ミステリ&SF感想vol.111 |
2005.08.27 |
『銀座幽霊』 『シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック』 『その死者の名は』 『地球からの贈り物』 『ストレート・チェイサー』 |
銀座幽霊 大阪圭吉 | |
2001年刊 (創元推理文庫437-02) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック The Last Sherlock Holmes Story マイケル・ディブディン | |
1976年発表 (日暮雅通訳 河出文庫 テ3-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] M.ディブディンのデビュー長編にして、シャーロック・ホームズ・パロディ史上に燦然と輝く(らしい)異色の問題作で、熱心なシャーロッキアンにとっての衝撃は強烈なものではないかと思われます。が、純粋に謎解きを期待して読むと肩すかしを食らうことになってしまうでしょう。
ワトスン医師による未発表の手記という体裁は(今となっては)ありがちといえばありがちですが、ワトスンとコナン・ドイル(作中では“A・C・D”と表記されています)との関係、さらにはいわゆる“聖典”との関係がうまく設定されているところなどは、シャーロッキアンならずとも興味深いものがあります。 しかしながら、ミステリとしてはかなり難があるといわざるを得ないのが残念なところです。問題は“真相”があまりにも見えやすいことで、肝心の切り裂きジャックの正体にも、さらにもう一つの“仕掛け”にも、ほとんど驚きは感じられません。作者自身もこのネタで引っ張るのは無理だと考えたのか、思いの外早い段階で“真相”が示されていますが、これは正解だと思います。 本書の最大の見どころはむしろ、その“真相”が読者に示された後の異様な展開でしょう。最終的な対決を予感させながら緊張感が高まっていくと同時に、物語に少しずつ混沌が忍び寄ってきます。それが臨界を超えてクライマックスとなる第5章の後半はまさに圧巻。そして、最後に待ち受ける結末は実に見事です。 純然たるミステリとして読むのはおすすめできませんし、人によって評価が大きくわかれるのも間違いないと思われますが、シャーロック・ホームズに多少なりとも思い入れのある方ならば、一読の価値はあるのではないでしょうか。 2005.08.15読了 [マイケル・ディブディン] |
その死者の名は Give a Corpse a Bad Name エリザベス・フェラーズ | |
1940年発表 (中村有希訳 創元推理文庫159-20) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] E.フェラーズのユーモラスな本格ミステリ、〈トビー&ジョージ・シリーズ〉の第1作。『猿来たりなば』でみられるこのコンビ探偵のとぼけた雰囲気は、この時点ですでに完成されています。川底をさらっている警官をいきなり勝手に手伝い始める(しかも、何を探しているかも聞かずに!)という初登場シーンからして、二人のおとぼけが全開です。
事件の方は、徹底してとらえどころのない印象。事故死した謎の男の身元探しかと思えば消えた酒壜が焦点となり、そうこうしているうちに何者かが脅迫状を送りつけてくるなど、あちらこちらへぐるぐると振り回されてしまいます。結果としては、途中で振り回されすぎたせいで、何だかよくわからないまま終わってしまった感があるのが残念です。物語が面白く読みやすいのでストレスになることはないのですが、このあたりが難点といえば難点でしょうか。 拾い集めた手がかりをつなげ合わせて解き明かされる真相は、なかなかよくできていると思います。しかしそれ以上に、浮かび上がってくる事件の背景が、印象深い結末へとつながっているところが秀逸です。『猿来たりなば』よりもやや落ちるのは否めませんが、味わい深い佳作といったところではないでしょうか。 2005.08.16読了 [エリザベス・フェラーズ] |
地球からの贈り物 A Gift from Earth ラリイ・ニーヴン |
1968年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF359・入手困難) |
[紹介] [感想] L.ニーヴンの未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の1篇で、時代は25世紀、舞台となるのはノウンスペースの中でもかなり特異な惑星であるマウント・ルッキッザットです。上にも書きましたが、地表を濃密で有毒な大気が覆うこの惑星で、人類が居住可能なのははるか高みに突出した“プラトー”のごくわずかな領域のみ。この箱庭的な舞台の上に、さほど数の多くない人々による人工的な社会が築かれています。
支配者が富とテクノロジーを手にするのは常道ですが、“プラトー”では臓器移植が支配力の中で大きな役割を果たしています。支配者である乗員階級は、移民階級の犯罪者を臓器バンクに送り込んで解体し、移植用臓器を確保します。臓器が乗員階級に優先的に回されるのはもちろんですが、余裕があれば移民階級にも提供されるため、移民階級は乗員階級に文字通り生殺与奪権を握られていることになります。このような強固な管理社会に対して、大きな福音であるはずの“地球からの贈り物”が、社会構造に致命的な打撃を与えかねない諸刃の剣となってしまうところが面白く感じられます。 そしてもう一つ物語の中で重要なのが、主人公であるマット・ケラーの特異な能力である“マット・ケラーの幸運”です。効果がかなり限定されていることもあって本人も気づかなかったほどの、あまり役に立たなさそうな能力が、レジスタンスと結びついた時に非常に強力な武器になるという逆説的な状況が魅力的です。 様々な立場の様々な人々、そして様々な思惑が複雑に絡み合う物語は、息をもつかせぬほどスリリングです。そしてまた、箱庭的な舞台であるがゆえに、一つの積荷、あるいは一個人の能力によって、社会が大きく変動することになるという設定が秀逸です。きっちりと構成されているあまり、時にご都合主義に感じられる部分があるのが難といえば難ですが、傑作といっていいのではないでしょうか。 2005.08.18再読了 [ラリイ・ニーヴン] 〈ノウンスペース〉 |
ストレート・チェイサー 西澤保彦 | |
1998年発表 (カッパ・ノベルス ・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『人格転移の殺人』や『死者は黄泉が得る』などと同様、西澤保彦お得意のアメリカを舞台にした愛憎渦巻くミステリです。正直なところ、刊行直後に読んだ時にはさほどよくできているとは思わなかったのですが、あらためてじっくり読んでみると、伏線やミスディレクションなど細かい工夫が見て取れて、大幅に印象がアップしました。
とはいえ、やはり本書が弱点を抱えていることには違いありません。まず、とある理由でネタが見えやすくなっていること(これはかなり仕方ない部分もあるのですが)。そしてもう一つ、手段はまったく新しく、また演出も非常に鮮やかではあるものの、現象そのものには既視感が感じられること(似たような前例があります)。後者については、例えばストレートな密室もののようなハウダニットであれば問題はないのでしょうが、本書のようなネタの場合には物足りなく感じられるのは否めません。 ただ、前述のように色々と細かい工夫がなされていますし、ストーリーや演出は非常によくできていて、面白い物語に仕上がっているとは思います。特に、ミステリネタとして使われている“あれ”が、(一応伏せ字)恋愛小説(ここまで)としての流れの中でも重要な役割を果たしているところには感心させられます。 2005.08.19再読了 [西澤保彦] |
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