〈ノウンスペース〉

ラリイ・ニーヴン


シリーズ紹介
[概要]

 〈ノウンスペース・シリーズ〉はSF作家ラリイ・ニーヴンによる未来史で、長編8冊、連作集1冊、連作でない短編集2冊、及びいくつかの未訳または未収録短編から構成されています。扱われている年代は20世紀から32世紀にわたりますが、作中で言及されている出来事は紀元前15億年頃から紀元12万年頃にまで及びます。

 “ノウンスペース”とは人類にとっての“既知空域”、すなわち人類が進出を果たした空域を指す言葉で、最終的には概ね地球を中心とした半径数十光年の球形の領域となっています。つまりこのシリーズは、20世紀の太陽系探査に始まり、小惑星帯への植民、恒星間探査、そして他の星系への植民という風に、“既知空域”が次第に広がっていく様子を描いたものといえるでしょう。

[舞台]

 (作中の年代で)初期には地球を含めた太陽系内の惑星や小惑星帯などが舞台となっていますが、“ノウンスペース”の拡張に伴って物語の舞台も次第に外へ広がっていきます。ただし、それぞれ面白そうな設定がなされている割に、他の星系の植民星が舞台となっている作品はさほど多くありません。

 特筆すべき舞台として、恒星の周囲に構築された巨大な環状世界〈リングワールド〉があります。

[種族]

 シリーズには様々な生命体が登場しますが、そのうち主な種族をいくつか紹介しておきます。

・人類
 当然ながら、シリーズの中心となる種族は人類です。その中で、(準)主役クラスの有名人(?)を紹介します。

ルーカス・ガーナー
 1939年生まれで、160歳代で脚が不自由になり車椅子での生活を余儀なくされるものの、少なくとも190歳近くまでARM職員(ギル・ハミルトンの上司)として活躍しています。
 → 「穴の底の記録」・「詐欺計画罪」『太陽系辺境空域』収録)、「不完全な死体」『不完全な死体』収録)、『プタヴの世界』『プロテクター』

ギル・ハミルトン
 後述
 → 『不完全な死体』『パッチワーク・ガール』「The Woman in Del Rey Crater」(未訳;『Flatlander』収録)

ベーオウルフ・シェイファー
 27世紀に活躍した植民星ウィ・メイド・イット生まれのパイロットで、ひょろりとした長身としなやかな四肢を持つアルビノという、典型的な“クラッシュランダー”(ウィ・メイド・イット人)です。勤務していたナカムラ宙航が倒産した後、様々な事件に巻き込まれながらも何とか切り抜けています。
 → 「中性子星」・「銀河の〈核〉へ」・「フラットランダー」・「グレンデル」(以上『中性子星』収録)、「太陽系辺境空域」『太陽系辺境空域』収録)、「Ghost」・「Procrustes」(いずれも未訳;『Crashlander』収録)

ルイス・ウー
 2650年に地球で生まれた、ベーオウルフ・シェイファーの義理の息子(遺伝的なつながりはない)。トリノック人とのファーストコンタクトを成し遂げた探検家で、後に〈リングワールド〉を訪れています。
 → 「退き潮」『太陽系辺境空域』収録)、『リングワールド』『リングワールドの子供たち』


・パペッティア人
 二本の前脚と一本の後脚を持ち、たてがみの生えた体の上部からは左右二本の屈曲自在な細い頸が伸び、その先にはそれぞれ手と兼用の口を備えた頭がついている――といった形態で、その頸と頭が人形を操っているように見えることから“パペッティア(人形使い)”と名付けられています。草食動物から進化したとみられる知性体で、並はずれた臆病さで知られる反面、かなりやり手の商売人でもあります。
 → 「中性子星」・「銀河の〈核〉へ」・「ソフト・ウェポン」(以上『中性子星』収録)、『リングワールド』『リングワールドの子供たち』

