作品に通じるところがありますが、サブの事件がメインの事件と、というよりも“空木精作は何者なのか?”という謎と関連していることが最初から示唆されている本書では、それぞれのエピソードの独立性が低く、あくまでも長編の一部という印象が強いものとなっています(その意味では、岡嶋二人『解決まではあと6人』などに近いといえるのではないでしょうか)。

 しかし、空木精作と個々の事件との間に関連があるのは明らかであるにもかかわらず、その具体的な中身は巧妙に隠されています。それぞれの事件の内容自体がかなりバラエティに富んでいることも、空木精作という男の得体の知れない印象を一層強めるものになっています。しかも、捜査の進行によって明らかになった部分を覆い隠すかのように、さらに新たな謎が生み出されていき、物語の中心に位置する空木精作の“顔”にはなかなか手が届きません。個々の事件はミステリとしてさほどのものではないとはいえ、それらを細い糸でつなげて精妙な構図を作り出した作者の手腕には脱帽です。

 終盤になると真相を覆っていた壁がボロボロと崩されていくこともあって、最終的な真相そのものは、やや意外性に欠ける面があるのは否めません。冒頭の“顔のない男”という状態から、全編を通じて少しずつ厚みを増していった空木精作の人物像は、強く心に残ります。プロローグと対応するエピローグも見事です。地味ながら、傑作というべきでしょう。

2003.10.21読了  [北森 鴻]



残像 The Persistence of Vision  ジョン・ヴァーリイ
 1978年発表 (冬川亘・大野万紀訳 ハヤカワ文庫SF379)

[紹介と感想]
 J.ヴァーリイの第1短編集。収録された作品は粒ぞろいですが、妙に(?)ハッピーエンドが多いのが、よくもあり、また違和感を禁じ得ないところでもあります。

「カンザスの幽霊」 The Phantom of Kansas
 記憶レコーディング処置から目覚めたはずの“わたし”は、自分が何度も死んでいたことを知った。そのたびに“わたし”のクローンが再生され、そしてまた何者かが繰り返し“わたし”を殺害していたのだ。執拗に“わたし”の命を狙うのは、一体誰なのか……?
 繰り返されるクローン再生という状況は、『へびつかい座ホットライン』の序盤を思い起こさせます。また、“(一見)無意味な殺人”という題材は、「バービーはなぜ殺される」『バービーはなぜ殺される』収録)に通じるところがあります。
 伏線のようなものもありますし、SFミステリといえなくもないのですが、ミステリとして読むべき作品ではないでしょう。結末がややとってつけたように感じられるのが残念です。

「空襲」 Air Raid
 新たな指令を受けて、〈救奪隊〉の隊員たちは1979年の世界へと潜入し、マイアミ発ニューヨーク行の旅客機に乗り込んだ。やがて離陸した旅客機を待ち受けていたアクシデント。そして、救奪隊員たちの活動が始まった……。
 後に映画化され、長編『ミレニアム』(角川文庫・未読)の原型となった作品です。オチはありがちなようにも思えますが、価値観の相対化が印象的です。

「逆行の夏」 Retrograde Summer
 クローンの姉が、月から“ぼく”の住む水星へとやってきた。ぼくと母は姉を歓迎するが、母も姉もぼくの出生に関わる秘密については口を閉ざし、それが3人の間でわだかまりとなっていた。やがて、ぼくたちが水銀洞を訪れた時……。
 物語そのものよりも、水銀洞の何とも美しい風景の描写が印象に残ります。

「ブラックホール通過」 The Black Hole Passes
 〈へびつかい座ホットライン〉の情報をいち早く手に入れるため、太陽系辺縁で待機しているジョーダン。唯一の隣人、5億キロ離れたところにいるトリーモニシャと、喧嘩と仲直りを繰り返しながら、孤独に耐えていたのだが……。
 想像を絶する孤独に、何とか耐えようとしているジョーダン。しかし、そんな彼にさらなる試練が訪れます。究極の孤独の中で、人は何を思うのか……。

