ミステリ&SF感想vol.86 |
2004.06.29 |
『蹴りたい田中』 『石の夢(上下)』 『忍者黒白草紙』 『ロイストン事件』 『どんなに上手に隠れても』 |
蹴りたい田中 田中啓文 | |
2004年発表 (ハヤカワ文庫JA762) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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石の夢(上下) The Stress of Her Regard ティム・パワーズ |
1989年発表 (浅井 修訳 ハヤカワ文庫FT177,178・入手困難) |
[紹介] [感想] 吸血鬼を題材としながら、史実と虚構を巧みに織り交ぜた伝奇ファンタジーです。石像が吸血鬼だというのは今ひとつピンとこないところもあるのですが、なかなか面白いアイデアだと思いますし、発端となる結婚の儀式は印象的です。また、中盤あたりに登場する“スフィンクスの問い”(のバリエーション)が非常に秀逸です。
しかし、全編を通じて最も印象に残るのは、何度も襲い来る苦難に耐える主人公・クロフォードの姿です。何気ない行動がきっかけで吸血鬼に取り憑かれ、流浪の身となることを余儀なくされ、時にくじけそうになりながらも、吸血鬼を撃退するために想像を絶する苦行に挑むクロフォード。上下巻にわたるこの長い物語は、彼の波乱万丈の半生そのものであり、その結末は何ともいえず感慨深いものがあります。 バイロン卿やシェリイ(『フランケンシュタイン』で有名なメアリ・シェリイも)、キーツなど、有名な詩人が多く登場しており、その方面に興味をお持ちの方は特に楽しめるのではないでしょうか(残念ながら、私自身は知識がないもので……)。 2004.06.18 / 06.21読了 [ティム・パワーズ] |
忍者黒白草紙 山田風太郎 |
1969年発表 (角川文庫 緑356-24・入手困難) |
[紹介] [感想] 同門であり、また友人でもあった二人の忍者の骨肉の争いという構図の作品ですが、中心となるのは“天保の妖怪”とあだ名された鳥居耀蔵であり、また天保の改革そのものです。天保の改革に関わる様々なエピソードが取り込まれ、その裏側には虚構が展開されているとはいえ、史実そのものが物語の骨格をなしているという意味で、(『信玄忍法帖』と並んで)時代/歴史小説に近い忍法帖といえるでしょう。
その中にあって、二人の忍者を脇へと押しやり、堂々主役におさまっているのが、幕末の妖人・鳥居耀蔵です。時にはシャーロック・ホームズばりの推理も披露しながら、全編を通じて謀略を展開し、苛烈な粛清を繰り返すその特異な人物像は、やはり強烈な印象を残します。もちろん、風太郎忍法帖の他の作品でも策謀家が登場するものはあるのですが、鳥居耀蔵が彼らと一線を画しているのは、例えば“主君”のような具体的な対象ではなく、あくまでも“正義”という抽象的な概念に奉仕している点でしょう。現実とはあまりにもかけ離れた独善的な“正義”の実現が目的であるために、厳しい弾圧はとどまるところを知らず、その牙は自身をも含めたあらゆる者へと向けられることになるのです。 このように、圧倒的な存在感を放つ鳥居耀蔵に比べると、二人の忍者の影が薄くなっているのは否めません。ほぼ全編を通じて視点人物に固定され、鳥居耀蔵の謀略を次々と具体化する活躍を見せる箒天四郎はまだしも、一方の塵ノ辻空也の出番はかなり限られてしまっており、対立する二人の忍者という構図についてはかなりバランスが崩れてしまっているのも、残念なところではあります。 決して傑作とはいえませんが、オーソドックスな忍法帖とは異なる、鳥居耀蔵を中心とした謀略小説として読む限りにおいては、まずまずの面白さを備えた作品といえるのではないでしょうか。 2004.06.22読了 [山田風太郎] |
ロイストン事件 The Royston Affair D.M.ディヴァイン | |
1964年発表 (野中千恵子訳 現代教養文庫3047・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『兄の殺人者』や『五番目のコード』と同様、やはり人物造形が見事です。法を尊重するという信念に基づいて行動した結果、不幸を背負うことになってしまった主人公のマークをはじめ、豊かな才能とは裏腹に母親にスポイルされてなかなか自己を確立できない義弟のデレクなど、登場人物がそれぞれしっかりと肉付けされています。さらには、物語に直接登場することのないマークの父親フィリップの感情の変遷までもが、残されたファイルの記録を通じて浮かび上がってくるところも見逃せません。
そして、生き生きとした登場人物が織りなす人間模様に支えられて、複雑に展開する物語もまた魅力的です。義弟にかかる容疑を晴らすため、さらには殺された父親の意思を知るため、警察任せではなく自力で事件の謎を探らずにはいられないマークですが、その行為によって生じた波紋は人々の間に広がっていき、それに伴って事件の様相は様々な変化を見せます。このような、解決に至るまでの紆余曲折が、決して派手ではない事件にもかかわらず読者を飽きさせない要因だといえるでしょう。 最終的な事件の真相は、人によっては見当がつけやすいかもしれませんし、また解決がやや強引に感じられるきらいがないでもないのですが、全体的にはよく考えられていると思います。また、最後に待ち受ける結末も、魅力的な物語にふさわしい、味のあるものになっています。 2004.06.23読了 [D.M.ディヴァイン] |
どんなに上手に隠れても 岡嶋二人 | |
1984年発表 (講談社文庫 お35-14・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 誘拐ものを得意とし、“人さらいの岡嶋”との異名をとった岡嶋二人。本書は、『あした天気にしておくれ』や『99%の誘拐』といった傑作にはやや及ばない感もありますが、それでもやはりよくできた誘拐ミステリです。
本書の最大の見どころは、誘拐事件の特徴である“現在進行形の犯罪”という側面を生かしたプロットにあるといえるでしょう。リアルタイムでこそありませんが、進行中の事件の状況が克明に追跡され、それがサスペンスを高めるだけでなく積極的にプロットに関わっていく構成は、実に見ごたえがあります。と同時に、生き馬の目を抜くかのような宣伝業界のシビアな内幕や、事件さえもパブリシティの一環にすぎないというマスメディアの非情さが、強く印象に残ります。 もちろん、誘拐事件の中心である身代金の受け渡しもよく考えられています。トリックそのものもさることながら、それによって生じる現象の鮮やかさは特筆もので、大きな効果を上げています。また、犯人がなかなかうまく隠されているのも秀逸です(ただし、ここには少々問題があるようにも思いますが)。 派手に描かれている宣伝業界と、警察による地道な捜査とのコントラストも見事ですし、それを受けたラストの刑事の台詞がまた絶妙です。 2004.06.24再読了 [岡嶋二人] |
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