ミステリ&SF感想vol.80

2004.03.11
『赤い惑星への航海』 『軍艦忍法帖』 『七人のおば』 『ダレカガナカニイル…』 『ウサギの乱』



赤い惑星への航海 Voyage to the Red Planet  テリー・ビッスン
 1990年発表 (中村 融訳 ハヤカワ文庫SF1115・入手困難

[紹介]
 世界的な大恐慌の余波で、NASAは民間企業に売却され、米ソ共同の有人火星飛行計画も実現間際で破棄されていた。だが、20年間忘れ去られていたこの計画に、ハリウッドの映画産業が目をつけた。人類初となる火星飛行を行い、ドキュメンタリー映画を撮影しようというのだ。かくして、元宇宙飛行士、映画スターやカメラマン、特殊な長期睡眠の専門医、さらには密航者も含めた撮影隊を乗せて、宇宙船〈メアリー・ポピンズ号〉は火星へと旅立ったのだが……。

[感想]

 発端こそやや違いますが、ちょうどH.ハリスン『テクニカラー・タイムマシン』の宇宙旅行版といった感じの、“映画制作SF”ともいうべき作品です。どちらの作品においても、映画産業に携わる人々が恐ろしくバイタリティあふれる姿で描かれ、ハリウッドが絡めば実現不可能なことはないのではないかと錯覚させられてしまいそうなほどです。もっとも、徹頭徹尾ドタバタが中心となっている『テクニカラー・タイムマシン』とは違って、途中からハリウッドとは切り離されてストレートな宇宙旅行SFとなるこちらの作品の方が、スマートに仕上がっているとはいえるかもしれません。

 『世界の果てまで何マイル』でファンタジックな旅を鮮やかに描き出したビッスンですが、本書ではところどころに怪しげなアイデア(冬眠など)もあるものの、基本的にはしっかりした科学的知見に基づくハードSF的な作品となっています。しかしそれでもなお、ビッスンらしい旅の魅力はやはり健在。宇宙旅行中の様々な出来事や、ついに到達した火星のエキゾティックな(?)風景などは非常に鮮烈な印象を残します。

 思わずニヤリとさせられる、A.C.クラーク『2001年宇宙の旅』を連想させるアレなど、SFファン向けのサービス精神も旺盛です。最後に待ち受けるセンチメンタルな結末はやや反則気味にも思えますが、それでもよくできた作品であることは間違いないでしょう。

2004.02.09読了  [テリー・ビッスン]



軍艦忍法帖  山田風太郎
 1960年発表 (角川文庫 緑356-37)

[紹介]
 時は幕末。幕府の御前試合に出場した飛騨幻法の使い手・乗鞍丞馬は、その変幻自在の幻法で相手の武士たちを翻弄したが、旗本の宗像主水正の前に敗れ去ってしまった。それは、主水正の背後に控えた美女・お美也の姿に目を奪われたためであった。そのまま、お美也を妻とした主水正に仕えた丞馬だったが、軍艦奉行・勝安房守と江戸町奉行・小栗豊後守との政争に、お美也に横恋慕する主水正の友人たちの思惑が絡んだ結果、主水正は無惨に暗殺されてしまう。夫の仇を討とうとするお美也に従い、丞馬はその幻法で近代兵器に立ち向かうことになった……。

[感想]

 当初『飛騨忍法帖』という題名で刊行され(雑誌掲載時には『飛騨幻法帖』という題名だったようです)、角川文庫で『軍艦忍法帖』と改題されましたが、現在はまたもとの『飛騨忍法帖』という題名で文春ネスコ(文藝春秋)より刊行されています。

 軍艦忍法帖』という題名に象徴されるように、忍法帖としてはかなり時代を下った幕末の物語であり、主人公は拳銃や大砲、軍艦といった近代兵器を操る敵と戦うことになります。が、物語の中心となるのはその戦いそのものではなく、主人公・乗鞍丞馬の純粋かつ不器用な生き様、そして彼を翻弄する激動の時代です。