「火星の王たちの館にて」 In the Hall of the Martian Kings
 火星探検隊を襲った突然の事故により、パイロットを含む多くの隊員の命が失われ、残された5人は地球へ戻ることができなくなってしまった。苛酷な環境の中で何とか生き延びようとする彼らを待っていたのは、驚くべき現象だった……。
 少々都合よくいきすぎの感はありますが、よくできた作品です。

「鉢の底」 In the Bowl
 休暇中に旅行で金星を訪れた“わたし”。目的は、砂漠で〈爆発宝石〉を手に入れることだった。だが、様々なトラブルに悩まされた挙げ句、少女エンバーをガイドとして雇い、ようやく砂漠の奥地を目指すことになったのだが……。
 「逆行の夏」同様、〈八世界〉(こちらを参照)の名所案内といった趣の作品です。エンバーが連れているカワウソの姿が印象的です。

「歌えや踊れ」 Gotta Sing, Gotta Dance
 “リンガー”のバーナム&ベイリーは、土星の衛星ヤヌスへと売り込みにやってきた。“リンガー”の生み出す独特の音楽は、いつでも高値で売れるのだ。彼らはエージェントの協力を得て、自分たちの中の音楽を研ぎ澄ましていく……。
 〈共生者{シンブ}〉と共生することで宇宙空間に暮らす“リンガー”たちの姿はユニークです。が、文章で音楽を描写するのは、やはり隔靴掻痒の感があります。

「汝、コンピューターの夢」 Overdrawn at the Memory Bank
 記憶レコーディング処置を受けた後、ライオンの体の中で覚醒したフィンガル。短い休暇をケニヤ・ディズニーランドで過ごし、元の体へと戻るはずだったのだが、そこで予想外の事故が発生してしまった。フィンガルの運命はいかに……?
 発表当時であればいざ知らず、今となってはやや陳腐にも感じられてしまう物語ですが、最後のオチはなかなかユニークです。

「残像」 The Persistence of Vision
 目も見えず、耳も聞こえず、口もきけない――三重苦の人々が作り上げたコミューンには、まったく新しい独自の文化が生まれていた。長い旅の果てにコミューンを訪れた“わたし”は、その精妙さに魅せられ、滞在を続けるが、やがて……。
 一見SFらしくない作品ですが、(魅力的な)独自の世界の構築という、SFの醍醐味の一つを十分に感じさせてくれる作品です。常套手段とはいえ、語り手をあくまでも世界の“外”に置いているところも効果的。ファーストコンタクトものにも通じるような、相互理解の試みと、克服できない深刻な断絶が印象に残ります。

2003.10.28読了  [ジョン・ヴァーリイ]



おさかな棺  霞 流一
 2003年発表 (角川文庫 か40-1)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『呪い亀』に続く〈紅門福助シリーズ〉の最新作で、“魚”をお題にした連作短編集です。例によってお題に関する蘊蓄と見立てが盛り込まれているのですが、短編ということもあってやや控えめになっています。また、すべてのエピソードで、“日常の謎”的な奇妙な依頼が殺人事件につながっていくという趣向が凝らされています。なお、全篇を通じた“仕掛け”もありますが、ミステリ的なものではありません。

「顔面神経痛のタイ」
 “別れた夫が、事故に遭った時にセーラー服を着ていたのはなぜなのか?”――紅門福助が受けた奇妙な依頼は、柱に突き刺されたフォークの謎、そして首切り殺人へとつながっていく……。
 お題である“タイ”との絡みがかなり強引なのが難点ですが、殺人事件のバカトリックはなかなか気に入っています。そして、最後に明らかになるセーラー服の真相には絶句。

「穴があればウナギ」
 “愛人たちにお茶漬けを送りつけてきたのは誰なのか?”――精力絶倫の男をめぐる4人の愛人たちの鞘当てなのか? 紅門福助はやがて、ウナギに見立てられた無惨な死体に遭遇する……。
 お題と事件の絡みはこの作品がベストでしょう。また、密室の扱いが非常に面白いと思います。ただし、トリックにはかなり無理があるといわざるを得ません。