・クジン人
 身長3メートルほどの直立したオレンジ色の猫型異星人。性質は凶暴かつ好戦的で、人類に対して何度か戦争を仕掛けていますが、十分に準備が整わないうちに攻撃してくるという悪癖もあってことごとく撃退されています。なお、この人間―クジン戦争という設定はシェアードワールド化され、多くの作家による中短編が〈Man-Kzin Wars〉シリーズとしてまとめられています。
 → 「ソフト・ウェポン」『中性子星』収録)、「戦士たち」『太陽系辺境空域』収録)、『リングワールド』『リングワールドの子供たち』

・スリント人(スレイヴァー)
 身長1メートル強で単眼を持ち、牙の並んだ口の脇には触手が生えているという異形の異星人。強力なテレパシー能力で他種族を支配し(その能力のために“スレイヴァー”(奴隷使い)とも呼ばれています)、15億年前に銀河系全域にわたる強大な帝国を築き上げましたが、使役していた技術者種族トゥヌクティプ人の反乱により、わずかの例外を除いて絶滅しています。しかし、その遺産には生き残っているものもありますし(例えば“ステージ樹”や“ひまわり花{サンフラワー}”など)、また宇宙のあちらこちらに残された“停滞ボックス”の中から発見されるものもあります。
 → 『プタヴの世界』

・アウトサイダー人
 低重力・超低温の環境で生活する、九尾の猫鞭のような形態の異星人。恒星間生命体である“スターシード”を追いかけて(理由は不明)宇宙空間を旅しながら、様々な情報を売って代価を得る、宇宙の情報屋です。第一次人間―クジン戦争の最中、人類にハイパードライヴ(超光速航法)の秘密を売ったことで、結果的に人類を勝利に導いています。
 → 「フラットランダー」『中性子星』収録)、『地球からの贈り物』

・パク人
 銀河の中心付近に住む種族で、“幼年期”、繁殖可能な“ブリーダー期”、そして強靱な肉体と高い知性を備えた“プロテクター期”という三つの世代があります。プロテクターは、自らの一族(子孫)を守るという本能にのみ基づいて行動します。
 → 『プロテクター』など




作品紹介

 未訳・未収録の短編を除いて全11冊が邦訳されていますが、その内訳は、独立した長編3冊、連作でない短編集2冊、ギル・ハミルトンもの2冊、リングワールドもの4冊となっています。

 作中の年代は、概ね以下の通り。

 短編集長編/連作時代背景
『中性子星』『太陽系辺境空域』
20世紀 「いちばん寒い場所」
「地獄で立往生」
「待ちぼうけ」
「並行進化」
 太陽系内の探査
21世紀 「英雄たちの死」
「ジグソー・マン」
 小惑星帯への植民
恒星間ラムロボットによる探査
他の星系への植民開始
22世紀 「穴の底の記録」
「詐欺計画罪」
「無政府公園にて」
『プタヴの世界』
『不完全な死体』
『パッチワーク・ガール』
『プロテクター』(前半)
臓器移植問題の悪化
地球・月・小惑星帯の対立
異星人とのコンタクト
24世紀 「戦士たち」『プロテクター』(後半)平和と繁栄
クジン人との遭遇
人間―クジン戦争
25世紀「狂気の倫理」 『地球からの贈り物』人間―クジン戦争
パペッティア人との遭遇
27世紀「中性子星」
「帝国の遺物」
「銀河の〈核〉へ」
「ソフト・ウェポン」
「フラットランダー」
「恵まれざる者」
「グレンデル」
「太陽系辺境空域」 ノウンスペースの拡大
種族間の交流
29世紀 「退き潮」『リングワールド』
『リングワールドふたたび』
『リングワールドの玉座』
『リングワールドの子供たち』
 
32世紀 「安全欠陥車」  

 基本的には作中の年代順に読むことをおすすめしますが、〈リングワールド〉四部作以外は入手困難という現状では、それも難しいかもしれません。読む順番に関してとりあえず気をつけた方がいいのは、

