ミステリ&SF感想vol.95

2004.11.21
『36,000キロの墜死』 『ホログラム街の女』 『UMAハンター馬子』 『はなれわざ』 『しあわせの理由』



36,000キロの墜死  谷 甲州
 1988年発表 (講談社・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 地球周廻軌道をめぐる軌道ステーションSOE-32にある、多国籍企業サイナス社の工場を中心とした都市〈サイナス市〉。その保安部に、サイナス社の衛星実験室で研究員が死んでいるという通報が入った。殺人課長のダグと新入りのエレナが駆けつけてみると、通報の通り、無重力状態の実験室の中で研究員がただ一人、墜死体となって浮遊していたのだ。しかも、通報してきたのはどうやら亡くなった研究員本人らしい。だが、主導権を握ろうとするサイナス社警備課の横槍で、保安部の捜査は難航する……。

[感想]

 軌道上の衛星都市を舞台とするSFミステリです。まず、題名にもなっている高度36,000キロの無重力環境下(しかも密室状況)での墜死体が目を引きますが、この不可能状況は思いの外あっさりと解明されていて、拍子抜けの感は否めません。とはいえ、これ自体は多少なりとも宇宙もののSFを読み慣れていればすぐに見当がついてしまう類のものでもあるので、作品の中心に据えなかったのは正解でしょう(なお、三雲岳斗『M.G.H.』の状況は似て非なるもので、少なくともその点に関しては本書よりもよくできていると思います)

 本書の中心はむしろそこから先、サイナス市保安部の面々を主役とした捜査小説的な展開にあるといえます。百戦錬磨の広沢部長の指揮の下、マッチョで荒っぽい殺人課長のダグとうら若き女性捜査官エレナのコンビによる捜査は、強引ながら痛快です。ステーションを支配するサイナス社は保安部よりも強い立場にあり、その警備課もなかなか保安部に捜査の主導権を渡そうとせず、また敵役となるティモシェンコ警備課長は小憎らしいほどの切れ者として描かれており、広沢部長との丁々発止のやり取りも見どころです。

 前述のように、冒頭の墜死事件の真相はさほどでもありませんが、他にもいくつかのネタが盛り込まれており、ミステリとしてのそこそこの面白さは備えています。ただ、真相の重要な部分がかなり見え見えになっているのが、やはりもったいないところです。

 なお、扉や奥付に記された題名は『36,000キロの墜死』ですが、カバーには高度36,000キロの墜死』と表示されています。“36,000キロ”が距離ではなく位置を示す(36,000キロ墜落してきたわけではない)ということをわかりやすくするために、「高度」という文字が後で付け足されたのかもしれません。

2004.11.02再読了  [谷 甲州]



ホログラム街の女 Dydeetown World  F・ポール・ウィルスン
 1989年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF1240・入手困難

[紹介]

「第一部 嘘」
 しがない私立探偵・シグのもとに、久々の仕事が舞い込んできた。だが依頼人は真民ではなく、快楽の街・ダイディータウンのクローン娼婦。結婚の約束を交わしながら行方不明となった恋人を探してほしいのだという。いくら絶世の美女でも、クローン相手に真民が本気で恋に落ちるわけがないとは思いつつ、仕事を引き受けたシグだったが……。

「第二部 ワイヤ」
 後を絶たない違法出産。生まれた子供たちは密かに街に捨てられ、同じ境遇の子供たちによって育てられるのが常だった。かくして、公式には存在しないとされる“落とし子”たちが、街にあふれることになったのだ――落とし子となっている我が子を探し出してほしいという依頼を受けたシグは、奇妙な事件が頻発しているのを知る……。

「第三部 子供たち」
 落とし子たちの“母親”、ウェンディという女性と会うことになったシグ。だが、それが地球を揺るがすほどの大事件の始まりだったのだ……。

[感想]

 北米東海岸にあるメガロポリスを舞台にしたSFハードボイルドの連作です。G.A.エフィンジャー『重力が衰えるとき』よりもやや明るく、SF寄りといった感じでしょうか。三つの中編がつながって長編になっているような、〈連鎖式〉に通じるところのある構成です。

 ハードボイルド色が最も強いのは第一部で、なかなかスリリングな展開の果てに苦い真実が待ち受けていますが、クローン娼婦の依頼人ジーン・ハーロー・cの(いい意味で)世間知らずで素直なキャラクターが、ストーリーのハードな雰囲気を柔らかく包み込んでいます。
 第二部は一転して謎解きが中心となっています。さほど複雑なものではありませんが、鮮やかな逆転がよくできています。また、主人公のシグと、相棒をつとめる落とし子の少年“BB”との心温まる交流も見どころです。
 第三部では、第二部で解明されないまま残された謎の真相が明らかになるとともに、個人による社会の変革というスケールの大きなテーマが描かれています。