 お美也に一目惚れした結果、片腕を失うことになってしまったにもかかわらず、彼女の夫に仕えることで満ち足りた日々を送っていた丞馬。しかしそれも長くは続かず、物語は復讐譚の色を強くしますが、それは決して彼自身の復讐心によるのではなく、あくまでもお美也を助けるため。彼はかなわぬ恋のために身を削り、命がけで戦いに臨むのです。

 しかし、強力な幻法を操る丞馬をもってしても時代の波に抗うことはかなわず、その復讐は様々な紆余曲折を経ることになります。比較的さらりと書かれているようにも思えますが、発端から結末に至るまで、作中では実に五年以上もの歳月が流れるという、忍法帖にしては異例の長期戦。その間、幕府の崩壊から明治維新へと時代は大きく移り変わり、人々もまた様々に流転を余儀なくされます。その中にあって、愚直といってもいいほどに変わらぬ思いを保ち続ける丞馬の純粋さ、そしてその結果として苛酷な運命に翻弄されてしまう不器用さが、強く心に残ります。

 勝安房守(海舟)や小栗豊後守(上野介)をはじめ、坂本龍馬、岡田以蔵、さらには新撰組の面々と、錚々たる歴史上の人物たちが脇を固めることで、読者は否応なしに“嵐の時代”を強く意識させられます。それだけに、無力に押し流されながらも自らの一念だけは貫き通そうとする丞馬の姿が一層際立っています。

2004.02.28読了  [山田風太郎]



七人のおば The Seven Deadly Sisters  パット・マガー
 1947年発表 (大村美根子訳 創元推理文庫164-4)ネタバレ感想

[紹介]
 結婚して故郷を離れたサリーのもとに、友人から送られてきた手紙。それは、彼女のおばが夫を毒殺し、自殺したことを告げるものだった。ところが、彼女のおばは七人もいたにもかかわらず、手紙には肝心の名前が記されていなかったのだ。犯人と被害者は、一体誰なのか? おばたちはそれぞれに問題を抱えており、誰が夫を殺してもまったくおかしくなかった。不安に駆られたサリーは夫の協力を得て、一緒に暮らしていた頃の思い出を手がかりに、真相を探り当てようとするが……。

[感想]

 『被害者を探せ』と同様、不十分な情報を発端として、回想をもとに真相を探るという安楽椅子探偵ものの一種ですが、一般的な安楽椅子探偵ものと一線を画しているのはやはり、事件がまったく語られないところでしょう。謎解き役(及び読者)は、語り手が描き出す人間模様のみをもとに謎を解くことになるのです。

 そして本書の最大の見どころは、その人間模様そのものです。一家を支配し、個人の幸福よりも家族の体面を重んじるクララを筆頭に、独身時代のオールドミス気質(?)が高じて偏執的になってしまったテッシー、周囲の迷惑も顧みずひたすら我が子を溺愛するアグネス、アルコール依存症のイーディス、男性恐怖症のモリー、逆に破滅的な恋愛を繰り返すドリス、そして際限ない浪費家のジュディと、作中で描かれる七人のおばたちの姿は、まさに原題の通りの“恐るべき七姉妹”。一人一人をみると多少は弁護の余地がないでもないのですが、その強烈な個性が一つに集まり、さらにそれぞれの夫たちと組み合わされることで相乗効果を発揮して、次から次へと大騒動が繰り広げられます。

 事態がどんどんエスカレートしていき、誰が犯人であってもおかしくない、どころか、誰が犯人であっても構わないという気分にさえなってしまったその頃、残りの頁がごくわずかになったところで、おもむろに謎解きが行われます。正直なところ、本書がミステリだということを忘れかけていたほどだったのですが、提示される真相は非常に鮮やか。特殊な構成のために、論理的な解決とはいかないのですが、それでも十分に納得できるものにはなっています。間違いなく一読の価値はある、何ともすさまじい作品です。

2004.03.03読了  [パット・マガー]