  • 『太陽系辺境空域』の巻頭「序…わたしの宇宙へ、ようこそ」(←『中性子星』「訳者あとがき」にも引用されている)と巻末「あと知恵」は、(特に『リングワールド』より)先に読まない方がいい。
  • 長編『プタヴの世界』・『地球からの贈り物』とギル・ハミルトンものの『不完全な死体』・『パッチワーク・ガール』はいつ読んでも可。
  • ベーオウルフ・シェイファーものは『中性子星』「太陽系辺境空域」の順。
  • 「安全欠陥車」『リングワールド』より後に。

くらいでしょうか。





〈長編〉

 シリーズ内で独立した長編は、以下に紹介する3作です。

『プタヴの世界』 World of Ptavvs (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF506・入手困難
 突如地上に出現した異星人は、強力なテレパシー能力でかつて銀河を支配したスリント人の生き残りだった……。

『地球からの贈り物』 A Gift form Earth (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF359・入手困難
 強固な支配関係が確立された植民星〈マウント・ルッキットザット〉の社会を、“地球からの贈り物”が揺るがす……。

『プロテクター』 Protector (中上 守訳 ハヤカワ文庫SF321・入手困難
 遙か彼方から太陽系に侵入してきた、パク人のプロテクターの宇宙船。人類とのファーストコンタクトの顛末は……?




〈短編集〉

 連作でない短編集としては、以下の2作があります。

『中性子星』 Neutron Star (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF400・入手困難
 ベーオウルフ・シェイファーもの4篇を含め、27世紀の事件を中心に全8篇を収録した短編集。

『太陽系辺境空域』 Tales of Knownspace (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF348・入手困難
 20世紀から32世紀までの幅広い時代にわたる事件を描いた作品13篇を、作中の年代順に配列した短編集。




〈ギル・ハミルトン〉

 臓器移植問題が深刻化している22世紀の地球(及び月)を舞台とし、ARM(国連警察軍または合同地方民警;Amalgamated Regional Militia)の捜査官ギル・ハミルトンを主役としたSFミステリのシリーズです。

 主役のギル・ハミルトンは地球に生まれ、成人後に小惑星帯の市民権を取得して小惑星帯人{ベルター}となっています。そして、小惑星での作業中の事故で片腕を失いながらも、代わりに“想像の腕”という限定された超能力を身に着け、“腕{アーム}のギル”と呼ばれるようになります。やがてギルは地球へ戻って腕の移植手術を受け、その後ARMの捜査官となって犯罪と戦っています。

 ギル・ハミルトンものは以下の2冊の他に、未訳短編「The Woman in Del Rey Crater」があります。

『不完全な死体』 The Long ARM of Gil Hamilton (冬川 亘訳 創元SF文庫668-04・入手困難
 「快楽による死」・「不完全な死体」・「腕」という中編3篇を収録した連作集。

『パッチワーク・ガール』 The Patchwork Girl (冬川 亘訳 創元SF文庫668-03・入手困難
 地球・月・小惑星帯の代表を集めて月面基地で開かれる会議。その前日、小惑星帯の代表が基地の外部から狙撃される殺人未遂事件が起こった……。




〈リングワールド〉

 恒星をリング状に取り囲む巨大な構造物〈リングワールド〉を主な舞台とし、また〈ノウンスペース・シリーズ〉の集大成として位置づけられるサブシリーズです。

 舞台となるリングワールド(イメージ→「Hellcrown Ringworld Renderings」)は、ダイソン球「ダイソン球 - Wikipedia」参照)の一部をリング状に切り取ったような構造物ですが、特筆すべきはやはりそのサイズで、半径9500万マイル(1億5200万km→地球から太陽までの距離とほぼ同じ)、床面の幅約100万マイル(160万km→地球の直径(約13000km)の120倍以上→「Ringworld Scale」を参照)、外壁の高さ1000マイル(1600km)という、途方もない巨大さを誇ります『リングワールド』「訳者あとがき」に記された約16億分の1の縮尺を採用すると、幅1mのリボンの幅方向両端を1mm折り返して外壁とし、直径190mの輪を作ることになりますが、この縮尺では地球の直径は約8mmで、光速は約20cm/sになります)。