 人々が真民・クローン・落とし子という三つの立場に大きく分けられた社会という設定が、物語にうまく生かされていると思います。事件が決着した後の、ニヤリとさせられるラストも好印象。最初から最後まで、十分に楽しめる作品だと思います。

2004.11.04読了  [F・ポール・ウィルスン]



UMAハンター馬子(1) 湖の秘密  田中啓文
 2002年発表 (学研M文庫 M-た-15-1)ネタバレ感想

[紹介]
 その風貌や言動はどこから見てもただの“大阪の下品なおばはん”、しかしその実態は一流の芸人、珍しい伝統芸能“おんびき祭文”の継承者・蘇我家馬子。悪態をつきながら、弟子のイルカとともに地方を巡業するその先には、なぜかUMA(未確認生物)と不老不死伝説がつきまとう……。
 「UMA豆知識」やエッセイ「ベストヒットUMA」も収録。

「第一話 湖の秘密」
 過疎に悩む龍鳴村にある新龍鳴湖では、ネッシー型UMAがたびたび目撃され、村では“リュッシー”と名づけて村おこしに役立てようとしていた。テレビの取材班も訪れる中、“リュッシー祭”に出演することになった馬子とイルカだったが……。

「第二話 魔の山へ飛べ」
 山奥の白弥村で開かれる日本伝統芸能祭に出演する予定の馬子とイルカだが、馬子は隣の八戸村・残月寺に用事があるらしい。その途中にある黒孔山にはツチノコが現れるという噂があり、八戸村の村民によって封鎖されているらしいのだ……。

「第三話 あなたはだあれ」
 不老不死の老婆が住むという村を訪れた馬子とイルカだが、当の老婆は不在。いつものように、摩訶観山の奥へ入っていったという。老婆を追って山に入った馬子とイルカは、山中で道に迷ってしまい、野生のキツネの群れに襲われたのだが……。

[感想]

 UMA(未確認生物)を題材にした、田中啓文流の――つまり、奇怪・猥雑・脱力の三拍子が揃った――伝奇小説シリーズです。が、主人公である蘇我家馬子の強烈なキャラクターこそ突出しているものの、その他の部分は意外に薄味で、得意のグロテスクな描写もほとんどなく、ダジャレもさほど目立っていないように思います。

 主人公の馬子は、少なくとも表面的には、“大阪の下品なおばはん”以上の説明は不要とも思える“コテコテ”のキャラクターですが、特定の分野については恐るべき博識を誇るなど、得体の知れないところも備えています。何というか、先に挙げた“奇怪・猥雑・脱力”の三要素を一人で兼ね備えているという感じで、弟子としてつき従うイルカが素直で健気なこともあって、馬子のあくの強いキャラクターが際立っています。

 もう一方の主役(?)となるUMAは、ネッシー型(第一話)にツチノコ(第二話)と王道中の王道。第三話のキツネはやや微妙ですが、よく知られた生物であることには違いありません。このような有名なUMAに関して、膨大な薀蓄が盛り込まれ、古文書や伝説の解釈なども交えてその正体に光が当てられるという展開は、強引とはいえ歴史ミステリなどにも通じるもので、非常に興味深いところです。とはいえそこは田中啓文のこと、油断していると脱力ものの笑撃が襲ってくるのですが……。

 なぜか不老不死伝説のある土地ばかりを好んで訪れる馬子は、イルカにも明かさない大きな秘密を抱えているようです。同じく不老不死伝説を追い求める、MIBを従えた財閥の御曹司・山野千太郎との敵対関係などもあり、シリーズの展開が気になるところです。

 なお、続篇も含めて2分冊で刊行された『UMAハンター馬子 完全版1&2』の方に、全篇の感想をまとめてあります。

2004.11.06読了  [田中啓文]



はなれわざ Tour de Force  クリスチアナ・ブランド
 1955年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM57-3)ネタバレ感想

[紹介]
 休暇を過ごすため、ツアー旅行に参加したスコットランド・ヤードのコックリル警部。女性推理作家やデザイナー、裕福な独身女性、隻腕の元ピアニストなどの一癖ある同行者たちとともに、地中海に浮かぶ景勝地サン・ホアン・エル・ピラータ島を訪れた時、事件は起こった。ツアーのメンバーの一人が、ホテルの部屋で何者かに刺殺されてしまったのだ。だがそれは、容疑者となるべき同行者たちが海辺でそれぞれにくつろいでいた間の出来事であり、他ならぬコックリル警部その人が、その場にいた全員のアリバイを保証することになってしまうのだが……。

