ミステリ&SF感想vol.112 |
2005.09.30 |
『あなたの人生の物語』 『密室は眠れないパズル』 『自殺の殺人』 『ナイトサイド・シティ』 『瞬間移動死体』 |
あなたの人生の物語 Stories of Your Life and Others テッド・チャン |
2002年発表 (浅倉久志・他訳 ハヤカワ文庫SF1458) |
[紹介と感想]
|
密室は眠れないパズル 氷川 透 | |
2000年発表 (原書房) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 柄刀一『3000年の密室』や城平京『名探偵に薔薇を』と同様、第8回鮎川哲也賞の最終候補となりながら受賞を逸した原稿をもとにした作品(受賞作は谺健二『未明の悪夢』)で、ロジックを重視したフーダニットです。もちろん「読者への挑戦」付き。
まず、出版社の建物内部という風変わりなクローズドサークルが目をひきます。ご承知のように、論理的に犯人を特定するためには原則的に、何らかの形で容疑者を限定してやる必要があるわけで、その意味でロジカルなフーダニットとクローズドサークルとは相性がいいのですが、孤島や嵐の山荘といった手っ取り早い手段をとることなく日常に近い舞台を作り上げたところは好感が持てます。 事件の状況は“動く密室”に“裏返しの密室”となかなかユニークですし、J.D.カーの“密室講義”(『三つの棺』)を連想させる密室の分類も興味深いところです。また、被害者も含めた登場人物一人一人の位置と動きを少しずつ明らかにしていくアリバイ崩し的なプロセスも印象的です。しかしやはり圧巻は、細かいロジックの丁寧な積み重ねによる解決です……が、しかし。 残念なことに、主にトリックに関して若干の難がある(ロジカルなフーダニットと相性がよくないトリックが使われている、というべきでしょうか)ために、ある程度ミステリを読み慣れた読者であれば、作中で展開されるロジックによらずして犯人及び真相(の大半)の見当をつけることも十分可能になっています。そうなると、ロジックそのもの(一つ一つのステップ)にはさほどの面白味がないだけに、丁寧な積み重ねがかえって仇となり、解決を前にした無用な足踏み(もしくは解決の後の蛇足)のようにも感じられてしまいます。 ストイックなまでにロジックにこだわり、すべてがロジックに奉仕している、といえば聞こえはいいのですが、ロジックそのものが自己目的化してしまい、真相を隠すためのトリック/真相を示すためのロジックという本来の役割が薄れている感があります。とにかくロジックが大好きという方には間違いなくおすすめですが……何とももったいない作品です。 2005.08.29読了 [氷川 透] |
自殺の殺人 Death in Botanist's Bay エリザベス・フェラーズ | |
1941年発表 (中村有希訳 創元推理文庫159-17) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] E.フェラーズの〈トビー&ジョージ・シリーズ〉第3長編です。このシリーズは毎回、事件の全体像がとらえにくいのが特徴のようですが、本書の場合はある登場人物の死が自殺なのか他殺なのか判然としないという発端で、一見すると焦点がはっきりしているようにも思えます。ところが、捜査を通じて少しずつ明らかになる事実によって、混迷が一層深まっていくところが面白く感じられます。
正確には事件の状況は、自殺か他殺かわからないというよりも、自殺のようでも他殺のようでもあるというもので、双方を示唆する証拠や証言、手がかりが錯綜し、二転三転していく事件の様相からは目が離せません。 また、このシリーズの読者にはすでにおなじみだと思いますが、トビーと並んで“もう一人の探偵役”であるジョージが、いわば“別働隊”として見えないところで動くために、彼がつかんだ手がかりの意味が読者の目から隠されているところが巧妙です。本書でも相変わらず、マイペースに大活躍をみせています。 最後に明らかになる真相は、それほど意外なものとはいえないかもしれませんが、よくできていることは間違いありません。読みやすい翻訳も含めて、十分に楽しめる作品といえるでしょう。 2005.08.31読了 [エリザベス・フェラーズ] |
ナイトサイド・シティ Nightside City ローレンス・ワット=エヴァンズ |
1989年発表 (米村秀雄訳 ハヤカワ文庫SF1030・入手困難) |
[紹介] [感想] 小柄ながらタフな女探偵カーライル・シンを主人公としたSFハードボイルドです。物語の舞台は、I.アシモフ「夜来たる」を裏返したような変わった設定の惑星ですが、滅びがすぐそこに迫ったシティに漂う閉塞感のようなものが、ハードボイルドというスタイルには合っているように思います。
“コム”と呼ばれる端末からのハッキング(クラッキング)で情報を収集するあたりや、苛酷な環境で生き延びるための“共生体”による身体改造など、随所にサイバーパンク風の味つけが施されていますが、物語の骨格はハードボイルドそのもの。しがない探偵のシンは、大した金にならない依頼を引き受けて懸命に謎を探り、時には騙され、時には殺されかけながらもしたたかにそれを乗り越え、自分なりの矜持を守ろうとします。その姿は、ハードボイルドの主人公にふさわしい魅力を放っています。 せっかくの興味深い謎に対して、残念ながらその真相は拍子抜けで、本格的な謎解きを期待して読むのはおすすめできません。しかし、真相が明らかになった後に残るものを考えれば、ハードボイルド的にはむしろこれが正解のようにも思えます。 前述のようにミステリ(謎解き)としては期待外れですが、ハードボイルド好きでSFに抵抗がない方には間違いなくおすすめの一冊です。 2005.09.07読了 [ローレンス・ワット=エヴァンズ] |
瞬間移動死体 西澤保彦 | |
1997年発表 (講談社ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] L.ニーヴンの「脳細胞の体操――テレポーテーションの理論と実際――」(『無常の月』収録)からヒントを得たという作品で、テレポーテーション(瞬間移動)を扱った希有なSFミステリです。
このテレポーテーション、SF方面ではおなじみのアイデアではありますが、空間的な障壁(例えば密室)も時間的な障壁(アリバイ)も無効化してしまう反則技で、ミステリへの応用がきわめて難しいネタといえます。実際、アンフェアなSFミステリの典型としてしばしば挙げられるほどで、このネタをうまく使った作品として挙げられるのは草上仁「転送室の殺人」(『市長、お電話です』収録)くらいでしょうか。 本書の場合にはまずプロットが秀逸で、テレポーテーション能力を持つ主人公の視点による倒叙ミステリ風の発端から、予期せぬトラブルでパズラーへと転じることにより、読者に対してフェアプレイを仕掛けようとしています。また、テレポーテーション能力そのものにも厳しい条件が設けられてオールマイティの反則技ではなくなり、フェアなパズラーが成立するようになっています。ちなみに、その条件とは以下の通りです。
しかしながら、肝心のミステリ部分については物足りなさが感じられます。テレポーテーションを扱ったパズラーという難題に挑戦し、それを見事に成立させているところには感心させられますが、そのために強引なトリックが使われていたり、あるいはご都合主義的な展開がみられたりと、随所に無理が生じているのが気になります。また、事件の真相もその大半が見えやすく、予想を大きく超えるものではないところも残念です。 全体的にみて面白くはあるものの、個人的に今ひとつ釈然としない結末も含めて、やや不満の残る作品です。 2005.09.12再読了 [西澤保彦] |
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト/作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.112 |