ダレカガナカニイル…  井上夢人
 1992年発表 (新潮文庫 い43-1)ネタバレ感想

[紹介]
 警備保障会社に勤める西岡悟郎は、山梨県の小さな村にある、新興宗教〈解放の家〉の道場の警備にあたることになった。だがその夜、突然何かに突き飛ばされたように倒れてから、彼の頭の中で誰かの声が聞こえるようになったのだ。その直後に道場から出火し、〈解放の家〉の教祖が命を落としたことをきっかけに、職を失って東京へ戻ってきた悟郎だったが、頭の中の誰かは依然として存在し続けていた。過去の記憶をほとんど持たないその声の主は、自分が焼け死んだ教祖ではないかと悟郎に告げるのだが……。

[感想]

 合作により多くの優れたミステリを残した名コンビ“岡嶋二人”が解散した後、その一人だった井上夢人が発表したデビュー作です(もっとも、岡嶋二人名義の最後の長編『クラインの壷』も実際には単独で書かれたようですが)。『クラインの壷』に引き続きSF的要素(オカルト寄りではありますが)を大幅に導入したミステリ、というよりもミステリ仕立てのSFといった方が適切かもしれません。

 物語の前半を引っ張るのは、頭の中に別の人格が入り込んでしまうという、主人公を襲った怪現象ですが、異変に気づいた主人公の動揺や狼狽、恐怖といった心の動きや、手探り状態で始まる声の主とのやり取り、そして協力しながら少しずつ事態を明らかにしていこうとするプロセスなどが、かなりの分量を割いて克明に描かれていることで、荒唐無稽ともいえる状況がリアルなものに感じられます。この、説得力を高めるディテールの積み重ねが秀逸です。

 そして後半は、何とも切ないラブストーリーへ。と同時に、教祖の死の謎を中心としたミステリ的要素も比重を増していきます。この事件のミステリ的な解決そのものはさほどでもないのですが、そこから怒濤のクライマックスへとなだれ込んでいく展開には圧倒されます。SF、ミステリ、そして恋愛小説という、ジャンルミックスの傑作です。

2004.03.06再読了  [井上夢人]



ウサギの乱  霞 流一
 2004年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 天宇受売命{あめのうずめのみこと}を祀る神社から、大量のウサギの骨が出土したことが事件の発端だったのか? その場に居合わせたアイドル・羽条ルナは、やがて絶大な人気を獲得していったのだが、その身辺で次々と怪事が起こり始める。そしてルナの出演する映画の完成披露パーティの夜、会場でお祓いをした宮司が殺害されてしまった。さらに続いて発生する、“ウサギ”の見立てを施された奇怪な連続殺人に、大物タレント議員にして名探偵の駄柄善悟が立ち上がった……。

[感想]

 このところコンスタントに作品を発表している霞流一。講談社ノベルス初登場となる今回の新作では、『オクトパスキラー8号』以来の復活となる、警察にも強い影響力を持つ大物タレント議員・駄柄善悟が探偵役となっています。

 霞流一作品の特徴は、『デッド・ロブスター』の感想にも書いたように、毎回動物をお題として、それに関する蘊蓄と裏テーマへの発展、奇怪な見立て殺人、豪快すぎて無茶ともいえるトリック、そしてロジカルな犯人の特定なのですが、もちろん本書もいつもの通り。すでに水戸黄門の印籠の域に達しつつあるのではないかとも思わされます。その中で今回は、今まで以上に強引な見立てが気になっていたのですが、ある意味でそれを逆手に取ったともいえる解決は、なかなかよくできていると思います。

 無茶なトリックも例によって健在で、特にものすごい密室トリックには唖然とさせられます。その一方で、犯人の特定はあっけないとも思えるほどすっきりしたロジックによるもので、正直なところ、これら(無茶なトリックとロジカルな解決)が平然と同居する作者の頭の中が一体どうなっているのか、大いに気になるところです。

2004.03.09読了  [霞 流一]


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