 その巨大なリングの内側には、地球の表面積の300万倍にも及ぶ居住可能な地表が用意されています。そしてそこには多種多様な住人たちが存在するのですが……この住人たちに関しては予備知識なしで読むことをおすすめします。

 ニーヴンは当初『リングワールド』1作だけで終わらせるつもりだったようですが、読者からのツッコミを受けて続編の『リングワールドふたたび』を、さらに『リングワールドの玉座』『リングワールドの子供たち』を発表しています。『リングワールドの子供たち』の内容からみて、これ以上の続編が書かれることはなさそうです。


リングワールド Ringworld  ラリイ・ニーヴン
 1970年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF616)ネタバレ感想

[紹介]
 冒険家ルイス・ウーは、200歳の誕生日を祝っている最中にパペッティア人のネサスと出会い、一枚の写真を見せられて驚愕する。そこに写っていたのは、恒星の周囲を取り巻く薄いリボンの輪のような構造物。その実物が途方もない大きさであることは明白だった。一体誰が、何のためにこの巨大な〈リングワールド〉を作り上げたのか? その秘密を探るべく、ルイス、ネサス、クジン人の〈獣への話し手{スピーカー・トゥ・アニマルズ}〉、そして地球人の若い女性ティーラ・ブラウンの四人が、最新型宇宙船に乗り込んで〈リングワールド〉の探検に旅立った……。

[感想]

 リングワールドの“発見”と最初の旅を描いたシリーズ第一作。当然といえば当然かもしれませんが、一行が目的地リングワールドに到着するまでにも結構な分量(文庫版で150頁以上)があります。しかし、決してその部分が退屈だということはなく、探検隊が組織されるまでのドタバタや、メンバー編成に込められたネサスの思惑、そして思いがけず明かされるパペッティア人の秘密(!)など、なかなか面白い内容になっています。

 さて、リングワールドに到着した一行は、当初の予定とは違って思わぬアクシデントにより地表に降り立つことになりますが、さらにネサスが暴露した秘密(これ自体はシリーズ読者にとっては非常に興味深いものですが)がきっかけで、いきなり探検隊が分裂する羽目になってしまうところは苦笑を禁じ得ません。そのような状況のもとで、ようやく本題ともいえる冒険の旅が始まります。

 ただ、予想を超えたリングワールドの住人たちとの遭遇をはじめとする冒険は、面白くはあるものの、今ひとつ物足りなく感じられるのも事実です。何せ、本書で一行が踏破するのは、リングワールドの幅方向の数分の一というごくわずかな領域にとどまっており、リングワールドの全容を解明するには遠く及びません。そして、“誰が、何のためにリングワールドを作ったのか?”という疑問に対する解答はほとんど示されることなく、物語は予想とは違った方向へシフトしていきます。もちろん、一応の決着はついているのですが、本書だけではやや消化不良気味の感が否めないところです。

 とはいえ、やはりとてつもなく壮大なスケールの舞台は魅力です。その秘密の一端が明らかになる次作『リングワールドふたたび』と併せて読むことをおすすめします。

2006.08.24再読了

リングワールドふたたび The Ringworld Engineers  ラリイ・ニーヴン
 1980年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF767)ネタバレ感想