[感想]

 作者の代表的な長編として『ジェゼベルの死』と並び称される傑作です。大胆なトリックが取り沙汰されることが多いようですが、決してトリックだけの作品ではなく、計算されたプロットや個性的なキャラクターが巧みに組み合わされて、見事な作品に仕上がっています。

 まず、個性豊かに描かれた登場人物が光っています。決して魅力的な人物ばかりというわけではないのですが、それぞれが印象的であることは間違いありません。また、ツアー旅行の同行者ということで、それほど親しいわけではないにもかかわらず、毎日行動を共にするという微妙な関係であるのも、見逃せないところです。主役であるコックリル警部が同行者たちの人となりを知るようになっていくにつれて、読者も登場人物たちに親しみを抱きやすくなっているのではないでしょうか。

 事件の方は、メンバーの一人がホテルの部屋で刺殺されるというシンプルなものですが、容疑者たちには(犯行が絶対に不可能ではないとはいえ)アリバイがあるという不可能状況。コックリル警部の目を盗んで被害者を殺害することができたのは誰なのか、という謎が興味をひきます。そしてまた、地元サン・ホアン・エル・ピラータの警察署長や大公が、とにかくさっさと事件を決着させたいという意図から、適当な人物を犯人に仕立てようとしている(コックリル警部その人も一度は留置場に放り込まれる始末です)ことで、事態は混迷を深めています。

 かくして、コックリル警部をはじめとするツアーのメンバーが、一緒になって真相の推理を始めるわけですが、この段階で何度も構築されては崩される様々な仮説が見どころです。小さな手がかりや新たな事実の取捨選択によって姿を変えていく推理の結果は、A.バークリーの作品を思わせる多重解決のお手本のような展開です。また、A.バークリー『第二の銃声』のような自白合戦が始まるのも面白いところです。

 事件は十分検討され尽くしたかに思われたのですが、いずれの仮説も決め手を欠いたまま、最後に思わぬ形で、実に意外な真相が判明します。トリックも確かによくできていますが、それを支える部分も含めた作者の仕掛け全体が、この“はなれわざ”を成功させています。評判に違わぬ傑作です。

2004.11.10読了  [クリスチアナ・ブランド]



しあわせの理由 Reasons to be Cheerful and Other Stories  グレッグ・イーガン
 2003年発表 (山岸 真編・訳 ハヤカワ文庫SF1451)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『祈りの海』に続く、日本オリジナルの短編集です。

「適切な愛」 Appropriate Love
 列車事故で体のほとんどの機能が失われ、だけが生きている夫を、何とかして救おうとする“あたし”は、ある決断を迫られる。クローンによる夫の新しい体がすっかりできあがるまでの二年間、その脳を生かしておかなければならないのだ……。
 ストーリーは本書の中でもかなりわかりやすい部類に入りますが、主人公が直面する状況は果てしなく重いものです。ジェンダーの問題こそあっさり流されているものの、愛情や倫理が無限でも不変でもなく、経済や社会に束縛され、また変化してしまうという現実は、読者に対してしっかりと突きつけられています。

「闇の中へ」 Into Darkness
 居住区に突如として出現する巨大な黒いドーム。“吸入口”と呼ばれるそのワームホールの中に囚われた人々を救うため、闇の中へと飛び込んだ“ランナー”たちは、“コア”を目指して800メートルの障害走に挑む……。
 イーガンにしては異色の、かなりストレートなハードSF。内部ではほぼ一方向にしか動けない巨大なワームホールで繰り広げられるライフセービングというアイデアが秀逸です。また、確率論的なタイムリミットが設定されているのも、物語を一層スリリングなものにしています。知識不足のせいで、理論を完全には理解できないのが残念なところですが、それでもイメージ喚起力は十分。

「愛撫」 The Caress
 自宅に押し入ってきた強盗に殺害されたとみられる孤高の老科学者。だが驚くべきことに、現場の地下室で“スフィンクス”が発見されたのだ。捜査にあたった刑事は、事件の裏に隠された秘密に少しずつ迫っていくが……。
 『祈りの海』に収録されたいくつかの作品や長編『宇宙消失』などでもそうですが、イーガンは刑事/探偵や殺人事件などミステリのガジェットをちょくちょく作品に取り入れながらも、ミステリの手法や手順(個人的にはミステリの本質だと考えています)は採用していないように思えるので、“SFミステリ”というイメージはあまりありません。その中にあって、この作品はホワイダニットとしても読むことができる、ミステリ色がかなり強いものになっているのではないかと思います。
 一点の曇りもない純粋さが生み出した“怪物”(“スフィンクス”のことではありません)の存在感が圧倒的です。