「夕陽で焼くサンマ」
 “庭の銀杏の木の枝に布団がぶら下がっていたのはなぜなのか?”――紅門福助が依頼を受けた翌日、依頼人の時代劇俳優は盗まれたはずの刀で刺し殺された。しかも、犯人は二刀流……?
 まず、事件の現場でとんでもない行動(だいたい想像がつくと思いますが)に出る紅門福助に爆笑。刀→秋刀魚というのは強引ですが、ロジカルな解決と鮮やかなラストは秀逸です。

「吊るされアンコウ」
 “銀座のクラブのドアに掛けられた人形の頭髪は、何を意味するのか?”――紅門福助が出くわしたのは、ナンバー1のホステス殺し。なぜか被害者の横たわるベッドが解体されていたのだが……。
 いつのまにかお題に絡んでいく展開はいいのですが、人形の頭髪の謎にはかなり無理があります。また、一見きれいに見える犯人指摘のロジックにも、少々厳しいところがあります。ベッド解体の謎はまずまずでしょうか。
 全篇を通じた“仕掛け”はかなり強引にも思えるのですが、“霞ワールド”の中では奇妙な説得力があります。最後のオチもきれいに決まっているといっていいでしょう。

2003.10.30読了  [霞 流一]



嘲笑う闇夜 The Running of Beasts  プロンジーニ&マルツバーグ
 1976年発表 (内田昌之訳 文春文庫 フ21-1)ネタバレ感想

[紹介]
 小さな田舎町ブラッドストーンで、女性ばかりを狙って次々と凶行を重ねる“切り裂き魔”。すでに3人が殺されたにもかかわらず、警察はほとんど手がかりをつかむことができない。そして精神科医は、犯人には犯行時の記憶がなく、自分が殺人鬼だと自覚していないのではないかと推測する。かくして、疑心暗鬼に囚われた人々は、少しずつ狂気の淵へと近づいていく。そして遂に訪れるカタストロフ。はたして誰が“切り裂き魔”なのか……?

[感想]

 怪作として名高い『裁くのは誰か?』に先立って発表された、B.プロンジーニとB.N.マルツバーグのコンビによる最初の合作ですが、破壊力という点では『裁くのは誰か?』に一歩譲るものの、こちらも相当ヘンな作品であることは間違いありません。まず、5人の視点人物のうち、雑誌記者のヴァレリーを除く4人の男たち――地元新聞記者のクロス、警部補のスミス、治安官のケリー、そして元俳優のフック――がいずれもどこか常軌を逸した人物となっているのがユニークです。しかも、その方向性の違い――クロスのエゴイズム、スミスの妄執、ケリーの狂信、フックのただならぬ不安定さ――による相乗効果で、物語はのっけから独特の異様な雰囲気に包まれています。特に、彼らの内面描写が中心となる序盤は非常に強烈で、正直なところ、読み進めるのが苦痛に感じられる部分もあります。

 しかし、事件が新たな動きを見せ始める中盤以降は、視点人物がめまぐるしく入れ代わることでスピード感が強調され、解説で表現されている通りジェットコースターのような展開となります。加えて、ある登場人物が暴走を始めてしまうため、物語は一層スリリングなものとなっていきます。このあたりは、ページをめくる手がなかなか止まりません。

 その怒濤の展開に比べて、“切り裂き魔”の正体が力不足なのがもったいないところです。個人的には、このコンビならばもっとアンフェアな真相でもかまわなかったのですが、こちらの予想を大きく越えるというものではありませんでした。ただし、凄絶なエピローグは十分に衝撃的で、この怪作にふさわしいといえるのではないでしょうか。

 余談ですが、クロスが密かに書いている本の内容がどんどん無茶苦茶なものになっていくところは笑えました。

2003.11.04読了  [プロンジーニ&マルツバーグ]


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