[紹介]
 リングワールドの冒険から23年後、すっかり電流中毒になり果てて惑星キャニヨンに隠棲していたルイス・ウーのもとへ、パペッティア人の指導者だった〈至後者{ハインドモースト}〉が訪れる。〈至後者〉の望みは、リングワールドの建設者の秘密を探り当てることだった。その懇願に負けたルイスは、〈至後者〉、クジン人のハミイー(かつての〈獣への話し手〉)らとともにリングワールドを目指して旅立つ。だが、再びたどり着いたリングワールドには異変が起こっていた。回転中心が次第にずれ始め、あと1年半で太陽と接触して崩壊するという危機が迫っていたのだ……。

[感想]

 前作『リングワールド』で描かれた冒険から23年後、ルイスらは再びリングワールドへ向かうことになりますが、まず年月を経た登場人物たちの境遇の変化には何ともいえない感慨を抱かされます。特に、〈獣への話し手〉が前回の旅の報酬を持ち帰ったことで〈ハミイー〉〈ハイミー〉ではないので要注意という名を手に入れたのに対し、ルイスが電流中毒(これについては『不完全な死体』で詳しく扱われています)になり果ててしまっているのが物悲しさを感じさせます。

 そのルイスとハミイーを新たな旅に連れ出すのは、パペッティア人の〈至後者〉。その目的は、リングワールドの建設者の秘密を探り出して高度なテクノロジーを手にすることであり、そのために本書ではまず、リングワールドの建設者の正体を解き明かすというミステリ的な要素が前面に打ち出されています。そしてその真相は、ミステリ的なサプライズという点ではかなり微妙なところがあるものの、よく考えられた見事なものになっていると思います。

 ところで、リングワールドが軌道面内で不安定であるという読者からのツッコミを受けて本書が書かれたことは有名ですが、そのツッコミを逆手に取っていきなり深刻な危機を提示し、それに対する解決策をひねり出さなければならないというタイムリミットサスペンス的な状況を演出してしまう作者の豪腕には脱帽です。しかもそれが建設者の正体探しと密接に絡んでくるところが非常によくできています。

 かくしてルイスらは、解決策を求めてリングワールド上を旅し、前作よりもさらに深く住人たちの間に入り込むことになります。リングワールドを救うという目的が目的だけに、住人たちとの間にさしたるトラブルが生じることもなく(ハミイーの悪のりにはニヤリとさせられますが)物語は進みますが、住人たちの素朴な善良さ(中にはしたたかな住人もいますが)が快く感じられます。

 そして物語終盤、ようやく手がかりを手に入れたルイスら一行を待ち受けているのは、強烈な苦さを伴うサプライズ。そしてあまりにも重く、過酷な決断。決して後味がいいとはいえませんが、強く心に残る結末は秀逸で、シリーズ中随一の傑作といっていいのではないでしょうか。

2006.08.26再読了

リングワールドの玉座 The Ringworld Throne  ラリイ・ニーヴン
 1996年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ文庫SF1559)ネタバレ感想

[紹介]
 リングワールドの〈大海洋〉付近では、〈吸血鬼〉が今までにないほど大量に出現し、他の種族たちを苦しめていた。困った住人たちは種族の壁を超えて協力し、攻撃部隊を組織して〈吸血鬼〉の大群と死闘を繰り広げる……。
 一方、パペッティア人の〈至後者〉は、リングワールドに接近してきた宇宙船が次々と撃墜されたことに気づいた。リングワールドを守ろうとする何者かが存在するのだ。脅えた〈至後者〉は放浪中のルイス・ウーを呼び寄せようとするが……。

[感想]

 「訳者あとがき」にも記されているように、吸血鬼テーマの書き下ろしアンソロジー(M.H.グリーンバーグ&B.ハムリー編『死の姉妹』)に収録された「〈夜行人種〉の歌」長編化したものです。その特殊な成立の事情のせいもあって、本来は主役であるはずのルイス・ウーの出番が前半(「第一部」)はほとんどないというイレギュラーな構成になっているのが目を引きます。