「道徳的ウイルス学者」 The Moral Virologist
 ジョン・ショウクロスは、ついに“ショウクロス・ウイルス”を完成した。不義や同性愛などの不道徳を憎悪するショウクロスは、神に選ばれた道具として、そのような不道徳を世の中から一掃するウイルスを作り上げたのだ……。
 皮肉の利いたブラックな作品。×××を“議論の余地なき天の支援と称賛のしるし”ととらえ、それを防ぐ×××××について“なにゆえ全能の神はこのように不完全な道具を造られたのか?”と嘆く主人公のイカレっぷりが強烈です。神の名に責任を押し付けて開き直るその強靭な神経を前にしては、もはや笑いしか残りません。決して笑いごとではないのでしょうけれど。

「移相夢」 Transition Dreams
 “わたし”は、不安を拭い去ることができなかった。脳をスキャンしてコンピュータ・ソフトウェア・モデル――〈コピー〉――として“再生”させる、その過程において、構築途上の〈コピー〉が“体験”する“移相夢”についての不安を……。
 記憶とアイデンティティの(不)連続性をテーマにした作品ですが、観測者と観測対象が同一であることによって、一種のリドル・ストーリーのように確定不能な物語になっている、と考えるべきなのでしょうか。妙に淡々としたラストからは、じわじわと怖さが伝わってきます。

「チェルノブイリの聖母」 Our Lady of Chernobyl
 オークションにて法外な値段で落札された、何の変哲もなさそうなイコン。しかし、落札者のもとへ運ぶ途中のクーリエが殺害され、イコンも紛失してしまった。落札者に雇われた探偵は、イコンの手がかりを、そしてそこに隠された謎を追い求める……。
 ほとんど非SFといってもいい、ハードボイルド風の作品です。イコンに隠された謎は面白いのですが、ある程度は予想できてしまうのが残念なところです(題名がもったいないと思います)。また、個人的には結末がやや微妙。

「ボーダー・ガード」 Border Guards
 ネーター・シティに戻ってきたジャミルは、再び量子サッカーの試合に参加するようになった。相手チームで卓越した技術を発揮するマルジットと、ある出来事をきっかけに親しくなったジャミルは、彼女が抱える秘密を知らされて……。
 背景がほとんどわからないままいきなり“量子サッカー”の試合(余談ですが、この試合の描写から石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』を連想しました)が始まってしまうこともあって、序盤はややとっつきにくく感じられますが、少しずつ事情がわかってくるにつれて物語に、そしてまたマルジットの語る内容に引き込まれていきます。温かみのあるラストも印象的。量子サッカーがあまり本筋に関係なさそうに思える(象徴的なものでしょうか)など、ややまとまりを欠いているのが残念です。
 なお、量子サッカーについてはこちらでデモンストレーションを見ることができます。

「血をわけた姉妹」 Blood Sisters
 世界中に蔓延するモンテカルロ病にかかってしまった“わたし”。激しく変異を繰り返すウイルスによるこの病気は、発症するか否かは遺伝的な要因次第。そして、遠く離れて暮らす双子の姉妹・ポーラのことを思い出した“わたし”は……。
 双子の姉妹を襲った悲劇。同一の遺伝子を持つ“わたし”ともう一人の“わたし”の運命に、思わぬことが影響を及ぼします。そこから先の物語は、ある意味おまけのようなものかもしれません。

「しあわせの理由」 Reasons to be Cheerful
 12歳の誕生日を過ぎて間もなく、“ぼく”はいつもしあわせな気分でいるようになった。それは、脳腫瘍の影響で多量に分泌されている、脳内化学物質のせいだった。だが、治療によって腫瘍が完治した時、しあわせな気分は完全に消え失せた……。
 “しあわせはいつも自分の心が決める”(相田みつを)――しかし、まったくの白紙の状態からあらゆる事柄について一つ一つ、しあわせだと感じるか否かを、自分の意思で決めていかなければならないとしたら、それは自分の心(個性といった方がいいでしょうか)自分で作り上げていくという難行に他ならないでしょう。脳内化学物質に翻弄される主人公の壮絶な人生を、淡々とした語り口が際立たせています。

2004.11.15読了  [グレッグ・イーガン]


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