 その前半は、シリーズで初めてルイスの視点を通さずにリングワールドの住人たちの生態が描かれているという点で、なかなか興味深く感じられます。住人たちには多種多様な種族が存在するわけですが、色々な意味で隔てられている各種族の間をつなぐ手段として、前作『リングワールドふたたび』でも描かれていた“リシャスラ”(異種族間の性交)が重視されているのが面白いところです。そして、本題である〈吸血鬼〉退治の顛末はなかなか読み応えがあり、特にクライマックスは迫力十分です。

 ところで、この「第一部」に“ある人物”が登場していることに違和感を覚えたのですが、その秘密は「プロローグ」でもほのめかされていますし、また後になって具体的に明かされもします。しかし、個人的にはかなり安直な“解決”に思えてしまい、何とも釈然としないものが残ります。何より、(以下伏せ字)前作の結末(ここまで)が台無しになってしまっているのではないかと思えるのですが……。

 さて、「第一部」に続く「第二部」では、リングワールドに(当然予想してしかるべき)新たな危機が迫っていることが示されますが、さらにその中で激化していくリングワールドの覇権争いが物語の中心となっています。本来はあまり関係のない、いわば“空中戦”に巻き込まれてしまうルイスらも災難といえば災難ですが、そもそもの危機がまったく解消していないという大問題(笑)を除けば、その結末はまずまず。特に、ある意味で「第一部」「第二部」が対になる構成であることが、作者の手腕をうかがわせます。

 ただし、他の作品の内容からみて、ニーヴンは登場人物の描き分けやスピーディに展開する場面の描写があまり得意でないと思われるにもかかわらず、本書では結果的にそのような弱点が露骨に表面化する羽目になり、かなり読みづらい箇所が散見されるのが難点です。

2006.08.27再読了

リングワールドの子供たち Ringworld's Children  ラリイ・ニーヴン
 2004年発表 (小隅 黎・梶元靖子訳 早川書房 海外SFノヴェルズ)ネタバレ感想

[紹介]
 リングワールドを取り巻く状況は次第に悪化し、ついに〈周辺戦争〉が勃発した。リングワールド制圧を目的とするクジン船やARM船と、それを撃退しようとするリングワールド側との間で、際限なく繰り広げられる激しい戦闘。そんな中、自動医療装置の中で目覚めたルイス・ウーは、〈リングワールドの子供たち〉とともに危機を乗り越えようとする。だがその時、一隻のARM船が反物質弾を使って一部を破壊し、強引にリングワールドに侵入してきたのだ……。

[感想]

 当初からシリーズ化が予定されていたわけではないので、四作目ともなるとつじつま合わせがかなり苦しくなっているのが目につきます。例えば、“接着剤だ”(65頁)という台詞(これは妙にツボにはまってしまったのですが)のあたりは魔法のようなテクノロジーのインフレ状態という印象を受けますし、その後には思わず目を疑ってしまうほど強引な設定変更(?)が待っています。さらに終盤にかけて、“ある人物”が大嘘つき(というほどでもないかもしれませんが)にされてしまっているのはいただけません。

 また、主要登場人物の増加に伴って視点の切り替えが頻繁に行われるようになり、リーダビリティが著しく低下している上に、途中でまた“あれ”が出てきて“空中戦”になり、さすがに少々うんざりさせられます。

 というわけで、正直なところ途中まではかなりダメだという印象が拭えなかったのですが、終盤にきてからの怒涛の展開は大いに見ごたえがあります。少々ご都合主義的なところも見受けられるのは確かですが、それでも立て続けに起こるあれやこれやの出来事には驚かされます。そしてそれ以上に、〈周辺戦争〉の何ともすさまじい結末が圧巻。これだけでも一読の価値はあるのではないかと思われます。

 終盤で持ち直した分を考慮しても、トータルではやや微妙な出来といわざるを得ませんが、おそらくこれでシリーズも完結と思われるだけに、非常に感慨深いものがあります。シリーズのファンならばおすすめ、そうでなければ……といったところでしょうか。

2006.08.27読了

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